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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第50章 草原で生まれし者編

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第893話 調印式 ――調印――

 皇帝レオンハルトと教皇ユナルの社交辞令を合図として遂に始まったエンテシア皇国とルクセリオン教国の調印式。そうしてまず行われたのは、お互いの間での取り決めの最終確認だ。


「では、我が国の要求を述べよう。我が国としての申し出は、西部地方で負った被害の普及の為の費用の負担。更には紛争地域からの即時撤退・・・以上だ」

「・・・受け入れよう」


 皇国側の外務大臣の言葉を受けた教国側の外務大臣は教皇ユナルが頷いたのを受けて、その意見を承諾する。元々教国側が吹っかけてきた戦争だ。得るべきは得ておかねば皇国とて納得はしない。

 そうして、しばらくの間。教国の文官達と皇国の文官達の間で交渉の最終確認が行われる事になる。その一方でカイトはそれらを隠れ蓑に、会場周辺の警護任務についている己の部下達からの情報を聞いていた。


「どうだ、外は」

『今のところ、なんら問題はありません』

「川の中はどうだ?」

『確認はされていません』


 カイトは人魚達からの言葉を聞いて、とりあえず何も無い事を確信する。自分の部下達の腕だ。自分が信じてやらなくて、誰が信じるのだろうか。だから、カイトはそれで真実何も無いと判断する。


『大尉。そちらの状況を報告してください』

「今のところ、異常は見受けられず・・・きれいなお姉さんも何も動きは見せていないな」


 カイトは流し目でエードラムの姿を確認する。そこに可怪しい所は何もない。顔立ちは凛としていて、立ち振舞もそれに見合ったびしっとしたものだ。スタイルとしてはティナやアウラ達の様に出るとこ出て引っ込む所は引っ込んで、というよりもスレンダーで均整の取れたというのが一番良い言い方だろう。

 その肢体を包む装いは白をベースとした女性騎士の物で、腰には名剣と思われる一本の両手剣がある。背中には彼らの正装である事を示す白地に紋章付きのマントを羽織っていた。


「ふむ・・・下手な小細工をしてきそうなタイプではなさそうか」

『外見で判断しないでください』

「顔立ちには、それが現れるもんさ・・・少なくとも、毒婦とかの類ではないな」


 カイトが述べたのは、職業が顔に出る、という俗説の事だ。それを考えれば立ち振舞は偽れるが、顔立ちだけは偽れないだろう。そして職業としてではなく性根として騎士である者達は騎士の雰囲気と共に、そう言う騎士らしい高潔さの滲んだ顔つきになる。それが騎士達と十数年もの間寝食を共にしたカイトの持論だった。

 そして彼女の顔立ちには、その騎士特有の高潔さが滲んでいたのだ。こればかりは、長年の積み重ねによるものだ。偽ろうとして偽れるものではなかった。


「正々堂々をモットーとした真っ当な騎士だな・・・主命ならやるだろうが、強いて不意打ちをやろうとするタイプじゃないだろう」


 カイトは一応視線を回し読みされている二つの同じ書類に向けながら、外に待機している司令部との相談を続ける。回し読みしているのはこれが全員が確認して同意した合意だ、という事を示す為だ。お互いに何か仕掛けていない事を確認する為に、交互に回し合っていた。

 なお、実際にサインするのは皇帝レオンハルトと教皇ユナルだけになる。書類が二つある理由はお互いの国で同意した書類を保管する為だ。


『現在の進捗は?』

「現在は調印の書類をレイシア皇女殿下とアユル卿がお読みになられている所だ」


 カイトは司令部からの連絡を受けて、見守り続けている会議の進捗を報告する。シアも流石にこの場では緊張しているのが見て取れた。が、やはり彼女というところか、そんなものはカイトや皇帝レオンハルトぐらいしか見抜けない程だった。ちなみに、勿論彼女はドレス姿である。

 そうして、ほぼ同時に読み終わったシアとアユルの二人は同時に会議の仲裁役として招かれているヴェネティス政府の職員達へと書類を手渡した。後はこれで皇帝レオンハルトと教皇ユナルへと渡されて、調印となる。そうして回ってきた書類を読みながら、教皇ユナルが口を開いた。


「・・・ふむ。歴史的な和解の日となりましょうな」

「そうなるでしょう」


 教皇ユナルの言葉に皇帝レオンハルトも同意する。後はこの書類に己のサインをして相手に渡して、更にそこにサインをして調印書類を交換して、最後にお互いの国の玉璽を押せば良いだけだ。そうして、二人は同時に己の所に回ってきた書類にサインする。


「200年も先代達が苦しめた事、まこともうしわけない。公式に謝罪は流石に出来ません故、これでご勘弁を」

「・・・受け入れましょう」


 書類を交わし合う折りの教皇ユナルのあくまでも私人としての謝罪を、皇帝レオンハルトが受け入れる。小声ではあったが、たしかに謝罪だった。流石にここで受け入れないのは狭量にも程があるだろう。そうして謝罪と共に交わされた書類はとりあえずは、お互いの手に渡って確認される。


「・・・」


 皇帝レオンハルトは書類に何かおかしな点は無いかをしっかりと確認する。謝罪されたからとて、教皇ユナルを信頼しているわけではない。状況が状況だ。何かしてくると疑うのが当然だ。とはいえ、書類に何か細工をされていた様子はなかった。


「・・・これで、良し」


 皇帝レオンハルトは己の名前を教皇ユナルの名の横にサインする。そしてそれと同時に、教皇ユナルもまた己の名をもう一枚の書類の皇帝レオンハルトの名の横にサインしていた。


「リアンヌ殿。ご確認を」

「こちらも、お頼みします」


 皇帝レオンハルトと教皇ユナルは調印を終えると、仲介役であるヴェネティスの大統領へと申し出る。ヴェネティス政府の代表は事の大きさから大統領が直々に務めてくれる事になっていた。リアンヌという名の彼女は50代中頃の女性のぴりっとした女性だった。そうして、彼女は二通の書類をしっかりと確認して、仲介役の欄に己の名を記載する。


「・・・確かに、確認致しました」

「感謝する」

「感謝いたしますぞ」


 二人はリアンヌから先程己が署名した書類を返却してもらうと、立ち上がる。そうしてお互いに書類を机に置いて、交換した。


「・・・何事もなし、か・・・」


 カイトは何事もなく交わされた書類に、安堵の声を零した。これで、一応は正式に和平が終了したことになる。後の握手は所詮はマスコミ向けと言うか、きちんと和解が成立しましたよというアピールに過ぎない。


「・・・」

「・・・」


 皇帝レオンハルトと教皇ユナルは同時に手を差し出して、笑顔で握手を交わす。それをカメラマンが撮影する。これで、明日の朝一の朝刊にはどこの国でもこの両国の和平が成立した事が大々的に奉じられる事になるだろう。

 そしてこの時点で何も無い以上、カイト達の心配は杞憂だったということだろう。流石に和平を成立させて何かをしてくるほど、教国とて馬鹿ではないだろう。


「では、次の取り決めに入りましょうか」

「そうですな。慌ただしい事この上ないですが、仕方がない事ですか」


 皇帝レオンハルトの言葉に、教皇ユナルが笑顔で応ずる。本来ならこれで終わり、といきたい所なのであるが、今回は事情が事情だ。なのでいくつかの取り決めについても一緒に終わらせる事になっていたのであった。勿論、この後数日に渡って同じ様な会談が目白押しだ。重要な物は初日に終わらせるだけだ。


「では、次になるが・・・」


 今度は教国側の文官が口を開いた。そうして、この後もしばらくの間は同じような形で会談が続けられる事になるのだった。




 初日の会談の終了後。カイトは再びホテルへと帰還していた。そうしてまずしたのは、ティナへの連絡だった。


『ふむ・・・何事も起きる事もなく、か・・・』

「ああ」

『良き事、と考えるのが良いのじゃろうが・・・』

「和平の一番の目的として使えるのは・・・だろう?」

『わかっとるなら、それで良い』


 ティナはカイトの言外の言葉を認める。彼の言外の言葉。それは和平は時間稼ぎにもなる、ということだ。もし時間稼ぎであれば、当たり前だが教国側はなんとしても和平を成立させようとするだろう。


「和平・・・漢字を逆にすれば、平和。それは即ち、軍備に注力しなくて良いと言う事だ・・・だろう?」

『うむ・・・軍備を整えぬのはあり得ぬが、教国はこれより各地方の軍を引かせる事ができような。であれば、今まで使わねばならなんだ戦費の多くを別の所に回せるわけじゃ。少なくとも、あの道化共対策があったとしても、今以上に戦費を抑えられる事だけは確実じゃろう。それに、物資の輸送等も安易になる』


 カイトの言葉に続けて、ティナが道理を説く。教国は幸いにして肥沃で広大な領土と元マルス帝国の本拠地があったという立地条件が重なった事で、一国だけでほぼ全てが賄えている。

 だが、そこに他国からの物資の輸入が入れば経済は活性化するだろうし、和平が成立すれば今までは戦争というお題目の下に見逃されていた犯罪や他国からの扇動等は一気に沈静化する事になるだろう。

 それを考えれば、教国が何らかの理由で力を溜める為に時間を欲していても不思議はなかった。そしてそう考えるのも無理はない理由が、ここにはあった。


「もし奴らが使う武器が村正一門の流れを汲んでいたとすると、何かを考えている事だけは事実だろうな」

『じゃろう。この5年の沈黙・・・その量産体制か技術の確立と見れば、筋が通ろう』


 ティナが今のところ一番筋が通る話を述べる。カイト達が提出するまで、皇国は教国の騎士達が村正一門の流れを汲む武器を使っている事を知らなかった。であれば、これが普及し始めたのは小競り合いが起きていないこの5年以内の事になるだろう。それ以前ならば、どこかの小競り合いの折りに鹵獲されていても不思議はないからだ。そして、それなら一つの答えが導き出される。

 それは即ち、村正一門の技術の導入が現教皇ユナルの主導の下で行われた事業である、ということだ。ここまでの物を導入しておきながら、前々から小競り合いを停止させていた。そして、今ここで戦争を停止させる。何か裏がある、と考えるのが筋だろう。


「ふむ・・・燈火には言っておくべきか」

『それはこちらから言っておこう。竜胆と海棠の爺さまは大丈夫じゃろうが・・・門弟達の腕が優れておるわけではないからのう』


 やはり一番厄介なのは、本家本元が襲われる事だ。この世の中、地球もエネフィアも国と国の間で行われる事はさほど変わらない。密偵や拉致なぞ必要とあらばどこの国だろうとやる。それが、この世の中だ。

 となると、やはり怖いのは竜胆という戦士を兼ねた鍛冶師がこちらに来た後の対処だろう。注意を促しておいて損はない。


「そっちは任せた。こちらは外と連絡が取れないからな・・・さて・・・そうなると、今回の会談は何事もなく進むと考えて良いか」

『じゃろう。そして何事もなく進むのであれば、時間稼ぎというのが最も考えられるパターンじゃ』

「・・・どう見る?」

『早計じゃ。安易に判断するな』


 カイトの言外の言葉をティナは否定はしないまでも、肯定はしなかった。カイトの言外の言葉は、一つだ。『死魔将(しましょう)』達と教国が繋がっているのではないか、という懸念だ。


「襲われないと思っていると見るのが筋だろう」

『呉越同舟を隠れ蓑に追い落とす術を探っているだけ、とも考えられよう』

「どっちもあり得る、か・・・少なくとも、数ヶ月の時が稼げるだろう事は事実だしな」


 カイトはティナと僅かに意見を戦わせて、議論を取りやめる。所詮ティナはカイトが出した意見に別の意見を出しただけだ。どちらも、お互いにその可能性があり得る事ぐらいは把握している。そうして、とりあえずの対処をティナに任せたカイトは、一人小さくつぶやいた。


「となると・・・あの道化野郎が持ってきた写真が気になるな・・・」


 もし教国と道化師が繋がっていた場合、気になるのは教国の極秘資料としてカイトへと持ち込んだあの二枚の写真だ。これがもし本当に正真正銘極秘資料だった場合、道化師は教国を潰したいと考えていると見える。この場合は彼らは繋がっていたとて利用しているだけ、と考えられる。

 では、そうではない場合はどうか。この場合、意図的に教国側がカイトの正体を把握した上で露呈させたと考えるのが筋だろう。では、そこの意図は何処にあるか。


「まさか・・・オレを完璧にしようとしている? んなアホな」


 カイトは自分で推測を立てて、自分で否定する。カイトは自他共に認める通り、完璧ではない。身体の大半は魔素(マナ)』で構成されている。出せる出力は後先考えないで50%未満。それを元通りにする場合、特殊な事例が絡む為にもう一つの遺体が必要となってくる。

 が、これをわかってやるのであれば、出せる言葉は一言だけだ。馬鹿だろう、と。正直言って、今でさえカイトはかなりのチートだ。これが完全体になるというのだ。どれほど厄介な存在になるのか、というのは想像に難くない。策略を力技でねじ伏せる事が出来る奴が更に力を増すのだ。『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』にも近くなる事は明白だ。


「利用されているだけ・・・と考えるのが筋か? まぁ、そもそもこの写真を持ち込んだ事自体を信じるわけじゃあないんだが・・・」


 厄介だな、とカイトは呟いた。どうしても、『死魔将(しましょう)』という存在が姿をちらつかせる。彼らの考えを読めないのが痛い。もしこれが利用しているだけであれば、それで良い。教国は取るに足らない存在に落ちる。が、手を組んでいた場合が一番怖かった。


「・・・当分は、要注意としておくか」


 カイトはそう決めると立ち上がる。この後は皇帝レオンハルトと共に教国側の使者達との会食が控えている。それに出なければならなかった。そうして、カイトは一度思考を切り上げて、武力に依らない戦場へと繰り出す事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第984話『意外な事実』


 2017年8月5日

・追記 誤字修正

『エンテシア皇国』とすべき所が『エンてシア教国』となっていたので修正しました。

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