第808話 カジノで遊ぼう
ヴァルタード帝国の依頼によって使いっ走りとして空飛ぶレジャー施設にやってきていたカイト達は、とりあえず依頼を後回しにして遊ぶ事にした。いきなり接触する事は出来ない。そもそもアポイントは取らねばならないからだ。向こうとて密かにやっている仕事だ。無闇矢鱈に接触すれば睨まれるだけだ。
「うっわー・・・」
一同が来たのはカジノだ。そこは500メートルもある巨大な飛空艇がまるまるカジノ施設だ。下手なショッピング・モールよりも遥かに大きい敷地面積が全て、カジノ施設だった。
「莫大な金が動いていそうだな・・・」
「お客様。本船は初めてでしょうか? よろしければご説明させていただきましょうか?」
一同の所に、カジノの店員――と言ってもバニーではない――が声をかける。どうやらキョロキョロと周囲を見回している所が初めてだと思われたようだ。事実であるので、その申し出を受ける事にした。
「お願いしていいですか?」
「はい・・・お客様は初めて、ということですので、よろしければどの程度のご予算でお遊びになられるかお教え願えますか?」
「えっと、大体一人頭このぐらいです」
カイトは別に隠す必要も無かったので、五本の指を開く。2万金貨――日本円にして2万円――という所だ。それ以上は各自の実費である。
「それでしたら、一番手前の青のエリアでお遊びください。最奥の黒のエリアはカジノをメインとして生活をなさるプロの皆様や道楽で来られていらっしゃいます貴族の方々が遊ぶエリア。入らない様に、ご注意ください。大金が動きますので、一度の敗北で遊べなくなってしまう事がありえます・・・そもそも賭け金がそれを超えてしまう事も多いですので・・・どちらにせよ、入る意味はございません」
カイトの予算を聞いて、店員が遊べるエリアを教えてくれる。どうやら幾つかのエリアに分かれて予算に応じて遊べる様にしてくれているようだ。ここはその性質上子供も立ち入れる様な場所だ。無垢な子供が間違って大金を払わない様に、という配慮なのだろう。そんなボッタクリをやられてもカジノの風聞に関わるだけだ。一応は健全なカジノを謳う以上、きちんと節度は守らせねばならない。
なお、念のために言えばきちんと紅のエリアに入る為には年齢確認と入れるだけの予算を持っている、という証明書が存在している。間違えて入ってしまったとしても勝負は出来ない様になっていた。
実は更に黒の奥には個室というVIP専用のエリアもあるが、そこはカイト達には関係がない様子なので無視させる事にした。ここは大抵王侯貴族がお忍びで遊ぶ為のエリアだからだ。
「そうですか。有難う御座います」
「いえ。では、お楽しみくださいませ」
カイトの応答を聞いて、店員は再び自らの立ち位置に待機する。そうして、とりあえずカイト達は遊べる遊戯を確認する事にした。
「えーっと、あるのはポーカー、ブラック・ジャックなんかのトランプ類に」
「スロット・マシンなんかもあるようね」
「他は・・・あれは、花札ですか?」
「ああ、オレが持ち込んだからな」
桜が少し驚いた様子を見て、カイトが明言する。ここは大陸間会議の時にレインガルドに来ていたカジノ船の本体と言える船だ。あそこに無いものはあっても、こちらに無い物は殆どなかった。
ちなみに、日本の博打といえば花札と丁半賭博であるが、丁半は無い。カイトも流石に丁半賭博は把握していなかったからだ。
「んー・・・とりあえずこの青のエリアの中なら好きに遊べるんだろ?」
「そうだな。まぁ、金のある限り、だけど」
「まぁ、程々にするさ」
翔と瞬は少し悩ましげに周囲を見回す。遊べる遊戯は無数だ。本当に数限りがない。と、そこでふと、彼が気付いた。戦っている様な音が鳴り響いていたのだ。
「うん? これは・・・戦闘音?」
「うん?」
瞬の声に、カイトも耳を研ぎ澄ます。するとたしかに、ジャラジャラという綺羅びやかの音にまぎれて剣戟の音が鳴り響いていた。
「もしかして・・・コロッセオか?」
「ふむ・・・三葉。何か見えるか?」
「・・・すいません、マスター。実はもう・・・」
カイトの言葉を聞いて、一葉がロデオマシーンの方向を指差した。そこにはすでに三葉が遊んでいた。それに、カイトが苦笑する。どうやら抑えきれなかったらしい。
なお、念のために二葉が横に一緒だ。仲の良い姉妹と思われているようで、付き添いがいるなら問題は無いか、と職員達からは微笑ましく思われているだけだった。
「ありゃ・・・まぁ、仕方がないか。お前も好きにしてこい」
「いえ、私はもう暫くお側に」
苦笑気味なカイトに一葉も苦笑気味に首を振る。今は休暇だが、もう暫くはカイトの側で待機するつもりなのだろう。とは言え、それはそれとして三葉の探知能力に頼れないのなら、頼るべきは近くを歩くカジノの店員さんだった。
「さて・・・そうなると、すいませーん」
「はい、なんでしょうか」
「ここ、コロッセオあるんですか?」
「あ、ございます。聞こえましたか? それなりに防音は施しているのですが・・・」
時々居るらしく、カイトの言葉に少し申し訳なさそうにしていた。特に獣人達は気付く事が多いらしい。
「ああ、いえ。単に冒険者やってるんで、耳が良いんで・・・」
「左様でございますか。もしご迷惑でしたら、言ってくだされば専用のイヤリングを提供させて頂きますが・・・」
「ああ、いえ。それには及ばないです。ありがとうございました」
「はい。では、もしご入用でしたら、近くの係員にお申し付けください」
カイトの言葉に頭を下げて、店員が再び歩いて行く。
「コロッセオ。有るんだってさ」
「ふむ・・・」
カイトの言葉に、瞬が興味深げな顔付きになる。やはり戦いに関する事、武名に関する事は気になるのだろう。それに、カイトが笑顔で許可を下ろした。
「好きにしろ。ここに居る間は休暇だ。金貰ったけど使い切れ、って話じゃないからな。接触する時に帰って来るなら、それでいいさ。小遣いにしとくのも有りだし、この有様だとコロッセオも賭け試合だろうさ」
「そうさせてもらう・・・と、言うわけで悪いな、翔。少し行ってくる」
「はい、どうぞ」
瞬の言葉に、翔がため息混じりに肩を竦める。二人で少し色々と回るか、と話し合っていたらしいのだが、コロッセオの存在を知って瞬が翻意したのであった。と、そうして瞬が去った事で、一同もバラバラに動き始めるのだった。
そんなカイト達を見ていた影がある。それはこの娯楽都市を治めるヴィクトル商会の者達だった。
「対象を発見・・・が、なぜ俺達はあんなどこにでも居る様な若造を見張っているんだ?」
『知らん。無駄口を叩くな。会長命令だ』
「了解」
カイトは見張られていた。いや、より正確に言えばカイト達は、だろう。というのも、カイトは実は意外と発見しやすい。ヴィクトル商会がカイトの事を知っている以上、監視があるのは当然だった。
見つけやすいのは理由がある。というのも、カイトには必ず付属品として妖精が一緒なのだ。冒険者として妖精が動いている事は珍しい。更にはそれが男女セットになると更に数が減る。
普通は男と男の組み合わせか、女と女の組み合わせだ。やはり男女差がある以上、これは当たり前の話しだろう。夫婦や恋人でもなければ普通は男女の組み合わせで旅をする事なぞ滅多にないのだ。であれば、この珍しい男女の組み合わせであるカイトが目立っても不思議は無かったのであった。
「で? 会長は今どちらに?」
『会長は執務室で仕事中だ。動向だけを報告しろ、と言われただけだ。仕事にもどれ』
「はいよ・・・ヴァルタード帝国からの密使、ねぇ・・・」
カイトの正体なぞ現状はトップシークレットも良い所だ。なので彼はカイトの正体を教えてもらっていない。なのでやる気はそこそこ、という所だ。が、この程度の質で良い。彼は所詮は囮だ。
『見張れ』
『了解』
目立つ位置に監視を置いて、その上でその監視を監視させるのだ。そうすれば簡単に自分達以外の監視を見張れる。そういう算段だった。それに、カイトの力量を知る者達からすれば、万が一でもカイトは安全だ。下手な手出しは無用に出来る。
「さて・・・これじゃ、女の子はナンパ出来ませんねぇ」
「するつもり無いでしょ」
「まぁね」
ユリィの小声での問いかけに、カイトも小声で楽しげに応ずる。カイトもユリィも勿論、帝王フィリオ以外の貴族達が寄越した密偵にもヴィクトル商会の監視にも気付いていた。ここに来る事は帝王フィリオの政敵達も知っている事だ。ならば、確実に疑うだろう。情報屋に接触するのでは、と。
そしてそうである以上、それを前提として動くだけだ。そしてそれを悟っている以上、桜達には少しナンパが怖いが別行動を命じていた。監視を外す事が必要だからだ。ここらは、暗黙の了解でヴィクトル商会と共同で動いていた。
「一度バラけるか」
「ん・・・じゃあ、20分後集合で。こっちはこっちで調べるね」
「おけ」
ユリィの言葉にカイトも頷く。まずは、監視を確認する事。そしてその次は、監視を撒く事。別に撒いた所で後で発見されるのだが、少し自由にしてこちらの手札を配置しておきたかったのだ。情報者と接触する時には、それを使って監視を完全にカットするつもりだった。
そうして、カイトはユリィと自らの分身を囮に一度監視の目から逃れる。監視が外れるのは僅かな時間だが、それで良い。その間に行動は出来た。
「はーい、集合」
「わーい。今日は遊べるー」
呼び出したのは、己と縁を結ぶ使い魔達だ。とは言え、全員ではない。フランや月花等はここまで騒々しい雰囲気が嫌いだ。適材適所の兼ね合いもある。呼び出したのはこういった場に馴染む面子だけだった。
「あー・・・ファナとファルはてきとーに遊べ。ルゥはどうする?」
「「やった!」」
「私は、旦那様の側で侍らせて頂きますわね。それが一番楽しいですもの」
姉妹でハイタッチを交わし合う獣人姉妹――しかもカイトの命令と同時にどっかへ消えた――に対して、ルゥはカイトの横が一番楽しい事が起きると考えているらしい。というわけで、即座に消える。引っ込んだらしい。
「さて・・・まぁ、逐一命令必要無いか」
こういう場に呼び出される面々は大半が言うまでもなく道楽好きだ。逐一命令するな、と言わんばかりだった。というわけで、もうカイトは好きにさせる事にする。そうして、カイトもまた、暫く移動する事にしたのであった。
とりあえず使い魔達をカジノの各所に飛ばしてから、20分。再度ユリィと合流したカイトは綺羅びやかな光の中、とりあえず適当にポーカーでも楽しむ事にする。というわけで、近くにあったポーカーテーブルのディーラーに問いかけた。
「ここのルールは?」
「テキサス・ホールデムになっております」
「どする?」
「ワンプレイ」
カイトの問いかけを受けて、ユリィが大型化する。今日は移動だけで少々疲れている。本格的なゲームは明日からにするつもりだった。それに、今日一日に全部突っ込むわけにもいかない。とりあえず、場の雰囲気を把握する必要があるだろう。いわば慣らし運転だった。
「さて・・・じゃあ、二人。横、良いかい?」
「あ、どうぞ」
テーブルにはどこかの貴族の子息らしいお上品さが滲んだお坊ちゃんが先に座っていた。それ以外にも居たが、一番端が彼だったので、カイトは彼に問いかけて席に腰掛ける。その横にはユリィだ。
「ルールの説明は必要ですか?」
「いや、別の所でやった事がある。気にしなくて結構」
「私もー」
「かしこまりました」
そもそもオレが持ち込んだんだけどな、とカイトは内心で笑いつつ、テキサス・ホールデムを開始する。そうして、この日一日は何事も無く、カイト達は適当に久し振りに戦いを忘れて各々遊び呆ける事にするのだった。
と、言うわけでそれから数時間。夜も近くなった頃にカイトは一度全員揃える事にした。と、どうやら瞬の方はまだ試合中らしく、少し待つ事になった。というわけで、その間に今日の戦果を話し合う事にする。
「ま、今日はこれぐらいか・・・ず、随分と勝った様子だな・・・」
「そうね」
「うふふ・・・」
楓のメガネがキラリと輝いて、桜が僅かにわかる者にはわかる黒い笑みを浮かべる。それに対して、翔は落ち込んでいた。
「あー・・・全部すったのか?・・・金、貸そうか?」
「いや、全部はすってねぇよ・・・でもまぁ、負けた・・・」
「あはは。時々初心者エリアにもプロ紛れ込むからなー・・・」
「違う違う。私達と桜ちゃん達にフルボッコにされたのよ、こいつ」
カイトが苦笑気味に慰めの言葉を送ると、そこに皐月がホクホク笑顔で笑いかける。どうやら彼女は勝ち越していたらしい。
「うん?」
「ほら、私達ってこっちでのゲームは知らなかったから、三人一緒で回ってたのよ。で、偶然見付けた『運命の女神』って言うゲームで遊んでたのよね」
「ああ、あれか・・・」
カイトとユリィにはさして思い入れは無いが、その他の面子からすれば『運命の女神』は異世界のゲームだ。興味があって当然だったのだろう。少し案内すればよかったかな、とカイトもユリィも自省しておく。とはいえ、これで流れは読めた。なので、カイトがそれを告げる。
「で、そこにこいつが来たわけか」
「ふふふ・・・一日の長があるかな、って思ったんだよ・・・」
「あー・・・ご愁傷様」
カイトは何が起きたか簡単に理解して、頬を引き攣らせた。このゲームであれば、翔はかつてサリアの所で体験させて貰った。その分の差が出せるか、と思って来たらしい。だが、ここで思惑違いが出てしまった。
というのも、皐月という天然の小悪魔だ。彼女は人の心理を読む事が長けた存在だ。そうでなくては翻弄なぞ出来るわけがない。ということでまさに水を得た魚のように『運命の女神』とは馴染んだのであった。
「弥生さんはあの通りだし、睦月ちゃ・・・睦月はなにげに手堅く上がるし・・・」
「お前一人だけ翻弄され続けた、と・・・で、その前には桜達にフルボッコされたわけか。勝てると踏んだお前が敵を見誤ったな。皐月はこれにかけちゃ、天性の才能があるだろうな」
「いえ、そこまで手酷くはしていませんよ? 多少、貴族の方々も一緒でしたので・・・」
「どこまで増やした?」
「楓ちゃんと一緒に5倍ぐらいは」
「・・・こわっ」
にこにこ笑顔の桜に、ユリィが小声で震え上がる。笑顔が黒かった。ちなみに、5倍と言いつつ更にその倍は稼いでいそうだった。恐ろしい事この上ない。この分だと、カジノで食っていけるかもしれない。
「で、一葉達は?」
「あはは・・・始めスロットで遊んでたのですが・・・その後にもう一度ロデオ、と疲れてしまったみたいですね」
「はぁ・・・貸せ。連れてってやる。女に子供を抱っこさせておくのも格好悪いしな」
「すいません・・・」
カイトは苦笑気味な二葉から三葉を受け取って、おんぶする。どうやら三葉は遊び疲れてしまったようだ。どうにもこうにも天真爛漫さが強かった。というわけで、一葉達は殆ど増減なしか、僅かに減少と言うところだろう。
「で、カイトはどうなの?」
「うん? オレか・・・オレはプラマイゼロ、って所か」
「あら・・・珍しいわね」
カイトとユリィのプラマイゼロという答えに、弥生が少し意外感を滲ませる。大抵、カイト達はカジノと言うか賭け事をすれば最終的には大勝しているのだ。平凡な成績は珍しかった。
「風邪?」
「さて・・・まだ勝負は続く、って事じゃねぇかね? っと、先輩も来たな。じゃ、今日は帰るか」
「うにゅ・・・」
カイトの言葉に三葉が寝言で応じて、それに一同は小声で笑いながら、アポイントの時間までまだ少し有るので、一度引き上げにしてホテルへと帰る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第809話『風』




