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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第50章 草原で生まれし者編

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第892話 調印式 ――開幕――

 カイトがシアから情報を貰って、更に数時間後。昼を過ぎた頃だ。カイト達はヴェネティス側が用意してくれた小さめの飛空艇に乗り込んで、大河の中洲に作られている人工島へと足を伸ばす事になっていた。


「ハイゼンベルグ公、マクダウェル公、ブランシェット准将。此度の内容は把握されていますか?」

「うむ」

「オーライ」

「こちらは大丈夫だ」


 外務大臣から問いかけられたカイト達は、とりあえず問題がない事を明言する。アベルとハイゼンベルグ公ジェイクは皇国側の代表として名を連ねているし、カイトは近衛兵団の一人に身を扮して会場内での護衛だ。やることは今も昔も変わらない。己が調印するか否か、だけが違う。そう言ってもその前にはこういう仕事が多かった。なので貴族に任ぜられる更に前に戻った、とも言えるだろう。


「アベル。頼んでおいた調査は?」

「ああ、それについてはこちらでも確認した・・・名簿の中には教皇直属の紋章騎士で参列するのは副団長だけ、と言われている」

「連れては?」

「来ていない、というのが公式発表だ」


 カイトの問いかけを受けて、アベルが軍同士のやり取りで得られた情報をカイトへと提示する。シアからの情報の後、カイトはアベルに頼んで<<紋章騎士団(エンブレム)>>の騎士団長は来ているかどうかを確認してもらったのだ。


「ふむ・・・何か別命を受けた、か?」

「そう言っている。先方の公式発表では、紋章付きの騎士団長殿は北方での盗賊退治に出かけているそうだ」

「ふむ・・・」


 アベルの言葉を聞いて、カイトは顔を顰める。これを素直にそのまま受け入れるはずがない。道理に適わないからだ。そうして、しばらく後にカイトが口を開いた。


「末端でも良い様な仕事をわざわざ騎士団長に任せる、ね・・・治安維持は青騎士の両分。可怪しいな」

「やはり、考える事は一緒か?」

「だろうな・・・表に出すと拙い人物か、そうでなければ出ると拙い奴か・・・それか」

「「別命を帯びて何らかの任務に出ているか」」


 カイトとアベルは同時に推測を告げる。それしか考えられない。教国における内部の治安維持は通例として<<青騎士団(ブラウ・リッター)>>に任せられる。そしてそれで手が回らない様な事態になれば、今度はルードヴィッヒ・ヴァイスリッター率いる<<白騎士団(ヴァイス・リッター)>>の出番だ。

 わざわざ教皇の懐刀である<<紋章騎士団(エンブレム)>>が出て行く任務ではない。それがこの状況であるのなら、なおさらだ。どう考えても優先度はこちらが高い。


「わかった。エルロードを通して、向こうの騎士団長殿の一人に聞いてみさせよう」

「頼めるか?」

「ああ・・・ああ、クズハか。オレだ。少し頼みたい事が出来た・・・」


 アベルの要請を受けて、カイトは通信機を使って別の小型艇で移動しているクズハ達へと連絡を入れる。エルロードも勿論その船に同乗しており、そこから伝えてもらう様に頼むつもりだった。


「これで良いだろう」

「助かる・・・一応、船に近付かれるとは思わんがな・・・」


 アベルがため息を吐いた。<<紋章騎士団(エンブレム)>>の騎士団長は通例として、その時代最高と目される騎士が着任するのが決まりだ。礼儀作法や指揮能力等の総合力としての最高であって戦力としての最強ではないが、それでも実力として最強に明らかに劣るわけではない。

 上手く立ち回れば皇国で最新鋭の戦艦ぐらいは落とせるのが、騎士団長だ。どこかに潜まれて奇襲を食らうと非常に有り難くない事だけは、確かだった。


「そう言う意味で言えば、空母打撃群を持ってこれるのは有難かったか」

「ああ・・・そう言う意味で言えば、軍部は貴公らには頭が上がらない。移動基地と同等だ」


 カイトとアベルは外を見て、今回も出番になった空母型飛空艇を観察する。今回、旗艦はあれとしてヴェネティス政府へと申告した。勿論、中には先の戦いで使った魔導機も搭載している。

 流石にヴェネティス政府にはかなり難色を示されたが、それでも教国のこれまでの事を考えて押し通させたらしい。お陰で、最悪の場合の戦力としてはこの間の大陸間会議の半分程度には整えられていた。


「そりゃ良いか・・・っと、そうだジジイ」

「なんじゃ」

「桔梗と撫子からの話は通したよな?」

「うむ、来ておる・・・ああ、その話か。少々待て。今、ラグナ連邦とウルカの間で交渉が纏まりそうでな」


 カイトの問いかけから先を理解したハイゼンベルグ公ジェイクは、現在の進捗状況をカイトへと伝達する。元々動いていてくれたのだが、昨日得た情報を受けて本格的に動く事にしたのであった。


「一応、冒険部の動きに合わせて、ラグナ連邦かウルカ共和国のどちらかへの依頼に偽装した冒険者として入り込めるはずじゃ。偽造の入国審査証についてはこちらで手配出来るじゃろう。船としては、教国を経由するルートを開拓してからになるじゃろうな」

「そりゃ、助かる」


 カイトはとりあえず胸を撫で下ろす。これで、冒険部を隠れ蓑としてカイトはまた別の冒険者として教国に滞在出来る。何故冒険部を隠れ蓑にするのか、というとそちらの方が動きやすい事は動きやすいからだ。

 だがこちらはその代わりに監視がされてしまう。当たり前だが教国とて冒険部に何ら監視も置かずに野放しにすることはないだろう。


「良し・・・とりあえず今後の動きはそれで良いか・・・」


 カイトは近づいてきた人工島を見ながら、そう呟いた。そうして、遂に200年近く続いた戦いを終わらせる為の和平調停が始まる事になるのだった。




 カイト達が到着するとほぼ同時。ルクセリオン教国側の使者達も人工島へと到着していた。そして、それはルードヴィッヒとルーファウスの親子も変わらない。


「ルー。そう嫌そうな顔をするな」

「いえ、そういうわけでは・・・」

「ははは。まぁ、ご先祖さまの遺言には背く事になってしまったが、この状況だ。ご理解くださるだろう」


 ルードヴィッヒは快活に笑いながら、ルーファウスを宥める。基本的に杓子定規なルーファウスに対して、ルードヴィッヒの方は遺言はあくまでも遺言で尊重程度にすべきだろう、という結構柔軟な思考を持ち合わせているらしい。


「いや、存外俺は楽しみではあるけどな。エルロード卿とは数度相まみえた事があったが・・・こういう形での対話は初だ。一応、大陸間会議で事務的な話はするけどな」

「むぅ・・・父さんは少しおおらかすぎるんですよ」


 おおらかと言うか大雑把というかな父親の様子にルーファウスが口を尖らせる。やはりアルが居ないからか、基本的に彼は真面目なだけの好青年である様子だった。

 ちなみにエルロードとルードヴィッヒが何度か会っている様な口ぶりだが、実際の所としては戦場で何度か交戦している、という所だ。

 と言っても流石にここ数年の話ではなくまだお互いが騎士団長に就任しておらず、先代の教皇が積極的に小競り合いを行っていた頃の話だそうである。その後は大陸間会議で何度か会っているが、彼の言う通り事務的な会話に過ぎないらしい。


「堅いな、お前は相変わらず」

「兄さんのそう言うところは美点だと思います。そして私も、父さんが少しおおらかすぎるだけかと思います」


 ルードヴィッヒの少し苦言の入った言葉に対して、一人の少女騎士がフォローを入れる。彼女もまた騎士の装いをしていたので騎士なのだろうが、若いルーファウスに比べても更に若い。一歳か二歳は下だろう。


「二対一でこっちが正しそうですよ、父さん」

「おっと・・・これは手厳しいな」


 少し勝ち誇った様子のルーファウスに対して、どこか楽しげにルードヴィッヒが笑う。そうして、改めて少女騎士へと視線を向けた。


「アリス。わかっていると思うが、お前はじっとしているだけで良い。握手を求められれば、握手を返す。それだけだ」

「はい、父さん」


 アリス。そう呼ばれた少女騎士はルードヴィッヒの言葉に頷いた。彼女自身がルードヴィッヒの事を父と呼び、ルーファウスの事を兄と呼ぶのだから彼女は妹なのだろう。

 とはいえ、ルードヴィッヒの言葉からもわかるかもしれないが、実は本来彼女は呼ばれる様な立場ではないらしい。というわけで、ルードヴィッヒが少し困った様に頭を掻いた。


「本来なら見習い騎士であるお前を呼ぶべきではないのだろうが・・・すまんな。向こうが現当主のエルロード卿に嫡男のルシウス卿、アルフォンス卿が来る関係で数合わせが必要だった」

「わかっています」


 ルードヴィッヒからの再度となる謝罪にアリスは首を振る。実のところ、彼女は本来はまだ見習いの騎士の立場だったらしい。が、今回の一件があって急遽正式な騎士として叙任させる事になったのであった。

 流石に皇国としてもすでに龍に纏わる二つ名を授けたアルをこの場に呼ばないわけにはいかないし、皇国のヴァイスリッター家として嫡男であるルシウスも連れて行かねばならない。そうなると今度は数合わせの問題で教国側のヴァイスリッター家ももう一人誰かを連れていかねばならなくなってしまったのであった。そして白羽の矢を立ったのが、このアリスというわけである。


「さて・・・では、行くか」

「「はい」」


 ルードヴィッヒは二人の子供を連れて、歩き始める。会議場を中心としてこの飛空艇の発着場の点対称の位置には、皇国のヴァイスリッター家の面々が来ているのだ。堂々と、しかし騎士として優雅に歩かねばならない。そうして彼らもまた、会場入りを果たしたのだった。




 会議場へカイト達が入ると、それと同時に反対側の扉から教皇ユナルを中心とした教国側の使者達が入ってきた。その中心に居るのは、教皇ユナル。彼は白を基調として金の縁取りがされたローブを着ていた。更にローブの各所には繊細な装飾が施されており、彼が高位の聖職者である事を示していた。

 彼と共に入ってきた人数は、こちらと同じく10人。トップの護衛が1人だけで後は全員文官か高位の軍人だ。この部屋に他には、仲介役であるヴェネティスの大統領と数人の職員達、この様子を撮影する事を許可された報道機関の者達数名が部屋にいるだけである。

 

「公よ・・・万が一の場合には任せる」

「御意」


 ここでのカイトの立ち位置は皇帝レオンハルトの最側近の護衛だ。なので小声で話しかけられたカイトはそれに小さく頷いた。そうして、カイトへと確認が取れた皇帝レオンハルトは小さく頷いて、教皇ユナルへと声を掛ける。


「貴公が、教皇ユナル・ヴェーダ殿に相違ないか?」

「うむ・・・昨夜はご迷惑をおかけしましたな」


 皇帝レオンハルトの言葉に柔和な笑顔を浮かべて教皇ユナルが謝罪する。そこには異族に対する敵意は一切浮かんでいなかった。演技であったとしても、これは素晴らしいとしか言いようがない。


「いや・・・御身がご無事でなによりです」

「ははは。そう言って頂ければ。賊には度々苦労させられておりましてな」

「心中察するに余りあります」


 皇帝レオンハルトと教皇ユナルは少しの間、自分たちの席へと歩きながら社交辞令を交わし合う。会議場は大きくなく、広さとしては学校の教室二つ分程度だろう。なので少しの間、それは続く事になる。

 部屋にあるのは20メートル程度の大きな長机と、その両側に椅子だけだ。そして、一番の上座には一際豪華な椅子が二つ。両国の代表者――大半は王様――が座る為の椅子だった。


「あぁ、賊といえば大陸間会議ではお怪我はありませんでしたかな?」

「ええ、幸い鍛えておりましたし、我が軍にも優秀な兵士は多い。なんとかこの通り、一切の手傷無く帰還出来ました」

「それは良かった。ご無理をされているのではと思いましてな。治療の申し出等を考えておりましたよ」

「かたじけない。貴国にも負けず良い兵を抱えられて幸いでした」

「あははは。いやはや、残されたヴァイスリッター家にも良い芽が芽吹いておりましてな」


 皇帝レオンハルトの社交辞令に、教皇ユナルは笑う。流石にこれから和平に臨もうというのだ。お互いに社交辞令とは言っても棘はない。そうして二人は同時に椅子に腰掛けて、その二人の合図を受けて両国の使者達が腰を下ろした。


「ふむ・・・そう言えばふと思ったのですが・・・蒼き髪の美丈夫。まるで勇者カイトを思い起こすようではありませんか」

「ははは。偶然にもこういった場で良い腕の兵が偶然、蒼き髪であっただけですよ。我が国の近衛団長は先の怪我で此度は来れなかったので、急遽彼に代役を頼んだのです」


 教皇ユナルがカイトを観察しているのを受けて、皇帝レオンハルトは内心で冷や汗を掻く。教国側がカイトの正体を把握しているかどうかは、向こう側しかわからない。

 とはいえ、ここで話題を変えるのは可怪しいだろう。明らかに何かを隠している様なものだ。なので彼はゆっくりと話題を逸していく事にした。


「それにしてもそちらも非常にお美しい騎士を連れていらっしゃる・・・騎士団長殿ですか? 貴国は実力主義と伺っている。女性の騎士団長が居た事もあると聞いています」

「ああ、いや・・・騎士団長は少々所用でしてな。此度は連れてきていないのですよ。彼女は副団長のエードラム。我が国では白百合の騎士と言われる騎士です」


 教皇ユナルの紹介を受けて、二人を挟んでカイトと反対の位置に立ったエードラムという女性騎士が皇帝レオンハルトへと小さく頭を下げた。


「そうですか。それはぜひ、何時か機会があればお会いしたい」

「機会があれば」


 二人は努めて柔和に話し合う。どうやらこの様子では、教皇ユナルも会談を成功させるつもりはあるのだろう。そうして、遂に調印式が始まったのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第893話『調印式』

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