第869話 次の活動へと
龍達の里である『青龍の里』から帰還した翌日。カイトは現状を聞く為に公爵邸へと顔を出していた。
「さて・・・どんな状況だ?」
「大体集結率は40%という所でしょうか」
「その数字だと、外の奴らは大半来てないわけか・・・」
「そうなります」
カイトの言葉をクズハが認める。まぁ、全員各国の要人である事が多い。喩えその措置が一時期的なものであろうと、数ヶ月、下手をしなくとも年単位でのこちらでの滞在だ。更には敵の手を考えて家族も一緒に、という者も多い。
そこらを考えた結果、高々二週間や三週間で引き継ぎ人事や書類の審査、家族の説得が終わるわけもないだろう。周囲にしても『死魔将』達の対策で忙しいのだ。国外の連中が揃い始めるのは早くても来月末頃になるだろう。全員揃うのは何時になる事やら、という所だ。
「ああ、お兄様。そういえば、メル様の赴任について詳細が決定致しました」
「何時だ?」
「来週の水曜日に」
「そうか・・・護衛部隊の組織は?」
「すでに手はずについては。お兄様を総隊長としていますが、問題はございませんか?」
「いや、それが最適だろう。それで進めてくれ」
クズハの手はずを受けて、カイトはそれを良しとする。やはり司令官の赴任だ。カイトであれば、ここは狙っておきたい。まぁ、こんな狙ってくださいという所を狙ってくる奴らではないのはわかっているが、その裏を掻いての万が一もあり得る。それに、和平に反対する者達の事もある。注意は必要だった。
「かしこまりました。椿と共に予定は空けておきます」
「そうしてくれ・・・出迎えでパレードでも予定しているのか?」
「流石にそこまでは・・・まぁ、言っても無駄、なのでしょうが・・・」
カイトの問いかけに対して、クズハの返答は歯切れが悪かった。言っても無駄、というより事あるごとに騒ぎたがるのがマクスウェルの良いところであり、悪いところだ。
年がら年中どこかでお祭りをやっているからか、逆に何かと理由を付けて騒ぎたがるのだ。現状であれば警備体制が面倒なので困るのではあるが、同時に不安を紛らわす効果もある。止めるに止められない。
「出店程度は認めろ。が、軍には警備は厳重に、と言え。特にここ当分はテロが怖い」
「わかっています」
カイトとクズハは頭を抱えつつも、とりあえず出店程度を認める事にする。この程度であれば別に問題は無いし、街の市場でやっている事と大差無い。それが増えるぐらいで金の回りも良くなる。その程度なのだ。不謹慎だ、と怒る程度でもなかった。
「良し・・・で、他には?」
「はい。今回の一件を受けて、ローレライ王国より正式にアリサ様の迎えを要請されています」
「マジですか・・・まぁ、顔見せ来いよ、という所か」
「かと・・・流石に正式な物ですので、こちらで予定を組ませていただきたいのですが・・・椿と共に進めても?」
「ああ・・・表向きは冒険部で動く。大々的に軍を動かすと大事になるしな」
「わかりました」
カイトの提案を受けて、クズハはその線で進める事にする。アリサは世界的な歌姫であり、そして同時に一国の王女様でもある。元々マクスウェルへ来る事は予定されている事なので書類などの面での問題はないが、彼女とて王女なので何らかの理由で狙われる可能性も無くはない。であれば、幾つかの策を弄した上で迎えに行くのが妥当だろう。
「じゃあ、来週はメルの出迎え行って、次はアリサの出迎え行って、で終わりそうかね・・・ついでに水中で戦うか」
「向こうで少しゆっくり?」
「そうすっかねー」
アウラの問いかけに、カイトが呑気さを滲ませて答える。適当に活動はするが、水中での戦いもやる必要はあるといえばあるだろう。それに、少し気になる事もある。
「あ、そういや大陸間会議での沈没事故。あれの結果も聞いておきたいな・・・それ考えりゃ、少し滞在するかもなぁ・・・」
「何か気になる点がおありなのですか?」
「ああ・・・クオンがあの時に入り込まれたんじゃないか、と言っててな。なら、沈没船から何か引き上げが出来ていないか、と思った」
「なるほど・・・わかりました。潜水用の魔道具について手配はこちらで整えておきましょうか?」
「ああ、椿と共に手はずを頼む。流石に市販品を使って万が一戦闘、となるとオレじゃ無理だからな。ディーネの力使えばどうにでもなるが、流石にそれは万が一の最終手段だな。奴らがトラップ仕込んでた場合に限るべきだろうよ」
カイトは笑いながら再度、クズハへと告げる。実のところこの報告がユニオンより出た事で、ローレライ王国は沈没船の調査については遺体回収以外は何もしていない。
もし万が一『死魔将』達の仕掛けたトラップが存在しているとなると、迂闊に手出しをして寝ている子を起こす事に成りかねないからだ。
なのでローレライ王国側から調査の為の人員の追加を頼まれていたのである。椿からその報告が入っていたのをすっかり忘れていたらしい。勿論時折ある事故なので気にしすぎの可能性も高いが、『死魔将』達を相手に気にしすぎて損はない。丁度アリサの出迎えもあるし、丁度良いといえば良い。カイト自ら調査に乗り出すのも良いだろう。
「良し・・・とりあえず、また一週間程出かける事になりそう、か」
カイトは椅子に深く腰掛けて、現状を見極める。当分はカイトは各地へ移動して、『無冠の部隊』の調整に動く事になるだろう。それが終われば今度は和平交渉に参加して、だ。それが終わればようやく各領主達と調整が行える。
「・・・地球はどうなってるかね・・・」
遺跡についてを思ったからか、カイトは地球がどうなっているか少し気になったらしい。最後に確認したのは、大陸間会議の少し前だ。その頃にカイトが地球で活動していた頃に懇意にしていた英雄達が来たらしい。その地球の英雄達曰く、やはり一悶着起きているらしい。
「『輝ける闇』と『星の剣』・・・どちらかを使わないといけない日が来る・・・とは考えたくはないな・・・」
カイトは一人ぼやく。それらは、地球で手に入れた世界最強クラスの武器だ。カイトでさえ使うのを躊躇う武器だった。
「怖い事も多いんだがな・・・」
カイトは一冊の魔導書に取り付けられた奇妙な金属体を弄ぶ。これこそが、『輝ける闇』。それはクトゥルフ神話において、使えばニャルラトホテプという神を呼び出せるとされる道具だ。確かに、真実これを使えばそれも可能だ。が、同時にこれは世界を侵食する『毒』とも言えるある種危険過ぎる武器だった。
「・・・いや、よそう。悪く考えすぎると、そうなりかねん。対処だけにしておこう」
最悪の想像をして、カイトは首を振る。最悪の想像。それはニャルラトホテプという地球の神が『輝ける闇』を使った事によってエネフィアへ来てしまう事だ。
普通、神は世界を超えられない。八咫烏とて媒体となる<<布都御魂剣>>があればこそ、この異世界でも活動可能なのだ。
これだけは、神が世界に属する存在である事情が存在するため世界のルールとして無理なのだ。が、これはあくまでも基本的な話として、だ。例外はある。そうでなければ八咫烏は存在出来ないし、『不滅なる悪意』の説明も出来ない。召喚の触媒がある以上、ニャルラトホテプがこの特例に当てはまらないとは誰も言えない。
「ふむ・・・」
「おぉ、おったおった。ちょいとすまんの。妾の所で話が一つあるが、良いか?」
「ティアお姉様。如何なさいました?」
カイトが考え事をしていると、ティアがやって来たらしい。ここ当分はグライアと共に浮遊大陸でシャムロックとのやり取りをしてくれていたのだが、用事が出来てこちらに戻ってきていたのだろう。それにカイトは一時思考を中断して、顔を上げて先を促した。
「すまんの。実は近々浮遊大陸がこちらに来る事にした。一時的に停泊させたいが、やり取りは可能か?」
「一時停泊・・・いや、たしかにシャムロック殿の事を考えればそれが妥当か。クズハ、シアへ繋いでくれ」
「かしこまりました」
カイトは少し考えて、この申し出を受ける事にする。何時もは単なる移動なのでどこの許可も取る事は無いのだが、一時停泊となると万が一落下した場合に津波が起きる可能性がある。それを考えて連絡をしてくれたのだろう。
『何かしら』
「近々、浮遊大陸がこちらに来る。それに備えてティアが許可を貰いに来たんでな。皇帝陛下の許可が欲しい」
『・・・わかったわ。こちらから奏上しておきましょう・・・いつ頃と仰っているの?』
「何時だ?」
「うーむ・・・少々遠い。秋口になろうな」
「秋口、だそうだ」
『わかったわ。それまでに手はずを整えられる様にしてみる』
カイトの申し出を受けて、シアが即座に手はずを始める。なぜ移動が必要なのか、なぞ考える必要もない。そして連絡を受けた理由も勿論、考える必要はない。とは言え、それならそれで次の展開が読める事もあった。
『あ、それならおそらく、こちらから使者を出す事になると思うのだけれど・・・』
「わかっている。そこらは、こちらから対処しておこう。天族の長とは知り合い・・・と言うか一応は本来はこっちが義姉になるからな」
『?・・・ああ、そう言えば・・・』
シアは一瞬考えて、そう言えばそうだった、と納得したらしい。アウラが姉として主張するので忘れられやすいが、カイトは実際にはヘルメス翁の養子だ。そしてアウラとミースはヘルメス翁の孫にあたる。つまり実際にはカイトはアウラの叔父になるのだ。
であれば、そこから遡れば続柄としてはカイトと現天族の長は義理の姉弟となる。アウラの父であるアウルの妹が現族長であるのである。ならば、義理とは言え姉弟同士が会いに行って不思議はないだろう。
「ま、そういうわけでね。こいつは本来義理の姪兼許嫁という立ち位置になるんだがな」
「「う?」」
「お前ら二人して人の上に乗るな・・・」
カイトは膝の上に座ったアウラと日向をどける。ご丁寧な事にアウラは子供化していた。一応、日向も家族と考えているらしく、片膝を譲っていたらしい。
そうして二人をどけたカイトはめげずに再び座った二人にため息を吐いて、無視して続ける事にした。アウラは仕事はきちんとしているし、日向は動物的な性質が抜けきっていない。諦めるが吉だろう。
「まぁ、それに実は少し気になる事もあってな」
『なにかしら』
「『不滅なる悪意』は覚えているか?」
『ええ、当たり前だけれど・・・それがどうかしたのかしら?』
シアは唐突な言葉に首を傾げながらも、その言葉に応ずる。カルト教団の事件はまだ数ヶ月前の事だ。忘れているはずはなかった。
そしてこの神の詳細は神々、特にシャムロックら直接敵対した浮遊大陸の神々でなければわからない。彼らが戦いの余波で休眠していた事もあり何時滅ぼされ、何時戦いが起きたのか、というのは未だあまり解明されていない事だった。それ故、カイトとて知識としてはさほど変わらないらしい。
「まぁ、あまり詳しい事はオレも聞いていないんだが・・・ふとこの間の一件を思い直してみてな。思えば彼の神の討伐から数千年が経過している頃だろ?」
『っ・・・そういうこと・・・確かに、地下に潜行しての儀式を併用したとて、少々不思議な点があるわね・・・』
「そうだ。そこで、一度きちんと話をしておきたくてな」
『流石に封印されていたとしてもそろそろ綻びが出るか、討伐されていた場合にはそろそろ復活の時は近いでしょうね・・・それで、この間の一件が引き金になって一気に復活する可能性があるのではないか、と危惧しているわけね?』
「ああ」
カイトはシアの問いかけを認める。神とは概念の存在だ。それ故、よほどの特殊な事例や武器を使わない限りは討滅する事は不可能だ。これは馬鹿みたいな出力を有するカイトでさえ不可能だ。一時的に活動不能に貶める事は出来ても、永遠に活動出来ない様にする事は出来ないのだ。
「この間の一件が引き金になって復活が早まったというのなら、それでも良し。この際だから一気にウチで討伐してしまおう、って寸法だ」
『それなら、ご提案が』
カイトの言葉をどうやらレガドが聞いていたらしい。通信に割り込んできた。
「ふむ?」
『かの神の活動データについては本研究所に蓄積されており、幾許かのデータについては実用的なデータと推測されます。それをお使いください。かつての文明の交戦時に一時的な封印には成功しており、そのデータから封印等の状態は掴めるかと思います。特にかの神は日本と関わりのある可能性が高い。貴方達であれば、有用にお使いになるでしょう』
「そうか、助かる・・・ウチの研究所のデータバンクにそれを送信してくれるか?」
『わかりました。関連資料をリストアップして、それをそちらと共有します』
「頼んだ・・・シア、こちらのデータをそちらにも送る。皇都の研究者達にも協力を依頼してくれ」
『わかったわ。中央研究所の解析班に依頼しておくわね』
「頼んだ」
カイトはシアに皇都の中央研究所での解析作業を依頼すると、彼女との通話を切断する。これで、とりあえず話し合うべき事は話し合えた。
「良し・・・クズハ、アウラ。とりあえずこちらはメルを迎えに行って、一度海底王国に向かう。予定では一週間で戻る。その間は任せる」
「かしこまりました」
「おー」
カイトからの指示に二人が応じたのを受けて、カイトは立ち上がる。とりあえずやるべきことはやった。後は実際に動くだけだ。そうして、カイトはその翌週の後半。人魚たちの住まう海底王国ローレライへと向かう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第870話『集い始める英雄達』




