第868話 閑話 ――遠くの地にて――
ソラと桜が龍の力の使い方を学んでいた頃。エンテシア皇国マクダウェル領から遥か数千キロ離れたアニエス大陸は神聖王国ラエリア北西部にて、バルフレア率いるユニオン幹部が集結していた。
「・・・」
珍しく、会議でバルフレアが起きていた。それも目はかなり真剣だ。とは言え、それも仕方がない。入ってきた報告が彼でさえ眠れない程に重要度の高い物だったからだ。
「それが事実、って事か?」
「ああ。事実だ」
バルフレアの問いかけを受けて、レヴィが頷いた。その彼女の顔にも深刻さが滲んで――フードで誰にも見えないが――いて、同じように幹部達――バルフレアが起きている時点で誰もが悟っていたが――にも深刻さが理解出来ているらしく真剣さが滲んでいた。
「この時点でクーデターか・・・いや、最適っちゃ最適か」
「あぁ。この時点だからこそ、最適だ」
バルフレアの言葉をレヴィも認める。遂にシャリク達が本格的に動き始め、俄にクーデターの流れが見え始めていたのである。
とは言え、これだって情報屋ギルドからのタレコミだ。カイトが持ち込んで情報屋ギルドが注視した結果、この流れが見えてきただけだ。大大老達はまだ気付いてもいないだろう。そして勿論、善意の者でないのでこの情報を大大老に垂れ込むつもりは一切無いらしい。
「現時点以外に最適となる状況は無い。現在の状況ならシャリクとて満足に動ける。監視も随分と緩くなっている様子だ」
「悪運尽きる、か」
バルフレアは解説されるまでもなく理解していたが、それ故結論を呟いた。先の『死魔将』の一件により、シャリクは軍の要人としてほぼほぼ自由に動けているのだ。
大大老達も現状で彼の動きを阻害するほど、馬鹿ではなかった。だがそれに乗じて遂にクーデターに向けての動きが加速したのであった。これを天佑と言わずしてなんというのだろう。そして同時に、大大老達の悪運もこれまで、というわけであった。
「千年王国が一度滅びるか」
「そうだ。であれば、どう動くか決めねばなるまい」
「シャリクに付く」
レヴィの言葉に対して、バルフレアが即断を下す。とは言え、今回はレヴィも同意だった。そもそも、バルフレアは彼なりの感性で感じて正解を導いている。そして今回はさほど考査する必要もない簡単な論理だった。
「やはり、それが最善か」
「ああ。次の戦いはあの『死魔将』共が相手だ。大大老が率いている軍より、シャリクが率いる軍の方が良い」
「とは言え、安易に動くべきではないか」
「ああ・・・アニエス内で動いているギルドはどれぐらいあった?」
「大中合わせておおよそ100という所だ。ギルドホームを持たぬ数人の小規模を含めれば更に多い」
バルフレアの問いかけにレヴィが即座に返す。バルフレアが本格的に動いている時点で、状況はかなり逼迫している。全てのギルドが関わる事になる事は明白だった。
「・・・事が起きた場合に、ユニオンとして統一した動きを見せる事は出来ないな」
「だろう。所詮は傭兵と大差がない。人を飼いならすなら金で事足りる。ギルド同士の抗争に発展する事は目に見えている」
「ちっ・・・だから内紛とか戦争とか嫌いなんだよ・・・」
バルフレアが顔を顰める。冒険者というが、その実態はレヴィの言う通り傭兵と大差はない。そしてこの状況でどちらに与するかはかなり難しい問題になる。
二人はユニオンとしては内々にシャリクに属する事を決めたが、個々のギルドや個人冒険者として大大老に属する事を決める連中は一定数存在すると見て良いだろう。
現時点での金払いの良さであれば大大老達が圧倒的だ。その点ではシャリクは地力に劣っている。とは言え、だからこその奇襲戦法なのだ。そうしてバルフレアが頭を掻いた。
「・・・あー・・・くそ。カリンは?」
「ヴァルタードでヴィクトル商会と合流。エンテシア皇国へ向かうそうだ。到着はしばらく先だがな」
「ちっ・・・呼び戻す事はむずいか・・・なら、放置だ」
「やれるとすれば、カイトと共になるだろう」
「奴は渋るだろ」
レヴィの言葉にバルフレアがため息を吐いた。当たり前だがこんな紛争にカイトが関わりたいはずがない。はずがないし、そもそも冒険部を関わらせたいはずがない。なので確実に渋る事ぐらいは目に見えた話だった。ということで、スルーを決める。その代わりに、彼は己の配下に他の大御所について問いかける事にした。
「現状、アニエス大陸に残存している8大の長はどのぐらいだ?」
「鍛冶師連合を除けば、我ら<<天翔る冒険者>>、大陸南部の『楽陽の森』にソレイユ殿の率いる<<森の小人>>の弓兵部隊、王都ラエリアには<<知の探求者達>>のジュリウス様が」
「ソレイユに連絡を入れてくれ。あそこはカイトの関係で一番話が通じる。8大での抗争は避けたい。学者共はジュリウスに告げて何時でも撤退出来る様に手配を整えさせろ」
「もうやっている。万が一研究資料が、等と言った場合は目の前で燃やす様に命じておいた。ジュリウスは盛大に顔を顰めたがな。そんなものは無視だ」
「それで頼む」
レヴィの返答にバルフレアが安堵を滲ませる。8大ギルドは全体的に桁違いだ。所属する冒険者達の力量もあるが、同時にギルドマスターの技量も桁違いだ。
バルフレアは言うまでもないが、<<森の小人>>のギルドマスターもジュリウスというギルドマスターも桁違いの実力を有している。
例えばソレイユ率いる弓兵達であればそれこそ何ら脚色もなしに射程距離が数千キロという馬鹿げた力を持つ。ジュリウスであればティナ程ではないが魔術師として圧倒的だ。戦略級の魔術も軽々使いこなす。それ故、ここの間での抗争だけは何がなんでも防がねばならない。被害が桁違いになってしまうのだ。
「それでも、万が一がある。双子大陸に居る<<魔術師の工房>>に仲介役を頼め」
「ああ、わかった」
レヴィはバルフレアの命令を受諾すると、即座に顎で人を出して指示通りにさせる様に命ずる。と言っても勿論、ここらはユニオンが密かに動くだけだ。情報の露呈はなるべく避けるつもりでいた。
「各ユニオン支部の支部長級へは伝令を送り、クーデターの動きあり、と送れ。情報の封鎖ランクはS。最上級だ」
「了解です」
「<<暁>>へはどうする?」
「バーンタインには伝令を送れ。が、あそこはエネシア大陸が軸足で千年王国には中規模の支部を置いているだけだ。さほど関わんねぇだろう」
バルフレアはそう言うと、一応念のためにバーンタインにだけは連絡を送っておくことにする。彼も曲がりなりにも8大に数えられるギルドの長だ。情報の重要性を考えて露呈させる事はない。無いが、支部には伝令を持っていかせるだろう。
勿論、その支部長には口を閉ざさせる事にして、だ。ユニオンが総意として隠蔽を決めているのに、ここで漏らしてシャリクの勘気を買うのはごめんだろう。そして支部長とてギルドマスターであるバーンタインの勘気は買いたくはない。
「クオンは動かないだろ。あそこは無視で」
「カイトが動けば、奴らも動きかねんぞ」
「わかってる。そのカイトが動かねぇから言ってんだろ」
レヴィの言葉にバルフレアは顔を顰めて反論する。戦力としてみればクオン達<<熾天の剣>>が一番怖いが、あそこはこういう紛争にあまり関わろうとしない。動けば桁違いの戦力になってくれるが、こんな俗世の極みにあるような出来事には興味がないのだ。
所詮これで戦える相手は大半が雑魚だ。なら、彼らにとってはマクスウェルでカイト率いる『無冠の部隊』を相手に戦っている方が万倍楽しいだろう。
そしてカイトにしても部隊の連中が揃うまで動いて欲しいとは思っていないだろう。安心といえば安心だし、マクスウェル支部からカイトと彼女へと連絡が伝わる。下手に動く必要はなかった。
「そういや・・・えらくカイトにこだわるな」
「あいつが見過ごすと思えん様な気がするだけだ」
「あー・・・」
そう言えば、とバルフレアも思い当たる節があるらしい。顔を顰めた。思い直せばカイトは一ヶ月程前まではシャーナ女王の護衛だったのだ。見過ごさない可能性もあるにはあった。
「動くか動かないか・・・確率は半々、って所か・・・」
バルフレアでさえ、カイトの行動は予想できなかった。が、クオン達以上に動くと厄介なのがカイトだ。彼一人だけで戦局ではなく、戦況、下手をすれば紛争の趨勢そのものを変えてしまえる。
しかも付属品とばかりにユリィまで一緒だ。この二人がどちらか一方に属した時点で勝敗が決したと言って良い。とは言え、一つ安心出来る点はあった。
「まぁ、あいつは動いてもシャリク派として動くだろ」
「それはな」
バルフレアの推測にレヴィも笑って同意する。カイトの性格から言って、大大老達に属する可能性は限りなくゼロだ。まず第一に大大老達をカイトが嫌っている。そして第二に、彼らが滅ぼされねば次に待つのはシャーナ女王の暗殺だ。第三に、これでシャリク派として動いた場合のメリットもある。
逆に大大老派として動くメリットはほぼほぼ皆無だ。大大老達排除で動く可能性はあっても、彼らに協力する可能性は皆無なのだ。
「そう言う意味じゃ、ユニオンとして奴の動きはありがたい。動くなら動いていいぞ、とマクスウェルの支部長に言っておいてくれ」
「わかった、そうしよう」
カイトが動くだけで勝敗が決するのだ。これほどわかりやすい、否、馬鹿でもわかるヒントは存在していない。なので応ずるレヴィも呆れる程に笑うしかなかった。
「さて・・・じゃあ、次はウチのギルドでの話になるか。<<天翔る冒険者>>の幹部を集めろ。表向きは今度のギルド総会と来るべき『死魔将』達との決戦に向けて、としろ。来週末にでも集合を掛ける、と言っときゃ全員来るだろ・・・連絡が付けば、だが」
「わかりました・・・連絡が出来れば、ですね」
レヴィとは別、自らの率いるギルドの幹部へとバルフレアが命ずる。レヴィはユニオンの職員であって、ギルドで雇っているわけではない。それでも今までの腐れ縁から一緒に動いてくれるが、それにしたって積極性はさほどではなかった。
「・・・私も動く事になりそうか・・・」
そんな動きを見つつ、レヴィが呟く。彼女は預言者と言われる程の知恵者だ。情報が無くとも、いや、無ければ想像力を働かせて補完して、事態の流れを見極める。そしてこの言葉は、そこからの判断だった。
「・・・私が成すべきことは・・・」
レヴィは先の先を見極める。彼女の推測としては、クーデターはおそらく成功すると見ている。軍の中でもシャリクの支持はかなり高いのが実情だからだ。そしてここまで動きが掴めていない時点で大大老達は詰んでいる。おそらく大大老の近くに内通者が居ると考えるのが自然だろう。
「北部、シャリクが本拠地としているヴェルフ基地へとスパイを送れ。あそこから大凡の状況が掴めるはずだ」
「わかりました。暗殺者ギルドへ頼みます」
「頼む」
レヴィは即座に動く事を決める。ヴェルフ基地、というのは千年王国の北部にあるかなり大きな基地で、空軍の本拠地でもあった。つまり、シャリクのお膝元だ。
彼のクーデターならばここはすでに完全に掌握されているか、掌握まで目前と考えて良いだろう。そして情報屋ギルドにまで動きが伝わってくるであれば、すでに動きが起きているはずだ。ならば、ここに潜り込めば現状はわかるはずだった。
が、シャリクが相手だ。並の密偵では無理だろう、と判断して暗殺者として動く者に動いてもらう事にしたのであった。
「・・・おそらく・・・であれば・・・」
レヴィは暫く、一人で裏の裏まで推測する。今のところ持ち合わせている情報を複合して、更には大大老、軍の高官達、政治家の要職達の性格や性質、動きを兼ね合わせて、擬似的に脳内に千年王国を作り上げ、商取引の動き等を更にそこにぶち込んで、誰がどう考えるかを推測する。それが、彼女のやり方だ。
「・・・いや・・・」
レヴィが顔を顰める。どうやっても、クーデターが成功するまでの道筋がつかめない。が、答えが成功する、と導き出せている限り、そこには必ず解法があるはずなのだ。数学と一緒だ。答えが設置されている以上、そこには明確で簡潔な数式が存在しているのだ。
「・・・っ・・・なるほど。それであれば・・・」
どうやら、彼女は何かに気付いたらしい。はっとなって脳裏に展開していた千年王国の動きを一掃して、再度シミュレーションを行う。すると、どうやら今度は上手く動いたらしい。
「これで筋が通る・・・であれば・・・」
今の所の筋道は立てられた。であれば、次に考えるのはここからどう動くか、という未来予測の段階だ。彼女のやり方は当てずっぽうな予想ではない。きちんとした理論に基づいた予測だ。彼女の戦略は全て、過去を詳らかにした上で今を規定して、その上で未来を想定する事で生み出されていたのである。
「っ・・・そうか。そうなるか・・・だから、今なのか」
未来が見えれば、そこから見える今がある。どうやら彼女にはまた違った今が見えたらしい。そうしてそれを考慮に入れて今を書き換えて、もう一度過去を書き換えて今を導き出して、再度未来を導き出す。
それを無数に繰り返して、更にそこに自らを投じる。当たり前だが未来にも彼女はいて、彼女の望む未来がある。彼女自身の動きも想定に入れなければならないだろう。
「・・・であれば動くのは・・・」
自分が一番望ましい未来を見通して、レヴィは未来予測を終了させる。
「・・・行くべきか」
レヴィが答えを決める。そうして、彼女は立ち上がった。が、それにユニオンの職員が驚いた。
「あ、預言者様!? どこへ!?」
「少し出る」
「え、えぇ!? あぁ、行っちゃったよ・・・だから嫌なんだよなぁ・・・」
転移術で消えたレヴィに対して、ユニオンの職員が愚痴る。一応、彼女は信頼している。が、やはり彼女も超級に位置する部類の者だからか、理解は出来ないのだ。そして、彼女は大抵の事は語ってくれない。
いや、語れないからだ、とは彼らだってわかっている。彼女の見通した予測を誰かに語れば、それだけでその予測から外れた動きをされかねないのだ。
だからこそフードで姿を隠すのだ、と彼女は告げていたし誰もがそれを信じていた。彼女程の立場になれば顔色や表情一つでも、影響が生まれる。影に徹する。そうすることでなるべく自分の影響を排除して適時手を出して自分が望む未来を生み出すのだ、というのが彼女の言葉だ。
が、先にも言ったがそれ故に誰にもその考えを語ってくれない。なので結局は、ユニオンの職員達も振り回されるのだ。なんだかんだ言いつつも、バルフレアと一緒ぐらいには彼女もユニオンの職員達を振り回していた。とはいえ、ここから先が彼女とバルフレアの差だった。
『あぁ、そうだ。一応、必要な対処はそこに記しておいた。それを基に動け』
「え? あ、有難うございます」
最後に響いてきた声に、ユニオンの職員が頭を下げる。ここら、彼女はしっかりとしてくれていた。影にまぎれて動くが、それでもしっかり下の者の面倒は見てくれたのだ。そうして、鳴動を始める千年王国の影で、レヴィの計略が開始するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第869話『次の活動へと』
2019年1月4日 追記
・修正
ソレイユがギルドマスターになっていたので修正しました。正確には弓兵部隊の統率役ですね。




