第880話 不注意 ――ラッキースケベ――
航海日誌の回収に成功したカイトは、とりあえずローレライ王国軍の要請を受けて一度船へと帰還していた。そうして船に入ってすぐに彼の所へと軍の事務官が顔を出した。
「航海日誌をお預かりします」
「ああ、これだ。全四冊。確認してくれ」
「・・・確認しました。ご苦労様です。他に周囲の探索に出ている人員の回収が終わり次第、一度ローレシアへと帰還します。それまではお休みください。身体が冷えたのでしたら、シャワーをどうぞ」
「わかった。助かるよ」
カイトはそう言うと、軍の事務官の指差した方向へと向かって歩いて行く。シャワーがあるというのだ。ならば、そちらを使わせてもらう事にする。
幾ら泡で覆われていたからといって冷気を完全に遮断出来たわけでもないし、更に言えば沈没船の調査をしている限り海水に濡れなかったわけではない。泡が何処かと接触する度に海水が入り込んでくるのだ。こればかりは泡のシステム上仕方がない事だった。びしょ濡れとまではいかないが、全身がかなり濡れていた。
「ふぅ・・・一番乗り、か・・・」
幸い帰り着いたのはカイトが一番乗りだった。他は調査がまだ途中だということで一区切り付けるまで調査を行う事になっていて、それがまだ終わっていなかったのだ。
「航海日誌は見付かった・・・となれば、何処で何があったかはわかりそうかな。後は軍の調査次第、という所か・・・」
カイトは熱いお湯を浴びながら、とりあえず現状の進捗状況を考える。幸いな事に今は一人だ。なので一度本来の姿に戻りシャワーを浴びる事にした。誰かが来ても気配でわかる。魔術を使って本来の姿ではない状態でシャワーを浴びると変な感じがするらしい。
まぁ、気分的な物なので気にする者はあまりいないのだが、カイトは何か気に入らないらしい。お風呂は基本的に本来の姿で入る事が多かった。それに一緒にお風呂に入る様な者達は彼の正体を知っている者だけだ。本来の姿で入った所で問題もなかった。
「さて・・・これが杞憂であれば問題は無し。いや、おそらく杞憂とは思うんだが・・・」
カイトは現状を考えて、ため息を吐いた。今回の仕事は警戒しすぎだろう、というのはカイトだけではなくティナさえ同意する事だ。少々事が大事すぎる。それ故、杞憂かもしれない、とは思っている。『死魔将』達はその気になれば身一つで何処にでも潜入出来るからだ。
船一隻を沈没させて潜入する様なド派手な事をする奴らではないのだ。お陰でカイト達に潜入日を怪しまれる事になっている。彼らにしては少々、お粗末だった。
が、その杞憂が時折杞憂ではないのが『死魔将』達の恐ろしい所だ。万が一に何らかのトラップが仕掛けられている事を考えて、この程度の警戒は必要だったのだ。
「まぁ、万が一には備えておくか」
カイトは一人、そう頷いた。警戒して悪い事はない。この間も油断していて背後を取られたのだ。この程度はしておいて損はない、と納得しておく事にした。
そうして一、二分温まっていると、外から声が聞こえてきた。どうやらカイトが帰ったのを聞いて、冒険部一同の帰還が早かったらしい。聞き慣れた声だった。
「おっと・・・」
響いてきた声に、カイトが何時もの姿を取る。入ってくるのなら知らない面子も居るのだ。バレるわけにはいかないだろう。そうして、扉が開いて暦を先頭にして、生徒達が入ってきた。
「あー、疲れたー・・・」
「ほんとにねー」
「おつか・・・れ・・・」
入ってきた面子にねぎらいの一つも掛けるか、とカイトは振り向いて片手を挙げて、固まった。そしてそれは後ろの面子も一緒だった。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
暫くの間、両者共に見つめ合う。後ろから入ってきたのは、今回海に入った面子の中でも女子勢だけだ。まぁ、ここまでならばレディ・ファーストとでも藤堂達が気を利かせたのだろう、と考えられる。が、考えられなかったのは、この先だ。
何故か女子達は全員素っ裸だったのだ。それは如何にカイトだろうと固まるだろう。幸い暦以降は暦に隠れてまだ少し隠れていたがそれでも大半はモロ見えだったし、暦に至っては完全に隠す事が出来ず全身が露わになっていた。
「「「きゃー!」」」
「え、いや、なんで!? なんでお前ら素っ裸なんだよ!」
女子達の悲鳴で我を取り戻し、カイトが大慌てで前を向く。が、彼の頭も混乱しっぱなしだ。なぜ水着着用のスペースに素っ裸で入ってくるのかさっぱりわからなかったのだ。そうしてカイトも混乱した事で少しの間混乱は収まる事はなく、混乱は暫くは続く事になるのだった。
とりあえず、結論から言っておこう。流石に女子陣も暦やその他数人の女の子が悲鳴を上げて屈んだ時点で入る事を止めて、中にカイトが居る事を知って水着を脱ぐのを止めてすかさず暦達を引っ込めた。
なので被害そのものは女子達の中でも不運にも早かった者達だけに留められた。おまけというかなんというか、混乱している内に案内にタオル等を持ってきてくれた軍の兵士達が来てくれたお陰で、カイトが頬に紅葉を作る事もなかった。。
そうしてとりあえず真っ赤になった女の子達を別の女の子達にフォローさせる事にして、カイトはまだ温まりきっていない身体をとりあえずタオルで軽く拭って、悲鳴を聞いて駆けつけた軍の兵士達と共に外に出て事情を聞く事にしていた。
「はぁ・・・藤堂先輩も綾崎先輩も・・・そう言う気の利かせは良いんですが、流石に軍の方に確認だけは取ってください。少し迂闊過ぎます。男女共用の所に若い女の子だけが裸で入れば碌なことになりかねませんよ。そんな状況だ。犯されたって文句は言えない。責任取れるんですか?」
「いや、申し訳ない・・・」
「すまない・・・」
カイトからのかなり強い叱責に、藤堂と綾崎はなんとも言えない顔で頭を下げた。話を聞いていてわかった事なのだが、どうやら藤堂と綾崎が気を利かせて女子達に先にシャワーを浴びる様に、と言ってくれたようだ。シャワーには限りがある。なので可怪しい事ではなかった。ここらはレディ・ファーストだ、と全員が納得しての事だった。
が、この時点で少々間違いが生じていた。ここは軍の施設で、そして普通であれば男女別に分かれている設備でも男女別に分かれていない設備がある事があった。
例えば、ここのシャワー室がそうだ。ここを勘違いしたらしい。男女一緒だが一緒には入らない、と思ったとの事だ。
だがここは外から帰って来た軍の兵士達が身体を温める為だけの所で、身体を洗う為の場所ではない。それ故海水や塩を流す為だけなので鎧は兎も角水着は身につけたまま入るのが基本だし、そしてそれ故、男女別に分かれる事も無かった。本来なら、裸を見られる事はないからだ。
「ここは男女共用です。幸いオレだけだったから良かったものの・・・男女別にして女子を先に入らせた、なんて勝手に決めてたら他の冒険者達が居たら大揉め確定ですよ・・・更には女子達だけにする、なんて・・・あまりに人を信頼しすぎています。地球だって治安の悪い所で女の子だけなんて事はしませんよ」
「すまん」
「申し訳ない・・・」
カイトの呆れ半分本気半分の叱責に藤堂と綾崎が再度頭を下げる。自分達の常識で動いた結果が、この始末だ。幸いカイト一人だけで済んだので良かったが、これが他の冒険者が絡んだものになると揉め事の原因だ。間違いではないが、女子達だけにする場合はせめて軍の誰かに聞いておくべきだった。迂闊、という誹りは免れないだろう。
「まぁ、間違っちゃいないんです。でも今後は軍か周囲の冒険者達に確認だけは取ってください。ここは男女共用で水着着用です・・・全員それ、わかったな?」
「はーい・・・なんか見られて損しただけの気が・・・」
「はぁ・・・犯されなかっただけラッキーだったんだぞ。お前らも少しは考えろ。裸で荒くれ者の多い冒険者達の前にって・・・ただでさえ扇情的な水着姿なんだ。お前らはもう少し自分の身を案じてくれ。オレは自慢じゃないが、犯されて泣いてる奴の前で犯した奴ぶっ殺さない自信はさっぱり無いからな? 普通に叩き切るが、それでも事後になる可能性はある。お願いだから、肌を晒す様な事はなるべく避けてくれ」
カイトから掛けられる結構本気の叱責と注意に、女の子達がカイトの好感度を上げる。これはカイトが自分達の身を真剣に案じてくれていたからだ、と理解出来たからだ。
それでも少し不満なのはやはり、裸を見られてしまったから、という所だろう。裸を見られて怒られる、というのはどうにも納得出来なかったらしい。これも仕方がないといえば、仕方がない事だ。
「わかってるわよ・・・」
「はぁ・・・」
不満げな様子の女子たちを横目に、カイトがため息を吐いた。カイトが全面的に正しいのだ、というのは途中から揉め事を察知して来てくれた軍の兵士達の様子からも理解出来た。
本当に彼らが迂闊だった、という所だろう。あまりに迂闊な行動に軍の女兵士達さえ少し怒った様子を見せていた事が、これを決定付けた。
本来なら誰か他の冒険者達が入ってくれていればそう言う場所なのだろう、とわかったのだろうが、今回は彼らが早かったのが災いした。まぁ、早かったが故にカイトに見られる事になったが、彼一人だったのが不幸中の幸いという所だろう。
「まぁ、わかったならそれで良い。女の子にとっては身体そのものが宝物だと理解してくれ。お前らの身体が一番大事なんだ。頼むから、本当に身体を大切にしてくれよ。ここは治安の良い日本じゃないんだ」
「「「うっ・・・」」」
臭いセリフだ、というのは誰もがわかる。わかるが、こういう場だからこそ、そしてこれが気取らず真摯で気負いないセリフだからこそ、効果があった。
なので数名の女の子達を赤面させたが、カイトは素故にこれがわからなかったらしい。なのでさほど気にする事もなく、全員に告げた。
「はぁ・・・また誰か来る前に、入るぞ。すっかり冷えちまった・・・後ろがつっかえる前にさっさと入る。男女一緒。水着は着用」
「「「はーい・・・」」」
若干呆れ気味なカイトの指示で、全員が一斉にシャワー室へと入っていく。そうして熱いシャワーでも浴びていれば先程の一幕を忘れたのか、次第に賑やかになり始めた。
「よかったじゃん、暦」
「へ? 何がですか?」
カイトが浴びるシャワー室から遠くはなれた場所。そこで暦は最近仲良くなった水泳部の女子生徒に何処か楽しげに声をかけられた。が、言われた意味は理解出来なかった。何がいきなり良かったのか、さっぱりだ。
「憧れの先輩に裸見てもらえて。その為におっぱい頑張って大きくしてるんでしょ?」
「なっ・・・」
ぼんっ、と暦が真っ赤になる。思い出してしまったのだ。それに、楽しげにこの女子生徒とはまた別側の女子生徒が声を掛けた。
「あ、やっぱり天音に惚れてるんだ? あそこ倍率高いわよー。なにげにハーレムだからねー、あそこ」
「席は空いてるっぽいけどねー・・・そう言えば後輩枠誰も居ないわよね、あそこ」
「よかったじゃん、後輩枠がら空きだって」
「なっ・・・ななななな・・・何を・・・」
真っ赤になりながら、上級生達の茶化しを受ける。そんな暦に、再び楽しげに一人が密かに囁いた。
「だって、好きなんでしょ、先輩が」
「個人レッスンでみっちり、か。で、さっきのあんな気取らないキザなセリフとかさらっと言えちゃうもんね、あいつ。顔とかなら天城とか一条とかのが上だけど、そこだけはあいつら唐変木よりカッコイイって素直に思うわ」
「うんうん、しょうが無いしょうが無い」
勝手に暦がカイトを好きだ、と決めつけて上級生達がうんうん、と頷いていた。
「べ、別にそんなんじゃありません!」
「あ、じゃあ私も天音の寵愛もらっちゃおっかなー」
「エッチなのはいけないと思います!」
「「「あはははは!」」」
やはり生真面目なのが災いした。暦が必死になればなるほど、先輩達も楽しげに暦を茶化していく。とは言え、それはやはりじゃれ合いの一部なので暦を少し怒らせた所で、そんな先輩後輩の楽しい一幕は終わりを向かえた。
「で、実のところどうなの?」
「・・・何がですか?」
少し口をとがらせた暦に対して、先輩の一人が問いかける。話が一段落した事で何がなんだかわからなくなっていた。
「天音よ天音。狙ってる奴結構多いって話じゃん。こっち来てイケメン度うなぎ登りでしょ、あいつ。強い、金持ってる、きざったらしいけどそれが様になる稀有な奴・・・倍率高いの事実よ?」
「まぁ、カッコイイとは思いますけど・・・」
暦は少し頬をシャワーの熱とは別に赤らめながら、カイトがカッコイイ事を認める。こればかりは認めるしかない。そして生真面目故に、彼女は素直に認める。
「二年後・・・ううん、一年後。あいつ絶対大化けするわね」
「どういうことですか?」
「顔よ、顔。あれ、なんというか・・・意図的な感がある」
「意図的?」
「化粧ってか・・・わかんのよね、そういうの。水泳部やってると化粧とかあんま出来ないからさー。やっぱり他人の化粧とか結構敏感になんのよ、私」
暦の疑問に対して、水泳部所属のこの先輩が話し始める。
「なんか作り物っぽいのよね、あいつの顔」
「はぁ・・・整形とか聞いた事ないんですけど・・・」
「ああ、そう言う意味じゃなくて・・・ほら、魔術であるでしょ? 姿形変える奴。あれ使ってるっぽくない? いや、単なる女の勘なんだけど。で、地球にも異族って居たっぽいんでしょ? じゃあ、天桜の中に一人ぐらい知ってる奴居ても不思議はないかな、って」
暦は素直に、この先輩がすごいと思った。勘だけで、カイトが姿を偽っている事にわずかとは言え気付いていたのだ。
「・・・意図的な幼さ、って感じかな。そんな感じすんのよ、あいつの顔。あんだけ冷静に言える奴があんな幼さのある顔立ちすんのか、って。一条なんて幼さないでしょ? 天城はまだ性格考えりゃあの程度残ってても不思議はないっちゃあ無いんだけど・・・天音で残ってるの不思議に感じるのよね」
「そう・・・ですか?」
暦は答えを知っているが故に、迂闊な事を言うのは駄目かと思い短く問いかけるだけだ。が、そんな暦に対して、先輩は笑った。
「勘よ勘。ま、それでも数年後には物凄いイケメンになってるんじゃない? 後悔してもしらないわよー?」
「別に、そんな・・・」
「ま、暦がそれならそれで良いんだけどねー」
「先輩は狙ったりしないんですか?」
「私? 私りょーへい居るし。あいつほっとくと何するかわかんないのよねー」
先輩はそう言うと、のろけ話を始める。『りょーへい』というのは幼馴染と言うか腐れ縁の男子らしい。現水泳部の部長らしいが、爽やかと言うか熱血系の熱っ苦しい奴だそうだ。今回カイトからお説教を受けていた者の一人でもあった。
が、それ故に少し暴走しがちで、そこらのフォローに回る事が多いらしい。今回の暦へのお節介も、その一環という所なのだろう。
「ま、後悔しないようにしなさいよ」
「・・・はい」
先輩の言葉を素直に暦が受け入れる。暦がカイトの事を好きなのかどうかは、彼女にしかわからない事だ。こればかりはカイトにもわからない。カイトとて好意を向けられている事はわかっていても、それが男女仲としてのものなのかは彼女以外にわかりっこないのだ。そうして、そんな話をしながら一同はシャワー室を後にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第881話『航海日誌』




