第848話 宇宙空間での戦い
アイギスからの報告が入った時、ティナはやはりか、としか思わなかった。
『・・・魔物・・・です』
『・・・え?』
カイトが困惑する顔が、技術班の前にあるモニターに映っていた。当然だろう。まさか宇宙にまで魔物が居るとは誰も思わない。カイトも思っていなかったし、ティナを除けば誰もが驚きを隠せなかった。
「やはり、か・・・」
「あんま驚いてないね、あんたは」
「当然じゃろ。余は先程、宇宙は世界の一部である、と結論付けた。空間の歪みが星だけで起きるはずがない。であれば、魔物は宇宙でも発生・生息しておるはずじゃ。その為に、衛星には魔物から姿を隠す術式を搭載したわけじゃからのう」
「あれはそのためだったのか・・・」
てっきりエネフィアで高空で生息する魔物に対する物だとばかり考えていたオーアは、ティナが搭載した魔物から姿を隠す魔術の本当の搭載理由を悟って、その慧眼に敬服する。
ここまで、彼女は推測していたのだ。やはり彼女の知性はこの『無冠の部隊』技術班にあっても、桁違いなのであった。そして見通していればこその、ホタルだった。あれは高空の魔物対策ではないのだ。
「ホタル。仕事の時間じゃ。援護射撃の用意を行え。気付かれて星に降りられてはどうなるかわかったものではない」
『了解です』
ティナの指示を受けて、ホタルが超巨大なスナイパーライフルを構える。映像はカイト達の魔導機とリンクさせている。もし戦闘になれば数発の試射は必要となるが、十分に援護射撃が可能となるはずだった。
「さて・・・どの程度の魔物なのか・・・そしてこれからの人類が星々を渡る事の出来る存在なのかを示す一戦となろうな、これは」
「その人類の代表が、ウチの総大将か。なんともお似合いじゃん」
焦ったオーアや技術班の面々であるが、それでも不安はない。どんな魔物であれ、相対するのはカイトだ。人類の希望。人類の持つ最大の武器。それを前に、どんな状況でどんな魔物が相手だろうと負ける不安は微塵もない。
そうして、ついに。地球とエネフィアの両世界において初となる、宇宙を生息地とする魔物との戦いが幕を開けるのだった。
魔物の姿を見付けたカイト達がまず考えた事は、相手を刺激しない事だ。戦闘を避けられるのであれば、避ける方が良い。それは冒険者の鉄則だ。
というわけで、カイト達は息を潜めて魔導機のシステムを出来る限り落として、停止する事を選択した。更に言えば魔術が通用するかどうかもわからない。安易に刺激する危険性を考えて、完全に漂流物と思わせる事にしていた。
「・・・気付いてくれるなよ・・・」
カイトは相手の様子を見ながら、生唾を飲む。相手の力量は一切不明。情報は一切なし。既知の魔物との類推は不能。カイトでさえ、交戦は避けたい状況だ。とは言え、避けたいと望む事と避けられると楽観視するのは別だ。彼は即座にアイギスに命じて、使用可能な武装の確認を行わせていた。
「マスター。使用可能な武器のリストアップが終了しました」
「そうか・・・戦闘は可能か?」
「イエス。いけます・・・それと共に、相手の概要の計測が終了。モニターに表示します」
アイギスは武器のリストアップを終えると同時に、未だこちらに気付く事なく宇宙遊泳を続ける魔物のデータをこちらに送ってくれる。が、そうして見たデータに、カイトは思わず顔を大いに顰める事になった。
「目標との相対距離・・・100キロ? 宇宙ってほんとに広くて何も無いんだなー・・・はへ? 全長・・・300メートル・・・嘘だろ、おい・・・」
カイトは一瞬、桁の間違いだと思って思わず二度見した。それほどまでに、相手は巨大だった。比べるのなら、大型の飛空艇を相手にすると考えれば話が早い。それに、アイギスが推測を提示した。
「無重力である事から、海魔達と同じ論理で成長していると推測されます」
「重力の影響を受けない事で大型化した、か・・・道理だな」
地球でもエネフィアでも、重力の影響の少ない海の中では動物達でさえ巨大化する傾向がある。魔物も一緒だ。あれも一応は生物に分類されるのだ。なら、空気の無い場所であるという不可思議を除けば、あれだけの巨体があっても不思議はなかった。
「形状・・・芋虫タイプ。飛翔機に類推すると思わしき噴出孔・・・これをスラスターの様にして、方向転換をしている様子だな・・・幾つか大型の孔もあるな・・・これがメインエンジンと言うところか・・・反動推進かな・・・外殻有り・・・とは言え、切り裂けない程ではなさそうだな・・・」
「おそらく、大気圏突入の高熱には耐えられないはずです。現時点までエネフィアで確認されていない事から、星に近付いたとて流れ星になっているのかと」
「・・・最悪は大気圏突入の盾にして燃やす、か・・・」
カイトは敵の映像を確認しながら、出来る限り自分の知識に照らし合わせて確認を行っていく。現状、通信システムは切った。その発信する電波を捉えられて気付かれる可能性が無いではないのだ。全ての推測を己とアイギスの二人でやるしかなかった。
「とりあえず最悪の攻略法だけでもあるのは、有り難いな」
「ですが問題は出力が上回れるか、と思うのですが・・・」
「いや、可能だな。さっきお前が言っただろう? エネフィアで確認されていない、と。星屑になっているんじゃないか、と」
「あ・・・」
カイトの言葉に、アイギスがはたと気付いた。大気圏突入で燃え尽きているのであれば、それはつまり引力を振り切れるだけの出力が無いということなのだ。無重力で生きているが故に、重力を操る事も出来ないだろう。
大気圏を離脱可能なカイトと魔導機なら、十分に押し切れると推測出来た。これらはあくまでも推測なので、勿論油断はしないが。それでも無理と思えるよりも攻略が可能かもと思えるいうのは、精神的には楽にはなる。
「武器は・・・大剣があるな。とは言え、これは使えそうかどうかは微妙か・・・」
「イエス。超硬度の殻である可能性は十分に有りえます。体液がどうなっているかも不明です。出来れば、避ける事を推奨します」
「・・・なら、近接になった場合はあれか」
カイトはこの魔導機に搭載された武器をメインとする事を決める。そうして、覚悟を固めて、相手を観察する。
「さて・・・こっちの覚悟は出来たぞ」
「・・・気付かなければ、それで・・・っ! 敵! こちらに気付きました! 急速に接近! 速度上昇中! 威嚇と思しき行動を確認! また、魔力も一気に増大しました! 反応のパターンはエネフィアの魔物と変わりません! こちらを敵と見定めている様子!」
別にこちらの覚悟を見て取ったわけではないだろうが、ほぼそれと同時に敵がこちらに顔らしき物を向ける。一応、複数の目らしき物と虫の節足の様な牙の様な何かがある口が見えたので、顔で良いのだろう。魔物に良くある嫌悪感を抱く見た目だった。
「慣性はそのまま維持! 静止軌道上で戦闘を行う! 星間航行は可能じゃないんだろう!?」
「イエス! 本機での星間航行は推奨はされていません! 相対位置はこちらでフォローしますが、戦闘の影響の大きさは避けられません! その点には注意を!」
敵に気付かれたのを受けて、カイトとアイギスは全システムをオンにして、戦闘の準備を整える。今回はあまりに敵の情報が無い。取り付かれるのは嫌だったので、魔銃を使った遠距離攻撃を主として戦うつもりだった。そこらは試作機からの流用品が使えるので、今回も万が一に備えて持ってきていたのだ。
「ツイン・ライフル顕現! マスター! 行けます!」
「おし! ホタル! 援護は頼むぞ!」
『了解です・・・射線上には出ないでください』
「ああ!」
戦闘の開始と同時に再度繋げた通信から、ホタルの声と彼女の撃つ狙撃のラインが表示される。流石にカイトでも数百キロ下からの援護攻撃は気配だけで見切るのは相当困難だ。
それも相手は未知の魔物だ。そんな芸当をやっている余裕もない。そうして、数度カイトの魔導機の映像とホタルの狙撃の誤差を修正する為の試射が行われる。
「威力は・・・十分そうだな」
自らの横を通り過ぎていった超高威力のレーザー状の魔弾に、カイトは援護射撃にはなるだろう、と推測する。とりあえず未知の相手に援護がもらえるのは有り難い。それだけで十分危機を脱する事が出来るのだ。
そうして、カイトは己もライフル状の魔銃を両手に構えた。拳銃や短銃ではないのは相手の装甲を考えての事だ。連射力は無いが、その分一撃の威力は高い。二つを繋げて更に高威力の砲とする事も出来る。今考えられる手の中では、一番これがベストな選択だった。
「行くぞ」
カイトは背部の飛翔機に火を入れて、こちらからも相手へと接近する。所詮、大気圏突入で燃え尽きるというのも彼らの推測。燃え尽きなかった場合は、これがそのままエネフィアへと落ちるのだ。
これがエネフィアへ落ちて未曾有の被害を生まないとは誰も言えない。理由は無数だ。未知の細菌もあり得るし、未知の魔術を行使する可能性もある。更には未知の物質もあり得る。なるべく取らない事を考えていた。そしてそこに考えが至っているのであれば、当然考える事は一つだ
「アイギス。薄くで良いから、魔導機の周囲に空間遮断を行え。同時に斥力場を展開。未知の細菌等が怖い。一切をエネフィアへと持ち込むな」
「イエス」
『カイト、戦闘終了後には念入りに焼き払え。超高温での抹消を命ずる』
「りょーかい」
カイトは飛翔機を吹かしながら、ティナの命令を受諾する。彼女とてこの魔物が完全に未知の生物である事を理解している。だが同時に、未知の素材欲しさに未知の生物を入れ込む恐ろしさも悟っている。だから、完膚なきまでに抹消する事を命じたのだ。
「・・・シュート!」
会話から暫く後。カイトは相対距離が大凡5キロ程になった所で、魔銃を乱射する。ここは宇宙だ。ビーム兵器にも近い魔銃であるが、それ故、宇宙での距離による減衰はほぼ無いだろうと考えての事だった。そうして、魔弾は一直線に魔物へと直進して、その装甲に直撃した。
「・・・ちっ」
魔弾の衝突で一瞬だけ閃光が巻き起こり、それが晴れた後には何事もなかったかの様に魔物が突っ込んできた。一応、勢いを押し留める程度の力はあったらしい。が、その程度だ。
「マスター。フルパワーでの使用を推奨します」
「了解・・・ホタル、援護。チャージショットを試す」
『了解』
カイトの指示を受けて、ホタルから援護射撃が飛んでくる。どうやら、敵もこれが攻撃だと気付いたらしい。と言ってもどうやら敵には遠距離攻撃を行う器官は備わっていないらしい。一直線に直進してくるだけだった。
が、どうやらホタルの狙撃が数発直撃した所で、これが一直線にしか来ない事を悟ったらしい。側面に備わっていた魔力の噴出孔を使って、器用に横滑りして回避してみせた。
『・・・マスター。敵、側面への横滑りを確認。こちらからの超長距離射撃はこれ以上は無意味かと』
「ああ、見えていた・・・一応、待機だけはしておいてくれ」
『了解。待機行動へと移行します』
「マスター。横滑りの瞬間、あの大型の噴出孔の動きが停止した様子ですが・・・おそらくは」
「だな」
カイトとアイギスは敵の様子から、攻略法を見出した。魔物は回避の瞬間、移動を慣性だけに留めていた。どうやら姿勢制御に使う側面の噴出孔と移動に使う大型の噴出孔を全部一度に使う事は出来ないのだろう。あれだけの巨体だ。そもそもの燃費は悪いだろう。巨体に見合った出力を持っていても、それが限度らしい。
そうしてそんな観察を続ける間にも、カイトは魔力の収束を行っていく。と、どうやらカイトの収束させる威力が危険だと悟ったようだ。魔物は再び加速して、一気にこちらへと突っ込んできた。
「アイギス。低威力のバルカンで牽制しろ」
「イエス。射撃開始」
カイトの指示を受けて、アイギスは魔導機の頭部に搭載されているバルカン砲で牽制を仕掛ける。勿論、こんな物では何の役にも立たない。が、敵がどう動くが見たかったのだ。
「敵、無視を確認」
「了解・・・そのまま続けろ」
「イエス」
カイトは一直線にこちらに直進してくる敵へと狙いを合わせる。
「使える弾は二発・・・されど、当てられる弾は一発・・・外すなよ・・・」
カイトは意識を集中して、敵がどう動くかを一切見逃さない様に注視する。そうして、距離がある程度まで近付いてここぞ、という所で、左手に持ったライフルの引き金を引いた。
「敵! 左へ回避! 慣性での予測経路出します!」
「ああ!」
カイトの意図を読んでいたアイギスが、一発目を回避した敵の移動ルートを予測してモニター上へと表示する。
「・・・ここだ!」
一発目は囮。回避させる為の物。この魔物はおそらく、連続での回避は出来ない。そう、カイトは予測していた。
魔物に知性はあっても、戦略性は乏しい。所詮魔物は魔物。特にこういった単純な形の魔物は、破壊するだけが能だ。竜の様に時には人と暮らせる魔物とは違う。見せ札を持ってはいない。
だから、横移動は連続行使出来ない。そう理論立てての判断だったが、どうやらこれは正しい様子だった。カイトのチャージした魔弾は丁度魔物の口腔と思しき部分へと侵入して、柔らかな甲殻を内側から撃ち貫いた。そしてその反動で魔物の速度は一気に遅くなった。
「魔物、速度低下。速度およそ毎時10キロ」
「生存は?」
「・・・僅かに生体反応あり」
アイギスはモニターを精査して、まだわずかだが動きがある事を確認する。放って置いても死ぬ可能性は高かったが、相手は未知だ。再生能力がどの程度かはわかったものではない。ならば、やるべきことは一つだ。
「トドメ、やっとくか。アイギス、右腕回路をオレへと直結」
「イエス。右腕回路開放。動力炉よりエネルギー流入可能」
カイトからの指示を受けて、アイギスは今回から搭載された新兵器へとカイトの魔力を通す。そうして、右腕が蒼みがかった虹色の光を帯びて、右手へと高濃度の魔力が収束していく。
「周囲を焼き尽くす。範囲攻撃で頼んだ」
「イエス・・・『モード・インパクト』。超巨大熱量による攻撃を選択・・・結界展開可能・・・全システムオールグリーン。行けます」
「あいよ・・・ふぅ」
カイトは虚空に足を下ろして、しっかりと地面に足をつける。敵が何をしてくるかわからないのは、今も一緒だ。トドメの瞬間は近づかねばならないのだ。油断は出来ない。
「おぉおおお!」
カイトは雄叫びを上げて、自らの魔力を魔導機の右腕へと集中させる。これで、準備は全て整った。そうして、カイトは虚空を蹴って、未知の魔物へと近づく。
「はぁあああ!」
カイトはある程度まで近づくと、右手を掌底の様に突き出す。今回は高火力による熱での抹消を行いたいので、結界に閉じ込めて超巨大熱量を内部に直接送り込む事を考えたのであった。
これは今回から搭載された新兵器であった。原理は『クイーン・エメリア』の主砲と一緒だ。結界に閉じ込めて、熱量で焼き払うのである。それを魔導機に搭載可能なレベルに落とし込んだ物が、これだった。出力の問題からカイトかティナぐらいしか使えない必殺武器だった。そうして、半径500メートルの結界が展開されて、それにカイトが魔導機の右手を当てる。
「「消し飛べぇえええ!」」
カイトとアイギス――アイギスは気分が乗ったらしい――の雄叫びと共に、魔導機が共鳴して結界内部が太陽が如くに光り輝く。そうして、光が消えた後には、何もかもが消え去っていた。肉片一つ残ってはいない。
「・・・計測終了。内部温度、摂氏10万度まで上昇していた事を確認。時間はおよそ10秒。生存は不可能と推測されます。結界、解除・・・マスター、大丈夫ですか?」
「ちょい、疲れるな」
アイギスの問いかけに、カイトがため息を吐いた。摂氏10万度。太陽の表面温度を遥かに超えた熱だ。流石に太陽の中心温度――約1500万度――には遠く及ばないが、それでもこれで生存出来る生物は存在していないだろう。あの未知の魔物の痕跡は完全に消し飛ばせた、と考えて良いだろう。
「細菌系統は?」
「現在、観測中・・・反応なし。少なくとも微生物は確認されていません。細胞の一片も残さず消滅した物と推測されます。呪詛の類も見受けられず。並びに、観測機の観測によれば周囲1000キロに敵影無し」
「ふぅ・・・ミッションコンプリート、だな」
アイギスからの報告に、カイトは今度こそため息を吐いた。やはり何もわからない相手と戦うのは、彼でも緊張するらしい。額には汗が滲んでいた。こうして、地球・エネフィア人類初となる未知との遭遇は幕を下ろしたのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第849話『人工衛星・設置』




