第858話 青龍の里
狼型の魔物との戦いから、10分程。カイトとソラが話し合っていた洞窟の中に入っていた竜車だが、進む先に明かりが見えてきた。
「お、見えてきたな」
先程と同じく御者席に座っていたカイトが、一番に明かりが見えた事に気付く。そうしてそれに続いて、全員が顔を覗かせる。そうしてその間にも竜車は一歩一歩進んでいき、遂に、洞窟を抜けた。
「うっわー・・・」
「本当に隠れ里みたいね」
「隠れ里だからな」
楓の呟きに、カイトが笑う。洞窟を出た一同の目の前に広がったのは、少し窪んだ大地の中にある長閑な村だ。山間部にひっそりと存在する龍達の里。隠れ里と言うに相応しい光景だった。
どうやらカイト達が進んだ洞窟は隠れ里を隠す役目をしてくれている山の上の方をくり貫いているらしく、少し下る必要がある様子だった。
と言う訳で、カイトは御者を操って馬車を下らせて行く。どうやら、洞窟を出た先には道が備わっているらしく、先程よりも揺れはかなり小さくなっていた。
そうして下って行けば当然だが、里の者達にも見付かる。そして見付かれば必然、こちらに里を守る兵士の一人も飛んで来るだろう。と言う訳で、一同の目の前には即座に龍の兵士達が飛んで来た。
「誰・・・カイト様!?」
誰だ、と問おうとした瞬間、御者席に座るのがカイトであると気付いたらしい。兵士達が即座にその場に膝をついた。ちなみに、この応対はカイトだからこそされるのであって普通はされない。
「ああ、悪いな。長に呼ばれて来た。ついでに話したい事もある、とエイリアに伝言を頼んだ筈だが・・・」
「はい、伺っております」
どうやら、カイト達が来る事は既に伝わっていたらしい。兵士達も何の疑問も無い様子だった。
「そうか。ならば悪いが、案内を頼めるか? 変わっていないとは思うが、万が一もあるからな」
「かしこまりました・・・」
カイトの言葉に兵士達の中でも隊長格の男が頷くと、次の瞬間に彼の身体は光り輝いて龍の姿を取った。どうやら彼は空を往く類の龍ではなく、地龍の類の龍らしい。水龍や天龍がある様に、地面に特化した龍もいる。彼が、その一体だった。
『こちらへ。ご案内致します・・・お前達は先に帰還し、長へとカイト殿が来られた事を伝えに行け』
「わかりました」
隊長格の指示を受けた他の龍の兵士達はその命令を受諾すると、その中の一人が龍の姿を取って空を駆け抜ける。一足先に伝令に走った様だ。そうしてそれに続いて、隊長格の龍がずしん、と足を踏み出した。
「良し。じゃあ、後はこれに付いて行くか・・・どうした?」
「ふわー・・・マジで龍の里なんてあるんだなー・・・」
全員がぽかん、と間抜けな面をしていたのを見て問いかけると、翔が何処か感慨深いと言うか驚いた様子をしていた。ここの里は全員が龍だ。まさかそんな所が本当に存在しているとは、と思いもよらなかったというかこんなファンタジーの世界でも少し半信半疑だったのだろう。
「ぷっ・・・当たり前だろ。ま、今度は人魚の国でも・・・あ、そういや行かないと駄目なのか」
翔の言葉に笑ったカイトだが、ふと思い出す。アリサが迎えに来い、と言っていたのを思い出したのだ。やはり彼女も王女だ。それに先の『死魔将』達の一件もある。どうあがいても一度国に帰らざるを得ず、それに合わせて迎えに来い、と命令されていたのであった。
「はぁ・・・当分は面倒になりそうかねー」
カイトが一人、密かに溜め息を吐いた。他にもメリアとメルアも流石に皇都で皇帝レオンハルトに会ってくれと実家から泣き付かれて皇都に出向中だし、色々とまた駆け回る必要が有った。と、そうしている間にも一同は進み続け、里の入り口と思しき所にまでたどり着いた。
「あぁ! カイト様だ!」
里に到着すると同時に、里の者達が声を上げる。どうやらカイトの事を知らない者達はここ300年で生まれた若い者達位で、若い衆――に見えるだけで物凄い年上――達でも知っている様子であった。
「おーう、久しぶりー。長は居るか?」
「はい、もうすぐ来られます」
「そうか・・・竜車はあそこで良いか?」
「ええ、どうぞ」
カイトは里の入り口の少し外れた所に在る殆ど使われていない馬車の停泊所を指し示す。どうやら、そこを使って良いようだ。殆ど使われていない理由は、殆ど往来が無いから、で話は済む。が、一応里でも竜は飼っているし村で馬車を使う事も有るので、整備だけはされている様子だった。
「悪いが、世話を頼む」
「わかりました・・・にしても気性の荒い竜ですね」
「ちょっと野良を捕まえてきてな。質が悪いのはすまんが我慢してくれ」
「ははは。ここらの奴らも所詮元は野良。ま、ここの里では何もしませんよ」
「だろうな」
飼育係の言葉にカイトも笑う。竜達は気性が荒い訳で、飼いたてはやはり危険がある。が、その点で言えばこの里はほぼほぼ安全だ。里全体がカイトが捕縛した野良竜やここで飼育されている竜よりも遥かに強い龍達の里なのだ。竜達が逆に大人しくなる、と言う珍しい現象がここでは観察出来た。
「さて・・・じゃ、荷物下ろすか」
「おーう」
カイトの指示を受けて、一同は荷物を降ろし始める。何を始めるにしても、まずは荷降ろしをしないと始められない。と言っても今回は着替えと武器の調整用品程度だ。大した時間は必要も無かった。
「よいしょっと・・・これで全部かな」
ソラが最後の荷物である生鮮食品を降ろす。保存食は日持ちするので降ろす必要は無い。なので最後はこれだけだった。ちなみに、何処に泊まるか、と言うとカイトの私邸だ。どうやらこの里にも有るらしい。
「良し。じゃあ、それで終わりだな」
「おう。じゃあ、先行っとく」
「ああ、こちらは馬車のシステムを落としてから行く」
「おーう」
ソラは生鮮食品の入った木箱を抱えると、カイトの私邸へ向けて歩いて行く。ちなみに、流石にこの隠れ里にそこまで大きな私邸が有る訳では無く、こじんまりとした家が有るだけだ。
宿屋も有るらしいが、それはどちらかと言うと簡易宿泊施設と言う感じが強い。流石にカプセルホテルとまではいかないが寝る為のスペースとして簡易ベッドと簡易の台所が有る位だ。お風呂は里に温泉が有るので無い。職員は誰も居ない。一応輪番制で後片付け程度はするらしいが、滅多に人は来ないので、宿屋を経営する意味が無いそうだ。
そうしてカイトが馬車の戸締まりを行って外に出て来ると、そこにはこの里の長が待っていた。里長はどうやら龍族の中でもかなり高齢の様子で、腰も曲がり深い皺が刻まれた老齢の男性だった。少なくとも、千年以上は生き続けているだろう。カイトが聞いた所によると、マルス帝国の中期に生まれたらしい。
「カイト様。お久しゅうございます」
「ああ、久しぶりだ・・・里長。早速ですまないが、近々村の上役達を集められないだろうか」
「かしこまりました・・・例の件でしょうか?」
「そうだが・・・実は事態が少々悪化してな。他の里には集合してもらわない可能性が出て来た」
「それは・・・」
大事か、と里長が少しだけ目を見開く。龍族の力を分散させてでも、何かを為さねばならないのだ。少々と言うには、事態は悪化している様子に思えた。
「ついでに、エイリアに頼んでご両親も頼む」
「わかりました。手配を整えておきましょう。依頼についても、その際に」
「わかった。では、また後で」
カイトはそう言って、里長と別れる。里長も挨拶に来てくれただけで、まだ向こうも何らかの作業の真っ最中なのだろう。頭を下げると即座に去っていった。と言う訳で、カイトも自分の私邸へと移動する。が、入ったと同時にカイトが状況を理解した。全員辛そうにしていたのだ。
「・・・あ、そういや忘れてたわ」
「・・・え?」
「ここ、結界とかで気圧を操作してないから、かなり辛いぞ」
「それを早く言ってくれ・・・」
瞬が溜め息を吐いた。どうやら全員里に入れた、と思って呪符を停止させてしまったのだろう。結果、動き続けて高山病一歩手前になっている様子だった。
さらに言えばここには特殊な仕掛けが有り、高山病が敢えて誘発される様にもなっていた。が、それは言わない事にしておいた。
「まぁ、実のところここじゃ普通に使えないんだけどな」
「え・・・?」
「公爵家の奴は、高所での訓練でここに入らせるからな・・・あれ? そういやアルとリィルは?」
倒れていた事で事情を理解したカイトであるが、アルとリィルが居ない事に気付いた。彼らが居れば、先んじて注意されるだろう、と思ったのだ。
「・・・そういや・・・ティナちゃんとユリィちゃんが連れてった・・・」
「はぁ・・・あいつらか・・・」
ソラの言葉で、カイトはこれが意図された物だった事に気付く。相変わらず、優しくも甘くはない奴らだった。
「おい、ティナー」
『ならんわ、馬鹿者』
どうやら、始めからティナはこうなる事が見えていたのだろう。久しぶりにスパルタで行く様子だった。
『やり方を教えるのは自由じゃ。が、対処するのはならんぞ。こちらで全部切って捨てるからな』
「やれやれ・・・」
ぐったりした様子の一同を前にして、カイトは肩を竦める。魔術に関してであれば、ティナには逆らえない。ここからカイトが何をやったとて、確実に解呪されてしまうのが関の山だろう。
「気圧を制御するには、風の力だ。ソラ、お前が当分は制御しておけ。風の加護を使えば、多少は操作出来る」
「あ・・・」
どうやらソラはそんな基本的な事も忘れてしまったらしい。少し慌て気味に、風の加護を展開する。すると一気に風が吹き荒んで、それから風を呼び込み始める。すると気圧が元に戻って、ソラがゆっくりとだが楽になったらしい。そこでソラは更に続けて、新陳代謝を活性化させる魔術を展開する。
「おー・・・あー・・・随分楽になった」
新陳代謝が活性化した事により、速急に体内に酸素が駆け巡った様だ。みるみるうちにソラが元通りになった。それに、カイトが少し感心する。
「へー、お前、覚えたのか」
「おう。新陳代謝の活性化だけでも、随分良い、って聞いたからな」
ソラは一息に元気を取り戻し、いつも通りにカイトの言葉に応ずる。随分前に回復・治癒系統の魔術を覚えるか、と勉強を始めていた彼だが、どうやら本当に習得していたらしい。と、そうして暫くの間二人の間に沈黙が流れる。
「いや、お前自分だけやるな。それを一度部屋全体にやれ」
「え? 俺がやんの?」
「この状態で? オレはティナに禁止されてるのに、か?」
「あ・・・」
沈黙の後、一切動きを見せないソラに対してカイトが告げれば、ソラがはっとなる。現在、一番良い言い方をすれば死屍累々、と言うのが一番良い状況だ。であれば、誰か出来る者がやらねばならないのだ。
「せめて気圧を抑えろ。後は、楓達の仕事だ」
「おう・・・えっと・・・<<風よ>>」
ソラは再び、風の加護の力を展開させる。そうして今度は自分を覆うよりも遥かに広範囲、部屋全体を覆い尽くす様に風を集めていく。が、それは少し強過ぎた。別に周囲に影響を与えている程では無いが、少しでも敏感な者であれば風が集まっている事に気付ける程だった。と言う訳で、カイトが補佐に入る。
「ちょっとやり過ぎだな・・・」
カイトはソラが呼び込む風の圧力を少しだけ、抑えてやる。すると、ゆっくりと桜達の呼吸も穏やかになっていく。そうしてそれがある程度までなったところで、楓が少し苦労しながらソラが展開したのと同じ新陳代謝を活性化させる魔術を全員に展開した。
「<<活性治癒>>・・・はぁ・・・」
「ふぅ・・・」
楓の魔術の展開を受けて、全員が急速に復帰していく。していくのだが、それが完全になった所で、再びティナが声だけを寄越した。
『まだ、駄目じゃ。各々でどの様にすれば良いか考えねば、片手落ちじゃ。楓とて戦闘中までこの様な事は出来まい。しかも、寝ている時までそれを展開しておけるか?』
「と言う事は・・・一度全員でやれ、って事か・・・」
どうやら、全員が各個人で自分の身を守れる様になるまでは、訓練を終わらせるつもりは無いらしい。ちなみに、アルとリィルが除外されている理由は簡単にわかる。
彼らは、飛翔機を使って大空を飛び回る。しかも戦闘中故に、何らかの事情で唐突に急上昇しなければならない事はざらに有るのだ。
流石にカイトの様に成層圏まで、とは言わないが高度数千メートルは想定内だ。特殊任務になれば、それこそ身一つで数千メートルからの急降下も考えている。それなら、身一つでなんとか出来る術も身に着けておかねばならなかった。と言う事でこれを教えられては折角の訓練の機会が台無しだ。なので、密かに連れて行っていた、と言う訳であった。
『そも、ここで学ぶのは如何にして未知の環境に入っても対応出来るか、と言う対応力じゃ。それを、学べ。と言う訳で、遠からずソラの張った擬似的な結界は余が解除するぞ』
「げ・・・って、待った! 俺は大丈夫なのか!?」
『お主は対処出来たじゃろ。個人分については、それで良しじゃ・・・今回は、じゃがな』
焦ったソラの問いかけに、ティナが再度言葉を送る。そうして、対処が出来たソラは兎も角、桜達も各々考えて対処を開始するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第859話『高所』




