第815話 運命を見る道具
少しだけ、場所は変わる。ヴィクトル商会となって一つ楓達が思ったのは、サリアという女性は何をしているのだろうか、ということだ。そのサリアだが、丁度彼女は『運命の女神』のカードを本来の使い方をしていた。
「『運命の女神』は本来、占いの道具・・・ですが今ではなんとも、誰も占いに使わない事ですわね」
サリアは何も考えないようにしてカードのセットを手に取ると、同じく何も考えないまま、絵柄を露わにする。
「『赤子を抱いた母親』『仲の良い夫婦』『家庭』・・・」
現れた三枚の絵柄を見て、再度それを白紙に戻す。それを幾度か繰り返す。これは占いの道具だ。であれば、これが何を表していたのか。それは簡単だ。これは彼女の一生だった。
つまり、今の三枚は彼女が生まれた時の事を表していた。今をカードを占いとして見れば、彼女は普通の仲の良い夫婦の間に生まれた、というわけだ。
それからしばらくの間、彼女はカードを手繰り、自らの運命を追体験していく。そうして、それが現在にたどり着いて、しかし、彼女は更にもう一度同じ手順を繰り返した。
「・・・これは・・・ふふ」
サリアが笑みを浮かべる。内容は不明だが、どうやら、良い結果が出たらしい。この占いは今までを見た上で、その次に出た物を未来として見る占いだった。所詮占いなので正答率は言うべきではないだろう。
「さて・・・『運命の女神』がなぜ、ゲームに使われる様になったのでしたかしらね」
サリアが呟く。良い結果が出た事で少しご機嫌らしい。ついでだ、と『運命の女神』がなぜ勝負に使われる様になったのか、を思い出す事にするのだった。
時は再び、カイト達の所に戻る。そこで、誰もが見ている物を信じられなくなった。
「『竜を殺せし勇者』」
「なっ・・・」
「カイト様の勝利です」
クリープが絶句する。カイトが出したのは、『勇者』『竜』『剣』の三種類。10種類のカードを使った簡易版とは違い、全ての札を使ったルールでは役もまた、多くなる。
そして相性も役柄の数も複雑奇っ怪極まりない事になる。元々が占いとして使われるのだから、当然だろう。そしてそれ故、かつてサリアが告げた様に、ルールの記された一覧表を見なければ出来ない程だ。それは普通は、の話だ。カイトとユリィは一切見ていなかった。
「どうした? 別に不思議は無い。このゲームに精通している奴は、一瞬で全ての札を選び上げる。ミスも無い」
カイトが告げる。が、クリープはそれに何も言い返せない。事実だからだ。が、それにしたって愕然となりたくもなる。カード側の補佐もなく触れられるのも僅かな間で、きちんと役を選んでいる暇もないのだ。
そんな中で無数にあるカードの中から、完璧に役として成立させなければならないのだ。普通はどんな熟練だって一度二度のミスがあり、それを含めて駆け引きを行うのだ。ミスから次はどの手札を創るつもりなのか、を読みあって戦うのである。勿論、それを使ったブラフも有りだ。
が、カイトとユリィは違った。彼ら二人は全ての手札を完全に一度で成立させてくるのだ。つまり、自分のミスが命取りだ。読み合いが使えない。読み合うとその時点で負けになるのだ。
相手が成立して、自分が成立しなければ問答無用で負けが成立する。これはそんなルールなのだ。とは言え、だからといっていつも勝負が不成立だったわけではない。
「っ・・・『戦士達の旅路』」
「『家路への帰還』」
「ユリシア様の勝利です」
クリープの相方が出せた札に対して、ユリィがまた別の役を繰り出す。クリープの相方が出したのは『勝負師』『道』『道』の三枚。それに対してユリィが出したのは『勇者』『道』『家』の三枚。占いとして言えば前者はこれから勝負に挑む者を表し、後者は勝負を終えて無事に帰還出来る事を表していた。
これは勝負として成立したらしい。勝負に出て帰って来たということで、ユリィの勝ちになったわけである。基本的に『運命の女神』の一番古いルールでは、役同士は時系列として後になった場合に勝利が決まるらしい。勿論例外もあるが、基本的な勝敗はこれで見るのであった。
「『炎を掲げし者』」
「『大いなる賢帝』」
「『聖なる騎士』」
「『偉大なる王』」
カイトとユリィは最早焦りが前に出てまともに役を成立させられないクリープ達を他所に、一方的に役を成立させて叩き込んでいく。そうしてそんな風にいとも簡単に、カイト達の10連勝は確定した。
「ゲームセット。カイト様、ユリシア様の勝利です」
「っ・・・」
「これで、折り返しだな」
冷や汗と脂汗を流しまくるクリープとその相方に対して、カイトが告げる。その目は冷酷で、しかし笑みには悪辣さが滲んでいた。が、そんなあまりの有り得なさに、思わずクリープが叫んだ。
「な、何か仕掛けをしているんだろう! あり得るはずがない! こんな簡単に役を成立させるだと!? 熟練だって三回はミスってはじめて役が成立するルールなんだぞ! たった一度で全部成功させる奴なんて聞いたことがない!」
「おいおい・・・言いがかりはよせよ。このゲームのこのルール、というのはお互いに納得して決めた話だ。で、ディーラーはハイ・エルフ。中立がモットーの奴だ・・・まさかそれとも、オレがヴィクトル商会とグルだってのか?」
「っ・・・」
その可能性は彼からしてみれば確かにあり得たが、クリープとてそんな事は口が裂けても言えない。そもそもそんな意味もない。そしてそんな事を言えば勝負の終了と同時に確実に飛空艇から放り出される。下手に喚き立てれば勝負途中でも放り出されるだろう。
更におまけにヴィクトル商会の運営するカジノからは全て出入り禁止になるだろう。カジノでの博打をなりわいにする彼にとって、それは死活問題だった。
一応、ヴィクトル商会以外の経営するカジノもあるが、ここまで大規模な物は無い。ヴィクトル商会だから、豪遊出来る程の稼ぎを手に入れられるのだ。その最大手に睨まれては、他のカジノとてあまり稼がせてはくれなくなるだろう。博打打ちとしては、永遠に廃業せざるを得ないだろう。
「『運命の女神』の一番古いルールを見誤ったな」
そんなカイト達の光景を、カリンが笑いながら見ていた。『運命の女神』は本来、占いの道具だ。それを勝負として使う様になったきっかけは、偶然だった。
「『運命の女神』を同時に二つ以上使った時。魔力同士の干渉が起きてより運命が強い方が勝つ・・・今のカイトに勝てる奴はどこをどうさがしても居るわけがないって」
カリンが笑う。かつてサリアは言った。『運命の女神』は己の運命を表している、と。そしてこれは魔道具だ。同じテーブルで使う事で干渉が起きても不思議はない。
それに気付いた者が己の今までの運を使って戦わせたのが、『運命の女神』の始まりだった。そうしてその内己の意思一つで絵柄が変えられる事に気付いて、今の形になったのだ。
が、それでも占いの道具としての本質は失われていない。そして本質が失われていない以上、その通りに使えたのである。クリープ達は博打を打っている様に見えて、実は自分の運命をカイト達の運命と戦わせていたのであった。
というわけで、実はカイトもユリィも始めから役なんて見ていなかった。本来の使い方をした結果、勝手に己の運命が相手の手札を上回ってくれるのである。些かインチキじみているが、負け戦と気付かず乗ってきたクリープ達が悪いし、その前を考えれば慈悲を掛けるべきではないだろう。
「馬鹿だろ。流れを読めない、ってのは勝負師にとって致命的だ。カイトの仲間に手を出した、ってのが運の尽きだ。あいつの運命は仲間が苦境に立った時点で確定される。絶対に勝利するってな・・・あの状態のあいつが負けた所なんて見た事がない」
「・・・」
「言ったろ? さいっこーのショーだって。あそこまで一方的にボコボコにされるのは滅多に見れるもんじゃねーぞ」
相変わらず呆然とカイト達の勝負を観戦するガッシュに対して、カリンが楽しげに告げる。が、彼は一言も聞いていない。彼にも今、流れが見えていた。それ故、カイト達の勝利を確信していた。そしてだからこそ、思ってしまった。戦ってみたい、と。勝負師なればこそ、高き壁を見ればどうしても挑んでみたくなってしまうのだ。そんなガッシュに、カリンが笑いながら告げる。
「やめとけよ。今のカイトに勝とうってなら、それこそ運命に導かれないと無理だ。お前だって、分かるだろ?」
ガッシュとてわかっていた。今のカイト達に挑んではならない、と。運命の女神が居るとするのなら、今のカイト達は波に乗るどころか、女神が舞い降りていた。
自分もそう思える時はあるが、あれこそがその完璧な状態だ、と分かったのだ。そしてその間にも勝負は続いたが、それが14戦目になった時、遂にクリープが音を上げた。
「・・・参った・・・」
「あん?」
小声でボソボソとしていて、カイトにもユリィにも聞こえなかったらしい。カイトが怪訝な顔をする。それにクリープは恥も外聞も捨てて、声を張り上げた。
「参った! 降参だ! もうやめてくれ!」
既に相方はすっからかんだ。彼らが桜達にしようとしていた様に、衣服さえ担保にされてしまっている。そしてそれはクリープとて一緒だ。既に酒の染みが出来ている上着は担保に賭けらて、没収されている。たった今、赤い染みのついたカッターシャツも没収された。次に賭けるのはズボンで、その次は下着だろう。最早これ以上賭ける物がなくなってしまったのだ。が、そんな懇願をカイトが聞くはずがなかった。
「知らねぇなぁ・・・このルールは抜けられない、ってルールだ。しかも、今回はお前らが持ち出したルールだ。抜けるってのは、ちょいと道理にそぐわねぇんじゃねぇ?」
「それに・・・ねぇ。こっちの仲間に手を出しておいて、そのままで帰れると思ってるわけ? 背水の陣を強いたのはそっち。当然、素っ裸で放り出されるレベルには、なってもらうつもりだよ」
当たり前だが、カイトもユリィもそっけない。二人にとっては無関係な所――厳密にはそうとは言い切れないだろうが――で桜達が傷付けられそうになったのだ。
この二人を相手に容赦してもらえると思う方が可怪しいだろう。とは言え、幸いと言える所だろうがどうやら最後の最後で、運は彼を見放さなかったようだ。
「ははは! そこまでにしておいておやり!」
老婆の笑い声がけたたましいカジノ一帯へと響いた。それは楓にとって、聞き覚えのある笑い声だった。
「タリアさん?」
「久しぶりだねぇ、お嬢ちゃん。ま、それは良い。で、カイト。お前さん、そこら辺にしときな。あんまり勝ちすぎると、今度はあんたが同じ目にあうよ」
「はぁ・・・オーライオーライ。総支配人のお言葉じゃあ、引くしか無い。最後の最後に運を得た、という事にしておきましょう」
タリアの言葉に、カイトが肩を竦めてカードをテーブルに置く。それに合わせて、ユリィもカードを表にして置いた。どちらも、すでに次の役が成立していた。
総支配人こそが、カジノの支配者だ。どれだけ勝負運が強かろうとルールを規定する彼女には勝てない。であれば、それに素直に従うだけだった。そうして、カイトが勝負を放棄したのを受けて、タリアが声を張り上げる。
「で、カリン! そこの小僧さっさと離してやりな! 舎弟のけじめは親分に取らせんのが筋ってもんだよ!」
「あいよー。おーい、呆けてないでさっさとあいつ引き取ってこい」
「あ、はい!」
カリンの言葉を受けて、ガッシュが立ち上がる。既に拘束は解かれていたし、いつの間にか椅子にも座らされていた。
実はタリアが現れた時点で、カリンが勝負が終わりつつある事を悟ってガッシュの面子を考えて椅子に座らせてやったのだ。彼女にはこの流れが見えていたらしい。
親分格が地面に組み伏せられては彼の面子が立たない。相手を考えれば仕方がないが、それでも、やはり面子は損なわれる。曲がりなりにも彼女もギルドマスターであるので、そこらもしっかり把握していたのである。そうして、ガッシュが大慌てでクリープの所へと駆け寄る。勿論、舎弟も一緒だ。
「あ、ガッシュさん・・・」
「連れて行け」
「うっす」
「おい、来い!」
ガッシュは何かを言いたげなクリープを一度睨みつけると、そのまま何も言うこと無く舎弟に命じて自分の部屋へと連れて行かせる。処分はそこで言い渡すつもりだ。そうして、トボトボと歩いていくクリープとその相方を背にガッシュは舎弟の中でも幹部と共に深々と頭を下げた。
「すまなかった」
「いや、あんたに謝罪される事でも無い。これは勝負師同士の戦いだ。出来れば、彼女らにしてやってくれ」
「ああ・・・お嬢さん方も申し訳ない。勝負師の負けは自分で取り返せ、と言ったのだが、それを曲解したようだ。舎弟の教育がしっかりと出来ていなかった事、お嬢さん方に恥を掻かせた事、本当に申し訳ない」
「はい」
ガッシュの謝罪を桜と楓は受け入れる。彼女らのやられた分はカイトとユリィがきっちりと仕返しをしてくれた。曲がりなりにも勝負師を名乗る者が勝負の最中に泣き言を言ってまで、勝負を放棄しようとしたのだ。十分にクリープ達も赤っ恥も掻いただろう。
既に溜飲は下がっていたのだ。そして親分格から深々と頭を下げられてきちんと詫びがされている以上、ここで受け入れるのが筋だった。
「で・・・一応聞いておくが、ここで出て来たって事は一応は舎弟の負けは、とかで勝負とかは無いよな?」
「いや・・・今の貴方と戦って勝てる見込みは無い。申し訳ないが、ここはこの頭一つで勘弁してくれ」
いくらガッシュが疎ましく思っていようとも、周囲はクリープの事を彼の舎弟と見ている。そして舎弟があそこまでボロボロに負けたのだ。やはりガッシュの面子には泥がついていた。
クリープが元々持っていた金を取り返す云々は別にしても、面子の問題として舎弟をコテンパンにされた以上はカイトに勝負に挑んで勝っておかねばならないだろう、というのが普通の考え方だ。が。ガッシュはその道理を承知で、再度カイトへと頭を下げる事を詫びとした。
「・・・オーケイ。じゃあ、これで全部の事は終わりだ。あいつが賭けたメダルは貰って良いな?」
「ああ。構わない」
「オーライ。っと、上着とそこのシャツ、ついでにその指輪を持ってってくれ。流石に負けた奴の身に付けてた物なんぞ縁起が悪い。普段使いでも使えんからな」
「わかった・・・おい、持っていけ」
カイトの言葉を受けて、ガッシュが舎弟に命じてクリープと相方の身の回りの品を回収させる。そうして舎弟達が全ての荷物を回収した所で、ガッシュが再度小さく頭を下げた。
「他の客の皆様にも、クリープが迷惑を掛けた。タリア殿もわざわざご足労頂き申し訳ない。本来ならば詫びに何かすべきなのだろうが、先にけじめを取らせたい。では、失礼する」
ガッシュはそう言うと、舎弟達を率いてカジノを後にする。こうして、カジノで起きた小さな事件は全て、終了したのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第816話『博打打ち達の夜』




