第814話 流れを読む者達
仕掛けられた罠によってピンチに陥っていた桜達だが、それは勿論、クリープの監視をしていた舎弟達によって、勝負は一休みと自分の馴染みのカウンターバーで酒を飲んでいたガッシュにも伝えられていた。
「あぁ? その程度なら、まだ気にすんな。もし事が大事になりそうなら、言え」
「わかりました」
クリープが全く別の少女らに報復を仕掛けた、と聞いてガッシュが顔を顰める。とは言え、この顔を顰めたのは、報告者に対してだ。この程度なら、まだ彼も認められる範疇だ。
彼だって時折使う手だからだ。組織のトップを引きずり出す為に敢えて仲間にちょっかいを出して怒らせて自分のペースを掴む。勝負師なら、なんら不思議な手ではない。テーブルの上だけが勝負なのではない。そこに至るまでのすべてが、勝負なのだ。
とは言え、そう言っていられるのも、クリープがやった事の詳細を聞くまでだった。彼らの方にはヴィクトル商会の伝手が無いので、カイト達よりも遥かに遅れて情報が伝わってきたのだ。が、それを聞いた時、彼は大いに驚き、焦った。
「はぁ!? 詐欺まがいの事やった!?」
「はい・・・どうにも忙しなく動いてるんで馴染みの職員に聞いたら、そういう事になってて、現在対応中、って事で・・・」
「あんのばかっ! どこまで泥塗る気だ!」
カウンターバーで相変わらず飲んでいたガッシュが顔を真っ赤に染める。流石に詐欺まがいの行為は許される物ではない。彼が出ていってけじめをつけねばならないレベルだ。
「おぅおぅ、荒れてんね、小僧」
そんなガッシュに、声が掛けられる。曲りなりにも彼も有名人の一人だ。このバーのマスター然り、今声を掛けてきた女性然り、馴染みの顔も多い。まぁ、だから声を掛けたのだろう。
そうして、女の子を両手に抱えた女性が、楽しげに笑みを浮かべた。焦り方と現在カジノで起きている騒動から、この騒動が彼に関係がある、とわかったのだ。
「なんだ。あの男、お前の所の舎弟か?」
「あ、ああ。っと、カリンさん。申し訳ないんですが、ちょっと出て来ます」
「あぁ、行かなくていいぜ」
カリンはそう言うと、ガッシュに対して笑みを浮かべる。偶然ではなく必然として、彼女もここに来ていたのだ。そんな彼女には既に、勝負の流れが変わったのが見えていた。
「ま、ケツの毛までむしり取られるな」
「はい?」
「見えないか? 流れ、変わってんぞ」
カリンが笑う。そうして、その次の瞬間。遂に、カイトの介入が始まるのだった。
さて、カリンの述べた介入が始まる、少し前。桜達は大ピンチに陥っていた。というのも賭け金が無くなったからだ。
「・・・参りました」
「こっちも、お手上げよ・・・」
桜と楓が降参を明言する。メダル入れを逆さにしても、一枚も出てこなかった。と、丁度職員達が介入する準備を整え終えたらしい。が、そんな事も気付かない程に、クリープとその相方は上機嫌だった。そしてだからこそ、ここで調子に乗ってしまった。
「いや? まだあるだろ。そのドレスとか着てる服とかさー」
「そうですよ、ご婦人方。まだ、勝負は終わっていない。賭けれるものは全て賭けるのが、勝負師の流儀」
「っ!」
そこで桜と楓は、自分を舐め回す様な厭らしい視線に気付いた。勝負の最中からは焦りで気付かなかったし彼らも調子に乗っていなかったのでそんな様子はなかったのだが、完全に自分のペースになったクリープ達は二人の肢体まで楽しんでやろう、と下衆な考えに及んだのである。が、これが完全に運の尽きだった。強欲は身を滅ぼす。彼らは、後に立つ二人に気付いていなかった。
「はい、ストップ」
「あ・・・」
「カイトくん・・・」
降って湧いたかのような救世主に、桜と楓が安堵する。どうやら助かった、と理解したのだ。
「はぁ・・・桜も楓も、これに懲りたらあんまはしゃぎまわるなよ?」
「「ごめんなさい・・・」」
しゅーん、と桜と楓が落ち込む。二人は気付いていなかったのだが、実はかなり前から結構目立っていた。二人程の美少女が組んで勝ちまくれば当然目立つだろうし、勝負で、しかも金の絡んだ勝負である以上、それ相応の恨みは買っていた。
久しぶりの娯楽、と羽目を外していた事をここでようやく、二人も理解したのであった。そして同時に、今までカイトが敢えて介入しなかったのだな、とも理解した。彼は優しくはあるが、甘くはない男なのだ。それぐらいはわかって、付き合っているのである。
と、そんな風に割って入ったカイトとユリィに、クリープが笑みを浮かべる。どうせならこれ以上はカイトの目の前で、と思ったらしい。
「おいおい。勝負はまだ終わってねぇぞ? お前はそこでこの二人が脱がされるのを見てろよ」
昨日とは打って変わって、余裕たっぷりで同じセリフを告げる。彼は彼で調子に乗っていた。
「はっ・・・勝負は終わりだ・・・次はこっちで勝負しようや」
「勿論、私も出るよ」
「おいおい。だからまだ勝負は終わってない、って言ってんだろ?」
クリープは余裕綽々でカイト達に答える。暴力沙汰は厳禁なこの場だ。カイト達が冒険者である事を把握している彼だが、挑発も遠慮が無かった。
ちなみに彼らはカイト達が冒険者である事は掴んでいても、ユリィの正体は勿論、カイトの正体も掴んでいない。彼の払える情報料では、ユリィが一緒に居る面子を知るのが精一杯だった。
と、そんな彼に対してカジノの職員達が何かを言う前に、カイトが己のメダル入れをテーブルに乗せて口を挟んだ。
「こっちの手持ちの有り金全部を、乗せてやる。倍率は2対1。こちらがそちらの2倍の賭け金を賭ける。なんなら、3倍でも良い。これでもまだ、この勝負を続けるか?」
「「っ!」」
カイトの言葉を聞いて、クリープとその相方、更には周囲の勝負師達が驚きを浮かべる。勿論、有り金を全部と言った所で驚く事はない。驚いたのはその中身だ。黒コインが大量に見て取れたのである。そして、調子に乗った二人だ。欲に目が眩ませるには、それは十分だった。
「良いでしょう。この勝負はこれで終わりだ」
「あ、おい・・・」
「考えてもみろ。あれだけを全て根こそぎ奪えれば、お前も俺も当分は遊んで暮らせる。倍だぞ、倍。滅多に無い好条件だ。あれだけありゃ、当分は女なんぞ抱きたい放題だ。それにあいつは今、頭に血が登ってる。カモだカモ。あんなガキ臭いメスガキ二人に拘らず、こっちに目を向けろよ」
相方の先程までの丁寧な口調はどうやら演技らしい。彼は小声でクリープに向けて素の口調で告げる。それに、クリープは少し悩んだが、それも確かに、と思ったらしい。欲に溺れた者は、更に目の前に欲望を見せられれば食い付く。カイトの読み通りだった。
「良いぜ。じゃあ、そっちのお嬢ちゃん達の勝負はこれで終わりだ。両者納得した事で、この勝負は終わり。ディーラーのあんたも、それで良いか?」
「・・・かしこまりました」
ディーラーの女性は不満げだったが、勝負が終了する、というのであれば誰も何も言えない。無効試合にしようにも、カイトがかなりの圧力で威圧していた為、出来なかった。
そして、何も知らない彼女でも会話の流れから二人の少女にとってこの男がどういう関係なのか、というのを察するのは十分だった。そしてそうであれば、カイトに花を持たせる事も重要か、と従ってくれた。
「おい。さっきの勝負はそっちが決めたんだ。なら、今度は勝負の種類はこっちが決めていいだろ? その代わり、ルールはそっちに決めさせてやるよ。こっちは桜達の事を含めて、無条件にそちらのルールに従う。その代わりに、というわけだ」
両者の合意を得られた事で桜達が勝負を抜けた後、カイトがクリープらへと告げる。それに、クリープとその相方は顔を一瞬だが見合わせる。
クリープ達としては彼らが一番得意とするポーカーで戦いたい所であったが、ルールをカイト達に決めさせた場合、何より一戦で終わられる可能性があったし、賭け金の上限まで設けられる可能性まであった。従うしか無かった。
「・・・良いでしょう」
「ルールだが、賭け金は今と同じく青天井。勿論、レートはお前の言った通り。抜けられないルールも一緒だ。勝負は今回と同じく20戦。それでどうだ?」
「良いだろう」
一応の確認としてのクリープの言葉に、カイトが笑みを見せて応ずる。彼らは今、非常に調子に乗っている。そして表向きはルールを対等に決めている。だからこそ、乗ってきたのだ。所謂、流れに乗っている、という状態だ。風向きが彼らにある、と信じていても不思議はない。
「で、ゲームは? 俺達も勝負師として長い。全部のゲームを経験してる。なんだって良いぜ」
「『運命の女神』。ルールはファスト。読み合い無しの一発勝負。ベッドは二周。タイプはオール。ミス有りだ」
「ほぅ・・・」
クリープと相方がカイトの提示したルールに驚きを浮かべる。カイトが述べたルールは所謂、玄人向けだ。逐一説明すると、『ファスト』と言うのは桜達がやっていた順々にカードをめくっていくのではなく、そこらの読み合いをすっ飛ばして結果だけで勝負するルールの事だ。『オール』というのは通常使われる10種類の札だけではなく、全ての札を使って行う一番古くからあるルールだ。『ミス有り』というのは、絵柄が固定されていないルールだ。
『運命の女神』は通常『人札』『場札』の10種類のカードしか使わない。というわけで、普通はカード側である一定程度は望んだ絵柄になる様にフォローしてくれる様になっている。子供でも遊べる様にするには、そうするしかなかったのだ。が、その縛りさえも取っ払う、というわけだ。
まぁ、つまり。カイトは『運命の女神』の中でも一番古典的な方法で勝負を決めよう、と告げたのであった。そうして、そんなカイトが挑発する様に、二人へと告げた。
「どうする? お互いにこの条件が飲めるのなら、勝負成立だ。が、まさかルールが古臭い、ってぐらいで逃げねぇよな? 曲がりなりにもここで暮らす勝負師なんだから、古今東西のゲームで勝負出来るだろう?」
「良いぜ。ケツの毛の一本も残さずに、むしり取ってやるよ」
カイトの挑発に、クリープが応ずる。『運命の女神』の中どころか、ありとあらゆる博打の中でもこのルールは一番むずかしい、とされているゲームだった。
役は三桁にも近づき、使える札は倍以上になる。『運命の女神』の玄人達でさえあまりやらないルールだ。勝負が非常に長引く為、集中力も精神力も保たなくなるからだ。
が、クリープとその相方も勝負師であり、そして波に乗っている以上、逃げる事はなかった。そうして、そんなクリープが聴衆に向けて問いかけた。
「おい! 全員聞いてたよな! これで、ルール成立だ! テーブルを用意してくれ!」
「・・・こちらへ、お客様」
クリープの求めに応じて、テーブルを空けていたディーラーが名乗り出る。このカジノでも有数のディーラーだった。それもそのはずだ。彼女はハイ・エルフのディーラーだったからだ。なぜハイ・エルフがこんな所でディーラーを、と誰もが疑問なのだが、それはヴィクトル商会の上層以外に誰も知らない事だった。
「へー・・・ファレンスか」
「勝負に中立かつ公平な貴方であれば、信頼も出来る」
クリープと相方はどうやら、知っていたらしい。尚更気を良くしていた。先程はディーラーを丸め込めたが、相手はハイ・エルフ。こちらも何も出来ないが、同時に相手も何も出来ない事の左証だからだ。
「ルールは?」
ファレンスと言うらしいディーラーの言葉を受けて、お互いに再度の確認を込めて目の前で再度ルールを告げ合う。既に周囲には聴衆が出来上がっていたので、これではお互いにどんな言い訳も出来ない。そうして、カイト達対クリープ達の戦いが、幕を開けたのだった。
さて、そんな戦いの開始の前。なぜガッシュが介入出来なかったのか、というと彼は足止めを食らっていたからだ。
「さいっこーのショーが見られるってのに、邪魔して貰っちゃ困るんだよ」
カリンが笑いながら、部下に命じてふん縛らせたガッシュへと告げる。一応、彼の面子が立つ所で放すつもりだが、今はまだその時ではなかった。せっかくのカイトとユリィの戦いだ。少しは楽しめなければ損だ。とは言え、最早ガッシュにはカリンが何かを言う必要はなかった。
「ま、もう言う必要も無いか」
無言で勝負の流れを見ていたガッシュに対して、カリンが笑いながら呟いた。既に、勝敗が彼らの目には見えていた。それ故、魅せられていた、とも言って良い。どういう勝負なるのか、と興味が勝ったのだ。
「おーい、誰か酒と飯持ってきて。あ、あとかわいいお姉ちゃんも」
「かしこまりました」
カリンの言葉に、カジノの職員が忙しなく動く。彼女は上客だ。カイト達と同じく、ブラックカードを持った者だ。対応は最上級だった。
過日に彼女は負けて有り金をスッた様に言っているしそれが何度も起きている様に言っていたが、実はそれは極稀だ。大半は勝つ。現にここに来てからは、負け無しだった。そうして、そんな彼女らも見守る前で、戦いが始まったのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第815話『運命を見る道具』




