第871話 人魚たちの国へ
段々と集まり始めた『無冠の部隊』の隊員たちを横目に、カイトは人魚達の国へと向かう準備を整えていた。
「水中戦装備、か・・・嫌になるな・・・」
カイトは嫌そうな顔で用意を行う。流石に『死魔将』達が関わっているかもしれない沈没船だ。カイトとて嫌だ。最悪は氷漬けで身動きが取れないまま、という事も考えなければならない。
「はぁ・・・なんで局地戦を考えた後にこっちが本気で局地戦やらされる羽目になんのかねー・・・」
「水着水着ー」
「おい待て。なぜお前まで行くつもりだ」
自分の用意の中にこっそりと自分の水着を仕込むユリィに、カイトが待ったをかける。なお、何時もならここらの用意を椿がやってくれる事になっているわけであるが、今回は戦闘が主眼である為にカイト自身でやっていた。流石に戦闘で使う道具の手入れ等は椿の管轄外だ。彼女も道理は弁えている。
「え? 今回お留守番?」
「お前、得意の属性は風と雷だろ? それに水中戦で今更・・・お前の助力ってなぁ?」
「よよよ・・・命の恩人に対してこの扱い・・・ひどい・・・」
ユリィはしなを作って泣き崩れるポーズをする。当たり前の話であるが、水中では一切風は吹いていない。彼女の風属性の魔術は状況として、無効化されてしまうのだ。勿論、炎も無効化される。そして雷属性は拡散して味方へ誤射してしまう。こちらも使えない。まぁ、ほとんど支援の魔術しか使えない事になるのであった。
「いや、そんなの作った所で連れて行かねーよ・・・と言うか、その先にカナンの一件にシャルの件含みで浮遊大陸行きあるから、そっちへ行きたいなら学園の仕事してこい」
「あ・・・」
カイトの指摘にユリィがはっとなった。今回は短期間の遠征だ。カイト以外に出来る者がいないのでやることになっただけ、とも言える。なのでそもそもユリィを連れて行く意味はない。
そして今回は状況としてユリィの援護もほぼほぼ使えない。状況として仕方がないのだ。なら、置いていくしかなかった。それより付いて来て欲しい所があるので、そっちに備えて欲しいのである。
「そっかー・・・それなら、仕方がないかなー」
「ま、こっちの事は任せる。そこで頼むわ」
「うん」
ユリィは頷くと、カイトの荷物の中から自分の水着や下着類を回収する。行かない事で納得したらしい。彼女としてもシャルの件は長く関わりたいだろう。それへ向けて準備をする必要がある、と判断したようだ。と、そんな彼女が衣服を回収しながらカイトへと問いかける。
「そう言えば、それならそれで誰を連れて行くつもり?」
「ん? ああ、人員か・・・そこが、問題なんだよなー」
カイトが少し顔を顰める。まだ正式な日程は決まっていない。それ故、人員についても調整中だった。
「竜騎士で空中戦に長けている瑞樹は除外、カナンの件を任せている魅衣も除外・・・で、属性的な相性として先輩も除外なんだよな。ソラも風が得意だからな・・・由利に至ってはそもそも却下。桜は援護役だから、メイン攻撃手とは成り得ない・・・翔はメインアタッカーじゃないし・・・」
カイトはため息混じりに頭を悩ませる。少し有難くない話なのだが、上層部の大半が水中戦が不可能だった。しかも更に悪いのは、火力要員となり得る面子が総じてアウトなのだ。そして、水中戦だ。簡単には戦えない。そこらを考えて人選を練る必要があった。
「純近接だけにする、しかないかね・・・」
「ということは、二期生組かなー」
「そうだろうなー」
ユリィの推測をカイトが認めた。カイトも今回になって気付いた事なのだが、意外と上層部は純粋な近接戦闘を行える者は少なかった。これはおそらくカイトという奇手の使い手の影響が大きかったのだろう。
彼らは状況を作り上げれれば格上を倒すジャイアント・キリングも成し得る程の実力を手に入れられたが、逆に苦手とする状況も生まれてしまったのだ。
その点、カイトの手があまり加わっていない第二陣、例えば旭姫の手で育てられたに近い剣道部や空手部などは純粋な剣技や体術等で攻めるオーソドックスなタイプの戦士だ。場所を選ばずに活躍出来る。その分ジャイアント・キリングが出来る可能性は低いが、アベレージとして良い活躍をしてくれる。
「オールラウンダーとなり得る奴を育てたい所、か・・・」
「あ、そうだ。楓連れていけば?」
「あー・・・魔術師か。確かに、魔術師は使えるっちゃあ使えるか。でもなぁ・・・」
ユリィの言葉に、カイトはどうだろうか、と少し考える。上層部で唯一と言えるのは、魔術メインの楓ぐらいだった。魔術に特化しているが故に得意とする氷属性の魔術でもフレンドリーファイアを気にせず使える。
確かに、砲台役として連れて行くのならベストはベストだろう。とは言え、魔術師はやはり使いにくいのが正直な所だ。悩みどころだろう。
「後は・・・神崎先輩と藤堂先輩にまた何人か見繕ってもらうか・・・」
カイトは少し考えて、結局馴染みの先輩に人員を供出してもらう事にする。空手部も剣道部もどちらも、水中戦を睨んだ訓練はしていると聞いていた。そもそも両部共に近接戦を睨んだ部だ。遠距離攻撃が使いにくい水中戦との相性は悪くはない。
「良し・・・じゃあ、ちょっとそっち行ってくるかな。椿ー、衣服の用意だけは頼むー」
「かしこまりました」
カイトは椿に残りの用意を頼むと、立ち上がって剣道部部長の藤堂と空手部部長の神崎を探しに出かける事にするのだった。
さて、そんな両部の部長との打ち合わせから、数日。藤堂らと協力して人員の選定が終えて、出発の日と相成った。
「ふむ・・・これを・・・?」
「ええ、これを口に着ければ、十分に動ける様になりますよ」
「変わった物があるものだね・・・シュノーケルみたいだ」
神崎と藤堂の両名はカイトからサンプルとして見せてもらった水中専用の魔道具を見て、目を瞬かせていた。結局、一緒に来る事になったのはこの部長二人に暦や夕陽ら上位層となった。
カイトと打ち合わせをしている内に剣道部も空手部もせっかくなので水中戦の実戦の手慣らしをしたい、となり部長自らが人員を率いて動く事にしたようだ。
実際、これが本格的な水中戦としては初陣になる。部長自らが経験して、そこから全体へと教えていく何時ものパターンにしているのだろう。
「まぁ、シュノーケルと一緒ですよ。こっちも耐水圧の効力は一応兼ね備えていますけど、流石に水深1000メートルとかになると無理ですんで、そこらは専用の物をお買い求めを、というらしいですけどね。まぁ、ここらは向こうで買います。あっちの方が安いし、性能も高いので・・・」
「シュノーケル型でどの程度は耐えられるんだ?」
「これだけでも大体深度100までは安全とされています。限界深度は200メートル。沈没ポイントは深度200の地点。周囲は少し深度が浅い区域です・・・というわけで向こうで購入する、というわけです。万が一の場合にはシュノーケルでも耐えれるでしょうけど、やっぱり怖いですからね」
神崎の問いかけに、カイトは周囲の状況を教える。当たり前といえば当たり前の話なのだが、如何に古代文明と言えども深い場所に補給ポイントを作るよりも、浅い場所に作る方が楽だ。
まぁ、逆に浅いと浅いで敵が来た場合に簡単に入り込まれる事にもなり面倒だ。なので、実際には少し深くなっている坂になっている部分を選んで作っているらしいが、それ故、近くには深度の浅い一角があった。今回、偶然にもその浅い一角に沈没したらしい。カイト達としては調査がやりやすくありがたい話だった。
「そうか・・・いや、そうでなければそもそも話を持ち込まないか」
「ええ、まぁ。流石に腕は見繕って話をしていますよ」
カイトが笑う。当たり前だがこれで危険だ、というのであれば冒険部に話は持ち込まない。彼が個人として動くだけだ。表向きは変に動きを悟られない為に冒険部は連れて行く事にするだろうが、それでも沈没船には近付けないだろう。安全な地帯だから、練習の為に連れて行く事にしたのだ。
「ま、後は一応周囲には人魚族達も警戒はしてくれていますから、死なない程度にがんばってください」
「わかった」
部長二人が頷く。これも地上でやる戦闘と変わりがない。失敗すれば死ぬだけだ。そしてどんな事にでも初体験は存在している。こればかりは、避けては通れない事だろう。
「さて・・・じゃ、行きましょうか」
最後のブリーフィングを終えて、カイトが立ち上がる。それに合わせて、部長二人も立ち上がった。今回連れて行くのは、基本的には剣道部の部員達と空手部の部員達、そして水泳部の部員達だった。その内水泳部は部長は実力的にはまだ下のため、今回は同行するものの参加はしない。
「ティナ。悪いがまた少し任せる」
「うむ・・・こっちは当分は研究所で機材の開発で忙しい。どちらにせよ、当分は動かんよ。それに、迎えは行くからのう」
「椿。万が一の場合にはこいつ、強引に風呂突っ込んどいて。3日顔出さなかったら強制回収で。流石に王女さまの出迎えに風呂入ってないとかあり得ないからな」
「かしこまりました」
カイトは最後に、ティナと椿へと伝言を残しておく。『無冠の部隊』の再結成は300年ぶりだ。それに合わせて各種の兵装をきちんと整えておこう、という話になっているらしく、技術班は大忙しだった。そうして、そんな二人に見送られて、カイトはローレライ王国へと向かうのだった。
さてそのローレライ王国への行き方だが、実は大して難しいわけではない。中津国の東端にある港か『ポートランド・エメリア』に向かい、そこから専用便に乗り換えるだけだ。というわけでカイト達は一度飛空艇に乗って『ポートランド・エメリア』へとやって来ていた。
「とりあえず、ここで一泊ですね」
「そうなのか?」
「今から行くと真夜中の到着になりますよ」
藤堂の疑問を受けて、カイトが笑って断言した。ここまでは公爵家の高速艇を使えたが、此処から先は国と国の間を往来する便だ。一応技術開発に勤しんでいるので高速化はされつつあるが、それでも一朝一夕に到着するわけではないらしい。
片道にほぼ丸一日必要となるのであった。なので通常は朝一に専用便に乗って夕刻に到着する様にするか、夜に乗って朝一番に到着する様に設定するのが通例だった。夕方や昼には出発しない。
「さて・・・そうなると宿屋を探す必要があるんですが・・・まぁ、今の時期だと何処も空いているでしょうね」
「そうか?・・・いや、たしかに活気が何時もより弱い気も・・・」
「会議の後ですからね。そろそろ集まっていた奴らは事後処理も終わらせて、各地へと散って行く頃です。ま、その反動で活気が失われるように見えるんです。会議の間忙しなく動いていた店も閉幕から少しして、ここらでちらほら休みに入っていますしね」
カイトの言葉を聞いて、藤堂は周囲を見回す。大陸間会議は大きな祭りというわけではなかったが、人は集まった。そして人が集まれば活気が生まれ、店も忙しくなる。が、当然それは一時的な物であって常にそうであるわけではない。何時も以上の負荷が掛かっているのだ。
なのでその負荷の分も含めて、何処かで店も休む必要があるだろう。そしてその休みに丁度差し掛かっていた、というわけであった。これが通常に戻るのは、カイト達がローレライ王国から戻ってきた頃ぐらいだろう。
「まぁ、とりあえず。全員で適当にぶらついて店を探しますか。気に入った所あったら言ってくださいね」
「我々はどこでも良いが・・・」
「あ、はいはい! 先輩! 夜景の綺麗なホテルお願いします!」
一度顔を見合わせてどこでも良い、と言った神崎を見て、暦が挙手する。ここら、一応曲がりなりにも師弟関係があるからだろう。基本的にこの面子の中では暦――と夕陽――がカイトと一番関わりが深かった。
「夜景の綺麗な、ねぇ・・・女同士で泊まるのに虚しくならんのか?」
「それはそれ、これはこれです」
「ま、良いんだけどな・・・」
どうやら暦はそれでも良いらしい。別にカイトとしても気にするわけでもないし、流石に今回は以前利用した砕月のホテルは使いたくない。というわけで、カイト達は少しぶらついて夕食を適当な店で食べて、適当に見繕ったホテルで一泊する事にするのだった。
明けて翌日。一同は朝早くにホテルを後にして出国審査を終わらせて、船着き場にやってきていた。が、そこでカイトを除く全員が首をかしげる事になった。
というのも、目の前にあったのは普通の船だからだ。正真正銘、何ら変哲もない金属製の普通の船だ。変わった所はどこにも見受けられず、これで海に潜れるとは思えなかったのである。
「・・・これで行けるんですか?」
「ああ・・・可怪しいか?」
「いえ・・・海、潜るんですよね?」
「ああ、潜るな。海底王国とも言うぐらいなんだから潜らないと行けない」
暦の再度の質問に対して、カイトがしっかりと明言する。
「でもこれ・・・普通の帆船じゃないですか・・・? 一応船体は金属製みたいですけど・・・」
「ああ、普通の帆船・・・ああ、そういうことか。いや、まぁ、乗ればわかるよ」
暦達が何を訝しんでいるのかを理解して、カイトが乗る様に促す。どちらにせよこの便で行く事に間違いはないのだ。乗ってもらわない事には話が進まないし、乗り遅れました、は笑い話にもならない。というわけで、一同が訝しみながらも船に乗って更に20分。船は普通に大海原へと漕ぎ出した。
「・・・何も起きないんですけど」
「そりゃ、こんな浅瀬で潜行なんぞ出来ないって。もう少し遠洋に出て、深度を確保出来てからだな」
「はぁ・・・」
カイトの言葉を聞いても、暦は先程からずっと首を傾げっぱなしだった。というわけで、荷物を与えられた部屋に置くと全員揃って甲板に出ていた。甲板に出ていても安全だそうで、ここから何が起きるかを確かめよう、というわけであった。
と、そうして船が出港して更に30分程。かなり港から遠ざかった所で、船員達の出入りする扉から一人の女性が現れた。見た目としては美しい部類に入り、手には竪琴を持っていた。
「お、出て来たな」
「? お知り合いですか?」
「いや、流石に違う・・・まぁ、見てればわかる」
カイトはそう言うと、暦に出て来た女性を注視するように促す。そんな二人に気付いたからか、全員がそちらを注視し始める。そうしてそんな注目を集めた女性だが、慣れているのか特段気にせずに歩いていき、船の真ん中に設置されていた小型のプール――ローレライ王国との船は人魚族が使う事が多いので、彼らの為の物――へと飛び込んで、下半身が人魚のそれとなった。
「人魚?」
「しー」
人魚族だった事は別に気にならない暦だが、なぜ注目させたかわからずにカイトへと問いかけた。掛けたのだが、それに対してカイトは彼女の口に人差し指を当てるだけだ。そうして暦が再び視線を彼女へと戻すと同時に、歌が始まった。
「きれー・・・」
アリサ程の技量は備わっていなかったが、それでも確かに綺麗な歌声だった。だが勿論、何の意味もなく歌っているわけではない。その歌がサビらしき所に入った頃に船体の各所に取り付けられている魔石が光り輝いて、泡が船体を取り囲む様に浮かび上がったのだ。そしてそれとほぼ同時に、潜行を開始した。すると、船は擬似的に泡に包まれた様な形となった。
「と、いうわけ。泡で包んでやって、海の中に入るわけだ。音楽魔術。人魚達が得意とする魔術だな」
「はー・・・」
「これが夜景とかなら更に幻想的だが・・・今回ばかりはな」
カイトが蒼天を見上げて笑う。これが夜景ならそれはそれで幻想的な雰囲気が味わえるらしい。が、今回は観光旅行に来ているわけではないのだ。諦めてもらうしかないし、そもそも一度だけではないかもしれないのだ。
ならば、次の機会を待つのが良いだろう。そうして、そんなファンタジー的な方法で、船は海の中を進んでいく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第872話『海の中で』




