第878話 沈没船
沈没船探索の為に別途で集められたカイトだが、己を含めて5人の冒険者達と一緒に別のハッチへと集合させられていた。そうしてそんな一同の前に、ローレライ王国軍の事務官が顔を見せた。先程とは別の事務官だった。
「さて・・・諸君らには沈没船の調査を行ってもらう事になる。その任務の特殊性ゆえ、君たちには個別にオペレーターを配属する。後で挨拶があるから、そこは了承してくれ」
「えらく人数が少ない様だが・・・大丈夫なのか?」
「資材は外にも散らばっているし、あまり事を公にしたくない理由があった。それ故と思ってもらいたい」
集められた冒険者の一人が呈した疑問に、事務官が改めて理由を説明する。今回、ここに集められた冒険者はランクSかAだ。それ故依頼料についても桁違いの値段になっていた。が、ここらも全て内々にする事を前提とした依頼だ。
「さて・・・これから話し合われる事は極秘となっている。その点については、改めて承知しておいてもらいたい」
「単なる沈没船の調査にランクSの冒険者まで集めたんだ・・・よほどだ、という事は理解している。それで何があった?」
「良いだろう・・・この間の一件で『死魔将』達が復活した事は誰もが知っているな?」
事務官は先を急かす冒険者達へと、まずは当たり前と言われる所を確認しておく。ここらの確認が取れなければ調査もなにもあったものではない。そうして、全員が当たり前として把握していた事に頷いて、本題に入った。
「この沈没船に乗って入ってきたか、この沈没船の沈没理由には彼らが関わっている可能性がある」
「何?」
カイトを除く集められた冒険者達がざわめいた。まさか仕事内容が『死魔将』に関わる内容だとは思いもよらなかったらしい。
「落ち着いてくれ。まだ確定したわけではないし、そもそも密かに入ってきたのなら何かを仕掛けたとは考えにくい。沈没した理由もあの赤い宝玉の力だと思えば辻褄が合う。そしてそれについてはこの間の戦いで破壊されたのは、諸君らも知る所だろう」
「なら何を調べろと言うんだ?」
「痕跡だ。無い可能性は勿論考えられる。考えられるが、それでも万が一もあり得る。そこで、諸君ら腕利きにも来てもらった、というわけだ。関係は無い、という確認を得たい。もしくは関係があるのなら、その証拠が欲しい」
一転真剣味を帯びた冒険者の問いかけに、事務官が改めて依頼内容を問いかける。一応、この時点で依頼を受けない事も可能だが、誰からもそんな声が上がらない所を見ればおそらく誰も考えていないのだろう。
「ということは、今回集められた中に日本人が居たのはそのためか・・・」
「そう思ってもらって構わない。流石に言えなかったが、それ故できれば彼らも守ってもらうというのも依頼内容には入っている。そこは追加事項として考えてもらいたい」
冒険者の一人の言葉に、事務官が頷いた。どうやら彼らも己の情報網で日本人の冒険者も集められた、とは聞いていたのだろう。表向きは一応カイト達は何の理由もないが、裏向きには万が一日本人に反応する術式があった場合の為、という所だった。勿論、これはカイトの為のカバーストーリーだ。
「依頼か」
「ああ。流石に人命軽視しての依頼は諸君らも心地よい物ではないだろう?」
「はぁ・・・」
冒険者達が肩を竦める。足手まといを把握して、それを守れというのが依頼だというのなら彼らに否やはない。そして何事も無ければ今回はボロ儲けの依頼なのだ。この程度であれば、特段問題もないだけの実力を持っているというのは彼らにも自負が有った。そうして、一人が頷いた。
「オーライ。受けよう。それで、人員の内訳は? 船は真っ二つになっていて、荷物を大量に積んだ前部、船長室や船員の為の部屋がある後部がある、と聞いたぞ。真っ二つになったのもかなり後ろ寄りの場所だろ?」
「ああ。今回での依頼は前半部分を主に集中して調査してもらいたい。外から見たところでは、前半部分に被害が集中していた。何か仕掛けられていたのであれば、そちらだろう。勿論、偶然という可能性は否定出来ない。それでも積荷が集中しているのは前部分だ。何か残っているとしてもそちらだろう。後ろ部分には船長室にある航海日誌程度しか気になる物は無いと思われる」
瞬が見ていた時にもわかっていたが、船は真っ二つになって沈没したのだ。それ故、沈むまでの間に潮の流れ等で別々の場所に少し流されてしまったのだろう。少しだけ離れた位置にあるらしい。というわけで、改めて人員の内訳に入った。
「なので初日は前半分については4名。後半分については彼一人で担当する。勿論、航海日誌が早々に見付かればそのまま前半分に合流してもらう事にしている。後は航海日誌の状況に応じて、と言うところだ」
「そいつの実力は?」
カイトを指差して、冒険者の一人が問いかける。全員が全員を初見だ。そして一人だけ別行動だ、というのだから実力について問いかけるのは不思議はない。
「水の加護を持っている。使いこなしてもいる。水中での戦闘には不安はない」
「・・・確かに。なら、安心か」
カイトが浮かべた水の加護――ディーネに浮かべて貰った――を、冒険者達がしっかりと確認する。ここに呼ばれて更に水の加護も持ち合わせているのだ。ならば水中での戦闘に問題はないだろう、と冒険者達も納得する。
幸い日本人と言ってもどうやら見てわかったわけではないらしい。全員がひとまとめにされているのだろう、と思っている様子だった。特に言い訳の必要もなさそうだった。
「よろしい・・・では、調査に入ってくれ」
「わかった・・・じゃあ、そっちは頑張れよ・・・つっても今日はただ船長室へと行くだけか。怪我には気をつけてな」
「ああ、そちらもな」
カイトは声をかけてきた若い冒険者に片手を挙げて激励を交わし合い、立ち上がる。そうしてそれと同時に、船の底に設けられているハッチが開いて外が見えた。外は薄暗く、船の明かりでかろうじて視界の確保が出来ている程度だった。
「では、行ってくれ」
事務官の声を聞いて、カイト達は人魚族以外は全員シュノーケル型の魔道具を口につけて腕輪を使い泡を展開する。そうして水の中に入ると同時に、軍のオペレーターの声が通信機を通じて響いてきた。
『はじめまして、カイトさん。貴方専属のオペレーターを言い遣ったメーアです。聞こえていれば、通信機へ念話を接続してください』
『聞こえている』
『有難うございます』
軍のオペレーターは女性らしい。顔は見えないが、人魚族に多い綺麗で澄んだ声だった。
『ではカイトさんの向かう先ですが、先に説明があったと思われますが船の船長室になります。今の所周囲に魔物の影は無し。安全は確保されています』
『わかった・・・方向は?』
『通信機を使って誘導します。まずは水中に浮かんだ状態で通信機を手にとってください』
水の中では方角は一切わからない。なので誘導してくれないと何処へ向かえば良いかはわからないのだ。というわけで、通信機には目標とする方角を指し示す指示器の役割も備わっているらしい。なのでカイトは与えられた通信機を手にとって、上と思われる方を上にして手の上に乗せた。
『光で誘導してくれるのか』
『はい。軍の先遣部隊が先んじてマーカーをセットしています。光に従って移動してください』
『了解』
カイトはメーアの言葉を受けて、水の中を泳ぎ始める。基本的に泡に身を包んだからといって水の中を走れる様になったわけではない。確かに足場を固める要領で歩けるし走れるが、変に周辺を刺激しかねない。
何もしないで良いのなら、何もしない方が良いだろう。というわけで、カイトは指示器に従って泳いで行く。そうして5分程泳ぐと、船の残骸が見えてきた。
それは言われている通り半分に分かれた船の後ろ部分だった。どうやら沈没する際に何らかの理由で後ろの部分が上になったらしく、船尾の部分が少しだけ上に傾いていた。
『船の残骸らしき物が見えた』
『すでに他の冒険者達が調査を開始しているはずですが・・・ライトは見えますか?』
『・・・ああ。周囲に幾つかの光源が確認出来る』
『なら、それで間違いありません』
調査しているのは冒険部の人員だけではない。なので光源は冒険部の人員以上の数があった。と言っても調査は広範囲に渡っていて、見受けられたのは数個だけだ。全ては見付けられなかった。
『わかった・・・では、調査プランを教えてくれ』
『わかりました・・・調査ですが、まずは最下部から侵入する前に外から船長室の状況を確認して頂けますか?』
『了解・・・何処になる?』
『船の最上階に位置する、と見取り図には描かれています。外からの直通ルートは無い模様です』
『わかった』
カイトはバタ足でゆっくりと沈没船へと近づいていき、まずは言われた通りに最上階にある窓から中を窺い見る。どうやらそこが船長室で間違いないようで、中にはベッドが一つに本棚が幾つか、更には金庫の様な物が見受けられた。船尾が上に向いていて更には部屋に穴が無かった事からか、どうやら空気はまだ残っている様子だった。
『・・・空気は残っているらしい。内部が荒らされた形跡は無い。ここまでは魔物も入り込んでいなかった様子だ』
『数少ない生存者からの報告で、船内に魔物が入り込まれた事で隔壁を降ろした、と聞いています。おそらく隔壁は破られなかったのでしょう』
『そうか・・・電源施設は前か? 後ろか?』
カイトは入る為には隔壁をなんとかする必要がある、と考える。隔壁を破壊しても良いが、破壊しないで良いのならそちらの方が良い。
そしてこの規模の船の隔壁だ。海中で素手で持ち上げるのは一人では難しいだろうし、ロックが掛かっている可能性もあった。電源が復旧できればそちらからなんとか出来るかもしれない。
『この船にはメインと予備の2つの電源があるらしく、後ろにはメインの電源施設があるらしいです。破壊されていなければ、復旧は可能と思われます。船長室が無事なので、あまり破壊はせずに最下部からの潜入を開始してください』
『わかった』
カイトはメーアの言葉に従って、まずは最下層へあると言われている電源の復旧へと向かう事にする。そちらは電源設備は最下部にあるらしく、真っ二つになった亀裂からそこに入る予定だった。
幸いな事にエネフィアの船は電気で動いているわけではない。非常停止が働いて停止しただけであれば、復旧は可能だろう。そして復旧できれば船に取り付けられたライトを使って周囲を照らす事も出来るかもしれない。そうなれば、調査も更にやりやすくなるだろう。が、船内に入ろうとして問題が発生した。
『・・・駄目だな。最下層が完全にぺちゃんこになっている上、上から崩れてきたらしい資材が邪魔で入れそうにない』
『わかりました・・・では、その一つ上の階層から入れませんか? 見取り図によれば船尾の部分に階段があり、そこから入れる可能性があります』
『・・・ああ、ここからなら、入れそうだ』
『では、お願いします』
船はどうやら全4層になっているらしく、カイトは下から二番目の階層から潜入する事にする。沈没の影響か戦闘の影響かはわからないがかなり傷付いているが、少なくとも動けるだけのスペースはあった。
『さて・・・この奥に階段があるはず、と・・・』
カイトはオペレーターの言葉に従って、二階を船尾方向へと進み続ける。
『この扉・・・かな。ここは無事だったか。開きそうだな』
カイトはそう言うと、金属製の扉を開く。どうやらその先はまだ水が侵入していなかったらしい。空気が満ちていた。
「ふぅ・・・どうやらこの階段エリアは比較的損傷が少ないらしい。空気が残っていた」
『そうですか・・・どうですか? 最下層の機関部の電源区画へと進めそうですか?』
「・・・ああ、行けそうだ。やってみる」
カイトはメーアの指示を受けて、とりあえず船長室とは逆側へと壁に足を乗せて少し気を付けながら降りていく。階段は戦闘で破壊されたのか、あまり使い物になりそうになかったのだ。とは言え沈没してからさほど日数は経過していないので、船体そのものについてはさほど心配しなくても良さそうだった。
「扉の前に到着した・・・うん、まだ開きそうだ」
カイトは僅かな隙間から扉の先を確認する。どうやら、最下層には魔物が侵入していたらしい。幾つもの切り裂かれた様な形跡があった。
「よいしょっと・・・完全に水没はしている、か・・・」
カイトはそう言うと再度シュノーケル型の魔道具を口につけて泡を展開させるて、再度海の中へ入っていった。そうして暫く泳いで、機関部の電源区画と思しき所へとたどり着いた。
『・・・電源は・・・微妙か』
電源となっているのは小型の魔導炉だ。が、エネルギーを伝える為の管は戦闘か沈没の衝撃で完全に外れており、再接続しなければならない様子だった。
『接続は可能そうですか?』
『微妙だが・・・やってみる。一つでも接続できれば予備回路だけでも作動出来るはずなんだが・・・』
カイトは自らの知識を総動員して、とりあえず無事そうな管をひっつかんで専用のテープで補修して、更にまだ無事そうな接続コネクターを探す。別にエンジンを始動させるわけではないのだ。明かりさえ灯ってくれれば良い。僅かにでも復旧すれば、それで良いのだ。
『・・・ここなら、大丈夫か・・・?』
カイトはなんとか無事そうなコネクターを見繕って、そこに管を接続する。本来なら専用の工具や本格的な修理部材も欲しい所だが、無い物は無い。なので適当にそこら辺に転がっていた船の残骸と持ち込んだ部材で仮止めしておく。
『さて・・・動いてくれよ・・・』
とりあえず流路を確保出来た事で、カイトは魔導炉のメイン電源のスイッチをオンにする。ここで何の反応も無ければ、魔導炉そのものが機能を停止している事になる。と、どうやら多少傷付いてはいたが、最悪の事態には陥っていなかったらしい。低く鈍い音を立てて、魔導炉が再起動した。
『良し・・・予備のスターターも生きていたか』
『外からも電源が復旧した事が確認されています』
『そうか・・・あ』
『あ・・・』
二人が同時に声を発する。動いた魔導炉が停止したのだ。そうして、カイトは即座に原因の追求に入った。
『・・・ああ、これはエンジン喪失による非常停止が入っただけらしい。なんとかなりそうだ』
『お願いします』
カイトは魔導炉のコンソールを弄って、不必要と思われる部分をカットしていく。必要なのは船内と船外を照らす電気設備、隔壁等をコントロールする部分だけだ。そしてそれについても生きている部分だけで良い。ここらは、沈没していようとしていまいと使える。
『・・・良し。これで大丈夫なはずだ』
『・・・確認しました』
『船内も生きている部分については、明かりが灯った。これで調査はしやすくなる』
カイトは周囲を見回して、少しだけ明るくなった事を確認する。機関部の電気設備そのものはほぼほぼ死んでいる様子だが、完全には死んでいないようだ。無いよりもまし、と言う程度には明るくなっていた。
『では、次は船長室へとお願いします』
『わかった』
メーアの言葉を受けて、カイトが機関部を後にする。そうして、カイトは再び船内の移動を開始するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第879話『船長室』




