第805話 山狩り
フューリア達を送り届けたカイト達は、ひとまず取って返す様に近くの山へと戻り、残してきた兵力に設営させた陣地へと入った。
「さて・・・で?」
「報告を」
「賊はまだ気づいていない様子です」
「洞窟からは?」
「未だ出ず。動きは活発になっていません」
ティトスの問いかけを受けて、見張りを行っている兵士からの情報が報告される。
「敵は厄介な『コカトリス』を連れている・・・さて、どうするか」
軍の高官の一人が、どうすべきかを思案する。『コカトリス』のランクはSだが、実際の戦闘能力としてはランクBだ。飛空艇を使えば簡単に始末出来る。
とは言え、それにしたって洞窟から出てくれれば、という話が前提に入る。洞窟に篭もられている現状では使える手ではない。盗賊退治に山一つ切り崩しました、では軍の面目が立たない。そうして、どうするかを問いかけた高官に対して、オブサーバーとして参加していたカイトが笑った。
「奴ら出てこねぇだろ。出ればなぶり殺しかよしんば捕らえられても縛り首・・・いや、斬首刑か。それでも活路を切り開こう、ってんなら見上げた根性だが・・・んな勇猛果敢な奴が盗賊に堕ちるわけがねぇからな・・・なら、それを利用しちまえば良い」
「ふむ?」
カイトの正体は知らないが、この場にティトスが直々に招いた冒険者、という事で全員が耳を傾けてくれたようだ。
「閉じこもってもらう、と?」
「ああ。まぁ、それにだな。ぶっちゃけると出て来てもらっても困る」
「『コカトリス』の討伐が楽になるが?」
「はっ・・・ゴミが逃げるだろうが。鶏よりゴミのが掃除しにくいんだよ、うろちょろと動かれると」
「む・・・」
それは確かに。軍の高官達は全員顔を見合わせて同意する。一番困るのは、盗賊にこの場から逃げられる事だろう。逃げられれば自棄にやられて被害が拡散してしまう可能性があった。
盗賊達は冒険者や軍の役割としてはスカウト達に近い。それ故、気配を隠したり、抜け道を作ったりするのは彼らの得手とするところだ。それで生き残りが集まってまた盗賊団を結成されて、というのが常に軍の高官達を悩ませる事だった。
確かに、言われてみれば所詮逃げた所で野生に還るだけの『コカトリス』よりも、逃げた先でも無法を働く知恵の回る盗賊達の方が厄介は厄介だった。ということで、カイトが申し出た。
「ティトス殿。一部で良いので軍の指揮権を借りたい」
「何をするおつもりですか?」
「ん? 鏖殺」
ぞわり、と軍の高官達が背筋を凍らせる。笑顔で告げた言葉は、皆殺しだ。あまりに、恐ろしい。
「ま、効率的かつ能率的な盗賊狩りにゃ、手があるんだよ。なぁに、捕まってるだろう女性達はきちんと救助する」
「・・・どうしますか?」
「策をお聞かせ願えますか?」
「ああ、良いぞ。簡単だからな」
ティトスの言葉を聞いて、カイトが作戦を伝えていく。それは本当に非常に簡単な作戦だった。
「・・・むぅ」
「な? 簡単だろ?」
「ティトス様。どうされますか?」
「・・・どちらにせよ、帝国としてはそれしかない。盗賊如きに母上に手を出されて生き残りを出した、では面子が立ちはしない。この策を採用します」
カイトの作戦は敵の全滅が可能というよりも敵の全滅しか無い事を考えれば、妥当な作戦だった。唯一、冷酷非道という一言を除いては、だ。
が、それを気にしては生きていけないのが、盗賊が実在する世界だ。一罰百戒。それを見せねばならないのである。
「良し。じゃあ、準備を整えさせてくれ」
「わかりました。兵を動かしなさい」
カイトの言葉を受けて、ティトスが兵を動かし始める。そうして、カイト主導の下、ヴァルタード帝国による山狩りが始まるのだった。
さて、カイトがまずやった事は、盗賊達に襲撃を伝える事だった。
「おぉおぉ。逃げようとするよな、今まで手に入れたもん持って」
慌ただしく撤収の用意を進める盗賊達を観察しながら、カイトが笑う。彼らに馬は無い。『コカトリス』が居るのに、馬を使う必要がないのだ。そして竜なぞは以ての外だ。なら、輸送に使うのは何か。
それは、『コカトリス』しか存在していなかった。と、そんな彼らを見て笑顔を見せるカイトに、瞬――彼も作戦に参加していた――が問いかけた。
「良かったのか?」
「あん?」
「いや・・・逃げられないのか?」
「盗賊共は欲の塊だ。なら、まず考える事は敵が来る前に奪ったお宝を持ち出そう、って所だ。襲撃がまだなら、逃げるよりも前にお宝を運び出すのさ。せっかく手に入れたお宝だ。みすみす手放したくはないだろ? これは一般人でも一緒だ。欲に駆られた奴程、操りやすい奴らはいない」
カイトが必死で逃げる算段を立てている盗賊達を嘲笑う。そうして貰わねば困るし、そうするからこそ盗賊なのだ。
「せっかくの鶏だ。こういう時に使わないと損・・・せっかくの機動力と戦闘力をわざわざ輸送用に犠牲にしてくれてんのさ」
洞窟の中の状況は瞬にはわからなかったが、準備は大急ぎで整えられている様に思えた。なにせ先程から洞窟の中では騒がしく物音がしているし、物見の盗賊が何人も洞窟から出ていた。誰かがきちんと指揮しているのだろう事は理解出来た。
「状況は?」
『出て来た者達は全員、見張っています。合図と同時に、捕縛可能です』
「良し」
返って来た報告に、カイトが笑う。盗賊達に襲撃を伝えた理由は、もう一つあった。一度全部の盗賊をアジトへと呼び戻させる為でもあった。
さすがに盗賊達が携帯出来る通信用の魔道具を持ち合わせているとは思えない。とは言え、そのまま放置させれば軍に捕まるか討伐されて、いたずらに兵力を消耗するだけだ。
それぐらいは盗賊達だって理解出来るだろう。となると伝令が動くか、即座に子分達を戻さないといけないのだ。ならば、やることは簡単だ。伝令を見張り、何処に子分達が居るか見付ければ良いのだ。案内は盗賊達がしてくれる。迷う事は無い。
『こちら第5中隊。盗賊の分隊が占拠している廃墟の周囲への配置完了です』
『よろしい・・・カイト殿。そちらの状況は?』
「もうちょい、待ちだな。あと少し焦らせたい」
ティトスの言葉に、カイトが舌舐めずりで答える。まだ、早い。焦りが極限に達した所が、攻め時だ。そうして、カイトが耳を研ぎ澄ませる。
「・・・今だ!」
カイトが号令を下す。それと同時に、ぱぁん、という鉄砲の様な音が鳴り響いた。そして時同じく、盗賊達が次のアジトと選んで占拠していた所へも、襲撃が始まる。
『かかれ! 上空の飛空艇は攻撃を開始しろ!』
「ま、ホントは鉄砲の威力を知らしめた上で使いたいんだが・・・無理だしな」
轟音が鳴り響く。それに、盗賊達が動きを見せた。当然、それは撤退の為の動作だ。
「急げ! 親父に連絡しろ!」
「ちぃ! このタイミングかよ! あと少しって所で!」
物見の一人が襲撃が始まった事を周囲へと伝える。が、まだ襲撃はしない。なだれ込んで戦いを開始するのではない。それでは逃げられる。必ず、洞窟の中には別の逃げ道があるはずだ。『コカトリス』が出入り出来るのがここというだけだ。
「さて・・・幻影を展開しろ! 木陰に隠れて、人数ははっきりとわからせないようにしろ!」
「了解!」
カイトの指示を受けて、軍の魔術師達が兵士達の幻を生み出す。非常に簡単な術式だが、焦った盗賊達には、見分ける事は出来なかったようだ。
「来た! 全員逃げろ!」
「お・・・入ってった。うっわ。最高に馬鹿だ。全員一目散に逃げ込んだよ。誰か一人は残って確認するとかしろよ」
物見達全てが撤収したのを見て、カイトが嘲笑う。一人二人は外で片付けるかな、と思っていたのだが、まさか全員ものの見事に撤収してくれるとは思ってもみなかった。
「さて・・・」
逃げ込んでいった盗賊達の背中を見ながら、カイトは悠々とアジトの入り口前に立つ。誰の視線も感じられない。そして安全の確保を確認すると、軍の兵士達に合図を送った。
「来い」
「はっ」
「準備は?」
「出来ております」
「よろしい・・・では、やれ」
「はっ! 音響術式起動・・・炸裂音を再生します」
カイトの指示を受けて、軍の魔術師達が一斉に爆発音を鳴らし始める。音だけだ。攻撃はしていない。
『なんだ!?』
『もう来やがったのか!』
『あっちの入り口は放棄しろ! あの数じゃ出られやしねぇ!』
外から響いてくる轟音に盗賊達は通常使っている出入り口は使えない、と理解する。そして中から響いてきた声に、カイトは出入り口がやはりここだけではない事を把握した。
「そのままやり続けろ。内部構造を把握する」
「はっ」
カイトは軍の魔術師達の炸裂音を頼りに、洞窟の内部構造を把握する。蝙蝠のソナーと同じ原理だ。反響を利用して内部構造を理解するのである。
「・・・そことそことそこ」
カイトは杖を取り出して、連続して特定の地点へと巨大な岩石を降り注がせる。全て、盗賊達が作った非常口の場所だ。これで、出入り口はカイト達の立つここだけになった。
そうして、暫く。カイト達は音だけを使って盗賊達を混乱に陥れる。音だけしかない。誰も敵を確認しに行こうなぞ思わない。敵は軍の精鋭だ。勝ち目なんて一切無いのだ。
なぶり殺しになりたくなければ、入り口からは離れていくのが考え方だ。だからこそ、誰も確認しない。そして、カイトはそれを横目に、無数の火球を生み出し始めた。
『なんだ!?』
『こっちは駄目だ!』
『こっちもだ!』
『どうなってやがる!?』
自分達が作った非常口全てが原因不明の要因によって完全に封鎖された事に気付いた盗賊達が、慌てふためく。それに、カイトが悪辣な笑みを見せた。
盗賊達は今、出入り口から遠く離れている。なんとか非常口を開けようとしているが、カイトを相手にどうにか出来るわけがない。そうして必死で焦る盗賊達を尻目に、カイトは生み出し続けていた無数の火球を一つに練り合わせ始める。
「さぁ・・・こっからが地獄の開始だ」
カイトが火球を練り合わせて創り上げたのは、黒々とした禍々しい炎だった。轟々と燃え盛る黒炎は地獄の業火を思い起こさせた。そして、正しくその通りだった。
「畜生道に堕ちた奴らに、情けは要らず・・・<<黒炎>>!」
カイトは一切の慈悲も無く黒炎を洞窟の中へと放り込み、更に一気に魔力を注ぎ込んだ。そうして、カイトの魔力という燃料を得た黒炎は一気に火勢を増して、洞窟の中を覆い始める。
『なんだ、この炎は!?』
『黒い・・・炎・・・?』
『迫ってくる!?』
洞窟内に、盗賊達の困惑の声が響き渡る。
「敵を火計に掛ける場合は、逃げ道を無くすのさ」
カイトは少し儚い笑みを浮かべて、洞窟の中の行く末を見守る。思うのは、何時も一緒だ。堕ちなければ、こんな事にはならない。なのに堕ちたからこそ、地獄を見る羽目になるのだ。と、そうして一通り焼き尽くせたらしい。カイトが魔力を送り込むのを停止させた。
「・・・終わりだな」
『了解・・・分隊側の掃討作戦は進行中』
「了解した。援護に向か・・・」
援護に向かう。そう言おうとしたカイトだが、目の前で物音が鳴り響いた事に気付いた。
「っ」
「う・・・あ・・・だずげで・・・」
どうやら偶然にも生き残れたらしい。カイトとて念入りに焼き尽くしたわけではない。よほどの幸運に恵まれれば、生き残れる可能性はゼロでは無い。そのよほどの幸運に恵まれた、と言うところなのだろう。
そうして、半ば炭化した身体を引き摺ってボロボロになりながら救助を求めた盗賊の生き残りに対して、カイトが冷え切った目で問いかけた。どうやら最早盗賊とも認識しなくなっていたらしい。
「助けて、か・・・お前ら、そういった奴らを助けたのかよ」
たーん、という音が響いて、盗賊の生き残りが倒れ伏す。響いたのは銃声で、撃ったのはカイトだ。カイトがまだ盗賊の声を聞こえていた当時は、常に問いかけていた。助けてと願った人達を助けたのか、と。
助けたはずがない。彼らが何より恐れるのは報復だ。軍による掃討作戦も、冒険者の集団による討伐も、全ては彼らの働いた悪事に対する報復なのだ。
ならば、報復される前に命さえも含めて、徹底的に略奪するしかない。それが彼らの選んだ生き方だ。そしてその果てに待つのは、当然の破滅だった。
「因果応報・・・てめぇらの悪行が、オレを呼び寄せたんだ。死んでも、忘れるなよ。暴力の果てに待つのは、このオレだ・・・残敵ゼロ。これより分隊の援護に向かう」
『了解』
カイトの言葉を聞いて、軍のオペレーターが案内を開始する。そうして、カイト達は一切の手を煩わせる事もなく本隊の討伐を終えて、分隊の支援に向かうのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第806話『追加の依頼』




