第811話 勝負師達の戦い
さて、カジノで冒険部で使う為の『運命の女神』のセットを手に入れるという目標を得た桜達一同の行動を、情報屋とアクセスしていたカイトは聞いていた。
「へー・・・そりゃ、良いな。オレの身銭を切っても良いけど、そういう一体感があるのは良い」
「そうですか・・・私達も協力した方がよろしいですか?」
「自分で考えろ・・・でもまぁ、ワンセット自分たち用に手に入れておくのは良いかもな。意外と面白いぞ、あれ」
「そうなのですか?」
「ああ・・・相手の手札読み合わないといけないし、手札同士の相性も複雑。玄人好みのゲームだな」
一葉の問いかけを受けて、カイトが明言する。ちなみに、二葉も三葉もカイトが出て来る頃には一度戻ってきていた。が、今は再度ロデオマシーンへと向かっていっていた。相当気に入ったらしい。この様子だと一時間後にはメダル300枚プラスαに成って帰ってくるだろう。
「・・・まぁ、最悪はお小遣いから買っても良いさ。更に最悪はババアに強請れ。あの程度ならくれる」
「かしこまりました。マスターはこれからどうなさるおつもりですか?」
「んー・・・とりあえずメダル稼ぐならオレも稼いだ方が良いよな・・・」
基本的に、カイトはカジノを運任せの遊技場だとは思っていない。確かにポーカー等魔道具ではない遊戯では運に左右されるが、それにしたって相手あっての事だ。ルールとしてその回の勝負から下りる事――サレンダー――だって出来る。
カジノでの賭け事は全て駆け引き、と捉えていた。勝つ者と負ける者が生まれるのは現実も一緒だ。敗者の上に勝者が立つ。何か不思議がある事ではない。
ということで、カイトは久し振りに本気のスイッチを入れる事にした。やるからには、勝つのである。そして、カジノと言うかこういう遊技場での勝ち方はみっちりと仕込まれていた。貴族として必要な事だからだ。
「ちょっと久し振りに時の賢帝様直伝の手練手管披露してくるか。お前は好きにしろ。と言うか、来るな。ちょーっと見せたくない顔になる」
「かしこまりました。ご武運を、マスター」
楽しげなカイトの顔に、一葉が笑顔で送り出す。カイトの勝負の腕は賢帝と讃えられたウィル直伝だ。さらに言えばティナの勝負師としての勘と、ハイゼンベルグ公ジェイクの手練手管も持ち合わせている。ある意味、エネシア大陸有数の勝負師達のハイブリッドだった。
「さぁて・・・じゃあ、本格的に乗り出しますか」
一葉が離れていき、カイトが首を鳴らす。まずは、状況把握からだ。場には雰囲気がある。それを読み取って、一番勝てそうな場を選ぶのだ。そうして、この日。一匹の悪魔がカジノへと舞い降りるのだった。
さて、一匹の悪魔が荒稼ぎしていた頃。桜達は『運命の女神』で堅調にメダルを稼いでいた。
基本的に、このゲームの賭け金はポーカーと一緒だ。違いはあるが、大凡のルールは変わりがない。なのでサレンダーやチェックなどが行えるのも一緒だ。
「メダル50枚をベット」
桜がテーブルにメダルを乗せる。相手は普通にこのカジノでの遊技者だ。初心者が『運命の女神』でディーラー相手に稼ぎを手に入れるのは少し分が悪い。
相手は職業柄もあるし、運営の方針からポーカーフェイスを叩き込まれている。表情から相手の感情が読めないのだ。そうなると、やはり相手の手札を読み難くなって勝ち目は落ちる。特に相手との読み合いが強く影響してくる『運命の女神』ではそれは厳しい物があった。
「同じく」
というわけで、現在の桜と楓の対戦相手はここら一帯で同じように勝負を行っていた勝負師達だ。ポーカーと同じ程度には、『運命の女神』には愛好家が居る。なので対戦相手には困らなかった。
ルールが複雑なので単純には行かないが、それ故、相手の手札を読み合る洞察力、そこから次にどういう手札を選ぶのかを見抜く戦略性、特殊な手札を何時使ったのか、という記憶力等が総合的に鍛えられる。その複雑さ等から貴族達ほど高尚なゲームとでも思っているのか、愛好家や好事家は多かった。
そして、貴族に愛好家が多くなれば、当然それを狙う博打打ち達も増える。総じて、このゲームはハイレベルな遊びになっていた。なのでポーカーやルーレットの様に運要素に大きく左右されるカードゲームに飽いた玄人達が、勝負師としての実力を試す為に挑戦したりもしていた。
「お嬢様はどうされますか?」
「同じくで」
ディーラーに問われて、楓も50枚の硬貨をテーブルに乗せる。現在、楓、桜は一緒のテーブルで遊んでいた。先程までは別々のテーブルで勝負していたのであるが、楓の前のテーブルに居た者が勝負を終わらせた事でお流れとなり、他に遊べる所が桜の所ぐらいだったのだ。
目標を考えると同じテーブルで稼ぐ事は稼ぎが悪くなるので憚られたが、そもそもその目標だって頑張ってみよう、という程度のどうでも良い事だ。全員そこを理解してゲームを楽しむ事の方を優先している。なので、一緒のテーブルでも問題はなかった。
「次の方は?」
「同じく」
「さて・・・では、一枚目をオープンしてください」
楓の次の勝負師が、同じように賭け金を乗せる。ここまでは、全員一緒だ。ポーカーとは違い手札を自分で選べる以上、勝負前から降りる者は殆ど居ない。
そうして全員が賭け金を乗せた事で、ディーラーが各々の一枚目の開陳を命ずる。ここからが、駆け引きの本番の始まりだ。
「さて、どうされますか?」
ディーラーが各々に問いかける。オープンされた一枚目は、『人札』と言われるカードだ。基本的に『運命の女神』は『人札』という札と『場札』、『役札』で役を構築している。『人札』がその役の主体となる札で、戦士や騎士、王等の絵札が描かれている。変わり者なら暗殺者や料理人、という札もあった。
『場札』はその人物が何をしているか、を表していると考えれば良い。例えば食事を食べているのなら料理の絵が、戦っているのなら剣が、という風な感じだ。
最後の『役札』はそこに更に追加して効果を発生させる札の事だ。『人札』と『場札』の中からどれでも好きな札を選べた。これが、勝負に大きく関わってくる。
例えば『人札』が暗殺者だった時に『役札』に小瓶を出せば毒殺を暗喩している事になる、という様な感じである。この場合、『場札』として食事の札を出した者に対して勝ちを得られる。このゲームは全員に勝つのではなく、誰か一人にでも勝てれば、その者の賭け金を得られた。
が、ここからがルールが複雑になる所で、これにもし食事の札を出した者が同時に『役札』として『小瓶』の札を出した場合、毒薬は医師の処方した薬へと変わり、相性が逆転して暗殺者が捕らえられる結果となる。こういう風にルールは複雑だった。過日にサリアが告げた様に、勝敗の一覧表を見ながらやるもの当然の事に思えた。
「ふむ・・・」
桜は一同の手札を観察する。彼女が出した『人札』は『勇者』。楓も『勇者』だ。他二人は各々『魔物』と『聖女』だった。『人札』の種類は総計6種類。『勇者』『王様』『暗殺者』『聖女』『賢者』『魔物』だ。
この6枚が基本となる。なお、『人札』同士にも相性があり、それだけで何を狙ってくるかの、というのが読める。
例えば『勇者』であれば役の多くは『暗殺者』に対して有効な手札を持ち合わせている。その『勇者』は『聖女』を傷付ける事が出来ない。その『聖女』は『賢者』に教えを受けるが故に勝てず、『賢者』は愚かな『王様』によって弑逆される。が、愚かな『王様』は『暗殺者』によって暗殺される。
この5すくみが、このゲームの基本だ。なお、『魔物』は特例として大抵の手札を相手に勝てる役が多いが、相手の『役札』にもし『魔物』以外の『人札』が入っていた場合、問答無用に負ける。更には特殊な役に応じては、『魔物』が入っていても負ける。ハイリスク・ハイリターンな役が多かった。
このように、様々な相性を見て勝敗を決めるのである。勿論、何でもかんでも出せば良い、というわけではない。役が成立しない組み合わせもある。その場合は、どれだけ賭け金を積もうと問答無用に負けだ。
役が多い故に一度では決着が付かない場合も多いが、それはそもそも考慮済みだし、それを含めて敵の手を読み合うのだ。なお、その場合はサレンダーしていない限りは賭け金が返却されて、一から勝負をやり直すのである。
「・・・」
桜は『魔物』の札を出した男性勝負師の顔色を密かに伺う。現在、『魔物』の札と役の関係で一番相性の悪い『勇者』の札を出しているのは彼女と楓の二人。負ける可能性は十二分に存在していた。が、逆転出来る手札を選んでいる可能性もある。顔色から、判断する必要があった。
「・・・いけますね」
ぼそり、と桜が呟く。こちらの手札を見た瞬間、彼の頬の筋肉が僅かに痙攣したのが見えた。なのでもし強きの演技で勝負して来たとしても、桜は自分の手札ならば勝てる、と踏んだ。と、踏んだは良いが、どうやら危険な勝負はしないタイプの勝負師らしい。一つ深呼吸をして、肩をすくめた。
「サレンダー。今回は降りさせてもらおう」
「かしこまりました。賭け金を没収させて頂きます」
『魔物』の札を出した勝負師はそう言うと、降参を宣言する。そしてそれを受けて、賭け金だったメダルが全て没収される。
もし勝負が付かなかった場合は最後まで残っていた者達の手に配分され、勝敗が着いた場合は勝利者の総取りになるのである。全員がサレンダーになる事は無いので、この時点で彼の損が確定する。
「他には・・・いらっしゃいませんね。では、2枚目を」
どうやら降りるのは彼一人らしい。それを受けて、ディーラーが二枚目、即ち『場札』の開陳を命ずる。『場札』は全部で5種類。『剣』『王冠』『小瓶』『ロザリオ』『杖』。どれも『人札』に関係の深い物だ。
「・・・」
オープンされた二枚目の札を、桜が観察する。彼女が選んだ札は『ロザリオ』。『勇者』と『ロザリオ』を二枚組み合わせる事で『聖女』に対して勝ちを得られる手札――『聖女の守り』という役――が作れるのだが、それを選んだのだ。
なお、他にも最後に『杖』を選んで『聖女の導き』という役もある。これは『王様』に対して勝ちを得られる役だ。
「楓ちゃんは・・・」
桜は密かに、楓の二枚目を観察する。彼女の二枚目は『剣』。この後に続くのは『魔物』で『魔物への勝利』という『魔物』相手に勝ちを得られる役になるか、『王様』で『栄誉への賞賛』という『王様』に対して勝ちが得られる役になる。勿論『人札』が二枚なので『魔物』にも勝てる。
勝負が成立しなかった場合にはサレンダーした者の賭け金を加えて賭け金が帰ってくるので、この時点で、彼女は桜が負けると見て勝負から降りるか桜が勝つと見てこのまま続けて賭け金を取り戻すのが上策だろう。
「あの人は・・・」
桜はもう一人の女性勝負師を観察する。彼女の初手は『聖女』。二つ目は『王冠』だ。この場合最後に可能なのは『王冠』を加えて『女王への即位』となり『王様』の札に勝つ役か、『勇者』となり桜の手以外の『勇者』があった場合に勝ちの得られる『大団円』だ。
というわけで、女性勝負師は非常に厳しい顔をしていた。桜の手札が何かを考えて、勝てるかどうかを想定しないといけないのだ。勝てれば、全て総取りだ。が、負ければ桜の総取りになるのである。
桜の手札が見えない以上、彼女には勝負が成立しない事を見越して流している可能性が見えている。となると、彼女の勝率は二分の一。どうするかは、非常に悩ましい所だろう。
「さて、どうされますか?」
「ベット。100枚」
「同じく100枚」
桜の言葉に続けて、楓もメダルを乗せる。どうやら桜が『聖女』に対して勝つ役を出した、と見たのだろう。そのまま流して賭け金を回収する事にしたようだ。そして、次は女性勝負師だが、どうやら彼女は賭けに出る事にしたらしい。
「・・・ベット」
「では、二巡目に」
女性勝負師が勝負に出たのを見て、ディーラーが再度のチップを問いかける。一度目の賭け金を見て、降りるかどうか決めれるのだ。基本的には、一部を除いてはポーカーと同じルールで動いている。
そうして、桜は敢えて勝負に出させる為にこれ以上自分からは釣り上げない事にした。なので桜は机を二度、叩いた。チェックというその回ではベットしない、という意思表示だ。
「レイズ100枚」
「っ・・・」
楓の行動に、女性勝負師が眉の根をつける。楓は桜の手札を信じた、ということだ。というわけで、釣り上げさせる事にしたらしい。
もし女性勝負師がサレンダーを選んだら、彼女は自分に返ってくるチップが増える。桜と楓では勝負が成立しない。なので、彼女から見れば悪い手ではない。が、もしこれで桜が彼女の推測どおりで無ければ、彼女は賭けた賭け金の全部を失う。勝負に出た、という所だろう。
「・・・コール」
「どうされますか?」
「では・・・コール」
女性勝負師の言葉に続いて、桜が同額をテーブルに乗せる。それを受けて、桜と女性勝負師の間で視線が交わされる。女性勝負師の目には疑いがかなり深かった。
桜の行動が自分を降ろさせる為のブラフであるか、ブラフでないか。そこで悩んでいるらしい。とは言え、賭け金は出た。なのでディーラーが楓へと視線を送る。これが、最後の選択になる。
「チェック」
「同じくチェック」
「わかりました」
楓に続いて女性勝負師へと視線を送ったディーラーは賭け金が出揃った事を受けて、勝負の終了を宣言する。後は、最後のカードを表にするだけだ。そしてその最後のカードが顕になった事で、女性勝負師が舌打ちした。
「・・・ちっ」
「ふぅ・・・」
「『聖女の守り』が成立しましたので、賭け金を回収させて頂きます」
桜が安堵のため息を零した。なんとか、想定通りに女性勝負師を勝負に引っ張り出す事が出来た。これで、彼女の取り分は女性勝負師の賭けた最初の50枚に、一度目のベットで乗せた100枚、更に楓の釣り上げに応じて賭けた100枚の250枚に、男性勝負師がサレンダーした時に回収された50枚の半額である25枚を含めた275枚だ。
それに対して楓は自分の賭け金が全て返って来た事に加えて、サレンダーした25枚が追加で手に入った事になる。男性勝負師は二枚目の時点でどれだけ頑張っても楓には勝てなかったので、降りて正解だった。どうやら、悪くはない腕前なのだろう。そうして、この後も勝負が続いていく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第812話『カジノでの休暇』




