第851話 戦いへ向けて
かつて、カイトが言った。元服に似た儀式はこちらで済ませた、と。ということはつまり、エネフィアは兎も角エンテシア皇国には元服や成人式はあるわけだ。
そしてカイトにやらせるぐらいなのだから、ウィルはやったのだろう。となると当然の話になるのだが、現代でもエンテシア皇国の皇族は元服をしなければならないだろう。
「・・・」
「・・・」
「ぷっ・・・」
カイトが吹き出して、顔を背ける。目の前には、二人の美姫。この場合、比喩でもなんでもなく正真正銘のお姫様が居た。
となると、彼の関わりで皇族となり、更には元服も成人式もしていない者なぞ数えるほどしかいない。その中で元服式に臨む可能性があるとすれば、レイシア・フランドール・エンテシア第一皇女とメルクリア・スカーレット・エンテシア第二皇女だ。
勿論他に深い仲ではリーゼリット・アンリ・エンテシア皇女も居るが、彼女の場合はまだ少し先――二年後――だ。なので、この二人だけだろう。
「何よ! 何か変!?」
「いやいや、お似合いですよ、皇女殿下」
メルの抗議の声に対して、カイトが慇懃無礼な態度で一礼をする。確かに、似合っていた。似合っていたが、少し過美に彩られている様子があった。が、それはシアも理解していたらしい。なので彼女は翻弄される妹の前でため息を吐いただけだった。
「しょうがないわ。だって、元服式なのだもの」
「でもやっぱり、恥ずかしいのよね・・・」
「いや、世辞抜きで似合ってると思うぞ」
とりあえず笑みを引っ込めたカイトは、何処か恥ずかしげなメルへと率直な意見を述べる。メルもシアもドレスだが、どちらも少し特色が違った。というわけで、メルもシアも興味深げに自分のドレスを見回す。
「これが、ねぇ・・・龍族の娘が着る成人式の服・・・なんでちょっと露出多いのよ・・・」
「・・・もう少し胸があった方が良かったかしら・・・」
「ふむ・・・我が妹の幼き頃を見ている様だ」
そんな所へと声が入った。声の主はシアの祖父にしてカイトの戦友・レイナードだった。その偉大なる相手を見て、二人の皇女は優雅に頭を垂れる。
一応彼の領土は皇国内部にあるが、それにしたって一応は指揮下に入っているだけ、と言う程度だ。そして彼もまた、王者の一人だ。皇帝でさえ、敬わねばならない相手だった。
「お祖父様」
「レイナード様」
「うむ」
「よう、流石にお前も呼ばれたのか」
頭を下げた二人に対して、カイトはいつも通り慇懃無礼だ。戦友だし友人だ。普通だろう。
「ああ。王として、孫娘の儀には応ぜねばならん」
「ま、そりゃそうだわな」
レイナードの言葉に、カイトが頷いた。それはそうだろう。曲がりなりにも皇女の祖父だ。となると、続柄としては現皇帝の義父にも相当するのが、彼だ。
如何に彼が無茶苦茶な存在だからといえども、その孫娘の元服の儀をすっぽかしたでは皇国の面子が立たない。彼の王としての面子も立たないだろう。顔を見せたのは至極当然の話だ。
「で、これが終わったらまた帰るのか?」
「ああ。国の取りまとめが必要だ」
「ご苦労なこって」
レイナードの言葉に、カイトが肩を竦める。彼も一応は『無冠の部隊』の隊員に名を連ねているが、現在は王様だ。如何に彼でも即座に復帰は無理なので、今もまだ一族の取りまとめに奔走しているのであった。
「まぁ、そっちは大丈夫だろ」
「我も不安視はしていない」
カイトとレナードは暫く、今についての雑談を行う。と、そうしてレイナードが去った後、今度はハイゼンベルグ公ジェイクが顔を見せて、カイトは彼に後を任せて一度別の所へと顔を出す事にした。
と言ってもこれは呼ばれたからだ。呼んだ相手は、皇帝レオンハルトである。勿論、彼も今回の元服の儀へ参加しなければならないだろう。
「陛下。マクダウェル公が来られました」
「おぉ、そうか。すまん」
皇帝レオンハルトは筆ペンから手を下ろして、カイトを出迎える用意を行う。今回カイトが呼ばれたのは皇帝レオンハルトの執務室だ。何気にカイトがこちらに入るのは初めてだった。
「陛下、お呼びでしょうか」
「うむ、すまぬな。元服を終えれば、本格的にメルを貴公の領地に頼むことになる。それを考え、一つ挨拶をしておきたかっただけよ」
皇帝レオンハルトはそう言って笑う。メルは今まで一応謹慎処分扱いで更にはシアの補佐だったが、これで彼女は本格的に公職復帰する事になる。
そもそも、今に至るまでメルとシアの政界入りは半ば内々で大々的には公にされていなかった。元々が罰則に近かったからだ。
もちろん、メルがマクダウェル領に入っている事は厳重に秘密だった。というわけで、今回はそれを逆手に取ってメルが帰還した事、彼女とシアが元服式を行う事を今回大々的に公表する事にしたらしい。
「いえ、今までと何も変わりませんので」
「ははは・・・で、まぁ公の事だ。理解はしているだろう?」
「ええ、まぁ・・・で、どういう状況でしょうか」
皇帝レオンハルトの求めに応じて、カイトが質問を飛ばす。そもそもそんなどうでも良いと言えばどうでも良い事でカイトをわざわざ呼び立てるわけがない。状況を教える為に、わざわざ呼び寄せたのだ。そうして、皇帝レオンハルトの視線を受けて、軍高官が密かに調査させた内容をカイトへと報告した。
「かなり、受けは良いかと」
「そうか・・・なら、安心ですね」
「ああ。今回の一件・・・メルにとっては最高の一幕になったな」
「かと」
カイトと皇帝レオンハルトは二人で苦笑に近い物を滲ませながら笑い合う。今回、メルの帰還を大々的に報じたのは『死魔将』達の襲撃事件の後だ。
そして彼女が姿を隠していた理由は公には、武者修行という事にされている。幸いなことにそれで通る様な力量は手に入れて帰って来た。それを通せるだけの状況を図らずも彼女は得てしまっていたのだ。
「皇女が救国の為に祖国へと帰還して、英雄達の部隊を率いて戦う・・・なんとも民達の好むストーリーですね」
「狙ってやったわけではない・・・がな」
「狙ったら出来るってもんでもないでしょ。そもそも謹慎処分だって偶然ですからね」
「ははは、確かにな。それに、これは激務との引き換えだ」
皇帝レオンハルトもカイトも笑うしかない。メルの帰還の公式発表は大陸間会議の後、理由と共に公表された。となると、反応の一つも探ろうとするのが、国としての在り方だろう。
というわけで反応を探ったのだが、その結果が先の報告だった。報告がされた通り、非常に受けが良かった。カイトが述べた通り、物語の様な顛末だったからだ。武者修行に出ていた皇女が祖国に帰還して、英雄達と共に戦う指揮官となる。物語といえば、物語だ。
「天佑だな、これは」
「天佑ですね、これは」
「「はははは」」
二人が声を上げて笑う。もう笑うしかないとはこの事だ。貴族たちの間では家出娘で継承の見込みはほぼ無い、という存在だったのが、あれよあれよという間に一挙に皇位継承レースのトップ集団に躍り出たのだ。貴族達さえ大慌てだ。かといってこの人事には文句は言いにくい。なにせ現状軍事であれば彼女がダントツで一番だからだ。
少なくとも、英雄達と共に戦う戦士としてやっていけるだけの武力は持ち合わせている。最悪でもお飾りではない、と他国に言えるレベルではあるのだ。では他は、となると武力は確定でメル以下で、指揮力も少し下が最高だ。他国からなぜメルを指揮官に任じないのだ、英雄達の足を引っ張るつもりか、とツッコミを食らう事になる。もう笑う以外に残されていなかった。
とは言え、笑うしかないからといって、笑うだけでどうにかなるわけではない。というわけで、皇帝レオンハルトがため息を吐いて、笑うのを止めた。
「・・・はぁ。まぁ、それは置いておこう」
「ええ」
「公よ。軍の状況はどうなっている?」
とりあえず、メルの赴任は確定だ。一応お飾りにはなるだろうが、それでも赴任はさせねばならないのだ。ならば、彼女が指揮官となる『無冠の部隊』の状況について問いかけるのは至極普通の流れだった。
「現在は受け入れ態勢は整えている所です。元々ウチに半分ぐらい居ましたからね。で、更に軍工廠を動かして飛空艇の艦隊を整える準備と、魔導機の部隊を整えている真っ最中です。これはそちらに協力して頂いていますので、陛下も把握しているかと」
「そうだな・・・今度は、数を繰り出してくると見るか?」
「はい」
カイトは皇帝レオンハルトの問いかけに頷いた。そう、読んでいる。かつての『死魔将』達は数ではなく、技量を誇る戦力をぶつけてきた。
が、それは魔族という領土があったが故に出来た事だ。今ではそれは出来ない。そしてそれも無くなった代わりに、彼らはあの真紅の宝玉を作り上げたのだろう。
となると、当然これを量産して世界中で使ってくる、というのがカイト達だけでなく皇国上層部、更にはエネフィアに存在する全ての国の共通認識だった。次の敵は、魔物の軍勢。厄介さであれば、かつてと何ら変わらない。
「数で来られれば、こちらは痛い。こちらの総兵力は500を切った・・・まぁ、そう言ってもこっちも連合組む気ではあるんですが・・・」
「ユニオンとの連携か・・・公にはまた、申し訳ない話ではあるが・・・」
皇帝レオンハルトが少しだけ、申し訳ない顔をする。というのも、カイトにまた遠くの国へ行ってもらう事になるからだ。しかも今度は皇国の使者として、だ。
行く場所は、千年王国ラエリア。その王都ラエリアの北西部にある草原地帯にある冒険者ユニオン協会本部のある街に行かねばならないのである。
カイトの仲間の多くは死去した。隠居している者も少なくない。だが、事態が事態だ。減った兵力を補わねばならないだろう。
その相手として、カイトは冒険者ユニオン協会を皇国へと提示したのだ。そして、皇国側もそれを受け入れた。ユニオンも受け入れるだろう。とは言え、使者は必要だ。その使者として、カイトが行かねばならないのである。カイトなら、ギルドの有名所が動く。仕方がない事だった。
「ユニオンの全体会合・・・貴公には使者をしてもらう事になるだろう。表立っては姉であるシアを向かわせるが・・・その補佐を公にも頼む」
「御意・・・まぁ、どうにせよこちらもギルドである以上、ユニオンの全体会合には呼ばれています。全体会合はギルドマスターとサブマスターの一人は参加する事、ですからね。所詮、努力目標なのでどこまで集まる事やら、ですが・・・今回は多いでしょう」
「そう言ってもらえると助かる」
皇帝レオンハルトが安堵を滲ませる。当たり前だが冒険者ユニオンとして組織だ。何処かで定例会とまではいかないが、会議はやる必要がある。それが秋の中頃に行われる年に一度の『全体会合』だった。
まぁ、やることは特に珍しい話でもない。強いていうのなら最近こういう新種の魔物が現れたので注意する様に、こういう所でこういう疫病が蔓延っているので調査を頼みたい、という事だ。組織として集まった時にしか出来ない話をしておこう、というわけである。
「で、陛下。こちらからも一つよろしいですか?」
「うむ、なんだ」
「和平条約はどうなっていますか?」
「・・・それか」
やはりくるか、とは思っていたらしい。皇帝レオンハルトの顔つきが険しいものにいなる。
「なんとか、合意締結に至りそうだ。軍部も流石に状況はわかっているらしい。西部の貴族達もさしもの『死魔将』を前にしては、否やは言えなかったそうだ」
「なんとか、ですか・・・これで、とりあえず連合軍で後ろ指をさされる事はなさそうですね」
「ああ・・・相当揉めたが・・・仕方がない」
皇帝レオンハルトは頭を抱えながらも、先程署名した書類に視線を落とす。丁度、それに関する話だった。皇国西部の治安はかなり悪くなっている。本来はそれを賠償金等で賄うつもりだったのだが、それも手に入れられないので公費を回す事にしたのだ。
治安が悪くなると、統治者がどれだけ頑張っても闇が生まれる。『死魔将』達が潜んでいる可能性は十分にありえる。それを大急ぎで晴らさねばならなかったのだ。
「なんとか、6ヶ月で治安を周辺並へと回復させるつもりだ」
「西方ですと・・・アストレア公から援軍が?」
「その、つもりだ。更には南方からブランシェット家にも支援を頼む」
皇帝レオンハルトは別の書類を確認して、何処に援軍を依頼したかを把握する。結局、援軍に駆り出されるのは大公家か公爵家になる。ここが軍事上は桁違いなのだ。仕方がない事だ。
「まぁ・・・あまり頼みたくはないが、事と次第に応じては貴公・・・ひいては冒険部に頼む事もある。そこだけは、了承してくれ」
「逆にこちらも遺跡調査で頼む可能性も」
「それと引き換えになるだろう」
二人は揃ってため息を吐いた。カイト達としては、皇国西部にある遺跡にも足を伸ばしたい。そして皇国としては治安維持に力を貸してもらえるのであれば、冒険部の力だって借りたい。猫の手も借りたいのが現状なのだ。お互いに利害は一致していた。
それになにより、万が一教国の騎士達が何らかの理由で中立地帯に入ってきたとて、日本人であれば皇国人よりも中立に立って話し合いも出来る。武力よりそちらの名が良く利く事もある。皇国としても悪くはない話なのであった。そうして、少しの間二人はそこらの打ち合わせをして、元服の儀までの時間を潰す事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第852話『決意』




