第850話 人工衛星・稼働中
未知との戦いを終えて、更に人工衛星の設置作業を終えたカイトは魔導機を駆ってエネフィアへと帰還する。とは言え、どうやら完全に元の位置へ降下する事は無理だったようだ。一応マクダウェル領内ではあったものの、マクスウェルからはおよそ100キロ程北の空域へと降下する事になった。
「はぁ・・・随分とズレたな」
「イエス・・・とは言え、仕方がない事かと。宇宙空間での戦闘はそもそも想定外。そこを加味して移動しましたから、僅かにズレが生じてしまったのかと」
「ま、次に活かせば良いか」
「イエス」
カイトの楽天的な考えにアイギスも同意する様に軽く頷く。これで、とりあえずはひとまず問題ない。斥力場のお陰で妙な細菌を持ち込んだ可能性は無いだろうし、更に万が一に備えて僅かに位相をズラして戦闘行動も行った。考えうる限りの手は打って帰還した。とりあえず、安心して良いだろう。
「で、どうするんだ? このままマクスウェル直行で良いのか?」
『ああ、いや・・・一度こっちに来てくれ。一応念のため消毒しておきたい、ってティナが』
「ああ、正気戻ったのか」
『戻ったけどね。流石に恥ずかしすぎて布団にみの虫状態さ』
オーアが笑いながら、遠隔で入ってきているのだろう指示をカイトへと知らせる。最早無意味にも近そうだが、一応殺菌消毒はしておきたいらしい。念には念を入れ、というやつだろう。
「コクピット大丈夫なんだろうな・・・」
『コクピットはそもそも一度亜空間にズレてるだろ。それで無理と言うか魔術も無しに生身で亜空間に移動出来るのなら、それこそもう総大将の世界で言う所のSFの世界じゃん』
「それもそうか」
そもそも、このコクピットは亜空間に隔離されているのだ。別にティナもこの現状を見越しての事ではないのだが、そもそもティナのコクピット防御の中には細菌兵器に対する防御も備わっている。なので安全なのだろう。
「ま、わかった。じゃあ、一度飛空艇に戻る」
『ああ、待ってるよ』
兎にも角にも一度飛空艇に戻る事にしたカイトは、そのまま上空10万メートルで待機する『無冠の部隊』保有の飛空艇へと、移動する事になるのだった。
さて、戻ったカイトというか魔導機だが、帰って早々に消毒液に加えて数千度の熱線を浴びせられた。
「・・・お前も大変だな・・・」
コクピットから出るな、の一言を受けたカイトは内部からそれを見ていた。おまけに周囲は技術班の面々によって空間を隔離されており、その中で動くことも出来ずに待機させられていた。
幸いというかなんというか、この温度でも魔導機は耐えている。勿論、カイトの魔力を貰っているからこその防御力なので、そうではない細菌等が付着していたとしても燃え尽きるだろう。
「イエス。帰って早々にオーブン・トースターの中ですからねー」
「どっちかというと、電子レンジじゃないか?」
「マイクロウェーブではなく普通の熱線なので」
「遠赤外線ヒーターでパンも焼けま」
「せん。黒焦げにしたいなら、出来ますけど」
二人は暇なので適当に雑談をしていた。コクピットの中は安全だ。ということで呑気に飲み物でも飲んで待っていた。と、そうして1分程丸焼きにされた魔導機は更に細菌等が付着していない事を確認された事で、解放となった。
『はーい、総大将。もう出てオッケーよー』
「あいよー」
部隊の女性研究者――生物系専攻で今回の調査のリーダー格――に言われて、カイトは空間隔離から出て、飛空艇に着艦する。
「あぁあぁ、酷使してくれちゃって・・・やっぱ総大将が使うんだからケチって魔鋼鉄の装甲なんてするんじゃなかったよ」
「全くだ・・・」
「あっちゃー・・・右腕使った、って聞いたけど、この回路でも駄目かー・・・もうちょっと流路でかくすべきかもなぁ」
着艦と同時に技術班の面々が駆け寄って、魔導機の調教を確認していく。やはりまた時間が足りなかった事が災いして、カイトの力には耐えられていないらしい。
「フレームは・・・あぁ、こっちはなんとか、か。すり減りも無し」
「フレームはこれを本採用で良いかもな」
「と言うか、これ以外無理。総大将向けはワンオフで良いだろ」
口々に魔術で何度も何度も魔導機の現状を確認していく。一応、一番深刻だったフレームの問題には対処出来ているらしい。装甲そのものは換えの効くパーツだ。騙し騙しになってしまうが、当分はこれで行くべき、なのだろう。最終完成機はまた、後回しだろう。所詮あれは彼らの趣味。採算性度外視の極点だ。
「で、オレもう良い?」
「あぁ、良いよ。じゃ、あんがとねー。またデータ溜まったら呼ぶよ。アイギス、あんたはちょっと内部の伝達系見てくんな」
「あいよー」
「イエス」
どうやら、カイトはここでお役御免らしい。というわけで、カイトは内部のシステムの調整の手伝いを頼まれたアイギスを残して、その場を後にする。向かう先は当然、ティナの私室だ。当然なのはそれが自然の摂理だからだ。
「おーう、お姫様。どうよ?」
『なんじゃ、カイトか』
オーアの言うとおり、部屋にはみの虫が一匹布団の上に乗っていた。ティナの声はその中から聞こえていた。声はいつも通りであるが、顔は見せてはくれなかった。
『終わったのか?』
「おう。言われた通り全部な」
『うむ、すまんのう』
「いや、心配かけたな」
ベッドの縁に腰掛けて、カイトがティナに謝罪する。些か手違いがあったのは事実だ。心配させた事は、きちんと謝っておくべきだろう。
『うむ。以後気を付けよ。宇宙空間では色々と桁が狂う。ちょっとそこまで、という気分で動けばそれだけで迷子になりかねん。如何にお主でも宇宙空間で迷子は避けたかろう』
「まぁな」
流石にカイトとて宇宙で迷子は避けたい。なので彼も笑って同意するしかない。一応、最終手段として大精霊達の補佐で空間を捻じ曲げて帰還する事も出来るので最悪には至らないが、それでもしないで良いのなら、しない方が有り難い。
『・・・で、先程から何やっとる』
「何って・・・そりゃ、まず鍵閉めて、時間狂わせて、ですけど・・・何か?」
『なぜに』
ティナが布団の内側で首を傾げる。カイトは帰ってきてからというもの彼女の私室を念入りにロックして空間を隔離、更には時間を歪めていたのだ。
「さて、ティナ。お前に選択肢をやる」
「・・・うむ?」
いきなり意味のわからない事をのたまったカイトに、ティナが僅かに顔を覗かせる。見えたのは目までぐらいだが、真っ赤だった。
「一つ目、自分で脱ぐ。二つ目、オレに脱がされる。三つ目、脱がないで良いや、と諦める」
「なんじゃその三択は!」
「はいかイエス! それ以外の選択肢はない!」
がばー、とカイトがティナを押し倒す。まぁ、我慢していたので、そろそろ良いよね、という事であった。
「きゃ!」
「とりあえず、我慢できるか! 時間限られてるから朝まで我慢する! その代わりに5回は覚悟しろ!」
「あ、ちょ! 布団奪うでないわ!」
布団を剥ぎ取られたティナが抗議の声を上げる。ちなみに、どうやら寝かされる時に着替えさせられたらしい。後に聞けば着替えさせたミースが大爆笑していた。
「わかった! 布団は返す! だからオレの子供を産んでくれ!」
「なっ・・・なんっつープロポーズじゃ!」
「大丈夫、これは二度目か三度目! 全部面倒見るし、元々その予定だ! 子供の名前、お前リクトとかどう、とか言ってたな! それで良い! 女の子の場合はまた考えよう!」
「暴走しとる!? なぜ!? あ、後子供は・・・って、違うわ! まだ子を孕むのは拙いわ!」
完全に発情しきっているカイトに、ティナが困惑する。何がなんだかさっぱりだった。まぁ、幼児退行している状態で起きていた事だし、そもそもカイトの感性に嵌っただけの話だ。彼女がわからないのももっともな話だ。
「あ、ちょ! いくらスウェットじゃから言うて伸びる! 伸びると後がめんどっ」
「うがー!」
暴走状態のカイトは止まらない。というわけで、止まらないカイトと自分が暴走させている事が理解できないティナは、そのまま帰還までの間しばらくイチャイチャといちゃつくのであった。
明けて翌日の朝の公爵邸。なぜ翌日なのか、というと結局カイトが止まらなかったからだ。というわけで、大いにクズハとアウラに呆れられて拗ねられていた。
ちなみに、仕事については問題はなかった。こうなるだろうな、というのが部隊全員が理解していたので、放置プレイを決め込んだからだ。基本的にティナは己が居ないでもなんとかなる様に手を回しているし、そもそも戦闘員であるカイトは居なくても問題はない。
「で、そうなっているわけなのですね」
「たはは」
カイトが少し照れくさそうに笑う。が、笑ってられないのはティナだ。
「余がまともに動けぬ事を除けばなっ! お陰で赤っ恥も良い所じゃ! 赤っ恥に輪をかけて赤っ恥・・・うぅ・・・歴代の魔王に顔向け出来ん・・・」
カイトにお姫様抱っこされたティナが、嘆きを見せる。なぜこうなっているのか、原因が何なのか、については敢えては言わないでおく。カイトの肌ツヤが非常に良い事と決して無関係ではない。
「いっやー。たまには二人でバカップルやるのもいいよね。今度クズハ達もやる?」
「「・・・」」
どうやらカイトはご機嫌らしい。変な安請け合いをしてしまう。と、言うわけで二人は一度、顔を見合わせた。
「お姉さま。今日はゆっくりお休みください」
「今日一日はゆっくりして」
どうやら一瞬で何かの合意が出来たらしい。この件については責め立てず、スルーする事を決定した。
「余は知らんぞ」
「うん?」
ご機嫌なカイトは気付かない。ちなみに、この結果。累計して3日程カイトが疲れた顔をする事になるのだが、そこについては横においておく。なぜ3日なのか、というとこれがユリィにバレたからである。それ以上にバレなかったのは、幸運と言うべきなのだろう。と、そんな会話は置いておいて、とりあえず状況の報告を受ける事にした。
「で、人工衛星の状態は?」
『まぁ、大まかな所は問題は出てない。一応映像も見てみたけど、あの後宇宙で魔物の影は見えてないよ』
カイトの問いかけを受けて、オーアが現状を告げる。始め48時間は輪番で人工衛星を監視する事で一致しており、今も確認している所だった。が、どうやら魔物はあの後は発見されていないらしい。
まぁ、発見されていないからこそ、今まで話題にも上らなかったのだ。本当に偶然カイト達は近くに見付けられたのだろう。どういう分布図になるのか、これが一体限りなのか等未知の事が多い。断定は現段階では不可能だ。
もしかしたらあれの群れが何処かにあるのかも知れないし、宇宙では魔物は数万キロに一匹とかなのかもしれない。危険性もまだまだ未知数だ。そこらは、未来に訪れるだろう宇宙時代とでも言うべき時代で更に長きに掛けて地球とエネフィアという文明で解き明かしていく謎だろう。
「ふむ・・・ではまぁ、とりあえずあの魔物の群れが報復に出る、なぞと言う事はなさそうじゃな」
『たぶんね。いくらなんでも総大将ならそこら感じ取れるでしょ』
「宇宙は無音だが、魔力の波は伝わる・・・なら、そこはわからないと思ってもらっちゃ困るな。一応、救難信号的な何かが発信されている様子はなかった。群れを呼ぶ魔物じゃ無い・・・と思うぜ」
「なら、安心じゃろう。とは言え、一応要注意、とはしておけ」
ティナは安心出来るだろう、と請け負った上で、万が一に備えて注意だけは怠らない様に命ずる。何もわからないのだ。わからないのなら、油断すべきではないだろう。
『りょーかい。一応計器チェック等の人員を含めて、12時間おきにチェックする態勢は整えてるよ。元々そのつもりだったしね』
「うむ。それで良い。それに一応魔物がおらぬか確認するだけじゃ。それに宇宙空間での魔術に慣性は働かぬじゃろう。詳しくは余もわからん。宇宙に行った事無いからのう。まぁ、もし働かぬのであれば、公転等を考えれば、あそこに戻るのは一年後じゃ。いや、宇宙膨張説等に拠れば、もう立ち寄らん可能性もある・・・それは置いておいても問題は無いじゃろう」
ティナは一応論理的に、問題が無い可能性が高いと請け負っておく。怖いとすれば未知であるが故に殺した相手との相対距離を保つ様にしていた場合だが、その場合にカイトが気付かないとは思えないし、何より大精霊達が気付かないとも思えない。
こういった星そのものに問題が出そうな内容で大精霊達が何も言わない、ということは、それもないということなのだろう。考え過ぎ、とティナは一応隅っこにおいておく程度に留めていた。
「で。通信の安定稼働はどうじゃ」
『そっちは順調だね。あたし達も色々とマクダウェル全体に散って確認してるけど、とりあえず領内ならどこでも通話が可能になってるよ。この調子なら、ちょっと遠くでも繋がるんじゃないかな』
「ふむ・・・なら、何処かに中継地さえ設けてしまえば、もう数機展開するだけでなんとかなりそうじゃな」
とりあえず、通信衛星としての役割は果たせているらしい。流石にまだ一機だけなので範囲は限られているが、数ヶ月の間に何度か同じことをすれば、とりあえず当座の通信網の確保は出来るだろう。
「良し。では今後は通信衛星の展開を基本として動く。軍事上一番それが重要じゃからな。監視衛星はその次じゃ」
『あいよ。一応一週間データを集めて、それで得られた情報を下にもう一機予備機を打ち上げ。で、そっから様子みしつつ情報入手しつつ本格的に展開・・・で、良いかい?』
「うむ、頼んだ」
オーアの計画にティナが賛同を示す。そもそもここらの計画は帰還後に彼女らが練った物だ。これがティナの計画でもあった。というわけでこれからしばらくの間、カイトが暇を見て何度か宇宙へと移動して、エネフィアの各所へと通信衛星を仮設置していく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第851話『戦いへ向けて』




