第888話 強くなった者達
さて、改めて言う必要もない事だが、カイトの女性関係の大半は女性たちによって管理されている。というわけで暦との事も当然、報告の義務があった。義務であり特段の理由が無い限りは、絶対に報告しなければならなかった。
「・・・責任、とってあげてくださいね」
カイトの横で、桜が告げる。たった今、全部語り終わった後だった。流石に執務室で語る事でもないので場所はカイトの部屋だ。なので居るのは桜と瑞樹、魅衣の三人だけだ。
クズハらはまだ忙しく貴族としての仕事の真っ最中。メルとシアは各所とのやり取り。ティナと桔梗・撫子の三人は研究所だ。全員揃うのはまだ少し先だろう。
「うん?」
「あら・・・女の子のファースト・キスを奪ったんですもの。当然ですわよ?」
唐突な事にわからない様子のカイトに対して、瑞樹が妖艶に、されど楽しげに微笑む。ここでカイトにもどうやら暦の事らしいとわかったらしい。
「なんだよ。こういう風にでもしてやれ、って事か?」
「あ、ちょっとこらぁ」
カイトは手近な所こと己の胸の上に寝ていた魅衣を抱き寄せて、その首筋から胸元へとキスの雨を降らせていく。そんなカイトの様子に、桜と瑞樹が笑う。
「「あはは」」
「ちょっと。もう良いって」
「あいてっ・・・ちっ・・・あと少しだったのに・・・」
魅衣から叩かれて、カイトが残念そうに胸元に這わせていた唇をどける。が、ついでなので魅衣の唇にキスしておいた。基本的に彼はイチャイチャするのが好きなのである。そしてこの程度であれば魅衣も拒絶しなかった、というよりも喜んで受け入れていた。
「ま、そこらは暦の考える事だ」
魅衣の唇から唇を離したカイトはそう告げる。
「あはは。そこら辺、カイトくんはやっぱり男なんだな、って思います」
「まぁ、そうなるというのは、私も思いますわね」
「はぁ?」
桜と瑞樹の結論にカイトが訝しむ。が、そこに更に魅衣も同意する。
「ま、そうなるでしょ」
「なんで?」
「経験者は語る。意識しないわけないでしょ」
カイトに対して、魅衣が笑いながら断言した。今まで暦は先輩としての好意か男女としての好意かわからないままここまでスルーしてきていた。それもそうだろう。誰もが認める事だが、暦にとって一番親しい男性は誰か、と冒険部でアンケートを取れば確実にカイトの名が挙がる。次に藤堂ら剣道部の部員達だろう。
が、それでも今までは師匠と弟子という関係性が強く、男性としてカイトをあまり意識しているようには見えなかった。見えなかっただけで、少しは意識しているだろう、という程度だ。勿論それにしたって滝行の折りの影響が大きい。
あれで暦はカイトを男性として意識せざるを得ない状況に置かれた。その上で、今回の出来事だ。どうなるなぞ少女らからしてみれば、わかりきった話だった。確実に今後は男性としてカイトを意識しないと無理だ。やってられない。
「うーん・・・お前らが言うのなら、そうなんだろうなー・・・」
カイトがあまりわからないような顔で首をかしげる。カイトはやはり男だ。精神構造は女性とは違う。幾ら彼でも女心を完全に理解する事なぞ不可能なのだ。
桜達が言うのだから、そうなのだろうとは思う。そしてここら素晴らしいというかなんというか、カイトの横の席はほぼほぼ無制限だ。そして妹分に近い暦であれば、桜達も受け入れる事は別に嫌ではない。
「ま、後は暫くは無理だろう。どっちにしろ何かが今すぐ変わる事はない」
「それは・・・そうですわね。当分は変わらないでしょう」
今度は、カイトの推測を瑞樹が認める。結果として行為だけが行われ、関係性も気持ちも何も変わった所はないのだ。ならば、その変化を受け入れるには時間が必要だ。
これは男だろうと女だろうと変わる事はない。だから、カイトにもわかった。と、それがわかったのならわかったで今は放置を決めるしかない。が、放置していられない問題も一つあった。
「で、それは良いんだけどさ・・・良いの?」
「はぁ・・・」
魅衣の指摘に、カイトがため息を吐いた。何を述べているのかなぞ、言われなくても理解できた。
「良かぁねぇな。ああ、全然良くはない」
カイトが眦を怒らせる。思うのは、唯一人。手の掛かる大きな子供だった。そんなカイトに、魅衣が笑った。こうなることなぞわかって指摘していたのだ。
「あはは・・・いってらっしゃい」
「あいよ。ちょっと手間のかかる大きな子供に飯食わせて風呂に入れてくる」
「じゃ、私らも一緒にお風呂入っとこっか」
立ち上がったカイトを見て、魅衣が桜と瑞樹を誘ってお風呂へ入りに行く。そうして、その一方でカイトは子供のたまり場へと向かう事にするのだった。
さて、子供のたまり場こと公爵家地下研究所では今日も今日とて夜を徹して研究が行われていた。その筆頭となるとやはり、ティナだった。彼女は己の個室にて、カイトが持ち帰った情報の精査を行っていた。
「ふむ・・・黒い宝玉の取り付けられたネックレス、のう・・・」
ティナは数時間前にカイトが持ち帰った情報を見ながら、一人今回の経緯について考え込んでいた。その中でも気になるのはやはり、黒い宝石の事だった。あれが何なのか。それを知らない事には、敵と戦えない。
「ふむ・・・赤い宝玉が量産されておるじゃろう事は想定しておったが・・・別の宝玉、のう・・・しかも、見知らぬ個体を生み出す、か・・・環境に応じて生まれるか、それともあちらの望むがままに生まれるかに応じて対処も推測も変わろうな・・・」
興味深い。ティナは素直にそう思う。人為的に魔物を生み出す事は不可能ではない。『死魔将』達は現にやった。とは言え、それは彼らだから可能だった事だ。
確かに魔物を戦略兵器として使う事は誰も考えなかったではないが、そもそもの問題としてコントロール出来ないという問題が付き纏う。それ故、誰も出来ていない。が、どうにかしてその問題をクリアしたと考えるのが妥当だろう。
「ふむ・・・赤い宝玉を生み出す過程で生まれた副産物・・・そう考えるのが筋かのう・・・」
そう考えれば、一応の筋が通る。今回の一件は確実に『死魔将』達へと繋がっている。それ以外の筋は考えられない。とは言え、手はずにお粗末さは感じる。なので直接的な繋がりは無いと考えるのが筋。ティナはカイトと同じくそう判断する。
「彼奴らを支援する下部組織、という所じゃろうかのう・・・となれば・・・ふむ・・・原理は赤い宝玉を完成品として考えれば、内部に小規模の歪みを保有させた単発の道具という所かのう・・・防げるとするのなら・・・ふむ・・・いや、これに限れば無理と捉えるが吉か・・・厄介じゃのう・・・」
「「ティナ様」」
「む? おぉ、撫子と桔梗か。どうした?」
ティナが資料から顔を上げる。やって来たのは桔梗と撫子の二人だ。すでに時刻は9時を回った頃なのだが、気付いてもいなかったらしい。
「作業が終わりましたので、こちらはこれにて」
「ティナ様もお早目に戻りませんと、お館様が来られますよ?」
「ははは。わかっとる。流石にそろそろきちんとせねばならんのう」
二人の言葉にティナが笑う。どうやら、仕事終わりなので顔を見せに来た、という所だろう。ちなみに現在の彼女はほぼ3日程貫徹した上に、一昨日からお風呂にも入っていない。一応身だしなみや清潔さ等については魔術で整えているので汗臭い等という事はない。
彼女も女だ。しかもカイトの面子もある。そこらはきちんと気を付けている。気を付けているだけで魔術でなんとかするあたり、やはりマッド・サイエンティストと言えるだろう。
「「では、これにて」」
「うむ」
ティナは二人を送り出すと、再び資料へと顔を下ろす。そうして更に一時間程。彼女の後ろにはカイトが立っていた。
「ふむ・・・追加報告によると、ネックレスの残骸らしき物は何処にも見受けられず、のう・・・であれば、このネックレスは錬金術で偽造された単なる土塊・・・いや、もしやすると保管容器の代わりの可能性も考えられるのう・・・」
ティナは更に先程追加で寄せられた資料を読んでいる所だった。カイト達がレガドに回収された後も調査は行われて、ネックレスの残骸を捜索したようだ。
が、残念ながら今のところこれについては欠片も見つからなかったらしい。とは言え、何も見つからない可能性の方が高い、というのが研究者達の見立てだ。勿論、万が一もある。見つかれば御の字だ。聞けば今回の一件を受けてユニオン主導で再度本格的な調査隊を結成する事で決定したらしい。
なお研究者達の推測の根拠だが、これは道理を考えた結果だ。如何に『死魔将』達とて、全ての宝玉に貴金属で宝飾を施す事は無意味だ。無駄金にも程があるし、金銭の流れから動きを悟られかねない。宝玉が魔物に変わったとしてコンテナの中に何も残っていなかったのなら、ティナの推測が正解である可能性が高いだろう。
「ふむ・・・ひゃん!」
ティナが嬌声を上げる。待てど暮らせど気付かないティナにカイトが業を煮やして、背後から胸を揉んだのだ。セクハラだがこの二人なので問題は皆無である。
「ふむ・・・じゃねぇよこの馬鹿!」
「これ! そんな所に手を突っ込むではないわ!」
挙げ句の果てに服の中に手を突っ込まれて、ティナが顔を真っ赤に染める。が、カイトは止めるつもりはなかった。そうして少しの間カイトがティナにお仕置きとばかりに胸を弄りたおす。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「ったく・・・わざわざ呼びに来させるなよ」
「んなもんの・・・ために・・・わざわざこんな事・・・する必要あるまい・・・」
息も絶え絶えな様子でティナが呼吸を整える。不意打ちだった上に結構激しかったらしい。やはり少し怒っている様子だった。
「はぁ・・・全く・・・魅衣達から聞いたぞ。まーた三日ぐらい貫徹して? 二日程風呂入らず? お前な・・・集中するのは良いし、お前の集中してる時の横顔はオレも好きだ。体調管理に気を遣っている事も知ってる・・・けどな。やっぱちょっとは休んでくれ」
「むぅ・・・」
後ろから優しく抱きとめられて言われて、ティナはなんとも言えない表情で少し申し訳なさそうにするしかなかった。
「はぁ・・・この様子だと他も一緒か」
「すまん。余の監督不行き届きじゃ」
「言った所で一緒だろ・・・ったく・・・帰りしなに全員にまた言って帰るかね・・・」
カイトはティナを抱きとめながら、別室と言うか実験室やらそこらで研究に熱中して雑魚寝が基本の研究班の現状に想像を至らせる。こればかりは、カイトが言わないと聞かないのだ。他では効果が薄い。
「で、ほら」
「む?」
「ただいま」
「む・・・ん・・・うむ、おかえり」
カイトが何をねだっているか理解して、ティナがカイトの唇にキスをする。思い出せばただいまさえも言っていないし、おかえりも言っていない。桜達ともイチャつくが、ティナの場合は年季が違う。熟練の領域だった。それはまるで自然に流れる様だった。
「はぁ・・・やはり、落ち着くのう・・・うむ。良い気分じゃ。このまま風呂になぞ入らんでも良い気分じゃ」
「駄目に決まってんだろうが」
「わかっとるよ」
ティナが心地よさげにカイトにもたれ掛かる。やはり好いた男に抱かれるのは心地よいらしい。先程まで浮かんでいた眉間の皺が無くなっていた。
「すぅ・・・うむ。やはり疲れておるか」
「そういうこと。適度に休憩を取ろう・・・ついでに夜の生活も充実させておきたい所」
「あれだけぎょーさん美姫抱えときながらまだ足りぬと言うか、この男・・・そこだけは本当に余も想定外じゃわ・・・」
カイトの言葉にティナが背筋を凍らせる。ティナが唯一カイトが恐ろしいと思う事があるとするのなら、この夜の生活に関係する事だった。元々王の器を見出したのは彼女だが、ここだけは本当に彼女にも想定を遥かに越えた事だったらしい。仕掛けた当人が最近は恐ろしくなってきている様子だった。
「ま、男としちゃ好いた女はきちんと満足させないとな。夫婦生活で一番重要なのは夜の関係。なんだかんだつって結局女として見ていると示すにはそれが一番。そう言ったのお前だろ」
「そりゃ、余がそう教えたが・・・むぅ・・・教科書の知恵じゃし実際それで余は嬉しいんじゃが・・・むぅ・・・」
何とも言えない表情でティナが口を尖らせる。確かに女として、好いた男が己に欲情してくれるのだから嬉しい。嬉しいがやっぱりそれでも想定以上だと思うのであった。
「ま、今日はこっちのお風呂に入る事にして・・・クズハとアウラも突撃してきそうだけどいっか。さて、とりあえずそれはそれとして・・・ティナ、お前は後片付け。その間にオレは最後の一仕事してくる」
「うむ」
カイトが来た以上、これ以上の作業は不可能だ。そして彼女自身、疲れを自覚した。ならば、休むまでだ。というわけで資料を片付け始めたティナに対して、カイトが隣室の実験室へと扉を蹴破っていく。
「くぉら馬鹿共! 何時まで実験やっとんじゃ、ボケェ!」
「んぁ? 総大将?」
「げ! オカン・スタイルの総大将だ!」
「やっべ! やりすぎた!」
『無冠の部隊』技術班の面々が一瞬でカイトに気付いた。そしてその次の一瞬でカイトが怒っている事にも気づいた。放っておけばこちらも貫徹当たり前で作業をするのだ。放置してはおけないのである。
「風紀委員会、全員集合!」
「「「はっ!」」」
「げっ! シスターズまで来やがった! 復帰してたのか!?」
あたふたと技術班の面々が大慌てで逃げ惑う。やって来たのはルフレーナら部隊の治安を維持している者達だった。基本的に見るに見かねた場合にカイトが招集を掛けて、強制的に全員に休憩を取らせるのである。
とは言え、彼女らだけでは技術班の暴走は止められない。カイトという暴力と言う名の強制停止スイッチが必要なのだ。なのでオカンに付き従うシスターズなのである。どうやら自分達が大きな子供である事は理解しているらしい。
「調理班は夜食の準備! 補佐班は技術班に片付けさせる! で、技術班は終わったら飯食って風呂入って歯磨きして寝ろ!」
「うぎゃー! あとちょっと!」
「却下!」
そこかしこでルフレーナら指導のもとに早急に荒れ果てていた現状が復帰していく。そうして、カイトが帰国したその日の夜はこんな感じでドタバタと過ぎ去っていく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。次回からは新章です。暦については、また追々。
次回予告:第889話『和平交渉』




