第873話 海底の王国
船が進み続ける事、およそ10時間。朝一に出発した一同だが、殆どすることもなく、かと言って荷物を出すわけにもいかず、と暇を持て余す事になっていた。が、そんな時だ。一つのアナウンスが入ってきた。
『間も無くローレライ王国王都ローレシアへ入ります。入国審査官へ提出する書類をご用意ください』
「お、そろそろか・・・」
最後に述べられた到着予定時刻まで後一時間程。なのでカイト達は一度与えられていた待合室へと戻ってきていた。そろそろ到着するから、といわれて大半の客は一度部屋に戻されていたのだ。
勿論、これは用意をしてくれ、というだけだ。何か問題が起きそうだから、というわけではない。そしてカイトもその例に漏れずに戻っていた。
「とりあえず、衣服はオッケー。後は取り出せる場所に登録証と入国審査の紙を用意しておけば、大丈夫だな」
国交がある以上、大使館は存在している。そこからカイト達はすでに入国審査官による検査を受けていた。一応これが無くても冒険者の場合急ぎの仕事で、と言えば入国は出来るが、その代わりに物凄い長い時間検査で待ち時間を食らう羽目になる。きちんと、持っておくべきだろう。
なお、パスポートの代わりとなるのは冒険者の登録証だ。なので、パスポートの類は存在していない。ちなみに、当たり前の話であるがテロ予防の為に武器は一度全て没収される。それはカイトであっても例外ではない。
なので今は全員分纏めて船の専用の貨物の中に入っていた。そこらも、船で戦闘員を雇い入れる理由だった。武器の所持は船内では禁じられているのである。
「さて・・・」
カイトはこれから成すべきことを考える。まずやるべきことは、今回の依頼の依頼人である王国近衛兵団との面会だ。その後は更にローレライ王との謁見、更にはアリサとの謁見、彼女の身柄の引き受けだ。
「・・・ティナ。そちらはどうだ?」
『ま、そこそこじゃな・・・つってもやはり潜水艦は作りたい所じゃ』
「時間が無い。当分は諦めてくれ」
『むぅ・・・あの阿呆共がおらなんだら、今頃好き勝手出来ておったというのに・・・』
ティナが不満げに口を尖らせる様子がカイトの目に浮かぶ。というわけで、実のところ今回はティナ達にも援護に来てもらっていた。アリサは王女。その身柄引き受けだというのに、こんな何にもない船での移送なぞあまりに不用心だろう。
なのでローレライ王国側に確認と許可を取り、カイトは王国の直上に飛空艇を待機させて、そこから小規模な潜水艦型の船を降ろしたのである。本来ならば大型の潜水艦で出迎えられれば良い所であるのだが、すでにティナが述べた通り残念ながら現在でも開発は出来ていない。1000メートル潜る事が出来て浮かぶ事の出来る船を寄越して、飛空艇で回収する事にしたのである。
が、これだけにすると今度はこちらが見破られかねない。なので、カイトは己が囮となる事で表向きは自身で引き受けに行く様に見せかける事にしたのであった。
「アホ共がいなかったらそもそも迎えにも行ってねー」
『そこじゃな。何よりの難点は・・・いや、それ以前にお主と出会う事もないのか・・・むぅ・・・痛し痒しじゃのう・・・』
「ま、このご縁は有り難く頂いておきましょう。あ、それとも今更嫌になったとか?」
『なわけあるまい。マリッジブルーなぞ遠の昔に経験したわ。何年一緒に連れ添っておると思うとる・・・むぅ・・・が、なんか釈然とせんのう・・・』
笑うカイトに対して、ティナは複雑そうだった。『死魔将』という敵が居なければそもそもカイトは存在しておらず、カイトと出会える事はなかった、というのが彼女の今の考えだ。
勿論これは更に詳しく因果律を知らないが故の判断だが、それにしたって出会いが早まったのは彼らのおかげであるとは見做せる。二人にとって、なんとも言い難い所だった。と、その片方であるカイトが笑いながら状況を問いかけた。
「ま、そりゃ良いだろ。で、状況は?」
『高々1000メートル浮上するだけじゃ。気圧差はほぼゼロ。魔術使っとるんで潜水病も考えんで良い、他の護衛も基本は海中を基本とする種族。となれば、後怖いのは魔物に見付かるだけじゃが・・・』
「お前で討伐無理とか文明にとって無理ゲー。残念ながらこの星は終了しました」
『じゃろう。ま、行って帰るぐらいじゃ。細々とした荷物は後々で郵送させるしのう』
ティナが告げる。潜水艦にはティナも乗っており、他も龍族だのなんだのが大半だ。万が一の場合は身一つで応戦も可能だし、アリサは人魚だ。種族として大精霊達から力が与えられている為、潜水病にはならない。そもそも潜水艦そのものの必要が無い、とは言わない方が良いだろう。
「さて・・・じゃ、これで後はあのクソ野郎共が関わっている可能性があるらしい船の調査をしますかね」
カイトはティナとの通信を切断すると、今度は己がここで成すべき事を見定める。それは沈没船の調査だ。周囲の海底図の把握から魔物の出没状況の把握、万が一の避難経路の策定等彼しか考えられず、そして万が一に警戒すべき事は多い。
と、そんな事を考えていると、部屋に一人の生徒が駆け込んできた。準備を終えたので外に行っていた生徒なのだが、何かがあったのだろう。
「おい! 外すごいぞ!?」
「うん?」
「とにかくすごい! その一言しか出ないぐらいにすごい! とりあえず、全員来てくれよ!」
入ってきた生徒は、水泳部の生徒だった。そんな大興奮の様子の彼に少し訝しんだ一同だが、彼があまりに促すので一同はとりあえず用意を置いて部屋を施錠して、甲板に戻る事にした。と、そんな最中、周囲があたたかみを帯びている事に気付いた。
「あれ・・・暖かい?」
「ああ・・・ああ、そういうことか」
「?」
暦が気付いた違和感に、カイトが水泳部の生徒が興奮した理由を理解する。
「ま、甲板に行けば理解出来るさ」
「はぁ・・・」
「なんっすか?」
「暖かくなってる事と無関係じゃない、って事さ」
首を傾げただけの暦に対して、夕陽は興味深げだった。気が早いのは彼の良いところであり、悪いところでもあるだろう。が、この場合は待たせる方が良い。
「それは見てのお楽しみ・・・」
「むっちゃ気になるんっすけど・・・」
「教えられて見るのと、何も知らずに見るのとじゃあ感動が違う。そこら、覚えとけ」
カイトは夕陽にそう言うと、己はあまり感動しなくなった光景を見に行く事にする。そうして甲板への扉を開いた時、そこに広がっていたのは大パノラマの色とりどりの魚達の舞だった。
「うっわー!」
「なんすか、これ・・・」
「鯛やヒラメが舞い踊り、ってね。泳いでるのは別のだけど」
少し前まで漆黒の暗闇だった外に広がっていたのは、水深十数メートルの所と変わらない程に明るい海の中の様子だった。海底1000メートルの所に広がる幻想的な光景に、一同が大いに沸き立った。と、そんな大興奮の中、暦が明るい事に疑問を持って、興奮そのままに問いかけた。
「なんで明るいんですか!?」
「ん、まぁ、そろそろ良いかちょっと待ってろ」
暦の疑問にカイトは笑うと、そのまま一応魔術で隠蔽しておいて飛空術で泡の近くまで移動して、一つの小さな石の取り付けられたネックレスを泡の外に出した。
なお、泡はこの程度の小さいものであれば普通に出入り出来るので問題はない。そうして、水の中に入れる事およそ1分程。カイトはネックレスを持って、暦の所へと帰還した。
「光ってる・・・?」
「『水光石』っていうちょっと変わった石でな。水の中にある光属性の魔素を吸収して光る性質を持っているんだ・・・まぁ、この程度の大きさだからこの程度の時間水の中に入れてても光るんだけどな。大きさに応じちゃ、光るまでに時間が必要だ」
太陽の如くとまではいかないまでも淡い光を放つネックレスを見せながら、カイトが原理を説明する。どうやら何処かにこの大きな物があって、それが光り輝く事で周囲を照らし出しているのだろう。
「へー・・・これって高いんですか?」
「いや、別に? 普通に土産物で売ってるぞ。これは違うけどな・・・それでも、人魚達はデザインセンスは優れている。悪くないアクセサリーは多いぞ」
「買って帰っていいですか!?」
どうやら淡く光る様子と良いネックレスのデザインと良い、暦は人魚達の作るアクセサリーを気に入ったらしい。買って帰る事にしたようだ。そんな彼女に、カイトは苦笑した。
「わざわざ聞かなくても買っていいって。これはお土産、お金請求しなければ自由で良い」
「やった!」
「やれやれ・・・と、そんな事言ってたら見えてきちまったか」
暦と話していたカイトだが、少しだけ残念そうな顔をする。興奮した生徒に連れ出された時点で考えるべき事だったのかもしれないが、如何せん正体を隠した状態ではそんなことを言えるはずもない。と、いうわけでそれに気付いた暦が間抜け面で目を瞬かせる。
「・・・ほへ?」
「はぁ・・・あれが、ローレライ王国の国宝『もう一つの太陽』こと『大水光石』だ」
残念そうに、カイトが見えてきた太陽としか言い様のない光る物体についてを明言する。海の中。海底の山の様な大地の上にそれは埋まるようにして鎮座していた。
「あ・・・あれが、それ・・・?」
「ああ。このでっかいのが、あれ」
暦はカイトの持つネックレスに取り付けられた水色の石――すでに蓄積された魔力が無くなった為光は消えていた――と、今も光り輝く直径100メートルはあろうかという巨大な石を見比べる。同じには見えなかったが、彼が言うからには同じなのだろう。
「あれそのものが結構と言うかそれなりに熱を帯びていてな。で、ここらは海底とは思えないぐらいに温かい、ってわけだ」
「へー・・・あれ? 先輩・・・そう言えば、ローレライ王国は何処に有るんですか?」
「え?・・・あ、そうか。そう言えばお前らには見えないのか」
暦から言われて、カイトが気付いた。実のところ、すでに海底王国ローレライ王都ローレシアについてはカイトの目に見えていた。龍族の里への非常口が隠されていたのと同じ原理で、暦らには結界の影響でどこにあるかわからなかっただけだ。と、そうして誰かが気付いたらしい。
「なぁ、これ・・・もしかして・・・落ちてないか?」
「え? ちょ、これ・・・地面近づいてる!」
誰かの言葉に、生徒達が慌てふためく。仕方がない。彼らには常識が存在していない。それもこの場合は、エネフィアでの常識だ。ローレライ王国の常識なんぞ皆無なのだ。と、そんな慌てふためく一同をよそに、一瞬慌ててカイトを見た藤堂が、慌てないで良い事を理解した。
「慌てていない様子を見ると、これが正解なのか」
「ええ、まぁ・・・普通に考えても見てくださいよ。何の守りもなく、素のまま街を海底に設置しておく事なんてありませんよ」
藤堂の言葉に、カイトが首を振る。海の中にも魔物は居る。ならば、結界の一つも展開するだろう。そしてその結界こそが、この海底の台地なのであった。
というわけで、カイトはそんな慌てふためく少年少女達の様子を楽しみながら、結界を通り過ぎるのを待つ事にした。相変わらず良い性格をしていた。
「う、うわぁあああ・・・あれ?」
ぶつかる。そう思った次の瞬間、ゴツゴツした岩の大地を通り抜けた潜水艇に誰もが唖然となる。そこに広がっていたのはやはり水の中ではあるが、更にその眼下には大きな街が広がっていた。そして、周囲の水の中には悠々と泳ぐ人魚達の姿があった。
「海底王国ローレライへようこそ・・・ってな」
「わー! 人魚達が一杯! それに珊瑚のお家に真珠のライト!」
「そりゃ、人魚達の暮らす街ですから。上、見てみ」
「わー!」
カイトに促された暦が上を見ると、そこには先程外で見ていた『大水光石』が王都全体を照らし出している様子が見て取れた。その様は水色に照らし出されている水面と合わせて、まるで大空の様だった。
そしてその大空には色とりどりの魚達や人魚達が舞い踊っていたのである。まさに、異世界の幻想的な雰囲気はここに極まれり、と言える一幕だった。
「これが、この国の太陽。他にも海底に街は幾つかあるけど、ここまで大きい物はここにしかない。この石がここの近くで採掘された事で、ここに人魚達の国が出来上がったのさ」
「へー・・・」
暦はカイトの話をほぼ聞き流していた。それほどまでにすごい光景が広がっていたのだ。まさに、童話の世界、夢の国とでも言わんばかりの光景だった。人魚達は人懐っこいのか、こちらに手まで振ってくれる。童話の世界でしかお目にかかれないだろう世界が、そこにはあったのだ。
と、そんなロマンチックというかファンタジックな光景に大興奮の暦ら女子勢に対して、少し男子勢はどういう反応をして良いかわからずやりにくそうだった。
「・・・どした?」
「いや・・・エロいっすね。色々」
「あー・・・あはは。まぁな」
カイトはこちらに陽気に手を振ってくれた人魚の女性達に手を振り返しながら、夕陽の言わんとする事は理解する。人魚達は基本的に下半身は魚のそれなので裸でも問題はないが、上半身は人間のそれだ。なので水着を着ている。そして当たり前だが男が人魚の男達の半裸姿を見たところで、どうとも思わないだろう。
問題は女性の方だ。どうしても男だ。きわどい水着姿で陽気に手を振られた所で反応し難いのである。カイトの様に慣れるしかないだろう。
「ま、慣れろ。街の中は大半の女性はあんなきわどい格好だ・・・良いこと教えておいてやる。海底王国ローレライ。その王都ローレシアのもう一つのあだ名だ」
「もう一つのあだ名っすか?」
「おう・・・と言っても、男達だけに伝わるあだ名だがな」
「はぁ・・・」
「夢の国、だそうだ。美女達がほぼ常に水着だぞ。わかろうもんだ。ここ、常に常夏に近いからな」
カイトが笑いながら、世の中の男どもの間でまことしやかに語られるあだ名を語る。この中は結界で遮断されている事と『大水光石』のおかげで比較的冬でも暖かく、水着で過ごす事も可能だ。なのでいちいち泳ぎに出るのに着替える面倒さを考えて、水着で居る者も少なくなかった。
そうして、女子勢は全員乙女心を取り戻して童心に返ってうきうき気分で、男子勢はかなりの羞恥心とわずかばかりの好奇心を胸に、一同はローレライ王国ローレシアへと足を踏み入れるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第874話『人魚姫』




