第817話 延長
昨夜断章の補足の為の活動報告を投稿しました。気になる方はお読みください。
カリン達と飲み食いしたその直後。カイトは帝王フィリオより連絡を受けていた。
「もう少し残って欲しい?」
『ああ。出来ればもう少し正確な情報が欲しい。そちらの伝手で更に上へと掛け合ってもらえないだろうか?』
帝王フィリオはカイトに対して、滞在を延ばす様に申し出る。本来は明日の帰還予定だったのだが、それを二三日延ばしてヴィクトル商会との交渉をして欲しい、と頼まれたのだ。
「そりゃ、可能は可能だが・・・」
『追加で金は払おう。ホテルの追加についても、こちらで手を打った』
どうやらホテルの宿泊については、既に手を打ったらしい。それに、カイトが少し熟慮する。別に聞き届けても良い。単なる使いっ走りだ。が、気になる事が無いではなかった。
「既にオレは見張られてないか?」
『ああ。承知している・・・が、一つ思ってな。ヴィクトル商会の主はこれを察していないはずはない、と思った』
「なるほど・・・確かに、そりゃそうだ」
帝王フィリオから言われて、カイトも同意する。この一件はカジノで起きている事だ。ヴィクトル商会側が把握していないとは思えない。
既に偽情報を掴まされている事は把握している以上、それも把握していると見て良いはずだ。何の対処もしていないとは思えない。ならば、こちらから交渉に赴けば手はあるはずだった。
『では、追加で3日程頼む。ああ、睦月君にはこちらでなんとか料理の目処が立てれた、と伝えておいてくれ。それに合わせて、飛空艇の用意もさせている』
「了解した」
カイトは帝王フィリオの言葉に応ずる。追加で金は払ってくれるのだし、休暇も兼ねている以上ここで立ち止まった所で悪い話ではない。なにせそもそも飛空艇を貰うにもフューリアの誕生日会が終わらない事には依頼が終了しない。そこらを考えれば、別にこちらに滞在しても問題は無かった。
「さて・・・そうなると、伝えに行くか」
幾つかの話し合いを終えて、カイトは桜達の待つ談話室へと戻る事にする。こうして、カイト達は更に数日、飛空艇船団の中で滞在する事になるのだった。
丁度、その少し前。当たり前だが偽情報を掴ませた事は、ヴィクトル商会の上層部へも伝わっていた。
「さて・・・どうしたものでしょう」
一人の女性が、これからどうするべきか考える。一応、道義的に考えれば偽情報を掴ませたとして、帝王フィリオに謝りに行くのが筋だろう。
が、残念ながらこの世界にというか、どこの世界の何処の国にも政治力学という物が存在している。当然、帝王フィリオへ偽情報を掴ませる程の貴族だ。かなり大きな所である事ぐらい簡単に想像出来る話だった。勿論、それは彼女らへも繋がっていた。
「いっそ見過ごす、というのも手ですが・・・」
「会長。お茶です」
「ありがとう」
メイドから紅茶を受け取って、女性が再び思考の海に入っていく。会長。そう言われるのだから、彼女こそが人形ではない本来のヴィクトル商会の会長なのだろう。
「・・・ダーリンはどうされているのですの?」
「ダーリン様ですか? 先程、帝王フィリオと連絡を取り合っていたご様子です」
会長の問いかけを受けて、メイドが監視用の魔道具を使って先程撮影されたカイトの状況をモニターに投影する。
「ふむ・・・ということは、ダーリンは帝王フィリオに与する、と・・・でしたら、私達もあちら陣営ですわね。勝てば官軍負ければ賊軍。勝ち馬に乗れねば大損なだけ。勝ち馬に乗らせて頂きましょう」
会長はそう言うと、先程カイトに偽情報を受け渡した情報屋に対して暗殺者を放つ様に命ずる。帝王フィリオに対して詫びの一つでも見せねばならないだろう、という判断だ。
ちなみに、暗殺者は放つが暗殺はしない。捕縛して真相を把握した後、記憶の中の幾つかの部分を抹消して帝王フィリオへと引き渡すつもりだった。一応死体から情報を抜き出す手段もあるが、それは困難を極める。やらないで良いのなら、そちらの方が良かった。
「会長。そろそろ終業のお時間です」
「・・・あら? あら・・・」
メイドの言葉を受けて、会長が時計を確認する。時刻はさほど遅くはないのだが、彼女は信条により仕事はある程度の時間まで、と決めていたのであった。そうして、彼女もまた、この日は終わるのであった。
その、数日後。カイト達は滞在を決めてこれから再び情報屋――先とは別の情報屋――とアクセスしようか、という所で別口で呼び出される事になった。誰からか、というと、カジノの興行主であるヴィクトル商会からだ。
「ダーリン様」
「ダーリン様?」
「その呼び方はやめろ。言って聞いてくれる奴らじゃないだろうがな・・・」
唐突に現れたヴィクトル商会の職員の言葉に、桜達が大いに訝しむ。かなり変な呼び名だった。
「はぁ・・・その呼び方、ということは・・・遂にババアの呼び出しか。オレは見たことがないが、新入りか?」
「はい。オカリナ、と申します。孤児だった所を主に拾われて、側付きのメイドとして雇われております」
オカリナ、というメイド服の女性はそう言うとカイトへと頭を下げる。それに、カイトが苦笑した。
「なんだかんだ言って、相変わらずそういった所は変わらないな、あの人も・・・それで?」
「我が主がお呼びでございます」
「オレ一人か?」
「全員で、と。服については気にしないので、そのままで大丈夫です」
ヴィクトル商会の職員はカイトの言葉を受けて、服はそのままで良い事を明言する。カジノではドレスコードだったカイト達だが、さすがに部屋では普段着に着替えていた。
とは言え、相手はヴィクトル商会の会長だ。普通ならばドレスコード着用である。が、カイトとヴィクトル商会の関係から必要が無い、と明言したのである。
「あいさー。借金持ちは辛いね・・・悪いがついてきてくれ。一葉。悪いが荷物番頼む」
「かしこまりました」
カイトとヴィクトル商会の関係は桜達も聞いている。なので桜達も訝しみながらもそれに従う事にする。そうして移動したのは別の船ではなく、この船の中の最上階。一番見晴らしの良い階層だった。聞けばヴィクトル商会の会長の私室になっているらしい。表向きは別邸だそうだ。
「では、こちらにお腰掛けしてお待ちください」
「あいよ」
どうやらヴィクトル商会の主はまだ来ていないらしい。相手は世界的大企業の長だ。桜の父を見ていればわかる話なのだが、年がら年中世界中を飛び回っている。なので少し待たされる事に不思議はなかった。
「そう言えば・・・ヴィクトル商会の主って、タリアっておばあさんか?」
カイトと同じようにソファに腰掛けた翔が、そこでカイトへと問いかける。過日に彼らは会長を名乗るタリアと遭遇している。そして数日前も会った。それを覚えていたのだ。
「ん? そうか。そういや、言ってなかったか」
翔の言葉に、カイトはそう言えば、と伝え忘れていた事を思い出した。
「あれは人形だ。本来はもっと若い女性だ。ババア、というのはオレの口の悪さだと思ってくれ」
「人形?」
「遠隔操作で動く人形だよ。どっかの古代文明の遺産らしいな。わかんねぇもんだろ?」
「カイト、速攻で見抜いたけどね」
「まぁな」
自らの膝を椅子にするユリィの言葉にカイトが笑う。と、そんなカイトに対して、楓が問いかけた。
「人形・・・ああいうものは一般的なの?」
「いや、あれはルーミアとはまた別の古代文明の遺産だ。量産もしていない。あれを持ってるのはババアただ一人だな。世界最大の大企業であるヴィクトル商会だからこそ手に入れられた物だ」
「凄いの?」
「凄いのか、か・・・さてなぁ・・・ティナあたりは絶賛してたけどな」
「へー・・・」
カイトからの又聞きの論評に、楓達は総じて感心する。流石は世界的な大企業、とでも思ったのだろう。
「でも、そんな方がなんの御用なのかしら」
「大方、今回の依頼の話だろうな」
「普通にありえないもんね」
「何がだ?」
ユリィの有り得ない、という発言に瞬が問いかける。何が有り得ないのか、というのは明言されていなかった。
「納期遅れだ。ここで裏の仕事の納期遅れとか、普通にやばいからな」
「と言うか、ねぇ・・・彼女が居るのに納期遅れとか、まずやらないって」
「居ないから大丈夫なのか、と思ったんだけどな。普通に居たし」
「そ、そこまでやばい人なのか・・・?」
「まぁな」
瞬の問いかけに、カイトが笑う。と言うか凄い人物、の一言だ。
「普通に考えても見ろ。オレに取り立て出来るんだぞ? 勇者カイトに借金の取り立て・・・伝説級だろ」
「「「あー・・・」」」
言われて、全員が思い出した。カイトなのだ。伝説の勇者である。やろうとすれば借金も踏み倒せる。それを相手に平然と取り立てが出来るのは十分に凄いだろう。そしてカイトをして勝てないと断言させる。そんな相手だ。まず間違いなく、恐ろしい。
「納期遅れは厳禁。ぶっちゃけ、普通にやばい案件だと暗殺者が飛ぶからな」
「・・・ひぇ」
翔が頬を引き攣らせる。ものすごい奴だ、とはわかったらしい。
「はぁ・・・ついでに言えば金にがめつい。ものすっごい守銭奴」
「後超拝金主義。ヴィクトル商会の社訓。何か知ってる?」
ユリィが笑いながら、一同へと問いかける。それに、翔が背筋を更に凍りつかせた。
「・・・超ブラック?」
「あ、違う違う。そうじゃない。ここは一応ホワイト。ああ見えて福利厚生は結構手厚いし、休みも頻繁に貰えるからな」
ここまで聞かされて、どうやら変に勘違いしてしまったらしい。カイトが笑いながら訂正する。人財という意味をしっかり理解していた。
「まぁ、休息の重要性は当人がわかってるからな。夜12時には寝る。朝7時には起きる。それ以外に予定は入れるな、が命令だからな。なので社訓はバリバリ働いてバリバリ休め。残業は厳禁が社訓だ」
「よ、良く出来ますね、そんな事・・・」
自らの父の事を思い出しながら桜が呟く。朝から晩まで働き詰め、というのが普通かと思っていたのだ。が、彼女はそうではないらしい。
「おまけに夜9時以降に仕事は入れるな。会食は夜8時までに入れる事・・・本人曰く、効率と能率をきちんと理解しておけ、だそうだ」
「実際凄いよねー・・・寝付きものすっごい良いもん」
「な・・・12時には本当にぐっすりだもんな・・・」
カイトとユリィが二人して呆れ返る。色々と人間性としても凄い人物らしい、とはわかったようだ。
「ど、どんな人なんだ・・・?」
「うん? まぁ、ここに全員呼び出した、って事はタリア人形で来る・・・のか?」
「すでにダーリン様がいらっしゃっていますし、お噂はかねがね。ですので会長ご本人が来られます」
メイドが笑いながら、人形ではなく本人が来ると明言する。それなら、語って大丈夫だろう、とカイトも判断する。と、その前に気になる事があった。
「噂?」
「はい。桜様のお噂はかねがね」
「私、ですか・・・?」
なぜ自分なのだ、と理解出来ず、桜が首を傾げる。
「はい」
「ダーリン様の時点で勘付け」
「あ・・・」
少し笑みを堪えるカイトの指摘に、桜が気を引き締める。つまり、そういう事だ。女としての噂を聞いていた、という事なのだろう。
「ああ、そうだ。一つ伝えておいてくれ。そろそろ借金帳消しにしてくれって」
「あら・・・それはなりませんわ」
「サリアさん?」
現れたのは、過日に楓と翔が相手をしたディーラーであるサリアだ。彼女が、扉を開けて入ってきたのである。
「久しぶりですわね、ダーリン」
「だからこっ恥ずかしいからその言い方はやめてくれって・・・」
サリアの少しいたずらっぽい言葉に、カイトが照れくさそうに肩を竦める。いくら彼でもダーリンと呼ばれるのは恥ずかしいらしい。と、そんな様子に楓が大いに驚いた。
「え・・・ちょっと待って。どうしてサリアさんが?」
「彼女が、このヴィクトル商会の長。サリア・ヴィクトルだ・・・前にあったのは、人形を二つ使った、という所だろうな」
「その通りですわ・・・では、はじめまして、皆さん。私はサリア・ヴィクトル。勇者カイトのスポンサー兼妻役の一人ですわ」
カイトが改めてサリアを紹介すると、サリアもそれに応じて一同に自己紹介を行う。そうして、驚きの中で一同はヴィクトル商会の主との会合を果たす事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。明日から少しの間、おそらく本作初となる300年前の過去編です。ここらでカイトが何故ティステニアが操られていたのか、と気付いたのかの補足をやっていきます。
次回予告:第818話『閑話』




