第825話 親子の団欒
ジャンヌ・ダルクの目覚めを教えられたカイトは、目を覚ますと同時にユリィへと声を掛けた。
「ユリィ!」
「うきゃあ! 何、いきなり!?」
目覚めるなり満面の笑みのカイトに対して、ユリィがたまげた様子で振り返る。
「会った!」
「誰と。と言うか何時? と言うかまず、落ち着こうよ」
「っと、悪い悪い」
ユリィの言葉に、カイトが少し照れた様子で一度深呼吸する。少し興奮し過ぎた様だ。
「夢の中にシャルが来た」
「だからどうしたの。良くある事じゃん」
「いや、違うか。夢を通して、あいつと会った」
「え!?」
カイトの言葉に、ユリィが目を見開く。意味する所は彼女も正確に理解した。
「で、なんて?」
「自分を目覚めさせに来いって」
「やったー!」
ユリィが諸手を挙げて歓喜する。これでようやく、長かった離別が終わるのだ。カイトにとっては15年程度だったが、ユリィにとっては正真正銘300年も別れていたのだ。カイト以上に、万感の想いがあった。
「で、何処って?」
「それがねぇ・・・教えてくれなかったんですよ」
「・・・はい?」
ユリィが首を傾げて、目を瞬かせる。どう考えても一番重要なのはそこだろう。というわけで、彼女の顔に怒気が滲み始める。
「ねぇ、カイト・・・」
「何」
「いちばん重要なのって、何時目覚めるか、じゃなくて、何処で目覚めるか、じゃないかな・・・?」
「だな」
「それ聞いてないって何考えてるのさ!」
「オレの所為じゃねーよ! あいつが教えてくれなかったんだからしょうがねーだろ!」
二人は朝から言い合いを始める。いつもの光景といえば、何時もの光景だ。そうして、それは同室の皐月が遅いカイトとユリィを起こす為に部屋に来るまで続いて、そんな感じでカイト達の一日は始まるのだった。
と、そんな目覚めから数時間。カイト達は飛空艇に乗り込んで、ヴァルタード帝国の帝都へと戻ってきていた。そんなわけでとりあえず荷物を置いたカイトであったが、それが終わればすぐに帝王フィリオの所に案内された。
「情報、感謝する」
執務室に入るなり、帝王フィリオが感謝の意を示す。サリアから直々に情報を貰ってきた為、今度は偽情報とは彼も思っていない。それと今彼が持ち合わせている偽情報をすり合わせれば、彼の政敵が何を考えているのか、が見えてくる。
偽情報を掴ませる理由は相手を自分の望む様に動かす為だ。後は何が嘘かわかれば、どう動かしたかったのかもわかるのであった。そしてそれがわかれば、相手を逆に利用してやる事も出来るのであった。
「ああ・・・それで、どうするおつもりだ?」
「流石にこれ以上は君に関わってもらうつもりはない。一応、冒険者と依頼人ではあるが・・・他国の貴族と他国の王でもある。これ以上は関わらないで貰おう」
「あいっさー」
カイトが帝王フィリオの忠告に諸手を挙げて了承を示す。相手が帝王フィリオが正しい情報を掴んだ事を把握しているかしていないかは知らないが、とりあえず真実の情報を手に入れた事で帝王フィリオは敵の一歩上を行ける事になった。後は彼と彼の手勢が動いてやるべきことだろう。彼の言うとおり、カイトが関わるべきではない。
「まぁ、君達は明後日の誕生日会の結果を待つだけだ。こちらはその間、やるべきことをやらせてもらう」
「では、これで正式に依頼終了で?」
「ああ。お疲れ」
帝王フィリオはカイトに対してねぎらいの言葉を送る。これで、今回の追加の依頼は全て終了だ。後は報酬を受け取って、マクダウェルに一ヶ月と少しぶりに帰還すれば、初の他大陸への遠征は終了だった。
「では、もう下がってくれ」
「了解です」
帝王フィリオの求めを受けて、カイトは執務室を後にする。所詮はお互いに違う国の存在だ。深入りはさせてはならない、という所は変わらない。そうして、カイトが出て行った後。帝王フィリオはティトスを呼び出した。
「何でしょうか、兄上」
「ああ。この間母上を狙った貴族が割れた。少し騒がしくなる可能性が高い。お前は母上の側で身辺警護を務めておいてくれ」
「わかりました・・・エリオはどうしましょう」
「あれはエンネアの守りに就かせた」
エンネアとは昨年帝王フィリオが婚約した、所謂お妃様の事だ。家の格としては侯爵。ヴァルタード帝国に大公の地位は無いので、侯爵となると上から二番目だ。フューリアその人は伯爵家の出身で、そこの本家筋だった。
エンネアは元々本家筋の令嬢だったらしい。なので許嫁ではないものの、両者の関係としては悪くはなかったらしい。エリオはそこの次男坊だ。今は、彼らの兄、即ちエリオの義兄が侯爵を継いでいるとの事だ。というわけで、流石に実姉相手には間違いも起きないだろう、と姉兼后妃の警護に就かせたわけであった。
ちなみに、そういうわけなのでティトスとエリオが幼馴染で帝王フィリオとこのエンネアというのが幼馴染だったりするのだが、そこは置いておく。
「では、頼む」
「はい・・まぁ、どうにせよ当分は母上と一緒に居るつもりでしたので、問題はないかと」
「そうだな」
「そう言えば、兄上。結局料理は習得出来たのですか?」
「基本は簡単だった。後はどうアレンジするか、だったな」
仕事の話を終えて、ティトスと帝王フィリオは和やかに談笑する。そうして、彼らは彼らで政敵を攻略する為に行動に出る事になるのだった。
情報の入手という使いっ走りのお仕事を終わらせたカイト達は、翌日はほぼ何事もなく鍛錬や読書等をして、過ごした。
というわけで、その翌日。カイト達は相も変わらず残りの日程は待ち時間になっているわけであるが、睦月だけは、帝王フィリオの補佐として仕事を行っていた。
「あら。このお鍋は貴方が作ったの、ティトス」
「はい」
「良い拵えね」
フューリアが持ってこられた土鍋を見て、嬉しそうに微笑む。クレイムが手直しをしているが、全体的な考案はティトスが行った物だ。母親の心情として、悪いわけではなかった。
「それで、今回は鍋物なのかしら」
「ええ、母上」
そこに、帝王フィリオが台車に食材を乗せてやってきた。睦月は流石に家族団らんに入る事は憚られた為、カイトから使い魔を借りて別室からアドバイスする事になっていた。
というわけで、カイトもその横で待機していた。勿論、帝王フィリオの護衛達も一緒だ。万が一の場合にはカイト達を捕らえる必要があるからだ。
「春菊、椎茸、お肉・・・あら、どれも生のままね。鍋は温まっているはずなのだけど・・・」
「今回は素材の味を楽しむ事にしてみました。今まで入り降りな料理は作ってきましたが、たまにはシンプルなのも悪くはないでしょう?」
「そうね。こういうのも、悪くはないわね」
帝王フィリオの言葉に、フューリアがご機嫌そうに頷いた。この夜は基本的に、彼女は上機嫌だった。滅多に親子三人が揃う事はない。そもそも帝王フィリオは婚約して少しなので仕事の会食が無い場合はそちらの家族と食べる事も多く、母親と食べるのはこういった機会ぐらいな物らしい。その滅多にない機会なので、上機嫌なのであった。と、そんな会話の傍ら、帝王フィリオが鍋の蓋を開ける。
「あら?」
開けられた蓋を見て、フューリアが目を丸くする。中には既に昆布が入っていたのだ。が、その驚きを横目に、帝王フィリオが菜箸で昆布を外に出すのではなく、少し横にどけた。
「あら・・・食べないの?」
「出汁を取っているだけですからね」
帝王フィリオはフューリアの疑問に答えつつ、睦月の指示に従って鍋に食材を入れていく。今日の献立はしゃぶしゃぶ兼水炊きらしい。本来は持ってくる前に食材を投入できていれば良かったのであるが、持ち運ぶ際に色々と動かす事になるのでどうせだから目の前で作って見せるか、と考えたらしい。
いつもは厨房で出来た料理を運ばせていたらしく、こういった料理している所を見せた事は無いらしいので、それもまた一興だろう、と睦月に話していた。
『春菊はくたるのが早いので、早目に食べてくださいね』
帝王フィリオの耳に取り付けた小型の通信用魔道具から睦月の声が響く。流石にこういった食べ頃までは帝王フィリオにはわからない。というわけで、適時食べられる頃合いを見計らって睦月が口を出す事になっていたのであった。
「うーん・・・飯テロ」
そんな睦月の横。使い魔の魔力供給兼一応の責任者として顔を出しているカイトが呟く。少し小腹が空いたらしい。
「あはは・・・良い食材でしたからね」
「ま、匂いがしないだけマシか」
「はい」
「で、受けはどう見える?」
カイトが睦月へと問いかける。勿論、彼の眼にも現在の食事状況は見えているし、他の護衛達にも見える様に設定している。なので見えているだろう、と答えるのが普通なのだろうが、睦月もしっかり何が言いたいのか理解してくれていた。
「良かったかな、と」
「よろしい」
カイトが満足げに頷く。依頼人が満足しているかどうかは、自分で確認すべき事項だ。特に睦月の場合は後方支援が多く、依頼人と直接関わる事は少ない。というわけでこういう稀な経験はなるべく、させておきたかったらしい。
「さて・・・次は明日か・・・ん? どうした?」
依頼は問題なさそうだな、と椅子に深く腰掛けたカイトだが、そこで睦月が微妙な表情をしている事に気付いた。それはなんというか、悲しげと言うかそういう辛そうな感情に見えた。
「あ、いえ・・・やっぱり家族って良いな、って・・・」
どうやらホームシックになっているらしい。睦月は三姉妹揃っているのであまりこういった感情は表に出ないのだが、どうやら家族団らんを見て何とも言えない気持ちになったらしい。少しだけ、涙を堪えている様子だった。それに、睦月と己の通信のリンクを解除したカイトが優しく微笑んだ。
「大丈夫だ。神奈さんなら、元気でやってるさ。無事なの知ってるし、オレの正体も知ってる。睦月達が無事なのもわかってるだろうしな」
「あ、はい。わかってます」
神奈と言うのは神楽坂三姉妹の母親の事だ。弥生が唯一、己が異族の血を受け入れた事を明かした相手でもある。そしてそれ故、カイトの正体と言うかカイトの地球で活動していた頃の名を知っている。
地球に残してきた使い魔は彼女を守ろうとするだろうし、イクスフォスの妹・ルイスもまた、彼女を守ろうとするだろう。心配する必要は皆無だった。
ちなみに、睦月が感じている感情がそういうわけではない事ぐらい、カイトも理解している。とは言え、こういう時に安易に慰めるのは逆効果だろう。感情を別の方向へと逸らすつもりだったのだ。
そしてどうやら、幸いなことに少しでも話を逸したのは効果的だったらしい。しばらく別の話題を話していると、睦月の感情も落ち着いたようだ。
「ふぅ・・・」
カイトはなんとか持ち直した睦月を見て、一息入れる。ここで泣かれるのは仕方がないし周囲の護衛達もなんとも言えない微妙な顔をしていたものの、有り難くはない。帝王フィリオにも心配させる結果になる。
『勇者カイトの人誑しの本領発揮か』
と、どうやら会話そのものは側近達を通して帝王フィリオへと伝わっていたようだ。彼の感心する様な小さな声――密かに連絡をくれたらしい――がカイトのヘッドセットへと響いてきた。
「失礼した」
『いや・・・一応、早く帰れる事を心から祈ろう』
「感謝する」
帝王フィリオの気遣いにカイトが謝意を示す。やはり王者だからだろう。人の心の機微は理解出来るらしい。こういう言葉を投げかけれる事が、彼が選ばれた理由なのかもしれなかった。と、そちらではフューリアが帝王フィリオ自家製の調味料に舌鼓を打っていた。
「あら・・・じゃあ、この緑色の変わった味の薬味は貴方が作ったの?」
「ええ。地球ではゆず胡椒、というらしいですよ」
「あら、お胡椒なの・・・変わった風味なのね」
はじめて口にする緑色の物体――ゆず胡椒――に対して、フューリアが少し驚いた様な顔になる。柚子も唐辛子――ゆず胡椒には胡椒ではなく唐辛子を使う――も存在するが、やはりゆず胡椒は無かった。
というわけで鍋といえばポン酢だろう、となりその流れでゆず胡椒も提供してみたのであった。ちなみに、勿論胡麻ダレと薬味として炒った胡麻もある。なお、ポン酢を好んで使うのは彼らが関西人だからだろう。水炊きを一日目に選んだのも、そこらの兼ね合いがあった。勿論、次の日を考えての事でもある。
「お肉もこの食べ方ならあっさりとしているし・・・悪く無いわね」
「そう言っていただけると、苦労して作った甲斐があります・・・と、言いたいのですが、実はここからが、日本の鍋料理の特色らしいのですよ」
「あら・・・そうなの?」
帝王フィリオの言葉に、フューリアが驚いた風を見せる。帝王フィリオが持ってきた食材は大半が無くなっていたので、腹八分目にはまだ少しあるけどこのぐらいで満足しておこうか、という所だったらしい。そうして、そんな様子の母親――ここらはティトスも教えてもらえていなかったので、首を傾げていた――を見て、帝王フィリオが再び立ち上がり、台車の中からご飯を取り出した。
「お米?」
「これを鍋の中に入れて・・・」
フューリアの見ている前で帝王フィリオがご飯を入れて薬味を入れて溶いた卵を注いで、と動いていく。作っているのは所謂、おじやだ。鍋料理と言えばシメは欠かせない。そして鍋でシメと言えば、お雑炊だ。
「最後に醤油を少し垂らして・・・これで、ひと煮立ちさせれば完成です」
「あら・・・少し香ばしくていい匂いね」
どうやら、雑炊はお気に召したらしい。フューリアが上機嫌に食欲を取り戻す。そうして、一家は鍋のシメとなるお雑炊を食べて、満足して終わるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第826話『帰郷へ向けて』
2017年5月30日
・補足
柚子胡椒について誤解を生みかねない表記だったので修正しました。胡椒とは古語だそうです。




