第847話 マクロの世界
人工衛星打ち上げというか設置の為にカイトが飛び立った後。ティナは一人、一抹の不安を感じていた。
「うーむ・・・」
「なんか不安そうだね、ティナ」
「まぁ、少しのう・・・」
ティナのしかめっ面を見てオーアが問いかけると、ティナはそれを認める様に頷いた。
「考え違いや極微少な確率であるのなら、良いんじゃが・・・」
ティナは何かを気にしているらしい。とは言え、気にしている以上、対処していないとは思えない。
「何か手は打ったのか?」
「まぁ、打った。打ったが・・・それで良いのなら、良いんじゃが」
ティナは晴れ渡るが故に何も見えぬ空を見る。そうしている間にも、カイトは飛び続けて、宇宙空間を目指してひたすらに大空を駆け抜けていくのであった。
カイトが大空を飛びはじめて、5分程。カイトはゆっくりとだが出力を落とし始める。そろそろ、目標となる静止軌道上に到達する頃だったのだ。
「静止軌道上まで後1分」
「あいよ」
アイギスのアナウンスを聞きながら、カイトは出力を抑えていく。魔力量に不安はない。この程度でどうにかなる魔力量なら、あの死者達を召喚する魔術は使えない。
「・・・静止軌道へと到達。マザー。応答を」
『聞こえとるよ。まぁ、わかっとった事じゃが、通信は確保出来そうじゃな』
「イエス」
『肯定します。陸上からの通信の確保を確認。飛空艇を介せば衛星とのやり取りも可能と推測されます』
アイギスに続けて、ホタルが現状を語る。彼女は地上に位置している。距離としてはティナ達の乗る飛空艇よりも更に遠い。そうして、カイトは機体を微調整しつつ、マクスウェル上空を常に見る事の出来る位置で、静止する。
「よし・・・じゃあとりあえず安定が確認されるまでは、ここで待機か」
『うむ・・・計算をしたりして一応確認はしてみるが・・・ま、問題は起きんじゃろう。多分。結局、机上の空論じゃからのう』
「あいよ・・・で、一応計測やっとくんだよな?」
『うむ。頼む』
カイトはティナの求めに応じて、魔導機に搭載している周囲の魔力濃度の計測器を稼働させる。宇宙空間に魔力が満ち溢れているか、というのは確認された事が無い。この如何に応じては、今後の方針を大きく変えねばならないのだ。確認は当然であろう。
「計測開始・・・」
「ふぁー・・・マスター、マスター! お月さまがあんなに大きいですよ!」
当たり前な話だが、計測中に動いて良いわけがない。というわけで完全に微動だにしなくなった魔導機の中では暇なのでどうやらアイギスは周囲を観察する事にしたようだ。
確かにエネフィアにも望遠鏡はあるが、地球を基準に考えればそれはあくまでも中世のヨーロッパで出来るレベルの物になっている。地球にある巨大な望遠レンズを作る繊細な科学技術はエネフィアにはないからだ。もしかしたら、個人所有の望遠鏡の方が性能は良いかもしれない。
というわけで、ここまで大きな月を見れる事は滅多にない。確かに、お月見するには良い機会だった。というわけで、カイトも月を眺める事にした。
「へー・・・こりゃ、絶景かな絶景かな・・・」
「流石に人工物とかじゃ無いですよねー」
「あのな・・・」
カイトがアイギスの言葉に笑う。勿論、アイギスも冗談で言っている。流石に古代文明がいくら優れていようとも、そこまでぶっ飛んではいない様子だ。
と言うか、それをやられると現代文明はもう立つ瀬がない。と、そんな事を考えながらお月見に洒落込んでいた二人であるが、ふと、アイギスが何かに気付いた。
「・・・あれ?」
「どうした?」
「・・・マスター・・・あの・・・人工物っぽいもの発見しちゃいました・・・」
「・・・わんもあぷりーず」
アイギスの言葉が信じられず、カイトが頬を引きつらせる。あまり聞きたくない言葉だった。
「人工物っぽいものです」
「ティナー」
『うむ! 聞いとったぞ! まさかのエイリアンな発見か! リトル・グレイか!? チュパカブラか!?』
「後はUMAだ」
適当に興奮気味なティナにツッコミを入れつつ、カイトは魔導機のセンサー類を駆動させてアイギスの言った方向を確認する。それは月の一角だ。そこに、人工物っぽい物が突き刺さっていたのである。
「・・・うーん・・・確かに、人工物だけど・・・」
『むぅ・・・つまらん。未知の文明か、と思うたが・・・ま、面白そうじゃのう。宇宙艦隊計画の第一目標はこの回収じゃな』
二人はしっかりと確認して、つまらなそうに口を尖らせる。そこにあったのは確かに人工物だった。だったのだが、簡単に言えば古代文明が飛ばしただろう観測機の様な物だったのだ。
古代文明も飛翔機は開発していた。であれば、星の海に出ようと考えた者が居ないと考える方が筋が通らない。飛ばしてみたけど技術的な考察の甘さか技術的な問題が発生したかでコントロール不能に陥り、月に落着したのだろう。
まぁ、面白そうではあるので回収は考える事にしたようだ。無重力空間であった事が幸いして風化はしていない。目標としては最適だろう。
「もっとさー、宇宙基地みたいなのないかねー」
『のー』
二人はいくらなんでもそれは、と誰が聞いても思うだろう事を話し合う。あっても困る。と、そんな馬鹿な話をしていると、アイギスが再び声を上げた。
「・・・あ」
「ん? 未知の文明でも見つかったか?」
「ノー。すいません。観測結果が出ただけです」
『おぉ、そうか。送ってくれ』
どうやら、馬鹿な話をしている間に観測結果が出たらしい。アイギスがコンソールを操ってデータをティナへと送信する。
『ふむ・・・おぉ、やはりか』
「どした?」
『うむ。一応推測では宇宙空間にも魔力・・・魔素が満ち溢れておるじゃろう、とは思っておったんじゃがな。うむ、想定通り、満ち溢れておる。これなら、十全に魔術の行使も出来るレベルじゃ。お主や余クラスであれば、単独で宇宙空間での活動も可能じゃろう』
どうやらティナは己の推測通りの観測結果が出た事に満足しているらしい。満足気に頷いていた。
「想定通り?」
『うむ・・・実はのう。そもそも余らエネフィア人はエネフィアをして、世界と捉えておった。が、これはお主の来訪により、大きく変わった。そこは良いな?』
「ああ。地球が惑星である、という話だな」
『うむ。その推察により、余らエネフィア人・・・と言うても知識人程度じゃが、エネフィアを世界ではなく星として捉える様になった事はお主も知っておろう』
ティナはカイトへと、現在のエネフィアの学術的な話での主流の意見を述べる。かつてエネフィアではエネフィアをして世界と捉えていた。ティナでさえ、そうだったのだ。
とはいえ、これは当然だろう。地球でも近現代までは地球が星である事を知っている者は極少数であり、そして学者たちでさえそれを理解したのはごく最近だ。
そして科学分野においては中世と大差のないエネフィアにおいては、エネフィアを他の星々と同じ星と捉えている者はまだ少ない。が、学術の面ではカイトの言葉の正しさが証明されている事により、学者達の中では星と捉えている者は確かに居たのであった。
「あぁ、そうだな」
『であれば、よ。余は宇宙全体・・・いや、それさえも含んだ世界の意思もあろう、と予想した。星の意思があるように、のう。流石に銀河系や太陽系で意思は持ち合わせんじゃろうがな』
「人と同じく、か?」
『うむ・・・というわけで、世界に意思があるのであれば、つまりそこには魔力が満ち溢れるわけじゃ。であれば、宇宙空間にも魔素が満ち溢れておらねば説明がつかぬ、というわけよ』
ティナの言っている事は道理だった。集団心理、という物があるが、それと一緒だ。かつての『カイト』が『人』の『意思』に翻弄されたのは、『人』という概念全体で『意思』を持っていたからだ。
であれば、世界そのものが意思を持ち合わせていても不思議はない。ティナがそれに気付くのには、さほど時間は必要が無かった。そしてそこに気付いているということは、ティナはこれにも気付いている事になる。
『となると、『世界樹』とはあくまでも、星の意思と語り合う為の物となるんじゃろうな』
「と、思うだろ?」
ティナが成した推測に、カイトが笑う。ここら、彼の分野だ。と言うより世界樹に入れたのは彼ぐらいだ。なので答えを知っているのは彼だけでも仕方がない。
『む』
「実は星を通して、世界の意思と繋がっている。なので言っている事は間違いではないんだけど、『世界』の意思ともきちんと交信出来ます」
『むぅ・・・』
ティナが外れた推測に口を尖らせる。やはり彼女も答え合わせをして不正解だと不満らしい。
「簡単には中継器の様な役割も持ち合わせている、と思えば良い。『世界樹』はそれ故、星のみならず『世界』とやり取りが出来る・・・まぁ、『世界』と『星』を分けて考える方法にたどり着いたのは、お前が一等賞だ。十分誇っていいだろうぜ」
『それの答えを言っとるお主にそう言われるのは腹立つのう・・・』
答えを言った相手に一等賞と賞賛されていることに、ティナが腹を立てる。とは言え、これはしょうがないだろう。そもそもカイトの知識は大精霊達からも与えられているのだ。
答えから解法を導き出すのと、解法を見付けて答えを導き出すのでは困難さが違う。後者であるティナは十分に賞賛されるべきだろう。
「で、まぁ、そりゃ置いておこうぜ。で、濃度としてはどんなもん?」
『そうじゃな・・・大気中の魔素の濃度としては、こちらと大差はない。無いが、やはり少し違いがありそうじゃな』
「違い?」
『うむ・・・詳しい推論は研究所に持ち帰りデータを精査してからにしたいが、おそらくこれは・・・』
ティナは興味深げに、得られたデータの解析を行っていく。どうやらこのデータは技術班にとってもかなり興味深いらしく、カイトが気付けば何時もはうるさいはずの技術班が珍しく全員真剣に頭を悩ませていた。相当、重要なデータが採取されたらしい。
『ふむ・・・と言う事は、やはりそう思うか・・・』
『実際に直に感じない事にはわからない事も多いですが・・・』
『まぁ、特にあたしら大精霊様の眷属はその向きが強いだろうね』
『やはり、何時か一度は全員で星の海に行くべきじゃのう』
カイトを放置して、とりあえずティナ達が考察を述べ合う。どうやら何か興味深い結果が得られていたらしい。
『一回総大将に聞いてみれば? よくよく考えれば総大将、お肌敏感じゃん』
『それもそうじゃな・・・おーい、カイト。宇宙空間の魔力、どんな感じじゃ? あ、出来れば一回生身で宇宙出んか? もち宇宙服は無しで、じゃ』
「絶対に嫌に決まってんだろ! 馬鹿かお前! いくらオレでも生身で宇宙空間なんか出たかねぇよ!」
『『『えー』』』
ティナの提案を即座に切って捨てたカイトに対して、技術班が一斉に不満げに声を上げる。なぜ宇宙服も無しに宇宙空間に出なければならないのか、というのはカイトでなくても素直な疑問だろう。
一応理論上は熱線も放射線も宇宙線も障壁で除外出来るとは言え、いくらカイトでも流石に怖すぎる。ちなみに、魔導機のコクピットの内部は異空間を挟んでいるので勿論全部除外されている。
「お前らな・・・で、どういうことだ?」
『あぁ、うむ。宇宙の魔素は無属性・・・そうじゃな、簡単には色付けがされておらんのじゃ。エネフィアの魔素には極微小なれど属性の影響があることは知っておろう?』
「あぁ、当然な。そもそも星は土の塊だし、海には水が、空には風が・・・って、そうか。宇宙にはそう言う意味では『何もない』のか」
『うむ。無。それ故に何の影響も受ける事はない』
カイトが気付いた事に、ティナも頷いた。そう。宇宙は『無』だ。何も無いのだ。一応天体物理学等の分野ではダークマターがあると考えられているが、それがまさか闇属性であるはずがない。
単にこれらは『闇色の何か』であるが故に『暗黒物質』と言われているだけだ。属性が付与されているわけがなかった。というわけで、魔術的には宇宙空間は『無属性』を持つと考えられるわけで、カイト達が転送したデータから確証に近い物が得られた、というわけなのだろう。
『つまり、正真正銘『無属性』の魔素・・・原初の魔素がそこにはあるわけじゃ。星の御霊を受けず、人の命をも有さぬ原初の魔素。この世界が生まれた時に生まれた無垢な魔素がのう』
星に存在する魔素は、その星の色付けを受けている。星の海には、しかしそれがないが故に無垢なままの魔素があったのだろう。そしてこれは学問的には非常に有り難いデータらしい。
『今までどれだけ頑張っても観測不能じゃった正真正銘なんの色付けもない『無属性』の魔素のデータ・・・それを観測出来ただけでも、此度の実験は大成功じゃな』
ティナが満足げに今回の宇宙空間での観測結果を受け入れる。実は今までどれだけ頑張っても、『無属性』の魔素を作り出す事は実験室の中でも不可能だったのだ。
そういう意味では、厳密には魔術師達の作る『無属性』は『無属性』ではないのだ。そもそもその人の魔力の時点で、色付けされている。
そして先にもカイトが述べたが、星の中で生まれる限り完全に『無属性』を作る事は出来ない。何処かの影響を受けてしまう。が、それでもなんとか学者達は『無属性』に近い状況を作ろうとしてきた。
だが、それに誰もが自信を持って『無属性』である、と言い切れた事はない。どれだけ頑張っても、学者達は学者であるが故に、心の何処かで疑っていた。
何故か。『ゼロ』を誰も見たことがないからだ。技術班が真剣になるのも無理はない。これこそ、今まで無数の学者達が夢見てついぞ叶わなかった正真正銘の『無属性』の魔素だったからだ。
『出来れば、お主に単独で更に数千キロ離れた所に行って観測機を置いて欲しい所であるし、今度は観測衛星を持っていって欲しい所であるが・・・うむ。今回は人工衛星の設置だけで良しとしよう。カイト、そろそろデータが揃った。慣性だけで十分じゃろう。人工衛星の設置に取り掛かれ』
「アイマム」
欲すれば留まるところを知らない。だからティナは今はこの貴重なデータサンプルだけでも良しとする。そもそも、今はそれを望むべき時ではないのだ。
ここに答えがある、とわかっただけでも十分に収穫とすべきだろう。それに一つきりとはいえ、データがあるのだ。これで満足しておかなければ、どこまでも望んでしまいそうだった。というわけで、ティナは当初の目的である人工衛星の設置作業に入らせる。
「・・・アイギス、速度は?」
「イエス。飛翔機出力低下・・・確認。本機は現在、完全に静止衛星と化しています」
「おし・・・じゃあ、設置作業を始め・・・うん?」
「マスター・・・あの、ですね」
唐突に鳴り響いた警告音に、カイトが周囲を見回す。が、見えるのは一面の星空と、眼下に広がる青い星だけだ。と、そんなカイトに対して、既に結論を持ち合わせていたアイギスが非常に言い難そうに、告げた。
「・・・魔物・・・です」
「・・・え?」
物凄い嫌そうな顔のアイギスが前面のモニターを拡大する。そこには、確かに宇宙空間をのびのびと遊泳する魔物の姿があったのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第848話『宇宙空間での戦い』




