第879話 船長室
沈没船の調査を開始したカイトは電源を復旧させると、再び船尾にある階段へと戻ってきていた。が、ここでもやはりと言うかなんというか、戦闘の影響が見受けられた。残骸が突き出してこちら側からは上には進めなさそうだったのだ。
「駄目だな。上には行けそうにない。再度外に出て、になりそうだ。この様子だと一番ひどいのは第三階層だろうな」
『そうですか・・・わかりました。第三階層はそもそも調査予定には入っていませんので、更に上の第二層からの潜入をお願いします。一度手間ですが、外に出てください』
『了解』
カイトは再び泡を展開すると、シュノーケルを口に嵌めて水の中へと入る。最下層も荒れてはいたが、第三階層よりもマシはマシなのだろう。そうして、カイトは残骸や荷物をどけながら、再び外へと出る。
『随分と明るくはなったな』
『ええ・・・何か異変は見受けられますか?』
『そうだな・・・』
船そのものの明かりにより、周囲はかなり見通しがよくなっていた。周囲50メートル程度という限定ではあるが、明かりは必要なさそうだった。そしてそういうわけなので、今になって沈没船の外形もはっきりと見れる様になった。
『いや、無いな。戦闘の形跡以外に変わった様子は何も無い』
カイトは周囲を確認して、何か悪辣な罠が仕掛けられた様子は無い事を確認する。見受けられたのは本当に戦闘で出来ただろう無数の傷跡だけだ。それ以外には何も無かった。
『わかりました。では、そちらの調査はとりあえずそれぐらいにして、船長室へと向かってください』
『あいよ』
カイトは再び足をばたつかせて船内へと戻る。その際についでなので第三層を覗いてみる事にした。
『あー・・・なるほど。ここは甲板に一番近い階層なのか』
『見取り図では、そうなっています』
『その影響かここでは戦闘が起きた様子だ。所々武器が突き刺さってる』
カイトは所々に見受けられた戦闘の痕跡に、少しだけ黙祷を捧げる。沈没船には良くある形跡だった。そしてそのさらに奥側には何かぶっとい鉄の棒がかなり大量に突き刺さっており、これがカイトの通行の邪魔をしていたのであった。
『積荷かそれとも積荷と架橋しておく為の物資だったか・・・それを使って入ってきた魔物を背後から強襲した、って所かな・・・』
カイトは見受けられた痕跡から、何があったかを判断する。残念ながら魔物の遺骸は残っていない。なので何があったかは想像するだけだ。
『・・・では、船長室へと向かう』
『お願いします』
カイトはメーアに向けて船長室へ向かう事を明言すると、戦闘の痕跡から目を背けて更に上へと泳ぎ始める。こちらはどうやら船員の居住スペースらしく、ここは場所と形状の関係で船が折れても影響は無かったらしい。戦闘で傷ついた傷しか見受けられなかった。
『窓が割れているので沈没、と・・・何処か割って入るしかないな』
カイトは少し見上げる様にして、内部の様子を観察する。どうやら窓が割れており、そこから大量に水が入り込んだ様子だ。船長室の窓が割れていなかったのは幸運だったのだろう。
『船体の一部を切り裂いて大丈夫か?』
『少しお待ちを・・・許可が下りました。どうぞ』
『わかった・・・ふっ』
カイトは小さく息を吸うと、刀を創り出して一息に自分が入れるぐらいの大きさで船体を切り裂いた。そうして、がこん、という音と共に切り裂かれた船体の一部が海底へと落下していく。
『入った・・・完全に水没している様子だ』
『わかりました・・・船室は確認出来ますか?』
『少し待ってくれ・・・確認した。窓があって中が確認出来る・・・ここは駄目・・・ここは・・・生きていそうだな・・・ここは・・・ここも大丈夫そうか』
カイトは泳ぎながら、横並びになっているこじんまりとした船員室を扉の小窓から確認していく。どうやら戦闘の影響で床が切り裂かれている所はそこから海水が入っていて、それ以外の所は扉が開いている所はそこから水が入り込み、そうでない所はどうやら扉によって水がせき止められて海水は入っていない様子だった。無事といえば無事だろう。
『・・・やはり、少し手直しがされている様子ですね』
『そうなのか?』
『扉は密閉式にはなっていない、と記されています。おそらく何処かでの戦闘の折に船室が破損、内装を弄ったのかと』
『なるほどね・・・』
どうやら扉には見取り図とは違う所があったらしい。そこから幾つかの変更点が見受けられた様だ。まぁ、旅をしている限りそういうことはあり得るし、後々運営会社にも報告するつもりではあったのだろうが、その前に沈没した所為で情報が入っていなかったのだ。世界的な情報網が確保されていないこの世界ではよくあることだった。
『この様子だと、船長室の方も少し変わっていそうか』
『かと・・・では、調査を続行してください』
『了解』
カイトはそう言うと、再び奥へと進み続ける。と、その行く手にかなり分厚い隔壁が立ち塞がった。
『これは・・・』
『どうしました?』
『電源を復旧しておいてよかった。かなり分厚い。水中で切り裂くには手間だな』
カイトはあくまでも一般論として、隔壁がかなり分厚い事を告げる。それに、メーアが推測を告げた。
『そこも改良されているかと』
『なるほどね・・・とは言え、電源は通ってるので・・・えっと、ここらへんにロックを解除するスイッチとどこかに上下をさせるスイッチが・・・あ、こっちは駄目か』
カイトは水中から壁伝いに隔壁のロックを外す為のスイッチを探す。そうして数分。隔壁の側の壁が開く事を見付けて、その中に隠しスイッチがある事に気付いた。
『良し・・・っと、開く前に・・・』
カイトはそう言うと、ウェストポーチから丸っこい魔道具を4つ取り出した。これは4つを壁と天井、床の各所に設置する事で空気の膜を創り出して、これから先への海水の侵入を防ぐ為の物だった。隔壁の先に水が入り込んでいなければ、運が良ければこれで海水の流入を防げるはずだった。一応傾斜から考えて海水は入り込まないと思うが、念のためだった。
『空気で膜を展開する』
『了解』
『設置した・・・起動・・・確認。これより隔壁を開放する』
カイトは空気の膜を創り出すと、それを確認して隔壁のロックを開放する。
『良し・・・隔壁を上げる』
『大丈夫ですか? 増援は?』
『いや、大丈夫だ』
カイトはそう言うと、両手で少し隔壁を持ち上げる。するとゆっくりとだが隔壁が持ち上がっていき、人一人が入れる程度の隙間が出来上がった。そこで、カイトは一度隔壁の開放を停止する。
『・・・大丈夫だな。中に魔物の影は無し』
『了解・・・では、調査をお願いします』
『了解』
カイトは中の安全を確認すると、再び隔壁を半分程度開く。別に完全に開放する必要は無いのだ。この程度で十分出入り出来た。更には傾斜から勝手に降りる事はなさそうだったので、一応そこら辺に浮いていた鉄バイプを噛ませるだけにしておいた。
「ふぅ・・・やっぱこっちの方が楽だな」
カイトは完全に空気で満たされた空間に入ると、口からシュノーケル型の魔道具を外す。歩きにくいことこの上ないが、登山と考えれば問題は無い。
「あれが、船長室か」
カイトは少し上を見て、船長室の扉を見付ける。斜めにはなっているが、戦闘で破壊された痕跡はない。内部も傾きによって荒れているだろう以外に何も無いだろう。
「船長室の扉を見付けた・・・が、傾いてるな。少し一工夫入りそうだ」
『可能ですか?』
メーアの言葉にカイトは笑う。この程度なら、どうにでもなった。
「ああ」
カイトはそう言うと、飛空術を使って浮かび上がる。幸い誰も見ていない。これでも問題は無かった。そうして、カイトはかなり斜めになっている船長室の扉に手を掛けて、ドアノブを回した。
「ちょっと重いな・・・荷物がここに乗っかかってるのか・・・でも、動くな。ここは大丈夫そうだな。幸いここらの船体に歪みは無いか」
『荷物の落下には注意してくださいね』
「わかってるよ」
カイトは笑いながら、更に力を込める。すると、ガラガラ、という音と共に何かが崩れる音がして、扉が開いた。
「良し・・・机が床に固定されていて助かった・・・よいっしょ、と」
カイトは壁に手を掛けて身体を持ち上げる様に船長室内部へと入る。幸いにして机以外にも重い家財道具については全て床や壁に固定されていて、中身が散らばっている以外には何も変わった様子はなさそうだった。
「航海日誌があると思しき場所は?」
『一応、法務規定上は船長室の本棚の中の保存箱の中にある、と』
「規定上は、ね・・・」
誰も見張る者は皆無の船の中だ。一応途中までは揃っている可能性はあるが、最新の航海日誌があるかどうかは微妙だ。というわけでカイトは少しだけ胡乱げながらも本棚を見る。すると、最下部の一角が蓋付きのスペースになっていた。
「これだな。確認した」
『中身は?』
「これから確認する・・・暗証番号は?」
『えぇっと・・・』
メーアはカイトの求めに応じて、航海日誌を保管する場所の暗証番号を探す。どうやら、鍵が掛かっているらしい。
『あ、ありました。暗証番号は231です』
「231ね・・・」
航海日誌は貴重品ではない。なので暗証番号は簡単な三桁の数字だったらしい。というわけで、カイトはそれを押し込んで鍵を開ける。幸い本棚が扉と90度になる様な壁際だった為、中身が雪崩込んでくる事はなかった。
そうして、カイトが中に入っていた航海日誌を手に取った。どうやらかなりの長旅だったらしく、航海日誌は複数存在している様子だった。一冊一冊の厚みは大凡1センチ程度。大学ノートぐらいだろう。
「あった・・・一冊二冊・・・古そうなのは・・・これか。これで今回の旅も無事に終わり・・・良し。そうなると次は・・・やっぱりな。今日からかなりの長旅だ。大体30ヶ月程になる見込みだ。最終的には夏の大陸間会議に入って・・・良し、これだ」
カイトは航海日誌を確認して、一番古いだろう物を確認する。どうやらかなり几帳面な船長だったらしい。一日につき1ページ丸々使って日々の記録を付けていた様子だ。
時々写真や何らかの図形も記しており、その時の出来事について事細かく書き記してくれていた。沈没した時の事を考えての事では無かったかもしれないが、それでも非常に有り難い話だった。
「へー・・・時折写真も添付してるのか・・・結構凝った船長だった様子だな・・・趣味かな・・・」
『それは良いのですが、最新の物は見つかりましたか?』
「おっと・・・一日1ページとして・・・これは途中の記録かな。ラグナ連邦の規定だと一冊につき50枚綴りでこの船長だと・・・これ一冊で200日分か。流石に200日も航海は・・・するか。するよな。エネフィアなんだから。最初の一冊がもう殆ど終わりかけで始まってたから・・・」
カイトは二冊目の最後を確認して、しっかり最後のページまで書き記されている事を確認する。本は三冊あったが、エネフィアを一周する航海だ。幾ら帆船ではないからと言ってもほぼほぼ一年の大半を使うと考えて良い。途中で買い足したとしても、一冊では終わらないだろう。
「エネシア大陸の横断に大凡100日だから・・・ギリギリ三冊目が終わるか、四冊目に入るか、か。後は航路次第と言うところか・・・」
『三冊目は最後まで?』
「・・・その様子だな・・・ここまで500日程度は経過しているらしい」
カイトは三冊目のノートも最後まで書き記されている事を確認する。最後の日に書き記されていたのは少し前の日付で、双子大陸は南方の大陸での記録だった。ここからウルシア大陸へと向かった事を考えれば、もう一冊あると考えて良いだろう。
「ということは、残念ながら最新の記録はこの部屋の何処かにまだ隠されている、と・・・それか、あのクソ野郎共に持ってかれたか、だな」
『探してもらえますか?』
「それが、仕事だからな」
メーアの言葉に、カイトはため息混じりに部屋の中を見回す。ここまで几帳面な船長だ。そう考えると、いちいちこの保管庫の中に仕舞っていたと考えるのが筋だろう。そこに無いのなら何かがあった、と言うところだろう。
「さて・・・こっちの金庫は貴重品が入っていると考えて、更にこの几帳面な船長の性質から言って、ここに入れているとは思えないな・・・」
カイトは航海日誌から見て取れた船長の性格を考えて、敢えて別の金庫には仕舞わないと考える。であれば、別に何処かに隠したと考えるのが筋だろう。
「こういう場合は、古典的に・・・机の中かな? どこかに隠し戸棚があるとか・・・」
幾ら几帳面とは言え、航海日誌が万が一の時に見つからなければ意味がない。なのでカイトは隠し場所が机の近辺だ、と考えて飛空術で再び浮かぶ。そうして机に足を乗せて、とりあえず机に備え付けの引き出しを引っこ抜いてみた。
「良いしょっと・・・この引き出しは・・・私物だけか。後で回収しにくるのか?」
『はい、調査終了後には上のエンテシア皇国に依頼して引き上げてもらう事になっています。ですのでそのままにしておいてください』
「りょーかい」
カイトはそう言うと引き出しを戻そうとして、引き出しの入っていた場所の天板が僅かに切れ目が入っている事に気付いた。
「うん? これは・・・」
カイトが机の天板に手を当てると、簡単に動いた。どうやら簡易の隠し場所になっているらしい。そうして外れた天板で仕切られていた空間に手を突っ込んでみると、何か少し分厚い箱が手に当たった。
それは万が一船が沈んだとしても完全に大丈夫な非常に丈夫な密閉容器だった。もし船を廃棄する段取りになって机を破壊すれば、その時には確実に見付かるだろう。
「これは・・・密閉容器か。となると・・・ビンゴ。航海日誌見っけ」
『本当ですか?』
「ああ、ラグナ連邦で使われている形式の航海日誌だ。こんな所に隠しているんだ。これが最新式の物だろうな・・・少し待ってくれ。今、中身を確認する・・・うん、最後までは書き記されていないな。四冊目の航海日誌だ。運が良かった」
『そうですね』
メーアが笑ってカイトの言葉に同意する。どうやら、運良く早々に見付ける事が出来たようだ。
『では、脱出してください。まずは何があったのかを調査してから、その次の調査に入らねばなりません』
「了解した。四冊に幾つか資料も見付かったから、それらを全て持って脱出する」
『お願いします』
カイトはメーアの言葉に頷くと、航海日誌を全て持って船長室を後にする。そうして再びシュノーケル型の魔道具を装着して泡に包まれて、外で調査していた面子より少し先んじて、乗ってきた船へと戻る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第880話『不注意』




