第865話 家族を想う
若衆との戦いを終えたティナは、気絶した若衆を全員里長に引き渡した。
「ま、こんなもんじゃろ。そもそも余との戦いの時点で、避けるべき事。逃げる事を覚えさせるべきじゃな」
「かたじけない。これで懲りるでしょう」
里長が30名の若者を引き取りつつ、ティナへと礼を述べる。そもそも、彼女の言うとおりだ。何をしに来た、と言うしかない。
「最強の中の最強。その座こそカイトに譲ったが現状でも余は世界でもトップクラス。ま、挑むだけ無駄と言うか、そもそもこのレベルでさえ相手にならん敵がおる事ぐらいはわかったじゃろう」
ティナが続ける。龍たちは強大な力を持つが故に、少し驕り高ぶる事が多い。まぁ、それはそれで良いのであろうが、それで事態が悪くなる事もある。今回の『死魔将』の一件が、その好例だ。龍達とて、彼らはまるでお遊びの様に翻弄してみせるだろう。遮二無二突撃すればよい、というわけではないのだ。
「知恵を巡らせ技を凝らし、それでなんとか戦えるのが『死魔将』達よ。生き延びねばならんのであれば、力技で押し切れると思うでない、と伝えておけ」
「はい」
まぁ、今回里長が言いたかった事はこれだ。龍達でさえ遊ぶ様な相手が敵。驕り高ぶる事が命取り。彼らには、生きて帰って来てもらわねば困るのだ。対外的な面子故にではなく、彼らが自分の里の子達であれば、だ。
「ま、後は敵の手に乗せられすぎじゃ、とでも注意しておいてやれ。何が起きとるかは見ておったじゃろ」
「ええ・・・では、失礼します」
これで安心だろう、と里長が胸を撫で下ろし、去っていく。これで若衆達が折れても問題はない。元より、大半の者達には期待していない。
この程度では『死魔将』に対しては足止めにもなりはしない。生きてもらえればそれで結構。ここで折れれば御大層な誇りとやらは随分と損なわれるが、尊厳が奪われるわけでもなし、死ぬよりは随分とマシだ。
「ま、こんなもんじゃな」
それを背に、ティナも背を向ける。これで、里長からの依頼は達成出来たと考えて良いだろう。そうして、そのまま一同は後のことを里の者達に任せてカイトの私邸へと帰宅する事にするのだった。
その日の夜。カイトはふと思うことがあり、魅衣の所へと訪れていた。まぁ、別に珍しい事ではないが、二人だけで屋上に出ているのは、珍しいといえば珍しい。いや、カイトの事なので色々とそういうこともあるのでは、というカイトの性格と性癖を指摘する声は無視するとして、だ。
「どんなもんだ?」
「んー・・・やっぱりちょっとショック受けてたかな」
魅衣は少しだけ、今は居ない新しく出来た友人についてを思い出す。やはり、父親が生きている事を知らされてショックを受けているのだろう。不思議ではないし、必然ではある。
「ふむ・・・行くか?」
「うん」
カイトの言葉に、魅衣が彼の肩にもたれ掛かって頷く。結局、ティナとは親友同士で似ているのか魅衣も面倒見が良い。姉御肌、と言うところなのだろう。なにげに姉御肌ではない由利も面倒見は良いのだ。類友、というやつなのだろう。
「両親居ないのがどんな気持ちか、って私わかんないけどさ・・・やっぱり、結構思い詰めてたっぽいかな」
「やっぱり、か・・・色々と不安に思うもんなー・・・」
「分かるの?」
「オレはこっちで半生を過ごしたよ。もう二度と両親に会わない覚悟も固めてた」
カイトはどこか遠くの記憶を思い出す様に語る。カイトは知らぬ存ぜぬを押し通していたが、実際には地球で数時間である事は時乃から聞いて知っていた。が、それでもやはり、複雑な感じだったのだろう。
「どんな顔して会えばいいかわからねーんだよな。特にカナンだと、色々と想像が先立ってるんだろ。オレの場合、どんな顔して会えば良いか、の方がデカかったけどな・・・」
カイトは己の手を見つめながら、その時を思い出す。13年。それだけの月日は、彼を大きく変えてしまっていた。内面もそうだし、外見もそうだった。
外見はまだ魔術でどうにでも出来る。が、内面だけはどうしようもなかった。血塗られた手。過去の自分達に、異世界の常識によって大きく侵食されてしまった精神。合わせる顔がない、と思ったのだ。
「背中、お前が押してやってくれ」
「どういうこと?」
「あまりに長く離れてるとな。懐かしいとか以前に会えないんだよ。勇気が要る。つーか、怖いんだ。どんな事を言われるのか。どんな風に思っているのだろうか、ってな」
カイトは己も似た経験したからこそ、会ったことのない実の父親との再会が不安になる気持ちが僅かにでも理解出来た。
「で、あんたの場合はティナちゃんが背中を押した、と・・・」
「ああ。あいつがとっとと行かんか、ってな。背中蹴っ飛ばした。物理的にな」
魅衣の言葉を受けて、カイトが笑って頷いた。カイトが転移したのは夜中だ。なので、帰った後はおよそ5時間程、延々と悩み続けた。
空間転移には転移先の場所を思い浮かべる必要がある。となると、この時の彼に残っていた確かな地球の記憶は自宅の記憶だけだったのだ。だからこそ、この悩みだけは避けられなかった。
それこそ一度はこのまま誰にもバレない様に家を出ていこうか、と思ったぐらいだ。勿論、記憶を弄って自分の存在を記憶から抹消しようとも考えた。どちらも、ティナから諭されて止める事にしたが。
「なら、お前がやってやってくれ。どうなっても、オレが手助けするつもりだ・・・だから、そこの所は頼むわ」
「わかってる」
カイトからの頼みに、魅衣は笑って受け入れた。彼女にとってカナンは今では親友と呼べる程の仲だ。ティナ、由利と共に四人で出かける事も多い。その彼女と彼女の家族の為になら、この程度骨を折るぐらいどうということもなかった。
「・・・でもさ。父親の方はどうなの?」
「それなー・・・」
カイトがため息を吐いた。貴族達との調整に忙しいクズハとアウラは無理なので二人を通さず調査していたのだが、調査は難航していた。
というのも流石にカイトと言えども、冒険者ユニオンに依頼人について問いかける事はできなかったからだ。ユニオンには依頼人についての守秘義務がある。特に身分を偽る程の依頼になると、如何にカイトでも教えてくれないのだ。
これだけは、ランクEXだろうとランクEだろうと変わりない。支部長等なら自分の所で発せられた依頼について調べる事も出来るが、エネフィア中となるとユニオンマスターたるバルフレアかその補佐であるレヴィでもないと無理だろう。
「まぁ・・・わざわざ父親を探せ、というぐらいだ。殺されたりはならないだろうさ」
「なら、良いんだろうけどね・・・」
魅衣の瞳には、僅かに不安が滲んでいた。それは親友の身を案じての物だった。そうして家族について思い出したからか、ふと、彼女は自分の家族についてを思い出した。
「・・・お姉、元気かなー」
「元気だろ。竜馬さんも居る。地球にはこっちの伝手も多いし、二人にはオレの伝手もある。あいつらなら、大丈夫さ。今頃、もしかしたら赤ちゃんでも抱いてる頃かもな」
魅衣の言葉に、カイトが笑う。数ヶ月前に来た地球からのメッセージにて見た彼女の姉の腹は、すでにかなりの大きさになっていた。誰が見ても妊娠している、と分かる程だった。それから、更に数ヶ月。地球との時間経過の差がさほどではないとしても、そろそろ生まれていても不思議はない。
「・・・男の子かな、女の子かなー」
「帰ってからのお楽しみ、だろ。そこは」
楽しげな魅衣の言葉にカイトも楽しげに応ずる。二人は基本的にこども好きだ。家族が多かったからか、騒がれる事に慣れている。やはり、赤子を見るのは楽しいのだろう。
「・・・ん」
「うん? ん」
ふと、魅衣がキスをねだってきたのでカイトがそれに応ずる。一瞬訝しんだのは、彼女にしては珍しい事だったからだ。そうして、唇が離れた後、やはりカイトが問いかけた。
「珍しいな、お前からねだるのも」
「んー・・・やっぱり私も女なんだなー、なんて思ったり」
「・・・いや、流石にだめだろ」
楽しげに笑う魅衣に、カイトが苦笑する。言いたいことはわかる。わかるが、駄目なものは駄目だ。別にカイトが拒む事はないが、流石にここは駄目だろう。
「なんでよ」
「いや、わかんだろ」
「えー」
わかってはいるのだろう。わかってはいても、感情面で納得出来るかどうかは話が別だ。というわけで、魅衣が楽しげに逆を向いて、再度カイトに今度は自分からキスした。
「おりゃ」
「っと」
唐突に、魅衣がカイトを押し倒す。こういう風にじゃれ合う様にいちゃつくのは、魅衣の特徴という所だろう。カイトに関わりのある女の子は全体的にお上品なお嬢様が多い。こんな風に普通のカップルの様ないちゃつき方はあまりないのだ。
「・・・はぁ」
「・・・綺麗、って思う様になったのって変な感じするなー・・・」
暫くのじゃれ合いの後、二人は楽しげに笑いながら寝っ転がって満天の星空を眺める。
「ん?」
「いや、綺麗だなーって・・・」
魅衣は一人のんびり星空を眺める。そうして、どこか感慨深げに話し始めた。
「そもそもさ・・・私が誰かを好きに・・・ううん。誰かと一緒に居たい、なんて思うなんて思ってもみなかったなー」
「わかるっちゃ、わかるけどな」
カイトも魅衣と同じように夜空を眺めながら、呑気に同意する。彼もかつては、誰かと居たいと思う事はなかった。それを知らせてくれたのは彼にとってはシャルであり、魅衣にとってはカイトなのだろう。
「んー・・・と言うか、それより。3年ぐらい前の私なら、恋人欲しいと思うとかマジあり得ない、って言われそうな気もするなー。子供欲しい、とかも思わないって」
「ぶっちゃけにぶっちゃけたな、おい・・・」
「だって身体が思うんだからしょうがないじゃん」
「駄目なもんは駄目」
言葉だけを聞けば不満げに見える魅衣だが、顔は笑っていた。先にも繰り返した会話だ。ただ単に、このやり取りを楽しんでいるだけだ。そういう意味での意味は無いが、恋人達の会話としては意味はあるのだろう。
「・・・もう3年、か」
「え?」
「オレが地球に帰ってから。もしくは、オレ達が出会ってから、だ」
カイトが星空の下、今までを思い出す。ふと魅衣が三年前、というから思い出したのだ。これまでの年月は怒涛の如くに過ぎ去っていった。まさか一度目の転移が事故ではなく召喚だった事には驚いたが、それも彼の宿命だったのだろう。と、そんな風にして思い出していたカイトだったが、ふと再び魅衣が口を開いた。
「・・・そう言えば」
「う?」
「意外とあんた、人の髪弄るの好きよね」
「え?」
言われて、カイトは今も魅衣の茶色の髪を撫ぜていた事に気付いた。これがティナや桜ら長髪の女の子であれば、何時もは何気なくくるくると指に巻いて遊んでいただろう。
「長髪にした方が良い?」
「んー・・・」
どこか恥ずかしげに、魅衣が問いかける。やはり惚れた男の好きな姿になりたい、と思うのだろう。かつて由利が言っていたが、こういう所がだんだんと彼女らを綺麗にしていっていたのであった。
そうして、少しだけ長髪にしてみた魅衣を想像して、そして今の魅衣と見比べて、カイトは笑って答えを出した。
「いや、そのままで良いだろ。こっちの方が似合ってる・・・あ、もしかして亜依さんみたいにおしとやかにー、とか考えたのか?」
「ち、ちがうわよー」
どこか茶化す様なカイトの問いかけに、魅衣が少しだけ顔を赤らめる。亜依とは彼女の姉の事だ。彼女も彼女でさばさばとした性格ではあるが、やはり姉である事などから彼女の方が少しおっとりとしていて、優しさという面では強かった。
ちなみに、そんな彼女の様子は星空が綺麗であったお陰で、残念ながらカイトでなくても丸見えだった。だから、カイトは笑いながら断言した。
「気にすんなよ。所詮、亜依さんとお前は別人。お前が亜依さんを目指すのは良いが、亜依さんにゃなれねぇよ。それに、オレは亜依さんが良いんじゃなくて、お前が良いんだ」
「うっぐ・・・」
「どした?」
「ジゴロか・・・と思ったら貴族だったわ・・・」
魅衣が頬を更に赤らめる。幸いといえば幸いなのは、特別カイトが気にしていない事だろう。こんな普通はこっ恥ずかしくて言えない言葉を素面で、しかも唐突に言うのだ。恥ずかしい事この上ない。ある意味、彼にとって最強の能力なのだろう。
「うー・・・だから私が子供欲しいとか思うんでしょうが・・・」
「お、おう・・・」
ぽこぽこと殴る魅衣に、カイトは反応に困る。痛くはないが、反応に困った。彼女らしくないからこそ、いつも通りに返せなかったのである。
「はぁ・・・さっさとしないとその内誰か我慢できなくなるんじゃない? 包丁とか置かれてねだられるとか」
「うっせうっせうっせ」
魅衣の指摘は図星だったらしい。カイトが口を尖らせる。一番指摘されたくない事だった。そして何より怖いのは、その一番の筆頭がティナになりつつある事だ。
どうやら、先のヒメアの一件は相当に彼女の内面に影響しているらしい。魂の奥底で理解しているからこそ、その時を感じ取ってかなり女の部分が見え隠れしていた。最近子を望む発言が時折見受けられる様になっていたのだ。
「はぁ・・・ティナだけは気をつけよ・・・あいつが暴走すると魔術じゃどうしようもない・・・」
「・・・あ、その手があった・・・」
「おい、待て! 今なんつった!?」
「え、な、なんにも?」
「何か言ったよな!? おい、絶対やめろよ!? フリじゃないぞ!? 今ティナに欠けられると世界の危機だぞ!?」
何かに気付いたらしい魅衣に、カイトが大慌てで制止に入る。そうして、この日はこのまま馬鹿みたいに騒いで、そのまま疲れたので部屋に戻って眠るのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第866話『龍の血』




