第812話 カジノでの休暇
桜達だが、あの後は敗北を何度か重ねつつも、順調に手持ちのメダルを増やせていた。基本的に相手の顔色を見ながら勝負をするポーカーや『運命の女神』等のゲームに関しては桜の得意分野だ。というわけで、順当と言えば順当に賭け金を稼げていた。
「ふぅ・・・とりあえず、これで他の方が駄目だった場合でもなんとかなる、でしょうか・・・」
とりあえず集合時間になった事を受けて、桜がメダル入れの中を確認する。その中には、一番安いメダル以外にも幾つかのメダルが入っていた。
「えっと・・・紅のメダルが・・・うん。きちんと10枚ありますね・・・白のメダルが4枚・・・黄色のメダルが沢山、と・・・」
桜は昨日今日の戦果を確認する。紅色のメダルは一枚金貨一枚に匹敵する価値があり、白色のメダルは銀貨、黄色のメダルは銅貨5枚に匹敵していた。更に下にも幾つか種類があるが、それらは大半が子供用だ。なので桜は持ち合わせていない。使う必要も無い。
と、言うわけで桜はとりあえずコイン袋を持ってカジノエリアを後にする事にする。向かう先は受付だ。一度受付にコインを預けなければ、ここからは出られない仕組みになっていた。当たり前だが、コイン偽造はアウトだ。当然犯罪である。出入りの際には魔道具できちんとチェックされる。
「いらっしゃいませ。お預入ですか?」
「あ、はい。お願いします」
「かしこまりました。メンバーズカードを拝見致します」
「はい」
桜はカード入れの中から、カジノ専用のカードを取り出す。このメンバーズカードはヴィクトル商会限定で使える物で、その代わりにヴィクトル商会が運営するカジノであればどこでも使える物だ。稼いだメダルはどこでも使える、というのがヴィクトル商会の運営するカジノの強みだった。
「・・・はい、確認いたしました。おや・・・」
メンバーズカードを専用の機器に読み取らせていた受付の職員だが、そこで少し驚いた様な顔になる。
「どうしました?」
「おめでとうございます。本日付で稼いだメダルの総数が紅いメダル50枚分に到達いたしました。更には保持メダルも紅コイン20枚に到達。メンバーズカードのランクアップを行いますので、少々お待ち下さい」
「あ、あはは・・・お願いします」
少々やりすぎたな、と桜は自省する。興に乗ったと言うか馬があったというか、幸いなことに桜は天運に加えて、カジノに対する適正、更には他人の顔色を伺う、という才能が高かった。
というわけで、たった数日でこれほどの稼ぎを得られたのであった。そうして少しの間、桜はメンバーズカードの切り替えを行ってもらう事にする。そうして待つ事、5分程。再び受付の職員が帰って来た。
「おまたせいたしました。こちらが新たなメンバーズカードになります。それに加えまして、今後は更に奥の紅のエリアへの立ち入りも可能となります。あちらにはあちらでしか遊べない遊技もありますので、是非とも、お楽しみください」
「はい、機会があれば」
受付の職員からメンバーズカードを返却してもらい、桜はそれを一度観察する。今まで彼女が持っていたのは初心者用のごく普通の金属製のプレートだったのだが、どうやら今後は一般会員用の物に切り替えられたらしい。材質は冒険者ユニオンが使う魔法銀製プレートへと変更されていた。更には登録証と同じ様な魔石が取り付けられている。
後に聞いた所によると、どうやら一般会員になると賭け金が跳ね上がる事もある為、それに応じて手に入る金額も跳ね上がるとのことだ。となると、当然カードを狙った窃盗も無くはない。
であるので、ユニオンの使う登録証と同じ原理の物を使っている、ということだった。原理はユニオンに売ってもらった、ということだ。と、そうして新しいカードを見ていたら、職員が更に続けた。
「無料の専用のカードケースもございますが、どうされますか?」
「あ、お願いします」
「かしこまりました」
桜はせっかくなので、専用のカードケースも貰っておく事にする。そうして受付の職員が引き出しの中から取り出したのは、少し品の良い木製のカード入れだ。
別に漆で塗られて金箔を貼り付けて、というわけではないが、きちんと仕上げ加工もされている品が良い物だった。一つ一つ手作業なのだろう、と思える様な出来栄えだ。なので少し彼女が驚きを浮かべた。
「これ・・・良いんですか?」
「はい。今後共、ご贔屓に」
「はぁ・・・」
こんなものを無料なのか、と少し桜が驚きつつもその場を後にする。と、少し歩いていると、集合場所にたどり着く。まぁ、受付に居た時点で集合場所が近かったので、ほぼたどり着いていたも一緒だ。
「桜も貰ったの?」
「あ、ということは楓ちゃんも?」
「ええ」
どうやら、桜の様子から楓には何があったのか理解出来ていた様だ。既に到着してしげしげと観察していた楓が、それを桜に見せる。
「中々に良い出来ね」
「ええ・・・これ、無料で良いんでしょうか・・・」
「そりゃ、このカジノでは大金が動くからな・・・えっとほら、あっち」
相変わらず疑問な桜に向けて、カイトが少し遠く、一般エリアよりも更に奥を指し示す。そこにはシックで統一されたエリアがあった。が、カイトが指し示したのはそこではなく、その更に奥。一見すると単なる壁だ。そこの一角にある扉を、指し示していた。
「あれ、VIPルームの更に奥、更にその奥にディーラーと貴族達が戦う一角があってな。まぁ、道楽貴族向けの超高額の賭けを行うお忍びのエリア、という所か。出入りする所を見られたくない、もしくは来ている事も見られたくない、密会に使いたい、とか言う奴らの為の特殊なエリアだ。出入りは専用の飛空艇から直接も出来る、つー馬鹿げたエリアだな。まぁ、そこじゃ目もくらむような額のお金が動く・・・となれば、利益も馬鹿でかい。多少やった所で、と言うところだろうな」
カイトは今も密かに何かの会合を行ったりお忍びで遊びに来ていたりするだろう壁の向こう側に視線を送る。実はカイトも使う事が出来るのだが、それは横においておいたようだ。300年前はカイトが一般エリアで遊ぶと大混乱になりかねないので、使う事が許可されたのであった。
「へー・・・ということは、この程度配った所で、というわけね・・・」
「ま、つっても一度目だけで、二度目以降は金取られる。無くすなよ」
「ええ」
「はい」
カイトの言葉に、桜も楓もカードと一緒に懐へ大切にしまい込む。当たり前なのだろうが、無料でくれるのは一度目だけだ。二度目からはきちんと金を取られるのであった。
ちなみに、メンバーズカードを無くした場合も同じである。運営側でデータを保持しているので、再発行も出来るのであった。ユニオンのシステムを買い取った利点だ。
と、そんな風に色々と話し合っていると、一葉達が来て、瞬と翔――コロッセオも見てみるか、と思ったらしい――がコロッセオから戻ってきて、残るはユリィだけとなった。
「・・・後はウチのお姫様だけか」
はぁ、とカイトがため息を吐いた。いつもならそろそろ帰って来る頃なのだが、どうやら今日は少し長引いているらしい。基本的に彼女も勝ち運は強い方なので、今日は少し調子がよく行ける所まで行っているのだろう。こういう場合は波に乗っている時は進むのが吉なのだ。退き際も肝心だが、同時に進む事も肝心なのである。
というわけで、カイトは入り口近くから会場内を見回す事にする。ヴィクトル商会が関係するカジノは全て、建物の構造として入り口から全体が見回せる様な構造だ。子供が迷子になっても探せる様に、という配慮だった。
「えーっと・・・あぁ、あそこか」
ユリィを見つけて、カイトがため息を吐いた。そこには小さな人だかりが出来ていた。どうやら彼女は自分のメンバーズカードを使って、一般エリアで勝負していたらしい。カイトもそうだったので、そのまま居座ったのだろう。そして、同じく探してくれていた瞬が笑っていた。
「・・・無茶苦茶勝ってるな」
「だろうな。はぁ・・・ちょっと行ってくる。あのエリアは一般会員用だからな」
そう言うと、カイトは幾つかあるゲートを通って、一般会員用のエリアへと向かっていく。そうしてたどり着いたユリィの所には、コインが本当に何ら遜色なく山積みされていた。そうして、丁度一試合終わった所で、カイトが声を掛ける。
「おーう・・・儲かってんな」
「あ、カイト。あれ? もう時間?」
「はい。お時間ですよ、お姫様」
どうやらユリィは熱中しすぎて気付いていなかったようだ。カイトが来た事にきょとん、となっていた。
「終わりだ。帰るぞ。もう皆待ってるからな」
「あ、ごめんごめん。ちょうど勝負終わった所だし、もう良いかな」
「あ、おい。まだ勝負は終わってないぞ!」
カイトが勝負の終了をユリィに促すと、彼女と勝負していたらしい一人が抗議の声を上げる。どうやら熱くなっている様子らしい。泥沼に陥っている様子だ。そこを、ユリィに更に突かれてカモにされたのだろう。退き際を見極めきれなかった末路、という所だろう。
そうして、カイトはユリィがメダル入れにメダルを入れている間、作業を邪魔されない様に男を適当にあしらう事にした。
「はぁ・・・勝負が終わってようが終わってなかろうが、そもそもこっちは時間だ。それとも何試合、と区切るルールで戦ってたのか? なぁ、ディーラーさん。そういうルールか?」
「いえ、当テーブルでのルールは普通の物となっております」
「だろ? じゃあ、こいつ引き取っても?」
「大丈夫でございます」
カイトの言葉に、ディーラーが頷く。こういう場合、熱くなっている奴に言った所で無駄だ。なので第三者に言うのが一番楽だし、手っ取り早い。万が一の場合にはカジノの職員が駆けつけてくる。
なお、職員と言ったがこの場合は屈強な男達だ。所謂、暴力に訴えかけた所で無駄なサングラスの黒い服の方々とも言える。万が一のトラブル対応の職員だった。賭け事だ。トラブルぐらい想定済みで、冒険者達が副業でやっている事もあるので腕も信用出来る。
「はい、カイト。準備終了。メダル全部回収したよ」
「おっけー。じゃあな」
「あ、おい、待てよ!」
「はぁ・・・」
カイトは己に絡もうとする男にため息を吐くと、ディーラーへと視線を送る。と、どうやらディーラーはカイトと男が言い合いになった段階で既に対処してくれていたようだ。即座に、サングラスを掛けた黒服が間に入り込んできた。
「お客様。他のお客様の迷惑になりますので・・・」
「これ以上暴れられるのでしたら、出入り禁止処分もありえますが・・・」
「やれやれ・・・今のあんたじゃ、ユリィにゃ勝てねぇよ。流れ見えてねぇ二流が。だから、ボロ負けなんてすんだよ」
黒服に阻まれた男に対して、カイトが小声で呆れる。熱くなって見えていない様子だったが、あのまま戦った所で確実に彼はユリィには勝てなかった。流れが出来上がっていたのだ。
あのままやった所で、調子に乗ったユリィは誰にも止められない。あの時のユリィであれば、カイトとて勝つ事は難しいだろう。それが変わったと言えるのはカイトが声を掛けた時で、その時を退き際と見て取った彼女は退き際を知っていた、と言える。
とは言え、負けの流れが出来上がっていた彼では、そのまま戦ってもやはりユリィには勝てないだろう。そこらをもう少し流れを見極めるべきだったのだが、それが出来ないが故にこのエリアで留まる二流なのだろう。
「さて、じゃ、帰るか」
「おーう! 勝った勝った♪ ボロ勝ちしちゃったー♪」
どうやら、ユリィは非常にご機嫌らしい。勝ちに勝った事で鼻歌まで歌っていた。
「やれやれ・・・」
そんなユリィに、カイトが少し楽しげな笑みを浮かべつつ、呆れも浮かべておく。そうして、ユリィを乗せたカイトは受付へと向かっていく。と、そこにはどうやら、桜達が待ってくれていた様子だった。
「これ、お願いしまーす」
「・・・うっわー・・・」
がしゃん、という音を立てて置かれたメダル入れに、翔が頬を引き攣らせる。かなり重そうだった。
「かしこまりました。メンバーズカードをご提示願います」
「はい」
「いつもご利用ありがとうございます」
ユリィの提示したメンバーズカードは桜達の一般会員用の物よりも更に上のVIPカードよりも更に上のブラックカードだった。
どういう金属なのかは不明だが、黒色の金属で出来たカードに金色の印字が刻まれた誰がどう見ても高価なカードだった。カジノだけでは無く全ての施設を無制限に使える限定のカードであった。ちなみに、本来はカイトもこれである。と、しばらくするとどうやらメダルを数え終えたらしい。
「・・・はい、メダルの数を確認出来ました。今回ユリシア様は青メダルが5枚、黒メダルが12枚、紅メダルが25枚となっております。今後共、どうぞご贔屓に」
「はーい、ありがと」
桜達に対する物よりも遥かに丁寧なお辞儀で、メンバーズカードを返却した受付の職員がユリィを送り出す。その丁寧さは笑顔も変わって見える程だった。と、そうしてメダルの枚数を聞いていた瞬が、その稼ぎを計算していた。
「えーっと・・・青メダルって確か・・・一枚大ミスリル銀貨と一緒だから・・・日本円で・・・なっ・・・」
瞬が気付いて、絶句する。大ミスリル銀貨一つで、約100万円。ということはそれが5枚で、500万円に匹敵している。その下の黒メダルがミスリル銀貨に匹敵する為、それが12枚で日本円にして約120万円。紅メダルは一つが金貨一枚なので約25万円。総計約650万円程だった。それを、彼女はたった一日で稼いだのであった。まぁ、これは更に奥にも行った為の稼ぎなので、一般エリアだけの稼ぎではない。
「ん? どうしたんですか、先輩」
「いや、良い。気にするな・・・色々とバカになりそうだ・・・」
どうやら考えない方が良い、と思ったらしい。瞬は彼の違和感に気付いた翔にそう告げて、首を振る。が、そんな瞬達に気付かない程に、ユリィはご機嫌だった。
「けっこー、儲かったかな」
「やり過ぎだ、バカ。お前、今日の晩飯おごりな」
「えー、といつもなら言うけど、今日はちょっと皆にも幸運のおすそ分け。じゃ、今日は一番良いレストラン行こっか。じゃ、皆しゅっぱーつ!」
ご機嫌ならしいユリィはカイトの言葉に応ずると、カイトに出発を促す。なお、カジノで稼いだメダルの換金はカジノでしか出来ないが、施設内ではメダルを現金と同じ扱いで使う事が出来るらしい。
メンバーズカードをキャッシュカードの変わりとしても使える様にしていたのである。カイトの発案で技術的な面で実装されていなかったのだが、どうやら飛空艇船団になった折りに実装したのだろう。なので換金の必要は無かった。そうして、この日はユリィのおごりで美味しいものを食べて、一同は眠るのであった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第813話『勝負師達の計略』




