第861話 花薬草
龍族の使者や『青龍の里』の上役達との話し合いを終えたカイトはそのまま、『青龍の里』の里長との話し合いを行っていた。と言ってもこれは真剣な話し合いというわけではなく、今回の依頼についての話し合いだった。なので残っているのもカイトと里長だけだ。
「あぁ、なるほど」
「ええ、いつも通りといえば、いつも通りのお話です。今回のお話を聞くためにも、カイト様の所へと持っていくのが最適かと思いましたので・・・」
先程とは一転、和やかなムードで二人が話し合う。どうやら、今回の一件でのカイト達の動きを聞く為にわざわざ呼ぶつもりで、その隠蔽工作の為に今回の依頼があったのだろう。
表向きはたまたま日本人のギルドが出来たので興味半分で、とでもしておけば良い。まぁ、気にする者はさほど居ないだろうが、というのは誰もがわかった上での話だ。
「では、改めて確認しておこう。『花薬草』の収集。それで良いんだな?」
「はい、よろしくお願いします・・・本当なら、こんな依頼をカイト様にお願いすべきではないのですが・・・皆様の実力を鑑みて、更には現状で出せる依頼を考えますと、これ以外にはありませんでしたので・・・」
「いや、その方が有り難い。では、3日ほど御山に立て続けに入らせてもらう事になるが、そこは承知してくれているのだな?」
「はい」
カイトの再度の念押しに、里長が頷く。そしてそれがわかれば、後は他愛のない話だけだった。そうして、カイトは暫く『青龍の里』の里長との話し合いを行って、己の持つ私邸へと帰る事にするのだった。
私邸に帰ったカイトだが、そうしてするのはまず、全員を集める事だった。理由は勿論依頼の詳細を話し合う為だ。それをしないことには依頼には入れないのだから、当然である。が、そうして収集内容を聞いて、ソラが首を傾げた。
「『花薬草』?」
「ああ、『花薬草』」
「薬草って・・・花生えるの?」
ソラが首を傾げたまま問いかける。今まで彼も幾度となくマクスウェルの外に出て薬草摘みに出ているが、一度として花の咲いた薬草は見たことがない。が、見たことがないのも当然だ。実は薬草はある一定の条件下でしか、誰もが見える様に花が咲かないからだ。
「まぁ、そう思うわな。いや、間違いじゃない。普通は咲かない。意外な事ではあるがな」
「ほれ、普通に考えてもみよ。なぜ花も咲かず受粉し、種が出来ると思うとる」
「あれ、そう言えば・・・」
ティナの言葉でふと、全員が疑問になる。薬草というので全員草の認識だったが、一応年がら年中、何処にでも薬草は生えてくる。ということは彼らの気付かない内に何処かで受粉して、実を実らせているはずなのだ。であれば、普通は花が咲くはずである。はずであるが、何故か誰も見たことがない。が、これは実は、気の所為だった。
「実のところ、地上でも花は咲いておる。殆ど誰も見たことはないがのう・・・いや、遠目に程度ならば見た事があるんじゃろうがな」
「?」
誰もが首を傾げる。遠目にでも見た記憶はなかった。というわけで、ティナは当たり前と笑った。
「ま、そりゃそうじゃわな。お主ら誰も気にしとらん・・・と言うか、お主ら全員花咲いとってもこれが薬草とは思わん」
ティナはそう言うと、ポケットから一つの魔道具を取り出す。それは彼女が研究用に持ち歩く謂わば辞典の様な物だ。そうして彼女は何時も彼らが見ている薬草をホログラムとして投影した。
「これが、お主らが何時も見ておる薬草じゃな。緑色の普通の薬草・・・じゃろう?」
全員が顔を見合わせて頷く。少し大きめの葉っぱのある、一見すれば単なる雑草とも見える草。それが、薬草だった。
ちなみに、雑草という草が無い様に、薬草という草もない。薬草にはきちんとした学名は存在している。そもそも種類に応じて魔力の回復量も変わってくる。同じ草であるわけがなかった。
「で、これを観察した結果を少し早送りで見てもらうとするかのう」
ティナはそういうと、暗視カメラの様な装置で撮影された映像を早送りで一同に見せていく。すると、だいたい真夜中になった頃に異変を理解出来た。
「あ・・・色が・・・」
桜が目を見開く。緑色だった薬草が段々と更に色濃く色付いて、更には急速に花が生えてきたのだ。詳しい色は薄暗くよくわからないが、少なくとも同じ草には見えなかった。
「うわー・・・」
誰かが、呆然と呟いた。思わずそんなため息が溢れる程には、綺麗だった。何時も自分達が常備して常用している薬草と同じには見えないぐらいには綺麗だった。
「というわけで、大抵は夜しか観測出来ん。おまけにどうにも人の気配に敏感なようでのう。人が近くに居ると、成長せんのよ。で、成長途中の物も成長が終わった物もこれではわからんからのう」
一同の反応を見ながら、ティナが笑う。わからなかったのには、わからなかった理由があるのだ。と、そこまで聞いて、ふとソラが疑問を得た。
「あれ・・・? じゃあわざわざ『花薬草』なんつってこっちに来る必要もなかったんじゃないのか?」
「鋭い」
カイトが楽しげに、ソラを指差す。そこが、この依頼の肝だ。そこに是非とも気付いてほしかった。
「『花薬草』そのものは、確かに見付ける事が出来れば収穫可能だろう。そう、見付ける事が出来れば、な」
「この『花薬草』が収穫出来るのはこんな山の上みたいな所でしか、収穫出来ないんだよね。さっきティナが言ったでしょ? 人が近付くと成長を止める、って。どうにも地上に生えている『花薬草』は敏感らしくて、近付くだけで枯れちゃうんだ。ということで、近付いた頃には既にしおしおに萎れちゃって、収穫は出来ないわけ」
カイトの言葉を引き継いで、ユリィが解説を開始する。今回は詳しく語らなかったが、品種の差らしい。高所に生える薬草はどうやら高所に生えるが故か環境への耐性が強く、多少ならば近付いても問題は無いらしい。勿論多少なので専用の回収容器の中に保存する必要はあるし、調合にしてもより一層の注意が必要だ。近付くのも魔力を抑えて出来る限り抑えてやらねばならない。
が、その分花を付けているので効能は強く、更には価格も倍程度には高い。おまけにもし『薬草の実』が見付かれば更にめっけもんで、更に効果の高い回復薬が作れるのであった。勿論、希少性から『花薬草』と『薬草の実』そのものの価値も高い。
「へー・・・」
意外といろんな種類の薬草があるのだな、と知っていても理解していなかった内容を実感して改めて一同が感心する。一口で薬草、と言っても本当に色々な種類があるのであった。そうして、一同は更に続けて気圧操作の訓練をしながら、その日は一日各々準備で過ごすのだった。
『青龍の里』に到着した翌日。一同は里の者達が御山と呼ぶ周囲の山の中でも一番高い山に上っていた。この山は標高3000メートルと少し。周囲には霧か雲だがかかり30メートル程度先しか見えないぐらいに、視界は悪かった。
ちなみに、高山病は一日から数日後には消失するのが大半だ。その点、魔術で身体機能の調整を行える冒険者達であれば一日もあれば普通に身体の高度順化は終わっている為、全員念入りに身体を慣らしつつ、昨日の間に習得した魔術の調整を行っている所だった。
「っとと。ここ、崖崩れが気になるな・・・気をつけるようにな」
カイトはヘッドセットを通して、一同に注意を促す。大声を上げれれば良いのだろうが、残念ながらこの山にも魔物は出る。下手に刺激して戦闘になっても面倒だ。
それに、ティナ特製のヘッドセットはこんな霧の中でも赤外線等を使ってお互いの位置を把握出来る様な機能も搭載されている。縄等でお互いの身体を縛る必要がなく、いつも通りの戦闘も可能だ。なので、ヘッドセットをここでは特に重宝していた。
『と言うか、登山ってもっと厳しい物か、と思ってたんだけどさ・・・そうでもないのな』
『そりゃ、魔力あるからだろ』
『あ、そういやそうか』
翔の言葉に、ソラが笑いながらツッコミを入れる。そうして、その話題は瞬へと飛んだ。
『そういや、先輩は山登りで訓練してたんでしたっけ』
『ああ。京都に居た頃には鞍馬山だなんだとそれなりに登山で足腰を鍛えさせて貰った』
『鞍馬山・・・そう言えば何度か行かせて頂きましたわね』
どうやら、基本的には肉体系である戦士系の者達にとってこの程度の登山はさほど厳しく無い様子だ。全員言葉に余裕が見て取れた。とは言え、戦士系が大丈夫だから、と全員が大丈夫なわけではない。楓は魔術系だ。
「楓は大丈夫か?」
『ええ』
『こちらでも補佐していますけど、大丈夫そうですね』
カイトの問いかけに、補佐している桜と楓本人が頷いた。現在、桜と魅衣が楓と由利の直接援護として動いている。更にその後ろには瞬と翔が配置されていて、その更に後ろにティナが居る。なお、ソラは桜達の少し前、カイトの後ろだ。というわけで、カイトが先頭を進んでいた。一番これが安全な隊列だろう。
「ふむ・・・なら、当分は大丈夫そうかな」
「カイト、来るよ」
カイトは楓の様子を前から窺い見て、大丈夫な事を把握する。大体一時間に500メートル程登っている。それを考えれば高度順化していても高山病は怖かったし、体力的にも気にはなった。
「っと、こいつは・・・ちょいとヤバイか」
「だね」
「ソラ」
「おう」
立ち止まったカイトの小声での言葉に、同じく立ち止まったソラが頷く。体長20メートル程の蛇型の魔物が目の前にとぐろを巻いていたのだ。
ランクはB程度でカイトとティナが居なくても勝てるレベルだが、高所である関係と足場の悪さ、更には岩壁に衝突する事による崩落の危険性等から、少々手に余る相手だった。霧の中である事も問題だ。お陰で相手もまだ気付いていない様子だが、戦闘の余波で不意の遭遇戦になる可能性もある。
そうして、ソラが手で合図して全員に停止を命ずる。多少の雑魚なら訓練も兼ねて一同にやらせるが、こいつは厳しい。普通なら霧に紛れてひっそりと逃げるのが得策だが、カイトが居るので問題にはならなかった。
「ユリィ。念のために<<麻痺>>系の魔術を頼む」
「あいさ・・・」
カイトからの依頼を受けて、ユリィは口決も無くなんらかの麻痺をさせる魔術を展開させる。周囲に異変も気付かせないレベルの繊細な魔術だが、周囲を変に刺激したくはない。そしてこの程度でも彼女であれば十分に有効な魔術を展開出来る。そうして、わかる者にはわかる程度に薄っすらとだが魔術が展開して、蛇型の魔物が完全に昏倒する。
「・・・ふっ・・・はっ」
カイトは一息に<<縮地>>で肉薄して、そのまま更に槍による突きを3連撃させる。狙うのは脳天、心臓、コアの3つだ。それら全ての動きは霧を切り裂く事もなかった。この様子で何が起こったか分かる者はそう多くはないだろう。
なお、心臓はコアも兼ねている。対して脳天を狙った理由は即死させる為に、だ。万が一コアを破壊して僅かに生き残っていた場合に暴れられて岩石の崩落が起きても面倒だ。コアを完全に破壊して脳を破壊すれば、確実だった。
「・・・ふぅ」
カイトは槍を消滅させて、音もなく脱力した蛇型の魔物を窺う。が、動くことはなかった。どうやら問題はない様子だった。
「ついでだし、素材回収しちまうか」
折角殆ど無傷で倒せたのだ。使える素材は剥ぎ取って武器や防具に回すのが良いだろう。そうして、一同は暫くの間カイトが倒した蛇型の魔物の素材を回収して、再度歩いて行く。
「お・・・霧が晴れてきたな・・・」
更に5分程歩いた所で、どうやら霧が晴れてきた様だ。既に標高は3500メートルを超えて、かなり頂上に近くなっていた。
「うおー・・・これ、やっほーって叫んだら・・・」
「オレがお前をぶっ飛ばす」
「ですよね」
見えてきた絶景にソラが思わず叫びたくなった様子だが、残念ながらそんな事をすれば寝ている子を起こすが如くに魔物たちを起こしてしまう。確実にカイトかティナから鉄拳制裁が行われるだろう。
「うっわー・・・初登山で雲海・・・」
続いてやって来たのは魅衣だ。彼女は初登山だったらしいのだが、そうして見えた光景に圧倒されていた。どうやら、先程まで彼らが入っていたのは霧と雲の混じった領域だったようだ。羊雲と呼ばれる雲が眼下に広がっていた。
幻想的な程に絶景とは言わないが、これはこれで絶景だった。そうしてカイトが振り返れば、そこには中ほどに彼らの目当てである『花薬草』が見えた。
「お・・・あれだな」
「え?」
カイトの言葉に魅衣が振り返り、そこにある一輪の花を見付ける。高所に生える『花薬草』は群生しているわけではなく、ところどころに生えているだけの様子だった。
これを一定数回収するのなら、それなりには手間だろう。そうして周囲を彼女が見回している間に、全員が揃った。それを見て、カイトは一同に実演してみせる事にする。
「良し・・・じゃあ、やり方を見せるから、見とけ」
カイトはそう言うと、常に身に纏っている魔力を一気に抑えていく。何時もかなり抑えている彼だが、そのレベルは一般人と大差ないどころかそれを遥かに下回っていた。
ちなみに、そういうわけなので抑えるのが得意ではないと言うか、実力者にとってはそれが普通のティナは『花薬草』には近付けない。一応調合時には特殊な機材を使うので調合は可能だが、収穫だけは、無理なのであった。値段が高騰する理由はここらにもあった。
「魔力を徹底的に抑え込んで、その上で・・・根本を持って摘み取る。根っこも忘れるな。低濃度の回復薬に根っこ浸せば、日持ちする。回収してすぐに薬剤にするわけではない事もあるからな。根っこが失われると一気に価値が低下する。根本を持って、ゆっくりと引き抜くんだ。そんな力はいらない。そして収穫後は即座に容器の中に入れて、密閉する」
カイトは説明しながら、慣れた手つきで『花薬草』を専用のカプセルの中に突っ込む。カプセルの大きさはだいたい半径10センチ程度の円筒。大きさは20センチ程だ。一つにつき、一輪しか入るスペースはない。
それに群生していない関係で一度に回収出来る数もさほどではないので、数日に分けて必要量を回収するつもりなのだろう。
「良し。これで、オッケー」
「では、余が全体の監視を行うから、他はツーマンセルで行動せい。勿論、二人同時に回収なぞするでないぞ。一人は周囲の警戒、もう一人が回収じゃ」
カイトが回収してみせたのを見せて、ティナが号令を掛ける。そうして、一同はこれから数日の間、『花薬草』の回収に勤しむ事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第862話『龍との戦い』




