第862話 龍との戦い
『花薬草』の回収を開始してから、数日。おおよそ必要数の回収が終わった頃だ。その頃に里長から一つの申し出があった。
「一度若衆と手合わせしてもらいたい?」
「ええ・・・若衆を派遣するに至りまして、是非とも、カイト様の実力を見せて頂きたく。少々、今の若者は驕り高ぶりが些か目に余る様子でして・・・」
「まぁ、そりゃ構わんっちゃあ、構わんが・・・」
別に己の実力を見せる分には問題がない。問題が無いが、己がやれば単なる圧勝だ。それはいまいち意味がない様に思える。実力を見せなくてもカイトの勝利がわかっている。別にバーンタインの様に背中が見えなくて良い、というわけではないが、そもそも勝負にならないのだ。そしてそれは里の者ならば、誰もが知った話だろう。意味はあまりない。
「んー・・・ティナ、お前いっそ魔術師としてやらね?」
「む?」
「いや、オレが基本近接戦の若衆と戦った所で咆哮一発でぶちのめす事出来るだろ? で、お前なら普通無理な魔術師が魔術使いながら近接戦やって圧勝出来るじゃん。なら、そっちの方が良いかな、と」
「なるほどのう。ま、そりゃそれで良いやもしれんな」
カイトの言葉を聞いて、ティナがそれはありか、と思ったらしい。乗り気になってくれた。
「では、久々にあれつこうてやるかのう」
「有難うございます」
里長が頭を下げる。とりあえず叩きのめしてくれれば良いらしい。大方少し驕った若衆を叩きのめして手っ取り早く更生を図ってもらうつもりなのだろう。
「で? 誰を叩きのめせば良いんじゃ?」
「は・・・実は・・・私のひ孫とそれの仲が良い者達を・・・」
「おぉ、長のひ孫か・・・ひ孫か・・・」
「なぜ落ち込む」
「いや・・・知り合いが子を産むとなんというか・・・行き遅れの気分が一瞬去来した・・・」
一瞬喜んだティナだが、知り合いだった所為か結婚して子供を産んでいた事に変な精神的ショックを受けていた様子だ。元々行き遅れは彼女にとって禁句だ。ちょっとショックがあったのだろう。
「はぁ・・・この間自分でまだ拙い、とか言っとっただろーに・・・」
「それとこれとは話が別じゃ・・・ま、まぁ良い。とりあえず気を取り直そう。どうせ叩き潰すのであれば、せいぜい驕らせた方が良い。どの程度の実力じゃ?」
「若くして<<龍人転化>>が出来る程度には」
「ほっ。才能は中々のもんじゃな」
里長の言葉に気を取り直したティナが少しだけ目を見開く。<<龍人転化>>とは龍族の中でも更に高位の実力者だけが出来るかなりの高等技術だ。それを若くして習得した、というのであればかなりの才能を秘めていると考えてよかった。
「よかろ。余が直々に叩き潰してやろう。何、遊んでもどうにでもなるわ」
「お願い致します。龍族が最強の種族だ、と驕っている節がございまして・・・」
「まぁ、そこまで才能があればそうじゃろうな。全力で来る様に命ずるが良い。ついでにカイトが出るまでもない、とな」
「はい」
里長が応じたのを受けて、ティナが立ち上がる。本来のスタイルで戦うつもりは毛頭ない。手加減した上で、叩き潰してやるつもりだった。そうして、若衆達との戦いを決めたティナは続いて告げた。
「で、よ。ついでなんでウチの小僧共・・・あ、これではないぞ? この馬鹿は除いた小僧共をついでに戦わせよ。ま、強敵相手にどこまで食い下がれるか、と知りたいだけよ」
「わかりました。それは古衆で?」
「そうじゃな。スタミナ消費を言い訳にされても困る。里の古強者を一人で良い。どうせ勝てぬ・・・勝てぬが、どうやって戦えば良いか、の経験を積ませたいだけじゃ。ああ、そういえば一人竜殺しがおってのう。それにだけは気をつける様に言っておけ」
「わかりました。手配させていただきます」
ティナの言葉に里長が応ずる。そうして、二人はその場を後にする事にするのだった。
明けて翌日。カイト達は里の外れにある戦士達の為の修練場に完全武装で顔を出していた。
「で、そういうわけで戦うわけ・・・?」
「まぁ、ここらの魔物で気候以外で危険な奴はそんな居ないからな。ついでだついで。龍の中でも古強者と一度戦っとけ・・・で、エイリークとかかと思ったが・・・まさかお前か、明兎」
「は。拙も旅路の中でここに居たのですが、昨夜長より頼まれました故。ご安心召されよ。本気にはなりませぬ故」
カイト達の前に立っていたのは、里の古強者ではなく流れの龍の女性だった。なぜ流れであるとわかるか、というとカイトの知り合いであることもあるのだが、それ以前に彼女だけは服装が違う。
着物に似た衣服を来ているこの里の龍族達だが、彼女だけは完全に着物だった。それだけで十分彼女が別の所から来た事が察せられた。
「えーっと・・・お前の知り合いか?」
「まぁ、そこそこにな」
「は・・・おおよそ300年程前にしばし共に暮らした事が」
「へー・・・」
ミントの言葉に一同がそうなんだ、程度に応ずる。とは言え、実際にカイトの知り合いで女だてらに剣士をやっているわけではない。ものすごい強い剣士だった。
「まぁ、ミント相手の戦闘はかなり厳しいと思うが・・・何事も挑戦か。やってみれば良い」
「ふーん・・・」
カイトの言葉に、一同はとりあえずミントの姿を窺い見る。顔立ちは美形に入る部類だが、それは旭姫らと同じく凛としたという類の容姿だ。
「では、早速始める事にしよう」
「え、あ、はい」
早速構えを作ったミントに対して、瞬が慌てて戦闘態勢を整える。まさかほぼほぼ問答無用とは思わなかったらしい。と、それとほぼ同時だ。瞬の目の前には、ミントが立っていた。
「っ!」
一瞬だ。挨拶も礼も何も無い。が、それはやはり、手加減をしてくれるレベルだったようだ。その攻撃はあと少しの所で、鯉口を切る事はできなかった。
「腑抜けてはいない様子」
ミントが頷くと共に、口を開く。なぜ、彼女が抜刀できなかったのか。それは、彼女の利き手である右手に原因が見て取れた。
そこには光り輝く帯びが巻きついており、彼女の動きを阻害していたのだ。それは桜の魔糸だ。ミントが構えを作ったのを見て、桜が何時でも動ける様にしていたのである。そうして、そんな桜が声を荒げた。
「早く!」
「動きを止めるわ。三枝」
「こっちは何時でも!」
桜の言葉を受けるよりも前に、楓と魅衣が既に動いていた。どうやらあまりに速すぎて対処出来ないという事を見て取ったのだろう。
とは言え、それも当然だろう。動体視力の比較的良い瞬でさえ、不意を打たれたのだ。速度で追いつけるとは思うべきではない。そしてそれなら、対処は一つだ。相手の速度を落としてやるのである。
「<<付与・氷>>」
「最大版、<<氷海陣>>!」
魅衣がミント近くの地面を突き刺して、早速氷で牽制を行う。そうして顕現した氷の中に、ミントは完全に封ぜられてしまった。相手が圧倒的な格上である事を見て取って、魅衣と楓は即座に二人で押さえ込む事にしたらしい。
流石にここまで来ると一同の対処にも連携にも慣れが出てきていた。戦闘力としてはまだまだ足りていない者も少なくないが、経験という話であれば、ランクBとしての資格があると言って良いだろう。
「ソラ!」
「おっけ! わかってる! 翔! 連携よろ!」
「おっしゃ! <<幻影体>>展開!」
魅衣の言葉と翔の無数の幻影による撹乱を受けたソラが、<<天羽々斬>>の準備を行う。彼女は龍。竜殺しの力が完全に効くわけではないが、それでも並の種族よりは効果的だった。
そしてそれと並列して、瞬が大きく飛び上がって距離を取っていた。そうして彼が移動するのは、初手の段階で距離を取っていた由利の横だ。
「良し・・・小鳥遊。同時に行くぞ」
「ええ・・・」
現状、近付けば負けだ。瞬の<<雷炎武・参式>>であれば応対出来るかもしれないが、それを使ってもおそらくミントは勝てない。その場合は他からの援護が望めないからだ。
であれば、ソラの攻撃を確実に決められるタイミングを創り出す事だけが彼らの勝利への道だ。なら、考える事は一つだけだ。高火力の攻撃でミントに防御させれば良い。
「・・・雷のルーンを活性化させて・・・」
瞬は呼吸を整えて、雷のルーンを展開して槍に付与する。ミントは速い。であれば、速度重視の一撃で先んじて攻撃して動きを縫い止めて、その次の由利の攻撃を決め手にするつもりだった。そしてその後は瞬と魅衣の援護を受けたソラが接近して、<<天羽々斬>>を直撃させるだけだった。
『ふむ・・・』
それら一連の動きを、ミントは氷の中から観察していた。実のところ、この程度はどうにでもなる。どうにでもなるが故に、敵の出方を窺っていたのだ。日本人がどういう風な戦い方をするのか興味があった、というのも否めない。
『・・・あれが、竜殺しか』
なら、こいつが決め手だな、とミントが小さく呟く。そうしてそれさえわかってくれば、今の一連の流れだけで彼女には連携を読めた。
『・・・拙が対処すべきは、あの少年一人で良い』
ミントは対処せねばならない攻撃をソラ一人と見て取る。動きを止めさせて隊列を組もうとした事そのものが、ソラ達にとっては失策だった。
知恵の無い魔物相手にならこれで良いのだろうが、残念ながら敵は知恵のある、それも経験値が上のミントだ。隊列を組み直す事そのものが、どういう役割を持ち合わせているのか、というのを知らせる役割を持っていた。そして見切れれば、それで十分だった。なのでミントは気合一つで、身体を支配していた氷を全て吹き飛ばした。
「ふんっ!」
「っ!」
「ぐっ!」
魔術を強引に力技で破られたバックロードで、魅衣と楓が顔を顰める。が、これは元々想定されていた事だ。誰の顔にも驚きはなく、即座に桜が二人を魔糸で引っ張ってその場から離脱させる。
「今だ! 行け、<<神撃槍>>!」
「ふっ」
瞬が飛び上がって槍を投げて一拍を空けて、由利が最大まで魔力をチャージした矢を放つ。一方は音速を超えた雷の槍で、一方は多少鈍重ではあるものの強力な土の矢だ。
力技で氷を吹き飛ばした反動で身体が固くなっている上に氷で奪われた体温で動きが鈍くなっているはずのミントに、避けられるはずの攻撃ではなかった。が、この時点で彼らは見落としがあった。
「おぉおおおお!」
「「「きゃあ!」」」
「「「うぉ!」」」
ミントが雄叫びを上げる。それは周囲の空気をビリビリと震わせて、一同の足を止めさせる。そして、止まったのは人の動きだけではなかった。そうして、一歩先んじて立ち直れたソラが見た。
「っ! マジか!? 気合だけで槍を吹き飛ばしたのかよ!」
「甘い」
氷の影響で動きが鈍くなることもなく、ミントはソラへと肉薄していた。どうやらミントの魔力を乗せた咆哮は瞬の放った槍をも食い止めていたのだ。
そしてそうなれば、鈍重な土の矢に命中する程ミントは間抜けではない。一応その場合にも備えて氷で動きを鈍らせたはずなのだが、一切そんな様子は見えなかった。
「っ! うぉおおおお!」
ソラは目の前まで迫っていたミントを見て、思いっきり身を捩る。そしてその次の瞬間、彼の居た所をミントの蹴りが通り過ぎていった。
「ぬ・・・何処かで耐性を得ていたか」
どうやら、目測違いがあったのはミントも一緒らしい。ソラが自分の咆哮で身動きが取れない間に仕留めるつもりだったようだが、失敗したので驚いていた。
ちなみに、彼が一瞬早く動けた理由はバーンタインと『道化の死魔将』のおかげだ。バーンタインの『挨拶』と道化師の『笑み』があったおかげで、多少の圧力には耐えられる身体ができていたのである。災い転じて福となす、というわけであった。
「おぉりゃ!」
身を捩ってなんとかミントの襲撃を回避したソラは、そのまま屈んで左手をアッパーカットの要領で振り上げる。
「最近出来た新技! <<装填杭>>!」
「ちっ」
ソラが放ったのは、<<天羽々斬>>を仕込み刀に宿らせてそれを擬似的な杭と見立てて射出する一撃だった。偶然にも仕込み刀の形状が杭の射出機構に似ていた事で、これを思いついたのであった。勿論、オーアにはきちんと監修してもらった。
が、この渾身の一撃は自らの蹴りの不発を悟ったミントがそのまま飛び上がり、ソラの攻撃で生まれた風を纏ってそのまま空中をくるくると回って回避した。そうして、ミントが着地すると同時に不発を理解したソラは叩き付ける様に左手を振り下ろした。が、そこで起きたのは、唖然だった。
「・・・は?」
「中々にやる。拙も少々、本気を出させて貰おう」
唖然となった理由は、ミントが素手――しかも左手一つで――でソラの<<天羽々斬>>を纏った一撃を掴んでいたからだ。これは竜殺しの力を纏っているが、龍達にだって効果はある。素手で掴める様な一撃ではなく、現に掴んでいるミントの手からは強烈な光と魔力のスパークが発せられていた。
「はぁ!」
一瞬の拮抗の後、ミントが左手に力を込めてソラを弾き飛ばす。が、追撃は仕掛けない。その代わりに、左手を何度か少し握って調子を確認していた。
「つぅううう! あっぶねー・・・」
ソラは地面に刃を突き立てて、勢いを殺す。が、そんな彼には何か違和感の様な物が感じられていた。
「・・・気のせいか?」
ソラは強烈な光により見たものが真実か否かわからず、とりあえず要注意、という程度にとどめておく。とは言え、留まっていられるのは一瞬だけだ。ミントとてすぐに復帰する事は目に見えていた。
そして、単独で戦って勝てる相手ではないのだ。ならば、こちらから攻撃を仕掛けに行くだけだ。そうして彼は瞬と視線を交わし合い、二人が最前線で前衛を務める事にして、同時に地面を蹴る。
「「はぁ!」」
瞬は雷と炎を纏い、ソラは風を纏い。そうして、戦いは第二幕へと移行する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第863話『月天の明兎』




