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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第50章 草原で生まれし者編

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第891話 調印式 ――開始前――

 テロが起きた翌朝。カイトの所へは朝一にメイド服姿のシアが顔を出していた。メイド服なのは侍女と偽って訪れていた為だ。メイドは偽装に使えるので非常に便利であった。


「ということは、昨夜の一件は向こうもテロで通す事にした、か」

「ええ。こちらもそれを受け入れたわ。と言ってもけが人が出なかったわけではないから、少しだけ調印式の時間を遅らせて欲しい、とのことよ。可能ならお昼後の13時の開始で頼む、と」


 シアは朝一に持ってこられた情報をカイトへと伝える。詳しく聞けば教皇その人が直々にけが人の手当てに回った為、下の者達が気を回して時間を遅らせてくれる様にこちらに頼んできたらしい。


「ふむ・・・まぁ、今の所は受けざるを得ないか」

「ええ、そうね。そうなるわね」


 皇国としてもテロとして受け入れている。そして教皇その人が人道として正しい事をしている以上、そこを慮った所で問題はない。向こうもこちらもこの数日はお互いの所にしか用事は入れていない。多少遅れた所で問題はなかった。


「ふむ・・・アベル。軍部の抑えは出来ているか?」

『ああ、マクダウェル公か。こちらは、なんとかなっている。先のテロにこちらはなんの繋がりもない。向こうも納得済みだ。調書は合同で行って、きちんと先方の騎士達が同意している』

「そうか・・・なら、大丈夫か」


 カイトは通信機を使ってアベルその人へと問いかける。この状況で一番怖いのはこのテロリスト達が皇国と繋がっていると思われる事だ。そうなると調印はお流れだし、その場合の責任はほぼほぼ皇国にあるとされてしまう。そしてその場合、世界中から非難を受けるのは皇国側だ。教国と皇国の一騎打ちに持ち込めてしまう。色々と非常に拙い事になってしまうだろう。


「さて・・・そうなると、シア。持ってきてくれているな?」

「ええ。情報部からの早刷りよ。お父様に渡す朝一の物より更に早い物を手に入れたわ」


 カイトの求めを受けて、シアは彼へと数枚の写真を差し出した。それらは全て、教国の上層部の写真だった。彼らの姿を撮影出来る事はまずないのだ。それが前もって撮影出来たのは正直言って、今回の調印式での最大の収穫と言えるだろう。


「一枚目が、教皇ユナル。経歴は一応、教国の片田舎で司祭をやっていた事だけはわかっていた男ね。得意なのは医療分野。それ故、昨夜は黙っていられなかったというのが先方の言い分よ」

「ふむ・・・」


 カイトはシアから渡された一枚目の写真を観察する。映っていたのは、50代後半の老人だ。とはいえ、教皇という激務を考えれば、実年齢はもう少し若い可能性も考えられる。そこらは不明だった。


「アユル卿は確か20代前半だったか?」

「それか、中頃というのが見立てね。本人も23歳だとこないだの会議の時に申告しているわ」

「それは流石に真実だろ」

「わからないわ。裏でどういう顔があるのかわからないのが、この世の中よ」


 カイトの言葉にシアは首を振る。そういった女たちを山ほど、彼女は見てきている。裏表が殆ど無いカイトの周辺が可怪しいだけだ。


「さてなぁ・・・ま、そりゃ置いておくか・・・ふむ」


 カイトは改めて写真を見る。教皇ユナルはそれなりに鍛えている様子で、疲れたからと公務を遅らせる様な顔には見えない。髪は少し短めに切り揃えられている。顔立ちには深い皺が刻まれているが、穏やかな感じはあった。ひと目見た感じとしては、柔和で優しげな穏健派の教皇と思える。が、カイトはそう考えてから、首を振った。


「・・・いや、流石にこれ以上は下手に推察するべきではないか。次は誰だ?」

「次は紋章騎士団の副団長エードラム・バルファキス」

「副団長?」

「次の一枚に、彼女の後ろ姿が撮影されているわ」

「ふむ・・・マントに副団長の印か・・・」


 カイトはシアから示された情報に従って、三枚目の写真を確認する。三枚目は二枚目の女性を背中側から撮影した物だ。基本的に、教国の騎士団は高位になればマントに刺繍する事が許される。その刺繍の中でもこのマントには副団長のみ――団長は別になる為使わない――が使える刺繍がされていたのだ。

 ここらは、伝統を重んじる騎士団だ。ルクスがまだ在籍していた時代から変わる事もなく、継続されていたらしい。なのでカイトもそれで納得する。


「ふむ・・・年の頃は大凡20代中頃か。彼女が、今度のユナル卿と共に来る騎士か?」

「その顔見せも含んでいるのでしょうね」


 シアは言外にカイトの言葉を認める。当たり前だが、教皇の実の娘を一人で元敵地へと向かわせるのだ。護衛の一人や二人送らないわけがない。それは流石に体面として悪い。

 そう言う意味で言えば、女性かつ教皇直属騎士団の副団長というのは非常にうってつけだ。軍事面から皇国の情報を手に入れてくれるだろうし、政治面としても発言権はある。補佐役としても良い。


「ユナル卿の護衛として、女性騎士を5人程こちらにこさせるそうよ。全員、彼女配下の騎士ね」

「妥当な判断か・・・それで、団長は? 流石に教皇が顔を見せているのに団長が出てこない事はないだろう?」

「・・・それが無いのよ。どこにも姿形が見受けられず、というのが情報部の結論よ」

「何?」


 カイトはその意図が理解出来ずに、顔を顰める。今回、こちらは表向き公爵を二人連れてきている。それは勿論体面を気にしてのことだ。軍としても元帥や将軍級は顔を出しているし、軍の大臣も勿論来ている。それに対して、相手は懐刀を出していないのだ。訝しむのは仕方がない事だろう。


「・・・どこかにそれらしい人物の影は?」

「今のところ、教国の関係者らしい人物は見られていないわ。勿論、スパイは除くけどね」


 シアはため息混じりにカイトの質問に答える。教皇の近くでの不意の事故でも騎士団長は顔を見せなかったという。これは少々不思議だ。普通は教皇に謝罪するなり安堵させるなりする為に、一度は顔を見せに来るのが騎士団長の仕事だろう。それ故、副団長はきちんと顔を出している。

 勿論、これは教国を最大限に警戒しているこちらが勝手に邪推しているだけとも考えられる。事件の処理等でホテルの部屋か飛空艇の司令室に待機していて、という可能性は十分に考えられるのだ。


「とはいえ、安易な判断は出来ないわ」

「わかっている・・・とはいえ、調印式に顔を出さなければ流石に怪しむ。その場合に皇帝陛下は?」

「もし会場にも来なければ、聞くそうよ。流石にそこを聞かない道理はないもの」


 エネフィアでは強大な力を持つ個人は戦略兵器と大差がない。それが調印式に来ていないのなら事情を聞いておくべきだろう。皇帝レオンハルトの判断は妥当なものと考えられる。


「そうか・・・」


 とりあえずそれなら安心か、とカイトが頷く。他に気になるのはこの後の流れだが、変わったといえば調印式が昼一番にずれたぐらいだ。


「で? そちらはどうなの? 何人か向こうに渡らせた、と聞いたけど」

「それ、か・・・一応、ブランシェットには話を通したんだが・・・まぁ、まだ通っていないか」


 当たり前の話であるが、そもそも昨日確認してもらった事はブランシェット家から持ち込まれた情報だ。なのでアベルには当然会談に参加してもらった。そこから、怪しまれない様に皇帝レオンハルトへと持ち込んでもらうつもりだったのだが、昨夜のテロで色々と立て込んでいてまだ通っていなかったのだろう。


「少し前にブランシェット家から教国に玉鋼の流入があったと情報が回ってきて、意見を求められたんだよ」

「聞いた事はあるわね」

「そうか・・・それで、気になって桔梗と撫子に見に行ってもらった。ら、幸いな事にテロが起きて抜剣したらしいからな。確認が取れた、というわけだ」

「それで?」


 シアは真剣さを滲ませつつも、カイトへと先を促す。この時点で、彼女には大凡の流れが推測出来ていたらしい。


「ビンゴ、だそうだ。詳しい事は手に入れていないし遠目だから結論を下す事は出来ないが、村正一門の可能性はあるそうだ」

「村正一門の?」

「ああ・・・厄介な話になりそうだ・・・竜胆の奴も来る事になるだろうな。本家本元の流派とは少し違った味があるが、奴なら弟子がどういう風潮か分かっているはずだ」


 流石に本家本元の一門の出ではないだろう、というのは桔梗と撫子の話だ。が、それでも村正流に近い匂いはするらしい。大方、破門された者か少し聞きかじった脱走者が手を貸しているのではないか、というのが、二人の見立てだった。

 破門や脱走は年に二桁単位で出ている。そしてある程度で折れる者も少なくない。が、それだけでもやっていける力量があるのが、村正一門だ。人間種も少なくない。そう言う情報を集めていって、というのは不可能ではなかった。


「二代目直々に、ね・・・」

「しゃーないさ。自分の所の尻拭いだ。当主直々に出ざるを得ないだろう」

「ということは、一度教国中枢へ向かう事になりそうね」

「そうだろうな。そこは、こちらに任せてもらおう」


 シアの提案にカイトが同意する。こうなってしまっては、もうカイトの出番とならざるを得ない。事情を知った上で教国の中枢部へ入り込めるのは『冒険部の長カイト』ぐらいだろう。

 更にカイトの場合、当人が村正一門の武器の愛用者だ。鍛冶の手習いもさせられている。下手な密偵に入ってもらうよりも良いのだ。そこにとりあえずの区切りを付けると、再び写真に戻る事にする。


「まぁ、それは今は良いか。とりあえず、四枚目」

「それはライフ司教。教皇ユナルの懐刀と言われる人物ね。ゆくは枢機卿への就任も確実視されている男よ」

「随分と若いな」


 カイトはいぜんの会議にも使者の一人として顔を出していたライフの顔を改めて観察する。年齢は20代中頃から後半。アユルやエードラムより少し上という所だろう。その顔は理知的で、聖職者というよりも学者という方がしっくりと来る。


「先代の教皇から居た枢機卿が一人急病で死去なさったそうよ。その後釜として、その息子である彼が急遽代役として就任したそうね。一応対外的には司教で、内々には枢機卿扱いだそうよ」

「ふむ・・・ということは、一族がかなり名門家となるわけか・・・」


 若くして要職に就任するからには、何らかの理由がある。アユルの場合は父親が教皇だという事情があったし、ライフの場合は父の急死という不幸だったのだろう。情報部の情報が正しいのであれば、これには可怪しい所は何も無いだろう。


「流石に年齢的に枢機卿では無理だから、一応は司教のまま、という感じか」

「そうね。情報部もそう推測しているわ」

「ふむ・・・じゃあ、次か。次は?」

「ピーリス枢機卿ね。そちらはよく表に出ている人物で、今回の調印式に関しての動きでは実務的な面での総責任者になっている男よ」

「こちらは・・・まぁ、妥当な所か」


 カイトは五枚目の写真を観察する。そこに映っていたのは、教皇ユナルと同程度か少し年上の老人だ。深いシワが刻まれていて眼鏡を掛けているが、かと言って理知的だったり神経質そうな印象はない。一般的な者達が思い浮かべる高位の聖職者の老人という感じだ。やはり、特例的にライフが若いだけなのだろう。


「・・・これで、最後か」

「ええ。とりあえず重要そうな人物で撮影出来たのはそれだけ、だそうよ。まぁ、テロだもの。テロ現場に教皇が前に出たのが十分に異例という所なのでしょうね」

「ふむ・・・」


 カイトはシアの推測を小耳に挟みつつ、己の考えをまとめ上げる。考えていたのは、教国の意図だ。


「・・・自分達の意思を見せる為、か」

「そうね。そう見るわ」

「さて・・・面倒だな」


 カイトはため息を吐く。今回、教皇直々にけが人の治療に奔走した。このテロが彼らの故意かそれとも偶然かはわからないが、少なくとも周囲には今まで情報が皆無に等しかった教皇ユナルが協調路線である、という事は印象付ける事が出来ただろう。

 こちらからも遠からず本当にそうではないか、という意見が出るはずだ。軍部の中の不満も少しは宥められる事だろう。


「下衆の勘繰りであることは承知しているが・・・逆に下衆の勘繰りが時に功を奏する事もある」

「下衆の勘繰り無しに生きていける世界ではないもの」

「だな・・・どうにかして、中枢部へと連絡役が欲しい所ではあるが・・・」

「無理でしょうね、流石に」

「はぁ・・・」


 カイトはため息を吐く。教国の中枢付近へと大使館の一つでもおければ、と思わなくはないが、それは今後の協議によってとなるだろう。今は戦争を回避する事が出来た事を良しとするしかない。


「まぁ、姿を晒してでもこちらへの評を取った、という事は少なくとも今回の一件は本気だ、という事の現れではあるか」

「そうね。そう考えるべきね」

「なら、今の所は安心しても良いか・・・わかった。情報サンキュ」

「ええ・・・後はよろしくね」

「任されよう」


 カイトはため息混じりに深く椅子に腰掛ける。歴史的な調印式まで、後数時間。その間何も起きる事はなく、ただただ時間だけが過ぎていくのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第982話『調印式』

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