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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第50章 草原で生まれし者編

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第890話 両岸の両国

 エンテシア皇国とルクセリオン教国との調印式。それは当たり前といえば当たり前の話であるが、どちらかの国の首都で行われるわけがない。調印式が行われるまでは、お互いに敵国なのだ。

 なので調印式は中立地帯が設けられて、そこで行われる事になった。そしてその中立地帯だが、それは両国と国境を接するとある小国になる事となった。その小国の名はヴェネティス。

 肥沃な大地と豊富な水源を抱える農業国だった。国の規模としてはあまり大きくはないし軍事的にも強いわけではないが、それにより中立の立場を取れていた。立地としても攻める意味の無い所だった。それを見込んで、両国からの依頼により中立として立会人を依頼されたのである。


「調印式は明日の12時か」


 皇帝専用機の中で、カイトは外を見ていた。服装は何時もとは違い、皇国近衛兵団の軍服だ。シアの副官として、身分を通していた。国が偽るのだ。この程度の偽造はどうとも無い事だった。


「シア・・・ちょうちょは持ってるな?」

「これね」


 シアがひらひらとカイトの蝶を見せる。懐に忍ばせていた。とりあえず、これで彼女は安全な状態だろう。なにせ一度なら死を避けられるのだ。これほど強力なお守りはない。


「良し・・・」

「何か起こすと思ってるわけ?」

「・・・いいや、思わんな」


 シアの問いかけに、カイトが少しだけ考えて首を振る。何もしてこない。そう、カイトは直感として考えていた。


「現状、教国は幾つもの事案を抱えている・・・それが皇国との戦端を開きたいが為の偽装でもない限りは、ここで何かをしてくる事は無いだろう」

「そして皇国が最初である以上、一番警戒してくるのも道理、というわけね・・・」

「それを見越せば、皇国と事を構える場合には他との調印式を終えてからにしたいはずだ。初手で何かをしてくるとは思えん。そして思えんのだから、やってはこない」


 今ここで教国が調印式を叩き潰せば、教国は各国からフルボッコになる。もし戦端を開きたいとしても、それは少なくとも他の国との調印式を終えてからにしたいはずだ。

 それを見ればこそ皇国も和平交渉に応じたのだ。皇国が一番初めだからこそ受けるべき、となったのである。皇国との調印式を叩き壊せば教国には破滅しか待っていないのだ。


「さて・・・そうなると次は調印式がきちんと進んでくれさえすれば、良いんだがな・・・」


 カイトが一人気を揉んでいた。これさえ終われば、西部の治安は一気に回復出来る。と言うか、しないといけない。それは皇帝レオンハルトもすでに明言していたし、カイトも同意する。今までは軍が安易に活動出来ない事を良い事に好き勝手していた盗賊達を一気に掃討するつもりだ。

 そうしてそこらを考えつつカイトは一人窓の外を眺めていると、次第に水源地域が見えてきた。ヴェネティスは第二の都市ヴェネスだ。ここで、調印式が行われる事になっていた。この街はその特性上、調印式としては最適なのだ。


「見えてきた、か・・・」


 例えるのなら、イタリアのヴェネツィア。それが一番例えとし相応しい土地だ。それよりももっと水を多くしたのが、このヴェネスだ。水源が豊富な事でヴェネティスの運輸関連は水運で成り立っており、その中心地として栄えたのが、この街だった。国を南北に横断する大河のほぼ中心に位置する街だった。


「大河の両岸に位置する特殊な街・・・中央には大会議場や観光、運輸の中心となる人口の島・・・調印式をするには、最適な土地か」


 カイトはヴェネスの上から、街の全体図を見る。大河の幅はおよそ500メートル程。かなり大きい。その両岸に位置しているのが、この街の特徴だ。街が大河により寸断されているようにも見える。そしてその大河の中心には、船でしか渡れない小島が存在していた。これが先の会議場等がある場所であり、今回の調印式に選ばれた場所でもあった。


「小島の規模は大凡300メートル。会議場、検問等が行える巨大な水門を完備・・・街の中にまで川の水が流れる特殊な都市・・・」


 カイトは今回の調印式が行われる会議場を上から観察する。小島の各所には川の水が走っていて、船で町中を移動するのが基本だ。その川の水はエネフィア特有の綺麗さがあるが、夜になれはそんな事はほとんど意味はなさない。特殊部隊の潜入は容易だ。それはどちらにとっても、だ。


「・・・こちらマクダウェル公カイト。状況はどうか」

『・・・何も確認されておりません。が、時折向こう側のお客さんも一緒、という所かと』

「何か仕掛けた様子は?」

『今のところ、何も』


 カイトは会場となる小島に密かに入り込んでいる特殊部隊の密偵からの報告を受ける。どうやら、何もしてはいないらしい。その程度は密偵達の腕を信用している。


「そうか・・・」


 流石に皇国と戦端を開くつもりであれば、そろそろ何かを仕掛けてこないと間に合わない時点だ。戦争とは起こす事に意味があるのではない。勝つ事にこそ意味があるのだ。戦争とは手段であって目的ではない。

 そして勝つ為には、戦争を如何に起こすかを考えねばならない。それを考えれば、今には何かをしてこないと可怪しいだろう。それがないというのなら、安心だということだ。


「・・・何もしてきそうにない、か・・・5年も前から何もしてこないというのなら、やはり人類同士で争う事の愚かしさを悟っている教皇と見て良いか・・・?」


 カイトは対岸の飛空艇の発着場に入った純白の飛空艇を観察する。こちらがヴェネスに入った様に、あちらも丁度ヴェネスに入ったようだ。

 対岸。それが、ここが選ばれた理由だ。大河の対岸に街が位置している為、基本的にはお互いの国が顔をあわせる事がない。合わせるのは調印式の打ち合わせ等で多少と実際の調印式でのみになる。

 川の両岸へと向かわなければ、会わないのだ。そして会わなければ、揉め事を起こす事もない。現状だ。両国共に意図的に向こうに行くわけにもいかない。遭遇しない事こそが、最も良い揉め事対策だろう。


「ティナ。そっちはどうだ?」

『うむ・・・こちらは問題無く、待機できそうじゃ。今のところ何かの結界が展開されそうになっておる見込みは無いのう』

「警戒しすぎ、かね・・・」

『警戒しすぎなぐらいがちょうどよい』

「そうだと、良いんだがね・・・」


 着陸態勢に入った飛空艇の中で、カイトはシートベルトを身に着ける。実際に街に降りるのはカイトの乗る飛空艇だけだ。後は教国側を警戒する為にほぼほぼ空中で待機だ。

 調印式が終わるまでは、何時攻撃されてもヴェネティス以外からのどこからも文句は言われない。何時でも皇帝専用の飛空艇が守れる様にしないといけないのだ。着陸している暇なぞ無かった。


「さて・・・桔梗、撫子。悪いが、少し頼む」

『『かしこまりました』』


 カイトの求めに応じて、二人の鍛冶師達が声を返した。敵の装備を見る事で見える事もある。とは言え、表向き中津国の所属である彼女らが調印式の一団に入り込んでいるのが見られると、変な疑いを持たれかねない。なのでカイトとは別行動だ。


「良し・・・やれる事はやった。後は、実際に動くだけか」


 カイトは気合を入れ直す。他国で相手国を刺激しない様にやれることは彼の言う通り全てやった。後は、どうなるかは出たとこ勝負だ。


「今度は、何も起きてくれるなよ」


 カイトは最後にそうつぶやいた。こう言っておきながら事件が起きたのが、つい数日前のローレライ王国での一件だ。流石にここまで悪い予感ばかりが当たって欲しくはなかった。そうして、そんなカイトを乗せた飛空艇はヴェネスの東側の飛空艇発着場へと着陸したのだった。




 さて、到着したカイト達だが、流石に何か出来るわけでもない。下手な動きを見せれば相手側へ心象を損ねる事になりかねない。勿論これはカイトが武官の中でも特に特殊な地位に居る武官だから何か出来る事が無いのであって、普通の軍の高官達は慌ただしく動いていた。


「まぁ、そういうわけでこっちは暇になるわけか」


 カイトはホテルの一室にて呟いた。現状部屋にはクズハしかいない。久しぶりにクズハと二人っきりだった。ということで、大いにクズハが甘えていた。

 具体的には膝の上に乗っかって胸にもたれ掛かって、である。微妙に『すぅー・・・はぁー・・・』とか『はぁはぁ』という明らかに危ない音が聞こえているのは、カイトにとって苦笑しかしようがない。

 少しウチの妹様は変態ではなかろうか、と思うが指摘はしない。本人も自分がそれなりに変態であるとわかっているらしく、指摘すれば自分を棚に上げた発言とわかっているらしい。


「さって・・・後は桔梗と撫子の報告待ち、となるわけなんだが・・・」


カイトはホテルの部屋から見れる対岸を見る。流石に現状でルクセリオン教国も迂闊な行動はしていない。が、町中には確実に居るはずだ。

 そして幾ら周囲に異族が多数居ると言えども、現教皇が異族への武力行使を禁じている以上は多少高圧的だろうと町中での抜刀は避けるだろうと予想された。が、抜かずに済む事が全てではない。なので、そこを見てきてもらう事にしたのだ。


「・・・そういや、クズハ」

「なんですか、お兄様」

「結局こっち帰ってからお前の両親の墓参り行けてないんですが。お前行った?」

「・・・あ」

「親不孝者め! お仕置きだ!」

「きゃぁあああ!」


 ぐりぐりとカイトが両手の拳でクズハの頭を挟む。まぁ、本気ではないのでクズハも楽しそうだった。そうして少しじゃれ合ってから、カイトが一息ついて再び本題に戻した。


「はぁ・・・やっぱ行っとかないとなぁ・・・」


 曲りなりにも身元を引き受けたのだ。当然、かつてはクズハの両親のお墓には足を運んでいる。命日にお参りを欠かした事はない。今回の帰還ではその暇も無いから行けていないだけだ。唐突に思い出したような感があったのは、その命日が近いからだ。

 秋の上旬。それが、彼らの命日らしい。この様子だとクズハも予定を立てていないのだろう。密かにとしたいがカイトを向こうが知っている以上、やり取りには時間が必要だった。


「はぁ・・・一応、行っておくか」

「王家の墓・・・」


 クズハは少しだけ、寂しそうな顔になる。本来、彼女は女王として即位すべき身だ。そしてそれであるという事は即ち、前王である彼女の父は戦争で死んだということだ。思う所はあるのだろう。とはいえ、それをここで吐露したかったわけではないらしい。


「秘密を教わる事もなく今まで来ましたが・・・あれは何なのでしょう」

「うん?」

「墓の中には迷宮が広がっていますよね?」

「ああ・・・あの迷宮か。シャムロック殿に聞いておくべきかもなぁ・・・」


 カイトはため息を吐いた。長寿の一族であるエルフ達の墓だ。そして、クズハの一族ともなるとその中でも最も古いハイ・エルフの王家の出だ。それ故、普通は知らされない秘密を彼女は知っていた。そして、彼女が知っている以上、カイトが知らない道理はない。


「ふむ・・・下手に触りたくはないんだが・・・」

「数千年前の戦いの折り、何かがあったとは聞いています。おそらく、あの戦いで亡くなられた神々を祀っているのだとは思うのですが・・・」


 クズハが推測を立てる。それであれば、まぁ良い。強いて荒らした事はないらしいし、きちんと清掃もされているという。更にはその特殊な立地故に先の大戦でもほぼ焼かれる事はなかったらしく、何時誰が来てもそもそも古い以外には問題も無いとの事だった。


「とはいえ、たしかに何時までも誰が祀られているのか、というのがわからないのは問題だな。わかった。一度聞いてみる事にしよう」

「お願いします・・・後、お父様達にも」

「ああ、わかっているさ」


 カイトは膝の上のクズハの頭を優しく撫ぜる。と、そうしてのんびりとした時間が過ぎていってくれていたが、どうやら、何時までもそのままとはいかなかったようだ。唐突に、爆音が鳴り響いたのだ。


「なんだ!?」


 カイトは窓の外を見る。音はかなり遠そうではあったが、爆音は爆音だ。気を付けるべきだろう。そして、カイトは即座に指示を下した。


「第一種警戒態勢へ移行。皇帝陛下とレイシア皇女殿下の身の安全を第一に考えて行動しろ」

『了解です』

「向こうが攻め込んできたのなら、迎撃は許可する・・・が、これは少し違いそうか」


 カイトは窓の外を観察しながら、今のところこちらに攻め込む様子はなさそうだ、と判断する。というのも、爆発は対岸、即ち教国側で起きていたのだ。と、そうしてすぐに情報が入ってきた。


『閣下。ハイゼンベルグ公より情報が』

「聞こう」

『どうにもテロリストが入り込んでいた模様。ルクセリオン教国側にて自爆テロです』

「そうか・・・向こうがそう言っていたのか?」

『はい・・・同時に情報部も同じ情報を掴んでいます。少し前に戦闘があった模様』

「ということは、本当に賊ということか」


 カイトはこの場で何かを起こす利と理を考えられず、皇国の情報部の情報に納得する。あそこまで大規模な爆発を自分たちのお膝元で起こすような戦術は取る意味がない。やるのなら、こちら側にしておかなければ警戒させる時間を与えてしまう。

 これは本当に事故と見るのが妥当と読む。教国は買った恨みが多い癖に、教皇その人は滅多に外に顔を出さない。他国に出る事なぞこの100年近くではこれが初だろう。確かに、ここを狙われても不思議はなかった。


「桔梗、撫子。無事か?」

『はい、御館様・・・ですが、お陰で武器の情報がつかめました』

「朗報だな」


 カイトは撫子からの情報に、笑みを零す。偶然ではあったが、テロリスト達が入ってくれたお陰で騎士達が町中で武器を抜かざるを得ない状況に置かれたのだ。そして抜いてくれれば、後は彼女らの両分だ。が、そこから得られた情報は、少しではない驚きをもたらした。


「で?」

『それが・・・その・・・村正の可能性が』

「何?」


 カイトが顔を顰める。村正といえば、彼女らの流派だ。勿論カイトは常用しているし、クズハ達公爵家一同の中でも刃物を使う面子が愛用する武器はほぼほぼ村正一門によって調整されている程には、公爵家との繋がりが深い。


「・・・詳しい事は?」

『一本でも手に入れられれば、別なのですが・・・申し訳ありません。おそらく、というレベルでしかありません』

「流石に正規部隊の使う品は出回りそうにないか・・・わかった。戻ってくれ。奴らがそれを持っているのなら、これ以上の深入りは厳禁だ。竜胆かジジイならまだしも、龍殺しがあるとお前らでは致命打になりかねん」


 カイトはきな臭い匂いを感じつつも、これ以上は深入りさせない事にする。これ以上やるのなら、己か彼女らの父親達が動くべきだろう。少なくとも、教国の中枢部に近付く事になる。一応は人間に近い上に冒険者としてのスキルが高いカイトなら可能だが、単なる鍛冶師である二人に頼むのは筋違いだろう。


「・・・教国に村正の流れのある剣・・・嫌な匂いがしてきたな・・・」


 カイトはしかめっ面で、やはり一筋縄ではいかない様子のこの和平の行先を危惧する。そうして、この日はそのまま少し真剣にティナ達とこの情報の相談を行う事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第891話『調印式』

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