第876話 ミッションブリーフィング ――深海編――
朝ごはんを食べて、およそ2時間。朝ごはんが大体朝の8時頃だったので10時前後の事だ。一応少し外に出て観光と言うか腹ごなしをしていた面子もいるが、全員が一度ホテルへと帰還していた。
これから今回の依頼についてのブリーフィングが行われる事になっているから、だ。そうして待っていると、どうやら今回の依頼人がやって来た様だ。
「全員、揃っているな?」
やって来たのは近衛兵団の隊長格の一人だった。流石にカイトの馴染みであるからと言って、師団長でありアリサの姉でもあるウェンディは来なかった様子だ。来ても不思議に思われるだろう。聞けば今はそちらよりもアリサの護送の方に重点を置いているらしく、こちらにはノータッチだそうだ。
「さて・・・陛下からの命により貴君らへの解説を取る事になったダルヤーだ。覚えておいてくれ」
入ってきたのは人魚族の男性だ。更に詳しく聞けば近衛兵団の第3師団が今回の沈没船探査任務に携わる事になっているそうで、そこの分隊長らしい。階級は中尉だそうだ。
「と、言っても貴君らにやってもらう事はさほど難しい事ではない。貴君らにやってもらう事は沈没船の外周部の守りと調査についてもらう・・・が、ここは大して危険もない海域だ。今回は人海戦術で行く為、他にも冒険者達は多い。彼らとの共闘をしながら、調査を行ってくれ」
ダルヤーがそう告げる。基本的な話なので、ここらは特に疑問も出なかった。一応近衛兵団が出てはいるが、沈没船に何があるかわからないのが現状だ。そこらを勘案した結果、今回の調査の主体はローレライ王国軍ではなく冒険者が主体となる事になっていた。
未知の状況では一番生還率が高いのは冒険者だ。一番被害が減らせる可能性があるのが、冒険者達が沈没船周辺を調査してその更に周囲を王国軍が警戒する、という布陣だった。
王国軍は周辺との連携を取りながら、一帯に魔物の侵入を防ぐ役割を受け持つ事にしていたのである。というわけで、カイト達以外にも沈没船の周辺で活動する冒険者は多かった。カイト達はその中の一組、というわけだ。
「さて・・・それで貴君らに調査を受け持ってもらう事になるエリアなのだが、初日は沈没船から近い南側エリアの約1キロ四方だ。調査日程は3日を予定しているが、数日程度は長引く可能性はある。そこは留意してくれ。なお、翌日以外は調査次第で追って指示する」
ダルヤーは沈没船周辺の海底地形図を一同に見せる。ここらはすでにローレシア王国軍によって調査が終わっていて、後は冒険者達による本格的な調査になるだけだそうだ。
「えらく範囲が広いのですね」
「ああ・・・元々半分木造の船ではあった。更に魔物の襲撃により、破片がかなり広範囲に散らばっている事が予想された。更に言えば君たちも知っているかもしれないが、沈んだ船はこれだけではない。今回一番あやしいと思われる船がこれ、というだけで他に会議の間だけでも大小合わせて7隻の民間船が沈んでいる・・・ああ、半数は最後のあの戦いの余波によって、だがね」
藤堂の疑問を受けて、ダルヤーが沈んだ船のリストを一同に提示する。更に調査を難航させていたのが、この他の沈没船だ。こちらについては何もないだろう、ということですでにローレシア王国軍と冒険者ユニオンによる合同での調査がされていたが、それはあくまでも調査止まりだ。
つまり、目的の沈没船以外の残骸も近くに散らばっているのである。その残骸を除去しつつ、目的の沈没船の調査もしなければならなかったのだ。なお、マギーア国の飛空艇の場所は違うらしく、今回の調査には影響しないだろう、という事だそうだ。そこらを、ダルヤーが解説する。
「というわけで・・・貴君らに調査してもらうことになる沈没船の概要について改めて説明しておく事にする。全長は150メートルで高さは25メートル、全幅15メートル。追加調査により設計図とは異なって船の外殻は金属で補強されているものの、内部は木造だろう。ここらは詳しくはわからん。竣工は貴君らのエネシア大陸西端にあるラグナ連邦だ。これについては、ラグナ連邦から情報が寄せられて確認済みだ。内部調査を行う事になる貴君には後ほど、船の見取り図を持ってこさせよう」
ダルヤーはカイトを見ながら、そう告げる。当たり前だが法治国家である以上、公に作られた船は公に登録されている。そうなれば当然、見取り図等もどこかの会社が持ち合わせていて不思議はない。
これがかなり古い船になれば運営会社の統廃合等で流石に紛失していても仕方がなかったかもしれないが、幸いそこまで古い船では無かったらしい。ラグナ連邦政府が運営会社に依頼してその写しを寄越してくれたようだ。運営会社にしても保険の兼ね合いもあって、きちんとした調査をしてくれるのは有り難い。協力は惜しみなかったらしい。
「そして運営会社から更に船の運行ルートについての情報も寄せられている。どうやら西廻りにエネフィアをぐるりと一周するルートを取っていたようだ」
「西廻り・・・ということは、千年王国南部、もしくはヴァルタードの北部のどちらかを通った、と?」
「詳しい運行ルートについては、内部の資料で調査する予定だ。その資料の回収も依頼に入っている。流石に帰って来るまで運営会社もそこらを正確に把握する事は出来ないからな」
このエネフィアには自由に何時でも何処に相手がいるか、と知るすべはない。なので一応の予定により運行ルートは決まっていても、運営会社にはそれがきちんと履行されているのか知る術はないのだ。そして、エネフィアだ。魔物の出現如何に応じては普通に船の進行ルートが変わる可能性は高い。
「とは言え、ユニオンから気になる情報として、一つ寄せられている。調査対象の船は一度ウルシアを通っている可能性があるそうだ。ウルシアから来た、という情報が入っている」
「ということは、ラグナ連邦でも南側から出発してるのか・・・」
カイトは先程の己の意見を修正する。基本的に海でエネフィアを横断する場合にも2つのルートがある。それは先にカイトが述べた千年王国とヴァルタード帝国の境目、即ち双子大陸とアイシス大陸の間を通るルート、通称北ルートが一つ。そしてもう一つは、双子大陸の南側大陸の南部にある運河を通ってそのままウルシアへと向かう通称南ルートと呼ばれる物だった。
エネフィアの北半球に位置するラグナ連邦でこの会議に来るぐらいなのだから急ぎの便かと思って北ルートと見たのだが、どうやら超長期に出る便だったのだろう。
ウルシア大陸のみを目的とする場合はエネシア大陸の南側を通過して、途中での交易も目的とするのなら双子大陸の南側を通って更にウルシア大陸へと至るルートを選ぶのである。今回は後者を選んでいる様子だった。
「であれば、積荷もそれ相応に色々な所の物が入っている可能性が?」
「ああ、十分に考えられる。双子大陸の大運河を通って更にウルシア大陸へ至っていた場合、確実にその2つの大陸の積荷はあるはずだ」
「後は何処から出発して、どのルートを通ったかによりけり、という所ですか」
「そうなる・・・貴君にはおそらく、まず第一に航海日誌を見付ける事から始めてもらう事になると思われる」
「・・・大丈夫ですかね、航海日誌・・・」
「そこは運次第、としか言えないな・・・」
カイトの言葉にダルヤーが懸念するように首を振る。航海日誌とは船の上での日々の記録を記載する記録の事だ。地球でも今でも法律によって船内に備え置かなければならないとされている書類だ。
元々は船の速度等を記したログの様な物だったらしいが、今では寄港日や突発的に発生した事件等を書き記して万が一の場合のブラックボックスになってくれるようにもなっていた。
とは言え、残念ながらこれは紙で書き記されている場合が殆どだ。水に濡れば失われる可能性は大いに有った。一応エネフィアでは万が一の沈没時に備えて密閉容器に入れて保存される事になっているが、毎日書き記して毎日入れてをするため守られていない事も多い。そこらをきちんと守ってくれていれば安心なのだが、そうではない場合は調査は更に難航すると考えて良いだろう。
「航海日誌が見付かれば、後は外の調査もやりやすくなるだろう。一応、他の沈没した船は他大陸には行っていない事になっている。エネシア大陸以外の積荷は全てこの船の積荷と考えて良いかもしれない」
「わかりました」
カイトはダルヤーの言葉を受けて、基本的にエネシア大陸以外の物と思われる積荷についてを調査すべき、と考える。まぁ、該当する船がこの会議に来る理由として考えられるのは、最後の補給だろう。超長期の移動であれば、船員の入れ替えも考えられる。
基本的にエネフィアでは年単位にもなる船旅で船に乗り続けているのは船長だけと考えて良い。ラグナ連邦で乗った船員はもうすでにラグナ連邦へ戻る船の船員となって帰国しているだろう。
「さて・・・で、何か質問は?」
「では・・・」
ダルヤーがブリーフィングを終えたのを受けて、今度は疑問点についての提示に入る。そうして、この後暫くの間は今回の任務についてのブリーフィングを受ける事になるのだった。
それから、暫く。ブリーフィングを終えたカイト達は一部休憩に入る傍ら、一部は今回の仕事で使う道具の調達に入っていた。
「今回は海底での調査任務になりますから、基本的な話として灯りは必要です」
「ふむ・・・ということは、懐中電灯の様な物が必要か」
「ええ、そうなります」
綾崎の言葉に、カイトが頷いた。どれだけ海が澄んでいたとしても、流石に透明度は100にはならない。なので深度200メートルの深海には光は届いていない。調査するなら確実に光源は必要なのだ。そしてこれは冒険者側が用意するべき道具の一つだった。
「まぁ、幸いな話として周辺海域の気温はかなり暖かいらしいので、体温が奪われる事は気にしないで良いでしょう。と言っても勿論、深度200メートルなので上程暖かいわけではないです・・・ということで、呼吸用の魔道具以外にもウェットスーツの様な物は必要になります」
「水着を用意させたのはそのためか?」
「濡れて動きにくくなった挙句に体温奪われたくはないでしょう? 普通に防具は使えませんよ」
カイトは藤堂の問いかけに明言する。そうして彼が街の道具屋――と言っても冒険者向けの装備を扱うお店――で手に取ったのは、一つのリストバンド型の魔道具だった。
「それは?」
「薄い膜を張って身体を水圧から保護する道具・・・まぁ、簡単に言えばここに来るまでに見た船に展開さえていた泡の個人用、という所ですかね。腕に装着して使う物ですよ・・・まぁ、深度に応じて値段変わってくるのは仕方がない、と諦めてくださいな」
カイトが笑いながら、人数分の腕輪――カイトの分は除く――を手にとって、買い物かごへと突っ込む。
「これはマクスウェルでは買えなかったのか?」
「いえ、残念ながら・・・『ポートランド・エメリア』なら買えるんですけどね。流石に内陸部の街になると、よほど大きな湖が無い限りはこんなもの売っても誰も買いませんから・・・」
「仕入れルート、押さえておかなくて大丈夫か?」
「それは万が一の場合には、ということでヴィクトル商会に頼みました」
「さ、さすがだね・・・」
綾崎の質問に対するカイトの答えに、藤堂が半笑いになる。仕入れルートまで完全に押さえている様子だった。
「まぁ、それはさておき。これを過信はしない方が良いですよ・・・所詮、これは泡で身体を覆うだけ。防御力は皆無です。水中での被弾はほぼほぼそれ即ち死だと思った方が良いです。腕吹き飛んでも終了ですし」
「気をつけよう」
自分も買い物かごへと腕輪型の魔道具を突っ込みながら、綾崎が頷いた。所詮これは泡だ。体温を奪われない様にする為と水圧に身体を慣れさせる為の減圧室ぐらいの効果しかない。
防御力はカイトの言う通り皆無と言って良いのだ。であればこそ、剣道部や空手部なんかの回避をメインとしたチームを今回連れてきたのである。そうしてそれを人数分買い物かごへと突っ込むと、カイトは次を見繕う。
「えーっと、とりあえずこのサイズ調整は後でやる事にして・・・他に必要なのは・・・誰か水着忘れた、とか言ってました?」
「いや、聞いていない。藤堂はどうだ?」
「こちらも、聞いていないね。水着を新しくした、とかは女の子達が言っているのは聞いたけどね」
「なら、別に買う必要は無いですか」
カイトはそう言うと、視線を水着コーナーから逸らす。基本的に水着はローレライ王国では何処にでも売っている。普段着として着ている者もそれなりに多い。勿論冬になれば少し寒くはなるのでパーカーを羽織る者も少なくはないが、ローレシアの中だけで暮らす者であれば年がら年中水着はザラだった。
「後は・・・懐中電灯はー・・・っと」
カイトは次に懐中電灯を人数分購入すべく探し始める。それに従って、一度買い物に来ていた面子も全員バラけて捜索を始める。そうして、その日は明日からの調査任務の為の用意を整えるのに費やす事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第877話『深海探索』




