第821話 閑話 勇者の始まり
中座した話し合いだが、勿論それで流れが完全にストップしたわけではない。お互いにお互いの身内だけで話し合いたいが故に中座したのだ。というわけで勿論、カイト達もカイト達で話し合っていた。
「さて・・・出来る手は打った」
「乗ってくるでしょうか」
「乗る」
ルクスの問いかけに対して、ウィルが断言する。彼女らに悪影響を与えていた今までの黒星は見なかった事にされたし、こちらの戦略も彼女は理解した。ティナの飛空艇の設計図もある。後足りていないのは金や食糧を含めた各種の資源だけだ。そして、更に。
「自信はあるんだな?」
「ああ。世界が認める公式チートだ。それを開陳したんだ。これで折れなかったら、逆にお笑いだな」
ウィルの問いかけを受けて、カイトが断言する。誰にも明かしていないこの世界の秘密を、支援の対価として明かしたのだ。その時の動揺っぷりはカイトが記憶する限り、当然の物だろう。
「・・・むぅ」
そんな自信を覗かせるカイトに対して、ティナは何処か不満げだった。この当時の二人は勿論、婚約者でもなんでもない。弟子と師匠と言うにも少し遠すぎる。なのでカイトの秘密を暴き立ててやろう、と考えたティナは隠蔽の中を覗き見たわけであるが、流石の彼女も空間そのものを完全に隔離された状態ではどうやっても見れなかったらしい。
空間を弄くろうにも空間を司る大精霊の権能の方が上なので、仕方がない事だろう。ちなみに言うが、彼女がもし父の力に目覚めていた場合は、覗き見る事も可能だった。が、そうではないので無理なのであった。と、そんなティナを尻目に、ウィルが改めて断言した。
「ならば、乗る。こちらが力を蓄えているだけと知り、こちらの困窮とて周囲を救おうとするが故の行動だと彼女は把握している。もし見捨てねば勝てるのだ、とも理解した。ならば、乗らないはずがない」
ウィルは彼女らの思考を読み取っていく。商人達が唯一、損失を受け入れる状況がある。それは先行投資と言える状況において、だ。
今金貨10枚を失う事で後に100枚になって返ってくる事を理解していれば、商人達はその損失は仕入れ値として損失とは思わない。それどころかその損失さえ喜ぶだろう。見返りが約束されていれば、商人達はそれを受け入れてくれるのである。そして、その言葉をティナも認めた。
「まぁ、乗るじゃろうな。いや、乗らねばなるまいよ。あれらは締め上げる、と言うたが締め上げた所で従う者が多数であるわけでもなし。余らが別の所に支援を申し出る可能性を考えれば、一番はじめにここに来た事はあれらにとっては何よりもの幸運じゃろう。これを救ったのが気まぐれか義憤かは知らぬが、その縁で利益を得られる。乗らぬはずがあるまいし、後の展望が見えた時点で、乗らねばなるまい」
「そういうことだろう」
「ふぅ・・・ということは、これでなんとか、ですか・・・」
ルクスが二人の言葉を聞いて、少しの安堵のため息を零した。支援さえ貰えれば、子供達がお腹を空かせて泣いている姿を見なくて済むのだ。騎士としてその様は何より心苦しかったらしい。そうして、カイト達は利益を確定させたと見て、安堵する事にするのだった。
一方、その頃。ヴィクトル商会でも側近達に加えて各地の幹部達の中でも連絡を取れる者の中でも特に信用のおける者達の間で、緊急の会議が行われていた。が、その議論は非常に緊迫していて、更に言えば誰も判断が出来なかった。
『どうされますか、会長』
「ふむ・・・」
サリアは一人悩む。カイトの切り札を知らされた者は、彼女一人だ。当然幹部達も知りたがったが、大精霊の威名を出してそれが出来ぬ事を言明した。幾らサリアがなんと言おうとも、この世に住まう限りは大精霊の意向を無視出来るはずがないのだ。そしてそれ故、判断は彼女一人に預けられていた。
(魔王ティステニアの戦力状況・・・4人の側近に加えて、8人の大将軍、12人の軍団長・・・)
まず考えるべきは、お互いの戦力だ。なのでサリアはティステニア側の戦力を思い浮かべる。どれもこれもが恐怖と共に語られる名だ。無視は出来ない。
(対して、カイトさん側はランクSの冒険者が二人。英雄と言われるエンテシア皇国第一皇子、その名に名高き聖騎士団最強にして騎士団の初代団長ルーファウスの生まれ変わりとさえ言われる聖騎士ルクス・・・しかも、彼らは全員大精霊の力を手に入れている・・・これに加えて、魔帝ユスティーナの教え・・・冒険者ユニオンを動かせるか否かが、彼らの勝利に繋がりますわね)
戦力的には、五分と五分だろう。冒険者ユニオンが動くのなら、確実にカイト達が勝てる。現状冒険者ユニオンには『死魔将』と単独で互角に戦える戦力として、剣姫クオンが存在しているからだ。
更にそれに加えて、単独では無理でも複数で掛かれば『死魔将』をも抑えきれる者は少なくない。が、それでも絶対的な総数は足りていない。
せいぜいユニオンの総力で抑えきれるのは『死魔将』達ぐらいだ。それだって世界中から戦力を掻き集めて、というなりふり構わない姿勢で臨んでの話だ。残る20人の幹部達に加えて、強大な力を持つ魔王ティステニアさえ残っていた。どうすることも出来ない圧倒的な戦力の差が、まだ残っていた。そうして、それらを勘案した後、サリアは単純な引き算を開始した。
(魔王ティステニアとカイトさんが最終的には互角として・・・『死魔将』に対して、聖騎士ルクスと猛雄バランタイン。剣姫クオン、アイシャ、アイゼン、バルフレアの組み合わせで相殺出来る。大将軍にはカリン、フロドらユニオンの冒険者達を・・・いいえ。そう言えば大将軍には御一方怪しい動きをされている方がいらっしゃいますわね・・・彼が何人引き受けるか、で戦局は一気に・・・)
サリアは中立であるが故に入ってくる情報を頼りに、各個人の思惑や動きをすり合わせる。更にはカイト達が少数である事による機動性、ティナが見せた飛空艇の設計図と高機動部隊の設立等を加味していく。
おそらく序盤はカイト達が圧倒的な優勢になるだろう、というのが彼女の見立てだ。序盤はカイト達がティステニア側の幹部陣に対して各個撃破を行い、一気に力を削ぐ。
それぐらいここまでカイト達の腹を明かされれば理解出来た。だからこその飛空艇なのだ。誰も考えられぬ程に高機動の部隊運用による対応出来る前の各個撃破。それが、カイト達の目的だ。その為に、彼らは世界を回って力を持つ者を集め続けているのだ。
(ティステニアが対応出来るまでに何人の幹部を打ち倒せるか、が勝敗の鍵。魔王ティステニアとて育て親でもあるユスティーナの技量は畏怖している。警戒してもいるはず。が、わかっていて対処出来るかどうかは別ですわね。対処には少しの時間が必要となる。その間に各個撃破を行うとして、そうなると『死魔将』が一番のボトルネックにはなるのでしょうが・・・彼らが何を考えているのかが、わかりませんわね・・・おかしな動きも散見されますし・・・)
サリアは幾つもの展開を推測する。カイト達は敵を減らせれば減らせる程、勝利に近づく。最後は総力戦になるだろうが、そこまでが重要だった。
そうして、およそ20分程、サリアは一人悩み続けた。幾つもの状況を仮定し、幾つものパターンに分けて自らがどう動くかに応じてその後を予測する。
「・・・会長」
「・・・出しましたわ」
ある幹部の問いかけを受けて、サリアは最後の悩みを振り払う。かなりの賭けになるだろう。が、賭けに勝った場合、彼女が得られる利益は莫大になる。会社としての利益も悪くはない。
「彼らに与しますわ。勝率はわずかに彼らが上。これより我が社は魔王ティステニアとの連携を終了し、『勇者カイト』のスポンサーとして彼を擁立する事に致しましょう」
サリアが告げる。一番決定的だったのは、後にティナの前で跪いて詫びを入れたマギナウという大将軍の存在だ。彼が裏切る、いや、裏切っている可能性が僅かにでも見えた時点で、彼女にはカイトの勝利が見えたのである。
「『勇者』?」
とはいえ、そんな事を知らない幹部達は彼女の発した耳慣れない言葉に首を傾げる。この時はじめて、カイトが勇者と呼ばれたのである。彼女こそが、『勇者カイト』の生みの親だった。
「売り込むんですわよ。これから彼を勇者として」
サリアが笑みを浮かべる。そうして、彼女からこれからのヴィクトル商会の方針が語られる事になるのだった。
それから、少し。議論が終わった、という事でカイト達は再びサリアに呼び出されていた。
「結論から、言いましょう。申し出を受けましょう。必要な物があれば、おっしゃいなさいな。我が社の伝手を使い、最大限に貴方達を援助致しましょう」
「そうか・・・感謝する」
なんとか纏まった篤志の話に、ウィルが安堵で胸を撫で下ろす。はじめはどうなるか見通せなかったが、幾つかの幸運により、世界最大の企業から融資がもらえるのだ。これで、当分どころか本格的に動ける。
「とは言え、勿論こちらにも利益を下さらなければ納得は致しません。こちらからも要求がありますわ」
「わかっている。出来る限りでは、受けるつもりだ」
「良いでしょう。まず、我が社として。カイトさん。貴方は来るべき時が来れば『勇者』カイトとして、活動してくださいな。それが第一条件」
「あぁ?」
カイトが顔を顰める。ことここまで至った所で、カイトの認識は単なる少年だ。彼自信が彼自信の特異性をあまり重要視と言うか別格として見れていなかった。が、その意図を理解したウィルは迷うこと無く、それに頷いた。
「良いだろう。受け入れよう。ユニオンへの申請はエンテシア皇国・・・いや、連合軍とそちらの共同提出で頼む」
「おい、ちょ、待て! オレそんな御大層な名前いらねーぞ!?」
「勇者、勇者~」
明らかにユリィが茶化しそうな程に御大層な名前だ。というか、現にすでに茶化している。なのでカイトは多いに焦りながら、待ったを掛ける。とは言え、この当時のカイトは所詮この程度の頭なので、ウィルは改めて説明してやることにした。
「お前はお前の特異性が理解出来ていない。イクスフォス様と同様異世界の存在で、賢者ヘルメスの義理の息子。これに加えて大精霊様達全員とよしみを結ぶ・・・何処からどう見ても勇者としか言えん」
「お主はお主の普通が普通ではない事を理解せよ」
「うぅ・・・」
カイトはティナとウィルの二人から怒られて、不満げに口を尖らせる。後追いで勇者として言われる様になった経緯は、こういうことだった。とは言え、そんなこっちの事情はこっちの事情だ。サリア達には無関係だ。それを気にする必要は無いので、話を続けさせる事にする。
「すまん。腰を折った」
「良いですか? では、次。何時か飛空艇技術が普及化した時、我が社に最優先でそれを提供する事」
「魔帝殿」
「良いじゃろう。そもそも軍用品として提供したが、本来余はこれを輸送用として考案したつもりじゃ。技術は普及してはじめて意味のある物。良いじゃろう・・・が、100年やそこらのお話になるぞ」
「わかっておりますわ。それでも、得られる利益は莫大と思いましたの」
「ならば、よかろう」
サリアの返答にティナは頷く。これで、次の要求も飲めた。流石に無理難題をふっかけてくるわけではないだろうので、彼らの要求もあって2~3個だ。なので次ぐらいが最後だろう、とウィルは予想する。
「そして、最後にもう一つ。これは我が社としての申し出ですが・・・終戦後。カイトさんのお子さんを、私にくださいな。これは後追い。終戦が成ったあかつきの対価、とさせて頂きましょう」
「「・・・はい?」」
カイトとユリィが首を傾げる。意味が理解出来ないらしい。そもそもこの当時のカイトの年齢は15歳~16歳。しかも常識は21世紀のそれだ。戦国時代のそれではない。子供云々を言われようと実感の無い年齢だ。それどころか結婚さえ全く考えていない。
と言うより、当人がまだまだ子供である。子供をくれ、と言われた所でこの当時のカイトには一応の許嫁であるアウラとミースを除けば、お相手さえ居なかった。100歳を超えて第二次性徴期に入っているミースは兎も角、まだカイトとさほど変わらない年齢のアウラに至っては第二次性徴期さえまだまだ先だ。
一応この当時は既にミースと面識はあるが、それでも婚姻を考えた事なぞ一度もない。というわけで、カイトがそこを指摘する。
「いや・・・それ以前にオレ、相手も居ないんだけど」
「ええ、存じておりますわよ。一応、許嫁としてヘルメスが孫のアウラとミースというお二人がいらっしゃるご様子ですが・・・我々もほぼ存じ上げないミースは兎も角、アウラさんは不可能でしょう」
サリアは笑いながら、カイトの言葉を認める。流石に浮遊大陸の情報は彼女にも入ってきていないらしい。ミースが何歳でどんな人物なのか、はわかっていない様子だった。
そしてアウラは流石に年齢的に子供を産める身体ではない。どんなに頑張っても、子供なぞ儲ける事は出来ないのだ。が、別に彼女らとの子供を、と言っているわけではなかった。
「とは言え、別に何もお二人の子供を、と言っているのではありませんわ・・・そもそも、養子等と申し出たわけではございませんの」
「良いだろう。乗った」
「いや、勝手に乗らないでくれよ」
サリアの言葉を聞くなり全てを理解したらしいウィルがゴーサインを出すが、それに対するカイトは相変わらず理解出来ていないままだ。と、そういうわけで察しの悪いカイトに対して、ウィルが何処か楽しげに笑いながら教える。
「馬鹿が。簡単な話だ。お前と彼女が子供を作れ、と言っているだけだ」
「・・・はい?」
「他に条件はあるか?」
「ええ。あと一つだけ」
「いや、待て! 勝手に話を進めるな! オレは何もわかってないぞ!」
「わかって無くても子供は作れる。お前の得意分野だろう。猿の様に盛りやがって。というわけで、今は黙れ。商談の邪魔だ」
立ち上がって制止を掛けるカイトに対して、ウィルが楽しげにじゃれ合う様にあしらう。
「黙れるか! つーか、猿ってなんだ、猿って!」
「魔帝殿」
「はいはい・・・こっち来い。詳しく説明してやる」
どうやら適当にあしらう一方でそもそも自分はヴィクトル商会との交渉をしなければ、と思い出したらしい。ウィルはティナに頼んでカイトを回収させる。そうして、各種の話を詰めている一方で、ティナがカイトへとサリアの意図を説明した。
「はぁ・・・良いか、小僧。お主の子はどうしても、お主の影響を受けよう」
「そりゃ、えーっと・・・遺伝子学上? 子供は男のDNAも三分の一は受け継ぐ、とか言う話だろ? 当然じゃん」
「遺伝子学が何を言うとるかわからんし後で記憶ぶっこぬ・・・詳しく聞くが、そう言う事ではない。お主の子というのは、勇者カイトの子として周囲は見る、ということじゃ」
「そりゃ、そうだろな。三柴のおじさんとかオレの事親父の息子、って見てるわけだし・・・」
カイトは自分の事を思い、ティナの言葉を噛み砕いて理解する。なお、三柴とはカイトの父・彩斗の直属の上司だった人物――現在は更に上の地位に行った為直属ではない――の事だ。会社代表として天音夫妻のスピーチもしてくれた人物だった。家族ぐるみの付き合いがあるらしいので、カイトも知っているらしい。
「なら、わかろう。お主はこれから大戦を終わらせる英雄となろう。その英雄の子の時点で、莫大なメリットを持ち合わせる。大精霊様方がどうされるかは知らぬが、それは周囲の者共も一緒。勇者カイトの子、というだけでバックには大精霊様の威名が鳴り響いておるわけじゃ」
「いや、あいつらそう言う存在じゃあないんだが・・・」
「そこら、どうにもお主はズレておるのう・・・まぁ、異世界故に仕方がないんじゃろうが・・・」
大精霊達を殊更特別視するエネフィアの風潮に、カイトは辟易していた。が、これはカイトが可怪しいのであって、ティナが普通だ。そしてだからこそ、この話なのだ。
「ま、これは仕方がないとしても、それだけで周囲が特別視するには十分事足りよう。ヴィクトル商会の長が跡継ぎを望むのであれば、お主はこれ以上もないお相手じゃろうな」
「オレは種馬かよ・・・」
「変わらぬ。英雄とは種馬。優秀な血を一つでも多く残さねばならん」
「なんでオレなんだか・・・バランのおっさん・・・は、ネストさんに殺されるから除外する・・・ルクス・・・は、ルシアが居るからやめとこう。NTRは趣味じゃねーし・・・ウィルでいいじゃん」
ティナの言葉に、カイトが非常に嫌そうに顔を顰める。乗り気ではない。それがありありと見て取れた。が、これはカイトでなければならないのだ。
「バカモン。この義勇軍はお主の義勇軍じゃ」
「ウィルの私兵扱いされてるけどな」
「んな屁理屈どうでも良いわ。周囲がどう見るか、が問題じゃ。お主が勇者として立つ以上、あの小僧とて脇役となる。お主が一番利益になるのよ・・・それとも、お主はこの話をご破産にしたいか?」
「むぅ・・・」
ティナの指摘に、カイトが口を尖らせる。これを言われると弱い。支援が欲しいのは事実で、これを除いては好条件で交渉が出来ている。これにしたってカイトのわがままといえばわがままだ。
「子供って愛する人と作るべきだと思うんだけどなー・・・」
「それは余も認め・・・ん、んん」
ティナは思わず同意してしまったらしい。言ってしまった、と思い咳払いしていたが、当然、既に聞かれていた。というわけで、カイトの肩の上で一緒に聞いていたユリィにニマニマと笑われた。
「いつも思うけどさ。どっかロマンチストだよね」
「理想高いってか幻想見てるってか・・・だから年増の癖にしょ、ぐっぎゃー!」
「なんぞ言うたか、小僧」
盛大に地雷を踏みぬいたカイトをお仕置きしながら、ティナが問いかける。勿論、答えはない。何処かロマンチストなことは、カイト達の間では公然の秘密となっていた。そうして、カイトは一時的にぷすぷすと煙を上げて倒れ込む事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。ようやく勇者と語られる所以が語れました。次回で過去はラストの予定です。
次回予告:第822話『閑話』




