第834話 もう一人の勇者
その日。カイトは来る事を理解していた。というよりも、感覚として、彼女の息吹を感じていた。
「え、あ、おい、カイト・・・お前、急にどうした?」
「・・・あれ?」
「え・・・?」
唐突に流れた涙に、カイトも含めて全員が混乱する。気付いて指摘したのはソラだ。カイトさえ、涙が流れていた事に気付いていなかった。
「・・・あぁ、そっか・・・」
カイトは一人、何が起きているかを理解した。今日、再会が為されるのだ。魂が、魂の奥底に眠った何人もの『自分達』が歓喜していた。
『カイト』という存在が始まった時に愛していて、それから気の遠くなる様な時間愛していた相手。今なお愛している女性。己の全てを捧げた相手。己の全てを捧げられた相手。<<最初の花嫁>>。正真正銘、一番はじめに婚約した婚約者。
あまりに強く結ばれた縁は彼女の存在が近づくだけで会いに行け、と命ずる程だった。この涙は、そのための物。思い出したのなら彼女の所へ行け。そう、命じていた。とは言え、カイトが浮かべる表情はただひとつだ。しかめっ面である。
「うあー・・・ボコだな、これ・・・土下座出迎えコース確か・・・」
カイトは涙を拭い、自らの身体を見る。ボロボロの身体。半身どころか大半がマナで出来ている今の自分。心臓さえ無い自分。ぶっちゃけるまでもなく、ヤバすぎる。色々な意味でヤバイ。
「・・・うん。とりあえず・・・逃げようかなー・・・」
確実にボコボコにされる。今の己で勝てる相手ではない。そうして、カイトはその場から遁走する事を考え始めるのだった。
一方、ジャンヌはというと、出る前に流石にアル達に止められた。
「ちょ、ちょっと待って! 瑞樹ちゃん! 本当にストップ!」
「? なんですの?」
「いや・・・完全に呆気にとられてたけど、誰?」
アルの問いかけは至極当然だ。唐突に交わされた会話に誰もが茫然となっていたが、そもそもジャンヌが誰で、一体どういう関係なのか、と完全にわからないのだ。行かせるわけにはいかないだろう。
「あら・・・すいませんわ。ついうっかり」
垣間見えた大切な記憶や垣間見た彼女の嘆き等でうっかりしてしまって、瑞樹が思わず照れた様に謝罪する。仕方がなくはあったが、やってしまった、と気付いたようだ。
「あー・・・実のところ、私も会ったことはない方、ですわね」
「・・・? えーっと、それはどういう・・・」
リィルが首を傾げる。実は会ったことがない。にしては、会話が繋がっていた様子だったのだ。
「まぁ、この言い方が正しいとは思わないのですが・・・<<原初の魂>>で出会った事のある方・・・過去世で知り合った方だった、という程度ですわね。いえ、それでも、会った事は無いのですが・・・又聞きした、という程度でしょうか・・・」
「「「っ!」」」
全体に驚きが蔓延する。過去世については一部なりとも学術的にも解明されているのだ。そして時折、過去世で繋がりのある者同士が出会う事があるという。
これ自体は学術的に証明されている事だ。なにせ異族の中には数千年を生きる者はざらに居る。となると、そこで確証が取れたのだ。なので驚きはあったものの、二人が同じ地球人同士であれば不思議は無かった。
「証拠・・・となり得る物はありますか?」
「うーん・・・」
リィルの問いかけに瑞樹は困る。証拠が有るのか、という質問だが、前世について証明する事は難しい。とは言え、瑞樹には無くても、ジャンヌには出来た。
「炎の使い手さん・・・貴方は、カイトの部下で間違いない?」
「え、あ、はぁ・・・」
「炎を私に打ち込みなさい。それで、わかるわよ」
「はぁ?」
ジャンヌの申し出に、リィルは顔を顰める。なぜそんな事で分かるのか、と疑問だったのだ。
「良いから、やりなさい」
「隊長」
「・・・少し待て」
リィルがエルロードに指示を求めると、彼も少し熟考して少し待つ様に命ずる。現状、彼女をどう判断すればよいか誰にもわからない。カイトからの応対待ちだった。そしてカイトは、全てを理解していたが故に既に答えを持ち合わせていた。
『ジャンヌ・ダルクと名乗ったんだな?』
「はい」
『なら、問いかけてくれ。ネックレスを持っているか、ってな。それで七匹の龍があしらわれた真紅の首飾りを提示すれば、また返せ』
「かしこまりました・・・ジャンヌ殿。一つ、お尋ねしたい」
「何?」
「ネックレスはお持ちか?」
「これで良い?」
ジャンヌはエルロードの問いかけに、服の内側から一つのネックレスを取り出して提示する。それはカイトが見通した通り、真紅の宝石の取り付けられた首飾りだ。意匠は龍。それが7匹彫られた品の良いネックレスだ。
エルロードには、何処か名のある国の国宝の様に見えた。そして、瑞樹にはどうしてか、見たこともないその首飾りに見覚えがあった。
「名のある品なのでしょうか」
「・・・それ・・は・・・」
「これで満足出来た?」
瑞樹の反応は彼女の後だったお陰か気付かなかったらしい。とは言え、エルロードがカイトの言った通りの展開になった事に、驚いている様子だった。
「持っている様子です」
『やはりな・・・名前は?』
遠くマクスウェルにて、カイトは遥か彼方に消えたはずの『それ』を取り出す。それは7匹の龍が彫られた、青い宝石の付けられたネックレスだった。
それは宝石が蒼い以外は全て、ジャンヌの持つネックレスと同じだった。こちらこそが、かつて過去世の瑞樹が見た過去世のカイトの持っていたネックレスだった。そうして、カイトの言葉を受けたエルロードが更にネックレスの名前を問いかけた。
「名前は?」
「『七竜の首飾り』」
『『七竜の首飾り』・・・って言ったか?』
「はい・・・閣下のお知り合い、なのですか?」
『お知り合い、か・・・まぁ、そんな所だろうな』
カイトが笑う。知らないわけがない。先程まで彼女に土下座しようかそれとも逃げようか、と悩んでいた所だ。結局は逃げずに立ち向かおうと考えたらしいが、それでもどうするか悩みまくっていた。
『良いぜ。撃ち込んでみろよ。どうせ早かれ遅かれそいつとルイスだけは、お前らにも紹介しないといけないだろう奴だ。百聞は一見にしかず。見てみた方が早い・・・ああ、全力でやって大丈夫だ。というか、全力でやれ。その程度でどうにかなる奴じゃあねぇよ』
「良いのですか?」
『ああ』
「・・・わかりました」
エルロードは僅かに逡巡するも、主が言うのだ。どういう意味があるかはわからないが、そうであるのなら従うまでだ。
「リィル。構わん。閣下からの許可が出た。全力でやれ、だそうだ」
「・・・わかりました」
エルロードからの許可を受けて、リィルは逡巡するも<<炎武>>を軽く展開して、手のひらに炎を溜め始める。それを受けてジャンヌがレイアから降りた。
そうして彼女は、まるで物語に語られるジャンヌ・ダルクさながらに膝をついて、祈りを捧げ始める。が、障壁を展開する事もなく、ただ祈るだけだ。魔術的な意味は一切持ち合わせていない。
「・・・行きます」
「・・・どうぞ、ご自由に」
リィルはジャンヌの許可を得て、溜めた炎をこぶし大の球として放つ。何か魔術というわけではないので、全力と言われても威力はさほどではない。
が、もし万が一直撃しても少し服が焦げるかな程度の威力ではない。カイトからの命令だ。それ相応の出力でやった。無防備の人ならば、殺せるレベルだ。が、そんな一撃は一同の目の前で、彼女の左手の指輪の中へと吸い込まれていった。
「すっげー」
「何!?」
「嘘!?」
ここで反応は2パターンに別れる。属性吸収という高度な芸当を見せたジャンヌに対して賞賛する冒険部の声と、その本当の意味を悟ったエルロードら特殊部隊の驚きの声だ。この世に一つしか存在しないはずのそれを、彼女は持っていたのだ。
「まさか・・・それは・・・」
「『祝福の指輪』・・・なのですか?」
リィルがその名を問いかける。この世にただ一つしか存在しない、勇者カイトその人の象徴の一つ。それにしか見えなかったのだ。
「それ以外に何があるというの? 私が左の薬指に付ける指輪は、これだけよ」
「っ! 閣下! これは一体どういう・・・」
『ははは・・・やっぱり、か。ああ、本物だ。オレの持つ『祝福の指輪』と同じ物だ・・・そいつ、前世ぐらいの時にオレから貰ったそれを魂に紐付けして手放さない様にしてやがんだよ。実際、その時のそいつの精神状態マジでやばかったからな・・・うん、マジでやばかった・・・メスの匂いがするって夜中に井戸突き落とされたなー・・・あはは・・・なんで結婚したんだろ、ほんとに・・・』
エルロードの困惑に対して、カイトその人がこれもまた本物である事を明言する。これほどの奇跡を起こせる物は、それ以外には有り得ない。と、そうして語っておいて一人遠い目をするカイトに対して、エルロードが困惑しながら問いかける。
「あ、あー・・・閣下?」
『っと、悪い悪い。とりあえずは本物だ』
「ですが、なぜそれを彼女が?」
「なぜ? 当たり前じゃない。カイトから、貰ったのよ。私と彼が結婚したその日に・・・遠き過去。遠き国で。あの日からこの指輪は私にとって婚約指輪であり、結婚指輪・・・と言っても、その国ではどちらの区分も無いからこれ一つだけどね」
エルロードの困惑に、ジャンヌが答える。それは、現世の話ではない。現世では、カイトは結婚していない。ティナその人やイクスフォス達の求めに応じて、結婚式は先延ばしにしている。彼女がそれを貰ったのは、遥か過去の話だった。と、そんなジャンヌに対してエルロードが更に問いかけた。
「ですが・・・それはそもそも、大精霊様達が下さる物なのでは?」
「? おかしな事を言うわね。これはそもそもでカイトの物・・・ああ、そう言えば試練で一度全てを奪われたんだっけ・・・全てがどの程度かわからなかったけど・・・はぁ・・・やっぱり滅ぼせば良かった・・・記憶だけでなく、全部を完全に奪ってたわけね・・・」
ジャンヌは一人、何かに合点がいったらしい。一人何かに向けて憎悪を募らせる。
「私達の愛の証さえ奪ったというわけ」
「ぐっ・・・」
あまりの憎悪に、誰しもが凍りつく。それほどの憎悪を、今の彼女は取り戻していた。が、それも目の前にぶら下がっている餌を思い出して、やめた。時間は惜しいのだ。
「貴方達がどう聞いているかは知らないけど、これはそもそもカイトの物よ。大方、現世でカイトに返却されただけね」
「返却された?」
「そうよ・・・あぁ、そうか。もう一つ可能性があった。ごめんなさい。こちらの方があり得るわね・・・カイトがこれを預けたの。彼、意外とと言うかそこら律儀だから・・・だから、そもそもカイトが間違っている。これは彼がかつて創り出した私の為の秘宝の一つ。これは本来は、私の為に作られている物よ。で、私が願い出て同じ物を彼の指にはめて、婚約指輪としたわけ」
「「「???」」」
ジャンヌがはたと気付いて告げた答えに、エルロード達が全員困惑する。もう何のことだかさっぱりわからなかったのだ。とは言え、当然だ。ジャンヌは事実しか語っていないが、過去世の話が交じる為によくわからないのだ。
「と、仰っているのですが・・・閣下?」
『あー・・・そうか。そういうことか・・・そうだった・・・確かガン泣きされて指輪作ったんだっけか・・・で、結局あの後ハメられてそのまんまで結婚式まで使わなかったんだっけ・・・あー・・・そういやそんな事あったなぁ・・・』
困惑するエルロードがカイトに問いかければ、逆にカイトの方は得心が言っていた様子だ。どうやら、彼女の言葉が正しいのだろう。彼自身が転生で記憶を喪失していた為、完全に勘違いが生じていたらしい。
『いや、悪い。彼女が正解だ。これはそもそも、オレの持ち物だった・・・そうか。あの試練の開始の時、オレはこれを時乃に預けて・・・で、そこで力と記憶を封ぜられて・・・』
カイトは何かを思い出す様に幾つもの推測を行っていく。が、それもしばらくした頃に、彼は首を振った。今は、そう言う場合ではないのだ。
『はぁ・・・連れてきてくれ。これ以上外で話しても無駄だろう』
「よろしいのですか?」
『大丈夫だ。オレの部下である事を明言しておけば、絶対に手出ししない』
エルロードはジャンヌが時折放出する威圧感等を考慮した様子だったが、それ故、カイトは安全である事を明言する。カイトの部下である、ということはカイトの守る相手である、ということだ。それに対して攻撃することは有り得ない。それが、彼女であった。
「・・・わかりました。お連れ致します」
『頼んだ・・・はぁ・・・』
何処か嫌そうなカイトが、エルロードへと命ずる。そもそも、ジャンヌは己の所に連れてこないと危うい事この上ない。今の彼女は爆弾と一緒だ。それも惑星規模を破壊し尽くせるクラスの、である。そうして、ジャンヌは飛空艇に乗せられて、マクスウェルへと移動する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第835話『勇者と魔王』




