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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第48章 次への布石編

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第853話 元服式のその裏で

 カイトが皇城に戻ってから、少し。使者達も大分と出揃ってきた。というわけで、カイトも流石に忙しくなり始めて、その日は終わる事になった。そして、その翌日。てんやわんやの内に元服式を迎える事になった。


「・・・さて」


 皇城前の広場で開かれる元服式を、カイトは皇城の上から見ていた。残念ながら彼の公の立場は一介の兵士だ。元服式に呼ばれる道理は無い。というわけで、勿論公爵家の所にも席は無い。

 そもそも来ているのは各異族の使者達の応対で人手不足が深刻で、更にはカイトぐらいじゃないとまともに応対出来ない、と皇城の職員達から泣き付かれたからだ。

 とは言え、婚約者候補の元服式に顔も見せないのはカイトとしても体面として問題がある。皇国側としても勇者カイトに席を用意しませんでした、は大失態だ。なので、公爵家とは別口に貴賓席を用意されていた。一応、表向きは貴族の一人として列席している。全貴族の顔と名前が一致している者なぞ皇城の職員でさえ稀だ。普通に座っていてもバレる事はない。

 というわけで、カイトはクズハ達とも離れて、一人貴賓席に腰掛けていた。服装は勿論、平凡な貴族の服だ。流石に今回は軍服は使わない。


「おぉおぉ、こうやって見ると、メルはやっぱ皇女様だな」


 カイトが笑う。目の前ではドレスを来て馬車に乗せられたメルが、笑顔で手を振っていた。勿論がさつにぶんぶん、というのではなく、お上品に小さく首をかしげて、いかにもお姫様です、と言わんばかりの手だ。いや、いかにもお姫様、ではなく正真正銘お姫様なのだが。


「シアはシアで・・・あぁ、こっちの方が高貴さはあるか」


 ついで、カイトはその横のシアを見る。そちらもやはり猫を被ってお上品さを出していたが、やはり年季の差だ。こちらの方はメルにはあった何処か固さが無く、どこからどう見てもお姫様だ。


「ふぁー・・・っと、失礼。準備に忙しくてね」


 呑気にあくびをしたカイトだが、貴族達のどこか咎める様な視線を受けて、少し照れ気味に手で謝罪する。平和で良いこと。そう思った。


「善き哉善き哉・・・世は並べて事も無し。当分は束の間の平和を楽しめるかね」


 カイトが笑う。『死魔将(しましょう)』達の襲撃はまだまだ先だろうし、西の教国との戦争は終結の見込みだ。皇城前の広場は兎も角、城下町には多くの出店が出店していて、お祭り騒ぎだ。それは、元服式のお披露目をしている事で一応の静けさがある皇城前の広場にまで、響いてきていた。が、そうして呑気にしていたからか、カイトは背後に忍び寄る影に気付けなかった。


「馬子にも衣装というのでしたな、こういう場合・・・」

「っ・・・」


 カイトの背筋が凍りつく。その声に、聞き覚えが無いとは言えない。そして油断していなかった、とも言えない。彼がここに来るのだけは、本当にカイトも想定していなかった。が、だからこその彼らだ。カイト達さえ予測不能。それ故に、何度も手玉に取られてきた。


「・・・道化師が何の用事だ? 元服式にお雇いでもない道化が呼ばれる道理は無いぞ」

「いえいえ。つい先ごろ貴方の奥方様に御協力頂いたものですから。是非とも御礼申し上げたく存じ上げ、こちらに参った次第ですよ」


 『道化の死魔将(どうけのしましょう)』は笑いながら、後を振り向く事もなく問いかけるカイトへとうやうやしく一礼する。周囲の者達が何も気づいていない所を見ると、何時もの特徴的な半分だけの道化師の仮面は着けていないのだろう。

 それに、カイトは動けない事を理解する。ここでもし彼らが正体を露わにすれば、皇都は大パニックに陥るだろう。ただでさえ元服式でごった返しているのだ。ここでパニックに陥れば、魔物を呼び出さなくとも未曾有の大災害になってしまうだろう。相手が動くなら別だが、そうでないのなら、カイトから動くのは悪手だ。というわけで、彼は足を組んで椅子に深く腰掛け、のけぞる様にして後ろを向いた。


「はっ、嘘言えよ。そんな事でこっちに来るかよ。狙いはなんだ?」

「いえいえ・・・大した事は何も。あぁ、別に流石にお祝いの席を叩き潰す様な事は致しません」


 道化師は何処か嘲笑を滲ませながら、首を振る。これをカイトはおそらく真実だ、と理解する。現状、彼は自分が助かっているのは己が何もしないからだ、と理解している。彼は単独だ。何かをすればその時点で、一刀のもとカイトに叩き切られる。何も出来ないのだ。


「・・・」

「ふふ・・・」


 両者の間に、僅かな沈黙が流れる。カイトは道化師の様子を探り、道化師はそんなカイトの様子を観察していた。


「お身体は、大丈夫ですか?」

「?・・・っ! 貴様、何を考えている!」


 道化師の意図を一瞬遅れて悟ったカイトは、思わず声を荒げる。それに周囲の耳目が集まるが、即座に道化師がうやうやしく一礼した。


「おや・・・申し訳ありません。少々粗相を致しました。皆様もご無礼を」


 道化師の言葉に、周囲の来賓者達は何か彼がうっかりでミスをしてしまい、カイトがそれに怒っただけなのだろう、と意識を逸らす。貴族でなくとも、上に立つ者が従者やそれに類する者の失態を叱責するのは別に珍しい事ではない。

 それ故、周囲の貴族達どころか警備の兵士達さえ、誰も疑問に思わなかった。が、それに対してカイトは礼も述べず、相変わらずうやうやしく一礼をした道化師を睨むだけだ。


「・・・」

「ふふ・・・実は今回、貴方に耳寄りな情報を持ってまいりました」


 睨みつけるカイトに笑いながら、道化師は一枚の写真を取り出す。何処の写真かは不明だが、ぱっと見何処かの研究施設の様に思えた。そして、その写真の中身を見て、カイトが目を見開いた。


「なっ・・・ん・・・だと・・・」

「おわかりでしょう?」

「これは何処だ?」


 あまりの驚愕に、カイトは何が目的か云々ではなく、何処の写真かを問いかける。だが、そんなカイトに彼はどこかはぐらかす様に視線を上に上げた。そしてこの時点で、カイトはティナを呼び寄せるという札を捨てざるを得なくなった。この案件はティナには事の特性上知らせていないのだ。


「さて・・・何処でしたか・・・」

「言え・・・わかっているだろう。それは決して、貴様らが手を出して良いもんじゃねぇよ」

「おや。勝手に我々が手を出した様に決めつけないで欲しいものですね」


 心底心外な、という顔で、道化師がカイトへと視線を戻す。これが嘘か真かは、カイトにはわからない。が、嘘ではない可能性は十分にあった。嘘ではないから、伝えに来た可能性があるからだ。が、当然嘘の可能性も十二分に存在している。


「はっ、嘘つけよ。こっちは、掴んでるぜ? そっちが今オレ達がぶっ殺してやった奴ら蘇らせようとしている、ってのはな。ご苦労なこった。折角いっぺんぶっ倒してやったってのに、もう一回お望みたぁな。お前らマゾか?」

「おやおや。既にご存知でしたか」


 道化師はカイトの言葉に笑いながら、その言葉を認める。どうやら、彼もジャンヌがどうにかしてカイト達にそれを知らせるだろう事、自分ではおそらくジャンヌを止められないだろうことを理解していたのだろう。特段驚いた様子はなかったし、焦る様子もなかった。


「まぁ、とはいえ。それならそれで構いません。こちらの居場所は隠していますしね。それより、今重要な事は『これ』をなんとかすべき、という所では無いでしょうか?」

「っ・・・」


 道化師の言葉に、カイトが顔を顰める。その言葉は、正しかった。彼が手に持っていた写真に映っていたのは、まるでSFの様なカプセルと、その中の培養液の様な何かに浮かんだ、一体の龍の姿だった。

 培養液そのものが色づいているので龍の色は不明だが、形状としては両手足が存在し、背中に翼があるタイプの龍だ。所謂、西洋の龍を思い浮かべれば良い。胴体が少し大きく、今にも火を吹いてきそうな龍。それだった。


「わかっているでしょう? この龍の名は」

「・・・」


 カイトは黙る。知らないはずがない。昨日、その名を告げたばかりだ。全ての悲劇の発端。その、名は。


「エリアス・・・だな?」

「ご名答」


 道化師が笑う。いや、嘲笑っていたのかもしれない。今の今までこんな重要な事にさえ気付かなかった彼を嘲笑った所で、カイトとて不思議には思わない。それどころか、彼自身が嘲笑いたかった。


「かつて、アウローラ・フロイラインの父母を殺した堕ちし龍。正真正銘、彼女の仇」

「・・・」


 道化師の言葉に対して、カイトは怒りを抑えるので手一杯だった。なぜ、怒っているのか。それは、彼の次の言葉で理解出来た。


「それを・・・それを貴様らが言うか。エリアスを<<堕族転化>>の実験体にした貴様らが・・・」

「ふふ・・・」


 猛烈な怒りを押さえつけたカイトの言葉に、道化師が笑う。これがこんな場でも無ければ、カイトは即座に彼に斬り掛かっただろう。それほどの、激怒だった。

 彼も、犠牲者だった。狂わされて、堕とされて。その果てに、皇都襲撃の手駒として使われたのだ。堕族は見境なく破壊する。支配ではなく制圧を考えれば、悪くはない手だ。

 破壊力は圧倒的。理性を取り払われているがゆえに、死ぬまで戦える。敵地を壊滅させるには、これほど良い手札はないだろう。ある種の生体兵器と一緒だ。勿論、色々な人道の面を除けば、だ。

 そしてこの襲撃の結果がアウラの両親の戦死になり、その死はヘルメス翁の戦線復帰に繋がり、最終的には彼の死とカイトの復讐譚へと繋がった。正しく、全ての悲劇の発端と言えた。カイトが全ての悲劇の発端と断ずるのも当然だった。


「まぁ、別に弁明するつもりはないですがね? 一応言えば、あれは私の施策ではなく、ティステニア殿を操っていた者の手ですよ。貴方達が『死魔将(しましょう)』と呼ぶ我々はノータッチだ」

「その言葉に何の意味もないな」

「いえ、まったく」


 カイトの言葉を道化師も笑いながら認める。これが真実であろうとなかろうと、その主とやらに傅いている彼らは同罪だ。なんの弁明にもなりはしない。とは言え、それならそれで、一つ理解した事があった。


「・・・貴様らの研究所ではないな、ここは」

「ええ、だから始めからそう言っているでしょう?」

「言っちゃいねぇがな」


 何処か呆れを滲ませて、カイトが深呼吸する。今回の情報は、有用だ。道化師が何を考えているかはわからないが、少なくともこのエリアスの遺体の写真が撮影された研究所は、彼らの指揮下にある場所ではないだろう。これは、かなり高確率だろう、と推測された。

 無いからこそ、ここへ持ってきたのだ。彼はカイトに何かをさせるつもりだ。何かをしてもらいたいが故に、持ってきたのだ。その何か。それは一つしかない。


「言え。研究所の場所を」

「それは残念ながら私にもさっぱりです。私もこの写真を手に入れただけ、ですのでね」

「・・・」


 カイトは道化師の顔を観察する。嘘なら、この場で吐かせるつもりだ。大凡は嘘ではなさそうだが、少しだけ嘘が混じっている事は、理解出来た。そしてそれを示す様にカイトは小さく、刀の鯉口を切る。それに、道化師は少し慌てた様子を作って、手がかりを告げた。


「おっと・・・思い出しました。これは教国の極秘資料に添付されていた写真でした」

「何・・・?」


 カイトが眉の根を付ける。如何にあそこが狂信的だからといえど、これは異族だ。そしてこれらは宗教家として考えても、どうみても死者への冒涜だ。それ故に、手出しはしないと思えた。

 と言うより、手出しするはずもない。もしよしんば異族を家畜の様に考えていても、死体に鞭打つのは教義で禁じられている。狂信者は狂信者故に教えには忠実だ。それを考えればこそ、あまりにおかしな話だった。


「ふふふ・・・では、失礼を・・・っと、その前に最後にこちらを」

「うん?」


 困惑するカイトを他所に、道化師はその困惑の隙を突く様に更にもう一枚の写真を提示する。そこに映っていたのは、今度は別の龍の写真だった。

 こちらは先の胴体が寸胴である西洋の龍とは少し違い、身体のバランスは人に近い。二足歩行で歩ける様なスタイルで、何処か竜人にも似た龍だった。


「なっ!?」

『ふふふ・・・急がれた方がよろしいのではないですか? でないと・・・』


 道化師はカイトに写真を渡すだけ渡すと、声だけを残して消える。そうして残されたカイトの顔には、物凄い苦味が浮かんでいた。


「ちぃ・・・悪いな、少し、所用だ」


 カイトは賑やかな元服式を背に、何処かへと消える。そうして、カイトは一度ユリィと合流すべく動き出すのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第854話『失われた遺物』

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