第846話 人工衛星・打ち上げ
エンテシア皇国とルクセリオン教国の和平条約締結に向けた幾つかの話し合いの区切りを付けたカイト達は、再び人工衛星の打ち上げに関しての話し合いに戻っていた。
「で、こいつを使って持っていって欲しい、と」
「うむ。仰角だなんだ、と面倒な話は現在大急ぎで計算中じゃ。まぁ、手隙のレガドの演算機能とこちらの研究所のメインシステム、魔族領の余の研究所の計算機をフル活動させて計算をしておるから、明後日には結果が上がろう」
ティナはカイトに彼専用の魔導機を見せながら、現在の人工衛星計画の進捗状況を語る。
「太陽電池搭載で万が一のバッテリーは確保、か・・・」
「まぁ、宇宙空間での魔力の濃度がわからんからのう。に対して、太陽光はどこの世界でも降り注いでおる。なら、それを予備として活用せんのは、阿呆の仕業じゃろう」
魔導機の横には、全長50センチ程の魔導機の手のひら程しかない人工衛星があった。勿論今は折りたたまれていたりするので小さいだけであるが、どうやら宇宙空間が魔術的には一切未知である事から万が一に備えてソーラーセル等を搭載しているらしい。魔力が存在しない可能性も考えていた。
一応予備なので機能は十全にはならないらしいが、ピンポイントでデータユニットを投下させ、大気圏突入の熱で余分なパーツを破壊出来るぐらいは可能な出力はあるそうだ。
「日本から提供された『はやぶさ』と『はやぶさ2』の技術を組み合わせたピンポイントで投下する技術も搭載しておるから、これで万が一に備えられてはおる・・・はずじゃ」
「ふーん・・・どこに落っことす予定なんだ?」
「一応、ルクスが作った湖じゃな。あそこは人口湖故に生物は殆どおらん。まぁ、おらぬわけではないが、被害は抑えられる。規模もそれなりじゃしな」
ティナは地図を出して、一応の目標投下ポイントを指し示す。出来れば着地の衝撃を和らげられる砂漠等があれば良かったが、残念ながらマクダウェル領に砂漠はない。というわけで、仕方がないので湖に落っことす事にしたようだ。
幸い、『はやぶさ』達とは違ってティナが回収したいのは魔道具である記録媒体だ。防水と衝撃は殆ど考えなくて良い。衝撃は些か怖いが、それでも地球のSSDやHDDとは比べ物にはならない。問題は少ないだろう。
「これを作るのに苦労したんじゃ。そもそも人工衛星は余も初体験。ソーラーパネルは使うのも初めてじゃ。それ故、少し怖い部分もあるが・・・一応、錬金術を応用して太陽電池そのものの複製は可能としたが、それにしたってどこまで性能が出せるかは未知数。というわけで万が一コントロール不能の事態に陥ったとて破砕が可能な様に内部にはエネフィア突入で魔力の確保が成し得た場合に自壊を可能とするシステムと、更に部品が散らばらない様にする収集用の魔道具、コントロールがもし確保出来た場合に安全に回収出来る為のユニット等を搭載させ・・・」
ティナはカイトへとこの人工衛星がどれ程素晴らしく、どれ程この開発が困難だったか、を語る。が、カイトは語られても大凡理解できない。一応、凄いのだな、とはわかったがその程度だ。というわけで、分かる範囲で問いかける事にした。
「えーっと・・・とりあえず、安全性には配慮したんだな?」
「うむ。いつも通り、安全マージンは3倍ぐらいにゃセッティングしておるよ。まぁ、今回は人工衛星故に何時もよりも些か高めじゃな」
カイトの念押しに、ティナは何時も以上の安全性を確約する。彼女とて為政者だったのだ。為政者として取るべき安全策はきちんと施していた。
「じゃ、それで良い」
「むぅ・・・もうちっと褒めよ」
そっけないカイトに、ティナが拗ねて口を尖らせる。が、カイトは首を振るだけだ。
「言われたってわかんねーよ」
「むぅ・・・ん・・・なぜキスしおった」
「口尖らせてたから。こりゃ、キスするしかねーな、と」
「キス望んどるわけではないんじゃが・・・」
拗ねてる所にキスされて、ティナは少しだけ上機嫌になる。現金な、とは己でも嘆かわしいが、嬉しいのだから仕方がない。
既に付き合いは10年以上だが、いつまでもバカップルだった。そして、これからもそうなのだろう。というよりも、この間の一件を考えれば悪化する未来しか見えない。
「・・むぅ。まぁ、良いわ。今はそっちより、こっちじゃ。とりあえず、お主にはこれを持って大気圏を突破してもらう。まぁ、心配は要らん。一度やった話じゃし、今度の魔導機の出力は倍近くに上昇しておる。飛翔機も仮の物から本ちゃんの物を使っておる・・・まぁ、マークツーとかじゃな。十分、お主が全力やらんでも大気圏を出れるはずじゃ」
「へー・・・」
ティナを抱き寄せていたカイトは改めて、己の魔導機を見上げる。アイギスとホタルはこちらに帰ってきてからというもの、これの建造に携わっていたらしい。今もデータの解析を行っている、との事だった。
「でも、まだ完成ではない、と」
「うむ・・・ロケットパンチ付けたかったが、流石にあれは使い勝手が悪い。取られては終わりじゃし、そもそも放ってからタイムラグがありすぎる。夢のある武器じゃが、ロマンしか無い武器は使い物にならん」
「お前、変な所で現実主義だな」
「現実主義でない学者なぞ空想家と変わらんよ」
カイトに深くもたれかかり、ティナが笑う。趣味に走ろうと、彼女はあくまでも現実路線だ。まぁ、その現実路線はあくまでも彼女なりの現実路線で他からみれば十分に浪漫満載と言えるのは、彼女の凄い所だろう。と、そうしてティナが唐突に声を張り上げた。
「と、いうわけで・・・石!」
「! 破!」
「らぁぶ・・・ってやらんのかい!」
二人揃ってなんらかのネタに走ろうとしたらしいが、流石にティナが恥ずかしかったらしい。カイトがツッコミを入れていた。伊達にロボットアニメで一番恥ずかしい告白の一つに挙げられるわけではない。
「・・・トーシロが手を出すべきではないのう・・・声優さんはすごいのう」
如何にバカップルでも、素面で大声で愛を叫び上げる事は無理らしい。誰も見ていないというのに、顔が真っ赤だった。ちなみに、二人共良い年なんだから、というツッコミは無しにしてあげて欲しい。
「ま、まぁ、声優さんも凄いが、余も凄いぞ」
「お、おう」
なぜか唐突に始まった自慢に、カイトが困惑する。そもそも先の一幕がなぜあったのか、さえわからない。言われたから答えただけだ。が、何の意味もなくやったわけではなかった。
「リィルに協力を頼んでのう。まだ試験段階で腕だけではあるが、エネルギーを腕に収束出来る様なシステムを開発したんじゃ。到達温度は使用者次第じゃが、お主なら、太陽にも匹敵するまさに神の手となろう」
「おぉ、すげーじゃん。それで、さっきのあれか」
「うむ・・・搭載して音声システムをやってみて、うむ・・・やはり無理と悟った。オミットはせぬが無しでも出来る様にしておく」
どうやら腕から灼熱の手を出せる様にしたので、そのための一幕だったらしい。聞けば手に魔力を収束させて、一時的な出力の増大を可能にしたらしい。これはこれで確かに凄い事だった。で、大方ティナの魔導機にもそれを搭載される運びとなり、その流れで二機で共鳴させての攻撃も考えていたのだろう。というわけで、ティナが続けた。
「実はほれ、ここ当分演習に向けて外套じゃの角だの作ったじゃろ? あの流れで理論というかシステムの確立が出来ての。腕を改良出来たわけじゃ」
「なるほど・・・あ、そう言えば角は?」
「ほれ、あそこにあるぞ」
カイトはティナの言葉に、首が痛くなる程上を見上げて、角を見付ける。機体の大まかな外形としては試作魔導機の頃から大差は無いが、角が本格的に取り付けられた事は、一番の変更点だろう。
「首、痛くなるが我慢せいよ」
「まぁ・・・首でぶん回してぶった切るわけですからねー」
「モーション・トレース・システムの限界じゃ。諦めよ。戦闘中に首が痛いなぞ言うてる場合でも無しにな」
「はいはい・・・で、当分は慣らしか?」
「いや、アイギスとホタルでそこは終わらせた。使い勝手は前のと変わらん。今からでも使える・・・勿論、武器は試作機の使い回しで殆ど無いが」
どうやら慣らし運転まで全部終わらせた状態で、カイトを呼び出したのだろう。となると、後は計算が終わるのを待って打ち上げるだけだ。
「と、いうことで三日後打ち上げな。別にロケットでは無いので天候に影響は無い。雨天強行じゃ」
「話せば分かる。少し待とう」
「問答無用じゃ」
話すべき事は終わったらしい。再びバカップル達が馬鹿を始める。そうして、この日は結局このまま終わり、その翌日に一度カイト本人が確認の為の慣らし運転を行って、遂に打ち上げとなるのであった。
というわけで、三日後。幸いにして晴天で、風も無かった。絶好の打ち上げ日よりと言える。が、カイトの気分は暗かった。詳細を聞いて、やる事の面倒さを知ったからだ。
「はぁ・・・普通はなるべく赤道に近い場所でやるんじゃないですかねぇ・・・」
『文句言うでないわ。余も何度も思うたわ。静止衛星を作っとるのに、マクダウェル家は赤道から遠く離れておる。文句を言うならその地に赴任したお主自身に言え』
今回打ち上げるのは、ティナの言うとおり静止衛星だ。というわけで、本来であれば一番良いのは赤道上だ。勿論、別に静止軌道にさえあれば良いので赤道上でなければならないわけではない。
とは言え、楽は楽なのだ。が、マクダウェル家は皇国の中でも特に北方の貴族だ。赤道からは遠く離れている。そしてそもそもこれは地球の技術を満載した技術だ。自分の領土で打ち上げるしかないのであった。
「はぁ・・・まぁ、良いんだけどさ・・・アイギス。システムは?」
「イエス。オールグリーン。何時でも行けます」
「オーケー。とりあえず、何時でも良いらしいぜ」
カイトはアイギスからゴーサインが出たのを受けて、ティナへと何時でも良い事を告げる。ちなみに、彼らは今、マクスウェルから少し離れた草原地帯のど真ん中、その高度10万メートルという位置に来ていた。というわけで魔導機で外に出ているカイトは兎も角、ティナ達は飛空艇に乗っている。
『総大将。とりあえず宇宙ってとこ行くんなら、お土産お願いしやす』
『あ、俺も俺も。出来れば月の石お願いします』
「観光とか旅行じゃねーよ。月にゃ行かねーんだよ」
技術班の面々はいつも通りに騒がしい。当たり前なのかもしれないが、こんな大事業をティナ一人で成し遂げられるはずもない。というわけで、技術班の協力は必須だった。なので彼らも飛空艇の中で一緒である。
「で、やるべきことはまずは大気圏離脱。その後に静止軌道上へ移動。マクダウェル領を中心として、静止衛星となる様に軌道を微修正・・・でオケ?」
『うむ・・・まぁ、ロケット打ち上げの技術が無いので人力で、なおかつ即興で色々と調整しながらやらねばならんのは、仕方がないと諦めよ』
ティナが笑う。やるべきことは言えば簡単だ。カイトの言うとおり人力で静止軌道上まで移動して、一度待機。完全に物理法則に従っておく。
そこで人工衛星を取り出して設置すれば、後は慣性の法則に従ってそこに居てくれる、というわけであった。まずはカイト自身が静止衛星となって、その後慣性等の状況を得た状態で人工衛星を設置する、と考えれば話が早い。
「はぁ・・・で、一応聞いておく。大気圏突入は?」
『バリュート等の物は無いので、前回と同じく障壁で突破せい。まぁ、それでも不安なら盾を前面に展開し、熱を防げ。一度やっとるから不安は無いじゃろ』
「一度やっとろーが怖いもんは怖いっての・・・」
カイトがぼやく。そもそも理論上は可能、というだけでやったのだ。そして今回も理論上可能、というだけでやらされる。勿論、カイトは己の展開する氷属性の魔術を展開すれば生身でも単独で再突入が可能なので問題はない。そして、それを応用すれば普通に大気圏突入は可能だ。なので確かに問題はなかった。
「・・・うーし。何時でもどうぞ」
『うむ・・・ホタル。周囲の状況を報告せよ』
『敵影無し。援護射撃態勢で待機中』
『よろしい・・・計器オールグリーン。その他諸々問題無し』
ティナはホタルへと状況の確認を行わせると、飛空艇のシステムから人工衛星のシステム、魔導機のシステムに問題が無い事を確認する。なお、勿論他にもホタルの補佐に軍が展開している。これは軍用無線にも使う為、軍も協力していたのであった。
ちなみに、ホタルが行う援護射撃はカイトの為の援護射撃だ。彼女の特型外装に更に超長距離狙撃用の魔銃を作ったので、大気圏外まで狙撃可能となったらしい。らしい、なので実際に使うのは今回が初めてだそうだ。その試験も含まれているそうである。
『・・・うむ。良いぞ』
「はいよ・・・じゃあ、カイト、いっきまーす」
「アイギス、行ってきます!」
カイトは人工衛星を異空間の中に格納すると、そのまま飛翔機に火を入れる。これは今までの試作魔導機ではなく、ようやく完成を見た本来の一番機だ。というわけで、何時も以上に調子は良かった。そうして、カイトは宇宙へと飛び立つ事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。流石に宇宙艦隊編なんてやりませんが、少しだけ宇宙編です。
次回予告:第847話『マクロの世界』




