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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第46章 娯楽の街編

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第824話 遠き日々と遠き地で

 カイトは時々、夢という形で過去世を垣間見る。まぁ、これは彼に限った話ではない。例えばユリィも見るし、アルだって瞬だって桜達だって、そこに至れば見る事になるだろう。

 とは言え、それは明晰夢とも少し違う。眠りが深くなることで、時折魂さえも眠る事がある。肉体と魂は不可分だ。肉体が眠るのであれば、魂が眠っても不思議はない。

 が、普通はこんな時には夢も見ない。当たり前だろう。魂が眠るというのは、臨死体験にも近い。肉体も魂も眠っているのに、誰が何を見れるというのだろうか。いや、無理だろう。

 だが、ここに更に特殊な状況が加わると、その状況だからこそ目を覚ます者達が居た。それは<<原初の魂(オリジン)>>を使える様になった者達だ。

 よく言う話だが、魔力とは意思の力だ。であれば、強大な力を持つ魂は強大な意思を持っていると言える。その意志が、過去の自分の願いに応じて今の自分を魂の眠りから覚ますのだ。


(あぁ、これはあの時の話か)


 それ故、カイトはこれが即座に過去のお話だ、と気付けた。何度目かわからないほどに、この光景を見たのだ。今更わからないはずがなかった。

 そこには桜達はもとより、ティナ達さえ居なかった。今の自分が知っている者達は誰も居ない。それら魂が生まれるよりも遥かに前のお話だった。


(懐かしい、と感じるのは不思議だな・・・)


 今のカイトが何処か懐かしげながらも、苦笑をにじませる。今のカイトは見たことがない。しかし、過去世の彼はその光景を知っていた。そして過去世の彼と現世の彼は不可分だ。なので、間接的に彼も知っていた。知らないのに、知っている。奇妙な感覚だった。


「おーい!」


 過去のカイトが、声を発する。楽しげで、純粋な自分。ある者の教えを受け、いつかは国を背負って立つ者として育てられていた自分。それに、声が返って来た。


「兄さーん!」


 当時の自分の弟が、その自分の声に返事する。血の繋がりはない。歳が近いだけだ。お互いに孤児で、ある時までカイトは教会で育てられた。弟は今でも教会で暮らしている。別にその世界では不思議な話ではなかった。親が居ない者、というのはザラだった。

 この世界では魂は生まれもするが、同時に世界によって生み出される事もあった。というよりも、多くは後者だ。これらは全て、そこでの出来事だった。

 ずっと、ずっと。こんな日々が続いていた。少し前に『道化の死魔将(どうけのしましょう)』が告げた最古の世界。そこは世界達が今の全ての世界を生み出す前に創られた箱庭とも実験室とも言える世界だった。今よりも遥かに『世界』と『人』の垣根は近い。そんな世界だ。そこに、カイトは居た。


「さて・・・今日はどうしよっか」

「とりあえず朝は学校で授業だろ?」

「あ・・・そうだった」


 そこは、小さな村だった。ミナド村と比べようとも、比べる程も無い程に小さな村だ。総人口は100人にも満たない。そこの一人の村人。それが、カイトだった。


「先生。おはようございます」

「ああ、おはよう」

「あ、起きてたんですね。朝食、どうでした?」

「まぁまぁ、だ。目玉焼き、失敗しただろう。殻が混じっていたぞ」

「ぐぅ・・・」


 カイトは『先生』の言葉に項垂れる。教会で暮らしていたカイトは、『先生』に引き取られた。そこで多くを教えられて、育てられていた。一番目をかけられて、気に入られていたと思って良いだろう。

 料理も彼から教えてもらった。大凡全ての物事の師。それこそ戦い方から女の口説き方、料理の仕方に至るまで、その時のカイトに大半を教えてくれていた。

 それこそ今のカイトにさえ、彼の影響があった。喩え生まれ変わろうとも、彼の影響だけは拭えなかった。それほど、カイトは『先生』を尊敬していた。


(懐かしいな・・・)


 小さな村だ。一応他の村や街との往来はあるが、それにしたって顔なじみの行商人や『先生』を頼る者達が大半で、それも含めて全員が顔見知りだった。

 ちなみに、学校というが教師は『先生』一人だ。教室も彼というか自分の家の1階の大広間だ。そして同級生も同年代はほぼ全員が幼馴染だったり、兄弟姉妹だったりだ。そしてカイト達8人も、その一組だった。4組の兄弟姉妹による幼馴染。それの一人が、かつての自分。


(・・・お前とも、どれだけあってないっけ・・・前50年に・・・今回30年・・・その前は・・・あぁ、もう100年ぐらい会ってないなー・・・)


 赤髪の少年へと、カイトは親愛の情を向ける。自分の生まれた頃から決められていたライバルで、そして最初の親友だった。カイトが嫉妬や喧嘩等に関わる大半を覚えたのは、彼との出来事だった。

 おそらくカイトが自分全ての歴史を紐解けば、彼こそが最大の親友だと言うだろう。これだけは、残念ながら変えられない。何度生まれ変わろうと、彼とは親友となる。そんな自信がカイトにも彼にもある。ソラ達にも色々と借りがあるが、彼にはそれとは比べ物にならないぐらいに借りがあった。


(・・・)


 カイトが己に後から近づく金髪の少女へと、目を向ける。それは自らの生涯を賭けて愛すると誓った少女だった。今でも、覚えている。というよりも、死んで忘れろという方が無理だ。彼女こそが、『道化の死魔将(どうけのしましょう)』が告げた<<白の聖女>>。カイトが一番愛した女だった。

 本来のティナが言う。彼女の愛だけは、おそらく自分も認められるだろう、哀れな程にカイトを深く愛している、と。それほど深く愛してくれる者を死んだから、と忘れるのは不可能だった。と、そこでふと、誰かの視線がある事に気付いた。


(・・・ん?)

『シャル・・・お前だな?』

『・・・』


 カイトの言葉を受けて、白いゴシックロリータ服の黒髪の少女が現れる。そして他者が生まれた事で、カイトも実体を得た。

 勿論得たと言っても過去世の者達は気付かないが。ここは彼の夢の中だ。とはいえ、別にシャルがここに居ても不思議はない。彼女は死神で、カイトの魂が彼女の神器と繋がっている。魂が深く眠った事で、神器を介して偶然にも彼女の見る夢と繋がったのだろう。


『人の夢を覗き見か?』

『暇なのよ・・・』

『調子は、良さそうだな』


 ダウナーなシャルの態度の中に僅かにある覇気と言うか活気と言うかそんな生者としての活力を見て、カイトが満足げに頷く。最後の別れ際には、こんな活気は無かった。もう彼女は眠る寸前で、会話するのさえ辛かったからだ。


『そのままそっくり返すわ・・・』

『ああ・・・痛かったよ。あの一発は。また、貰わないと駄目か?』

『・・・ええ』


 カイトの万感の想いに対して、シャルが頷く。この通り彼女の魂は、目覚めている。おそらくレム睡眠の様な段階だ。目覚めは近い様に思えた。後は本当に僅かな時間で、彼女の肉体も目覚めるだろう。


『月が貴方を導くわ・・・私の下僕。私のただ一人の最愛の下僕・・・常闇の帳に覆われて。月明かりさえも届かぬ我が神殿を・・・常闇を払い、月明かりで照らしなさい』

『あいっさー。我が女神。我は貴方様の下僕なれば。御身のお目覚めを告げに参りましょう』


 何処か芝居がかったシャルに対して、カイトが芝居けたっぷりで恭しく一礼する。ついに、女神様が自らを起こせ、と命じたのだ。ならば神使である彼はそれに従うだけだ。それに――一切そんな事は見えなかったが――満足気にシャルが頷いた。そうして、カイトが何より重要な事を問いかける。


『で、何処で眠ってるのさ』

『・・・レガドが、知っているわ』

『いや、教えろよ』

『月の導きに導かれなさい?』


 カイトの問いかけをシャルは笑顔ではぐらかす。どうやら、これは試練の一つなのだろう。カイトはシャルを娶ろうというのだ。既にあいさつ回りは終わっているので外堀も内堀も埋まっているが、試練の一つもないと駄目なのだろう。と、そんなシャルは、過去のカイトとそれと語り合う金髪の少女を見て憐憫を浮かべた。


『・・・哀れな娘』

『お前、人の過去を勝手に・・・』

『・・・下僕の過去は知る必要があるわ。それが魂さえつなげたのなら、尚更』


 何処か恥ずかしげに、シャルがそっぽを向く。金髪の少女に憐憫を浮かべるのは、カイトと彼女が辿った運命を知ればこそだ。弥生が語った通り、そこには憐れみしか抱けない程に、二人の運命は悲惨で凄惨だった。

 とは言え、ここでの一生涯で見られて困る部分は少ない。大抵他にも誰かが一緒だ。というわけで、カイトはずっと疑問だった事を問いかけた。


『・・・彼女を愛おしいと思うのは、オレも壊れているから、かな』


 己の過去を想い。彼女の過去を想い。カイトが愛おしげに触れられない金の髪を撫ぜる。彼女は壊れている。だからこそ、それを知る誰もが憐憫を向けるのだ。

 彼女の道筋を知り、その努力を、その涙を知り、今の彼女を知ればこそ第三者は同情を浮かべる。とは言え、当人から言わせれば要らぬ憐憫だ、と言うのだろうが。今の彼女は幸せだ、と言うだろう。報われぬ想いは既に報われたからだ。

 彼女とカイトの物語はひとまずはハッピーエンドで終わったのだ。だからこそ、ティナとルイスが存在している。彼女らはカイトが最初の物語でハッピーエンドを迎えてはじめて、現世へ生まれいづる事が許される。そう言う意味で言えば、今は一つの物語が終わった後のお話だ。


『・・・月の目で、僅かに見えたわ』

『うん?』

『・・・奴らは、彼女のレプリカを創り出した』

『な・・・に・・・?』


 カイトが目を見開く。が、少し遅れて驚くべき事でもない、と首を振った。


『いや・・・そういうことか。御しきれる奴じゃない。が、取り引き出来る相手ではあるからな・・・』


 カイトは取り引き出来る、と断言する。何をさせるかはわからないが、彼女の望む対価を『死魔将(しましょう)』達は持ち合わせている。

 カイトの愛する女であれば、『死魔将(しましょう)』の様な相手とは取り引きしない。誰もがそう思うかもしれない。が、それは誤解だ。彼女であれば、己の利益のために世界を売り渡す。壊れている、というのはそういうことだ。


『壊れた天秤。貴方と世界を両天秤にかけて、貴方を迷いなく取る哀れな娘。そこには、僅かな迷いさえ滲ませない。貴方以外に価値を見いだせなくなった救世主の一人・・・』


 シャルはカイトの撫ぜる金の髪を見ながら、憐憫を浮かべる。仕方がない、と彼女は思う。それほどの無情さと彼らは向き合ってきた。それでも最後まで人類を、世界を見放さなかった事が逆に凄いと賞賛出来るぐらいだ。


『こいつは『始まりの聖女』・・・全ての救世主はこいつの模造品かこいつの教えを受けた者だ。そしてそれ故、こいつも何度も何度も、世界を救ってきた。だがそれ故、こいつは魂の奥底で人類を見限っている・・・オレとは真逆にな』

『それ故、貴方は・・・』


 シャルはカイトへも憐憫を向ける。二人の運命に憐憫を浮かべるのなら、カイトにも憐憫を浮かべても何の不思議もなかった。が、カイトは心外そうだった。


『やめてくれ。今は幸せさ。こいつはまだ居ないが、お前が居て、ティナが居て、ルイスが居る。かつてはアウラにクズハ達、今じゃ桜も瑞樹も魅衣も・・・沢山の女を抱えた。それも世の男共が羨む様な美姫達をな。これが不幸だってんなら、世の男どもに殴り殺されるぜ。今更世界や人類に報復を、なんて思わねぇよ・・・ま、オレもまた、壊れているからな』


 カイトは笑いながら断言する。彼には正しく、人類を恨む権利も憎む道理も存在している。世界を滅ぼした所で、今の世界達はそれをさもありなん、己の自業自得だ、と認めるだろう。それほどの事を彼はされた。してきたのだ、と世界が理解した程に、だ。

 が、それをする気は露程にも存在していなかった。それは可怪しい。それほどの事をされたのだから、報復する権利が彼にはある。そしてそれ故、逆に彼女は世界に絶望し、見限った。


『こいつとティナはいつも喧嘩ばっかり。口を開けばやれ泥棒猫だ、やれ雌猫だ、と言い合い殴り合いも日常茶飯事。ルイスは止めようともしない。で、結局オレが巻き込まれて引っかき傷作って・・・そんな世界がオレは好きだ。今更捨てられるかよ』


 カイトが撫ぜていた手を話し、前を向く。それは楽しげで、明るいほほ笑みだった。


『・・・ありがとう。話を伝えに来てくれたんだろ?』

『・・・』


 シャルはカイトの問いかけに何も答えず、消える。照れ隠しだ。それにカイトが笑う。自分が知る通りの彼女だ。もう、心配する必要も待ち焦がれる必要さえもない。遠からず、彼女は絶対に目覚める。カイトとユリィが神殿に入ったその時が、彼女の目覚めの時だ。


『さぁ、オレも目覚める事にしますか!・・・いや、眠る事にするのか?』


 カイトは楽しげに笑いながら、過去世とお別れすることにする。そうして、カイトの魂は今度こそ眠りに就き、朝の目覚めを待つ事になるのだった。




 一方、その頃。エネフィアの何処かで。シャルの言った通り、ジャンヌ・ダルクが目覚めていた。が、その目覚めはシャルとは対照的にご機嫌な物ではなく、最悪も最悪。その下があればこれがそうだろう、というような不機嫌さだった。


「・・・どういうつもり? この私は目覚めるつもりなんて無かったのに」

「ぐっ・・・」


 『道化の死魔将(どうけのしましょう)』が一睨みだけで膝を屈する。余裕は一切ない。カイトと相対していた頃以上に、今の彼は死を認識していた。一歩間違えれば、間違いなくエネフィア全てを滅ぼされかねない。奇妙な事に、今この時だけは彼の双肩にエネフィアの運命が乗っていた。勿論、原因も彼だが。


「答えて。どうして、私を目覚めさせたの」

「・・・貴方のお望みを叶えて差し上げよう、と言うだけです。その対価を私は欲しいだけですよ」


 流れる汗を拭い、なんとか気を取り直して道化師が告げる。相変わらず恐怖は抱いているが、慣れてしまえば、どうにかなる。

 しかし、ジャンヌにとって望みは一つしかない。そしてそれ故、彼の申し出に対しても不機嫌さを隠さない。それどころか不機嫌さは更に深まった、とも言える。


「望み? 貴方に叶えられる望みなんてないわよ」

「いいえ。ただ一つだけ、ございますとも・・・貴方の願いはいつも一つ。何度生まれ変わろうと、喩え他に誰が側に居ようと、己の愛する男と添い遂げたい。それだけ・・・違いますか?」

「ええ・・・だから、意味はない。今の私は既に死んだ身。そしてこの私が出会うはずだった彼は既に死した。私が、炎に抱いて次へと送ったんだから」


 何処か嬉しそうに、ジャンヌが告げる。これは手に入らないのなら殺してしまえ、というわけではない。他ならぬ愛する男が自分以外の者の手で殺されるのが、何よりも我慢出来なかっただけだ。

 それだけは、自分の役目。自分に彼が与えてくれた特権。愛の証。己が己であれる理由。寿命だろうとなんだろうと、彼女は彼へ死を認めない。そしてそれは、道化師も認めている。


「えぇ、えぇ。そうでしょうとも・・・とは言え、彼を殺すのは貴方の役目なのであって、貴方は常には愛し合う事を望んでいるはずだ」

「・・・」


 ジャンヌは無言を貫く。そしてその沈黙を肯定と受け取って、道化師は続けた。


「今の彼は、地球には居ない。貴方がどれだけ地球で待てど暮らせど、彼は貴方の下へは来ない。彼は彼故に、自らの同胞達の為に戦っている・・・何時帰還出来るとも知れぬ戦いを戦っている」

「っ!」


 ジャンヌの顔にはじめて、驚きが浮かぶ。それは何処か焦りも滲んでいた。そしてその焦りこそが、道化師の狙いだった。そこにこそ、取り引き出来る取っ掛かりが有った。


「とは言え貴方もご存知の通り、貴方が本来の力を取り戻せば彼を地球に呼び戻す事なぞ造作もない・・・ですから、教えて差し上げましょう。今の彼の居場所を。彼を通して、貴方自身に呼び掛ければ良い。そうすれば、数年もしない内に貴方は目覚める。後は彼を呼び戻す事も、ソフィア殿とルイス殿の目覚めを待ち彼の守る物と共に地球に呼び戻すも好きになさいませ」

「・・・良いわ。取引成立よ。貴方達は、私に何をさせたいわけ?」

「良いのですか?」


 あまりにあっさりと進んだ話に、道化師の方が逆に首を傾げる。彼女は自分が誰なのか、という事さえ聞いていない。が、ここで、道化師は世界でも最も古い魂の、その真価を思い知る事になった。


「必要ないわ。貴方はカイトの敵。私の敵。私をこの状態で呼んだ理由も大凡は推測出来ているもの」

「っ!」


 ぞわり、と背筋が凍る。彼女は嘘を何一つ言っていない。つまり、彼女は全く真実しか語っていない。彼女は道化師が何者なのか、と言うのは別にして、それ以外は己の立ち位置等は全て理解していたのだ。誰からも一切の情報も無しに、だ。


「それで尚、取り引きされると・・・なるほどなるほど! 確かに貴方は狂っていらっしゃる! 世界の敵とさえ取り引きを交わしますか!」


 道化師が笑う。確かに、そうなる様に手は加えたつもりだ。だが直に見ると、狂っているとしか言いようがなかった。世界を滅ぼさんとする者に力を貸すというのだ。正気の沙汰ではない。が、それさえも、彼女にはお見通しだった。


「有っても困るでしょう? 貴方は私とカイト、ソフィア、ルイス、先生を同時に敵に回して勝てるの?・・・いいえ。それ以前に本気になれば全ての世界の人類の総戦力の半数を保有するカイトに勝てる者は何処にも居ない。この私を除いては。それは世界の定め。彼には勇者の力を持つ者でしか勝ち得ない。世界の敵となる貴方達ではどれだけ頑張っても、戦闘では勝てない」

「っ・・・」


 道化師は何も言い返せない。全て、真実だ。それを知ればこそ、彼女に細工をして蘇らせたのだ。今地球にいる彼女を目覚めさせて呼び寄せたとて、彼らの望みは絶対に達せられない。

 本来の彼女であれば、迷いなくカイトに全てを伝えた上でそちらに与するだろう。だから、カイトに会える事もなく死んだジャンヌ・ダルクのレプリカでなければならなかったのだ。そしてその細工まで、彼女が言明した。


「だから、私が世界と人類に憎しみを抱いているこの状態で呼び寄せた。過去世に統合された私であれば、世界がどうなろうとかまわないと考えているから。この私にとって人類はカイトか否かで決まる。でも、この私にカイトはいない。故に人類は考慮する価値もない物。滅ぼうと興味はない」


 かつて『聖少女(ジャンヌ・ダルク)』であった者は、全てを理解しているが故に興味がない、と切って捨てる。彼女にとって人類の価値はカイトに関わりがあるか無いかだけだ。カイトと会わせてくれるというのであれば、彼女は喜んで彼らに力を貸す。


「でも、今の私にとっても大切なのはカイトよ・・・だから、早くしなさい。貴方達は契約に縛られているのに対して、今の私は契約からは僅かに離れている・・・誰だって殺せるわ・・・なんなら、ここで殺してあげましょうか? そうすれば、カイトの敵を一人減らせるものね。ああ、それも良いわね」


 ジャンヌ・ダルクが狂気を滲ませて笑いながら告げる。彼女は生前、己の手で誰も殺していない。それは、誰も殺せなかったからだ。が、その制約は今は解かれている。死んだからだ。そうして発せられる圧力に、道化師が気圧された。


「っ・・・」

「せいぜい、私の機嫌を損ねない事ね。別に待っていても正しい因果である限り、私の所へとカイトは来る。早くしてくれる、というから手を貸すだけよ」

「かしこまりました、『始まりの聖女』様」


 ジャンヌは左手の薬指に嵌められた指輪を撫ぜながら、道化師に明言する。彼女の左指に嵌められていた指輪は、彼女の魂に結び付けられた特殊な魔道具の一つだ。そうして、それに道化師が恭しく応じて、彼らは密かに動き始める事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第825話『親子の団欒』

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