第852話 決意 ――受け継ぎし者――
さて、改めて、もう一度言及しておく。エンテシア皇国には、元服式と成人の儀が存在している。と、いうことでカイトはもとよりルクス、ウィルの三名は戦後に行ったわけだが、年齢がバラバラ――ウィルが2つ上――なので、カイトとルクスの方が二年後になったのだ。
そして、その頃には復興もかなり進んで、大々的で盛大な儀式になる事になった。ということは、だ。流石にそこまではならなくとも、今の時代でも皇女の元服式ともなると、盛大にしなければならなかった。
というわけで、皇城はただでさえ『死魔将』の対応で忙しい上にルクセリオン教国との和平交渉で忙しく、その上にメルとシアの二人の元服式だ。上も下も大騒ぎだった。が、そんな中、皇都に呼び出されていたカイトは客人の為、暇だった。
「ふぁー・・・流石にこの状況で暇なのには申し訳がないな・・・」
カイトがため息を吐く。とは言え、彼だけは仕方がない。彼だけは関われない。一応内々には公爵に復帰している彼だが、公に復帰しているわけがない。仕事をさせるわけにもいかなかったのだ。というわけで、彼は呑気に皇城の一番高い所――つまり屋根の上――から皇都を見下ろしていた。
「・・・ん。なんとか、街は活気づいているかな・・・パニックは無し、と」
カイトは街を見下ろして、問題が無い事を見て取った。『死魔将』の出現でどういう反応をしているか、と不安になっていたが、こちらが圧勝した事とそれに続く教国との和平交渉の公表だ。
どれだけ教養のない国民とて、現状での和平交渉は確実に締結されるだろう、と読んでいる。となると、戦争が終わるのだ。やはりその面でも受けは良く、活気づいていても不思議はない。
商人達はこれから始まるだろう西側での活性化に向けて準備に忙しいし、冒険者達もそこら西部での治安回復の為の雇用を狙って移動しよう、と皇都での最後を楽しんでいる。腕に覚えがある冒険者は逆に、皇都で行われるだろう兵士の募集が為される事を読んで、新たな雇用を目当てに傭兵として活動する為に皇都へと入ってきたりしていた。
「・・・ふぅ」
カイトは腰を落として、避雷針にもたれ掛かる。とりあえず、問題はなさそうだ。問題があればあるでクズハやアウラが顔を出す必要もあったが、今の事を考えればその必要は無いだろう。
「・・・懐かしいな」
カイトは過去を思い出す。何故か。今回も二人元服を行うからだ。一般的には元服式を行わないが、皇族は行う。そしてその年齢は16歳だ。幼名を使わなくてよくなると同時に、元服を行うのである。が、シアもメルもその年齢を越えているのに今まで行っていなかったが故に、同時になったのだ。
「これが終わった後は、アンリか」
カイトが思い出すのは、少し幼い皇女だ。リーゼリット・アンリ・エンテシア。彼女はまだ幼名を使っている事からもわかるように、彼女はまだ元服していない。
が、元服が終わった後は、カイトも全員がアンリの名ではなく、本名である『リズ』で呼ぶ事になるだろう。流石に元服して幼名で呼ぶのは無礼だ。カイトでもしない。と、そこまで考えたカイトだが、唐突にため息を吐いた。
「はぁ・・・あぁ・・・予算が・・・お金が・・・」
カイトが嘆いたのは、今回の元服式の費用について、だ。基本的に皇国での元服式はその皇女を支援する家が出すのが基本だ。後の家が大きければ大きい程、規模も大きくなる。というわけで、今回の出費はかなり大きな物になったのだった。
これは仕方がない。やはり貴族なので見栄と面子がある。今回はメルには実家としてハイゼンベルグ公爵家、シアにはカイトのマクダウェル公爵家が出す事になっていた。勿論、メルには支援者としてカイト達マクダウェル家も出資者に名を連ねている。
ここまで皇城が大忙しなのも2つの公爵家が関わっているから、だった。どちらも龍に関わりのある家だ。そしてカイトの方に至っては、レイナードを筆頭にさも平然と皇国上層部が無視出来ない超大物達まで関わってくる。上へ下への大騒ぎなのは当然だろう。
挨拶だけで皇国上層部の面々が汗を掻く程の忙しさだった。と、そんな事を考えていたから、だろう。北の空から、数匹の巨躯の龍が姿を現した。
「・・・ウチのか」
西から来ればハイゼンベルグ家の関係者だが、北から来ればカイトの関係者だ。これは地理的に当然の話になる。そして案の定、使者達の中でも一番格の高い者だけが、カイトの前に舞い降りた。
お互いに気付いていたので、挨拶の一つもしなければ向こうの面子が立たなかったのだ。そうして、その龍はカイトの前に降りる直前、女の姿を取った。
服装は何処か着物に似ていたが、似ているだけで着物ではない。どちらかと言えば着物をベースにした民族衣装、というのが近い言い方だろう。
「お久しぶりです、カイト殿」
「レイシア皇女とメルクリア皇女の元服への使者。感謝する」
「いえ、『紫龍』の出なれど、同じ龍。その皇女の元服となりますと、重要な慶事。お気になさいますな」
「そう言ってもらえれば助かる。青龍の長は元気か?」
「はい。また近々お会いしたい、と。少々長から相談がございまして・・・」
「仕事か?」
「はい・・・人足が借りたい模様です」
使者の女は片膝を着いたまま、カイトの問いかけに頷いた。彼女はカイトのマクダウェル領にある龍族達の自治区『青龍の里』の者達だった。かつてカイトが皇帝レオンハルトが行って追い返されるだろう、という里だった。
今回、メルが龍族の皇女であった事もあり、ハイゼンベルグ家との縁も考えて使者を送ろうと考えたのだろう。基本的に龍は同族に対して身内意識が強い。使者が来ても不思議はなかった。
「そういえば、長は今回は来ないのか? ウィルの時は顔を出していた気がするんだが・・・」
「ええ・・・長は高齢です故」
「そうか・・・ああ、そうだ。帰りに当家に寄っていってくれ。エリアスの墓に、酒を持ち帰って欲しい。花は今度、こちらから添えに行こう」
「ありがたきお言葉です。彼も喜ぶでしょう」
「ああ・・・」
使者の女の言葉に、カイトも同意する。その顔は少しだけ、悲しげに曇っていた。そうして、そんなカイトに使者が真剣な目で問いかけた。
「・・・して、一つ問いたき事が」
「・・・わかっている」
「はい・・・しかし、貴方様のお口よりしっかりとお聞きする様に、と長からのお言葉です」
「そうか・・・ならば、明言しよう。主は実在するのだろう」
「・・・左様でございますか」
カイトからの明言に、使者の女が僅かに怒りを露わにする。と言ってもこれはカイトへの怒りではない。『死魔将』達の主への怒りだ。そうして、使者の女がはっきりと明言した。
「『青龍の里』は御身と共に、此度の戦も戦う所存でございます。『緑龍の里』、『赤龍の里』も共に」
「連絡を取ってくれていたのか・・・長に感謝する、と重ねて伝えてくれ。それと、各里にはまた別に挨拶に伺う、と」
カイトは使者から述べられた言葉に、しっかりと頭を下げる。先にも言ったが、龍族は身内に対する身内意識が非常に強い。
血の繋がりがなかろうと、他の龍が傷付けられただけでも他の龍達への受けが悪くなるぐらいだ。それ故、今回の一件で『青龍の里』の者達は他の龍族の里へと連絡を取って、共闘の態勢を既に整えてくれていたのであった。
「かしこまりました・・・では、これにて」
「ああ」
カイトからの謝意を受けて、使者の女は再び降下していき、皇城からの職員に挨拶を受ける。その一方、カイトはそこから、青空を見上げた。
「・・・エリアス・・・」
カイトは先程も告げた名を、呟く。その声は悲しげで、そして無念さが滲んでいた。
「・・・その無念を、晴らしてやる・・・そしてこれが、爺さん達への弔いだ。本気でやるぞ」
カイトは目を龍眼へと変える。後でリーシャから怒られるだろうが、それでも、決意を表明したかった。
「全ての悲劇の発端。全ての悲劇の始まりの名・・・エリアスよ。今度こそ、その名に始まる悲劇に終止符を打とう」
カイトが拳を合わせて手をぱん、と鳴らす。全ての始まり。カイトが復讐鬼に堕ちたのも、ヘルメス達が死んだのも、全てはそれが発端だった。そして、『青龍の里』が怒る原因でもあった。そうして、カイトの後に龍の姿が浮かび上がる。
「・・・今度こそ、終わらせよう。この手で。ティステニアよりも強いというのなら・・・もう一段階、侵食率を上げてやるさ」
カイトが決意を口にする。主はおそらく、かなり手強いだろう。当時ティナの補佐を務めていたティステニアを操れる程だ。であれば、カイトもそれなりに本気でやらないと駄目だろう。それこそ、禁じ手である眼を使うぐらいには、やらなければならないかもしれない。
勿論、対価は大きい。かつてリーシャが語ったが、紙飛行機にジェット・エンジンを搭載する様な物だ。下手をすると、暴発して大破炎上だ。普通に死ぬかもしれない。
だが、使う。今更使っては駄目だ、という声で止まれる程、カイトは真っ当な精神をしていない。使わなければ勝てないのなら、使うまでだった。その為には、今からでも慣らし運転をしていかなければならないだろう。
「リーシャにまた心配掛けちまうな・・・後できちんと、謝りに行こう」
とは言え、心配してくれている者が居るのもまた、事実だ。だからこそ、カイトは自分を主と慕う少し変わった女の子への謝罪はしっかりとしておこう、と決める。
それに彼女の助力があれば、怪我が小さくなるかもしれないのだ。しっかり、説得する必要はあった。守る為に、これも必要な事だった。そうして、カイトは城の中へと戻る事にするのだった。
さて、そんな彼の決意は誰にも知られる事はなかったが、それをさておいても皇都は大騒ぎだ。メルのブロマイドだのシアのブロマイドだの何処で入手したのか彼女らのメイド服姿だのの写真は出回るわ一種のお祭り騒ぎの様相を呈していた。していたのだが、カイトの目の前にはラウルとマイの二人が物凄い緊張した様子で立っていた。
「あー・・・あー・・・うん、そうなるわな」
カイトは苦笑するしかない。当たり前だろう。ラウルとマイの目の前には、彼らからしてみれば正真正銘の大英雄が立っているのだ。
しかも、今まで普通に友人として語り合っていたり巫山戯あっていたのだ。公爵相手に無礼といえば無礼な行動も取っている。思い切り緊張するのも普通だった。というわけで、この流れも普通だった。
「「申し訳ありませんでした!」」
二人が思い切り、頭を下げる。彼らからしてみれば、カイトは神様にも等しい扱いを受ける大英雄だ。それに対等の付き合い、なぞ恐れ多い事この上なかった。
「あー、いや、そんな態度取られると困るんだが・・・」
「いえ、そういうわけにはいきません! 少将殿とは思いもよらず、今までのご無礼、お許し下さい!」
困った様なカイトに対して、マイが敬礼と共に謝罪を口にする。
「どうすっかねー・・・」
カイトはため息を吐く。二人共ガチガチだ。今は何を言っても無駄だろう。とは言え、どうにかして緊張をほぐして説得するしかない。無いが、一苦労だし、今はそれよりも前に言わなければならない事もある。一時的に、中断する事にした。
「別に気にしていない。が・・・一応、箝口令の書類にはサインしているな?」
「「はっ!」」
「はぁ・・・ま、一度置いておくか。とりあえず、やっておくべき事をやれ、と。で、まずは二人の所属だが、これ以降当家預かりとなるが・・・聞いているか?」
「はっ、伺っております!」
カイトの問いかけに対して、ラウルが頷く。先の一件で彼らの所属は近衛兵団からの出向という形で、カイト麾下になる事になった。これは『無冠の部隊』が再結成されて、世界各国に出向する可能性が出た事による皇国からの増援の一環だ。
既に大陸間会議でも露呈しているが、『無冠の部隊』の最大の弱点は数が少ない事だ。そもそも1000人の部隊で国一つを守りきれるわけがない。同時に動かせる人員を用意するのが、妥当だった。そうして、カイトはその後暫くの間、ラウルとマイに状況の説明を行いつつ、なんとか元通りの応対に戻ってもらうように苦労する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第853話『元服式の裏で』




