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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第45章 小さく、しかし大切な依頼

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第803話 炎の記憶

 今回、前半部分は弥生の過去世のお話です。少々わかりにくいのはご了承ください。

 燃えている。目の前に広がっているのは、地獄の業火よりも遥かに強烈な炎だ。全てを焼き尽くす真紅の炎だった。


『お早く!』


 女の声がする。誰かが『自分』に叫んだのだ。そして、引っ張られた。


『・・・』


 思考が纏まらない。燃えている。燃えているのは、少し大きめの寺だ。燃やしたのは、『自分』の夫。原因は夫婦が配下だと思っていた男。彼が信じていた男の一人だ。


『・・・行け』


 男の声が、自分へと向けられる。50も前にした白髪混じりの男だ。色々とあったが、30年以上連れ添った夫婦だ。白髪混じりであるのは当然だろう。

 が、そんな男は妻に行けというわりに、自分は助かる気は無かった。当然だった。この炎は、彼を燃やす為に放たれた炎だ。そして、彼はこの炎に焼かれて死ぬ覚悟を固めていた。


『この炎の中、あれは儂を殺す為だけにここから離れられまい・・・女を気にしていられる状況でもなし。だが儂だけは、生かしてはおけぬ。ならば、儂がここで引き付けよう。後は、黙して語るな。この一件は全て、聞くがままを答えとせよ。お主はこの場にはおらなんだ。それを答えとせよ』


 男が告げる。酷く事務的な、夫婦の最後の別れの言葉。夫として心配しているのか、それとも一国一城の主だった者としての言葉か。それは、分からなかった。


『っ!』


 何も言えぬままに手を引っ張られて、その場から連れ出される直前。『私』は涙した。言いたかった事は山ほどあった。告げたかった事も山ほどあった。

 素直になれればよかった、と別れが始まって初めて、そう思う。だが、それ故に言いたいことが多すぎて、何を言えば良いかわからなかったのだ。だが、その涙に込められた感情だけはしっかりと、この業火の中に消える前に彼へと届いていた。


『・・・泣いてくれるか。ははは! これは良い! 女帝の目にも涙が浮かぶか! 儂もまだまだ悪くはないのう!』


 炎の中、男が子供のように笑う。この笑顔が、『私』は好きだった。もういい年なのに、彼は子供のように笑うのだ。それが、好きだった。ついぞ、一度も言えなかったが。

 炎の中に消えていった『私』の涙の意味を理解して、嬉しかったのだろう。多分、彼は不安だったのだ。それがかき消された今、彼女が信じた自分で在り続ける事だけが、最後に彼が出来る事だと思ったのだ。その姿には、最後だと言うのに生きる気力が満ち溢れていた。


『ゆけ・・・人間五十年。後1年足りなんだが・・・所詮、この世は夢幻の如くよ。此度はこれで別れるが、この世は他生の縁。また何時か、此度の如くに巡り会えよう。その時まで、達者でな』

『・・・殿! 最後まで、お達者で』

『うむ! 我は魔王! 第六天の魔王なり! 欲に溺れし者共よ! 哀れにも踊らされた愚者共よ! どちらも等しく我が刃の下に散り、六道輪廻に還れ!』


 最後の『私』の言葉に男が楽しげに、そして嬉しそうに笑い、刀を構えて高らかに謳い上げる。彼は、第六天の魔王。その名は、織田信長。乱世を駆け抜けた無頼漢の一人にして、当時の地球有数の覇王だった。

 そして、魔王とも言われる男。負けるにしても、存分にやってもらわねば『自分』の立場が無かった。だからこその、この激励。覇王の妻であるが故に、最後の別れは涙であってはならない。覇王として最後まで覇を掲げ続ける。そう、考えたのだ。そして、それが二人には正解だった。


『・・・殿・・・私は最後まで、生き続けましょう』


 燃える寺を、後にする。『信長(かつての彼)』の読み通り、敵は自分達は気にも留めなかった。気にしていられる余裕も無い。これは下克上。どちらかが死なねば終わらない。その他にかまけている暇はない。悲しみはある。恨みもあろう。しかし、それでも。


『全く・・・素直じゃないお人・・・』


 『私』の目から、涙が流れる。素直じゃないのは、はじめから分かっていた。二人共素直じゃなかった。夫婦仲は険悪とも周囲から言われていた。所詮は政略結婚。はじめは殺そうとさえ思った事のある相手だ。

 後悔があるとすれば、それだろう。もう少し自分が素直であれれば。もう少し歩み寄れていれば。そう、思った。


『う・・・うぅ・・・』


 悲しい。もっと素直に。一緒に居たいと願えば、一緒に逃げよう、と言えれば、彼も逃げられたのかもしれない。己のわがままだ。聞いてくれる様な気はしていた。だが、自分は彼に覇王としてあってもらう事を望んだ。だからこそ、今生ではこれでお別れだった。


『鷺山殿! 急ぎませぬと!』

『・・・ええ』


 逃げられるかどうかは、微妙な所だ。だが、辱められる事だけは、避けねばならない。『私』は覇王の妻。『私』が汚される事は彼が汚される事と同義だ。そうして覚悟を決めて、再度走り始める。と、その次の瞬間だ。目の前に、数人の武士が現れた。


『!』

『! どの者の手勢ぞ! これなるは信長公の北の方なるぞ!』

『! 申し訳ありませぬ!』


 男たちはこちらの名乗りを聞いて、即座に跪く。そこには一切の敵意は無かった。数多の者達を見た『私』には、それがわかった。とは言え、それで供回りが理解出来るはずもない。だからこそ、疑う彼女は彼らへと問いかけた。


『そなたらの殿は誰じゃ?』

『お待ちなさい・・・あれを』

『! お主は・・・生きていたのですか』

『ッ・・・スイマセン』

『良い。その手傷を見れば、どれほどの激闘を経たかわかりようなもの。爆発で放り出されたのでしょう』


 一人の武士の謝罪に、『私』は首を振る。彼はこの中で一番ボロボロだった。仲間を庇いもしたのだろう。背中には矢が無数に刺さり、刀傷も無数に受けていた。生きているのが不思議な程の傷だった。死ねない、という想いだけが、彼を動かしていた。と、そんな『私』に、別の武士が問いかける。


『鷺山殿・・・それで、殿は・・・』

『炎に消えられた。今頃は敦盛でも舞っておろう。妾らは殿の舞に邪魔故、外に出されたのよ』


 『私』が笑って首を振ると、彼らが涙を流す。よく見れば、刀も抜いていた。半ば、答えは理解していたのだろう。そしてそれ故、今ここで命果てようとしていたのだろう。そこに偶然、自分達が通りがかったのだ。問いかけは、最後の望みに縋る為のものだった。


『どうされますか?』

『殿が見通していた通りでしょう。ならば、その通りに』


 『私』は言われたとおりにする事を決める。これから先。自分達は立ち入れない。いや、立ち入ってはならない。命を失う事になるからだ。それは、出来ない。この後の全てを彼は見通した。ならば、それに従って生き延びるまでだ。


『ついてまいれ。大殿の最後のご下知である・・・その命。大殿を思うのであれば、我が為にぞ散らせよ』

『・・・御意』

『ハッ』


 今の今まで命を捨てようとしていた武士達の目に、再び光が宿る。それからは、ただただ戦いながら逃げ続けた。それが、彼女が一生で一番強く焼き付けた光景。己の前の一生。炎の中に散った愛の記憶。『彼女』の大切な記憶だった。




 それを、弥生は思い出していた。忘れたくなかった。愛した人が消えていった炎を、そこで見た光景を、彼を慕った者達を。全てを、忘れたくなかった。そしてそれ故、今の彼女へと力を受け渡してくれた。かつての彼女が出来なかった事を今の弥生が成したからだ。


「<<大火・覇王の墓(ほんのうじ)>>」


 世界が燃える。手には扇子と鉄砲。衣服は蝶の着物。これが、彼女の一生の顕現。永遠に忘れられなかった最後の別離。扇子と鉄砲はかつての夫。蝶の着物は『かつての私』。それを表していた。


「斎藤 帰蝶。輿入れしてからは、鷺山殿。それは、かつての私。素直になれなかった私の過去世・・・そして、今のカイトを繋ぎ止める事が出来た理由」


 弥生が笑う。かつてなぜ止められたのかは、今なら分かった。可笑しな話だ。彼と『彼』は大きく違うというのに、どこか似ていた。大人になっても子供の様に笑い、自分の道しか進めない。色々と違っているのに、自分が大好きだった所だけは、変わっていなかった。


「熱く、苦しいでしょう? 身体を焼く炎より、この身を焦がす恋慕の情が熱かった。あの時の私は、その想いだけは忘れなかった。今の私が素直なのは、そのお陰よ。最後の最後まで素直になれなかったものね、貴方は」


 過去の己に、弥生が微笑み掛ける。それに、魔物達が燃え狂う。とは言え、さすがにただ燃え盛るだけの炎では、知性ある者を焼き尽くす事は難しい。だが、これで終わりではなかった。日本人であれば誰もが知るだろう模様が、炎の中に浮かび上がった。


「・・・三葉葵?」

「それだけじゃない・・・千成瓢箪、二つ雁金、桔梗紋、道三波紋・・・全部、織田家家臣団か、それと懇意にしていた者達の家紋・・・」


 桜と楓が、目を見開いた。燃え盛る業火の音で、弥生の声は彼女らにまでは響いていなかった。それ故、何が起きているかは、彼女らにはわかっていない。

 見たままを言えば、炎の中に無数の旗が翻ったのだ。それも、単なる旗ではない。戦国乱世の世に生きた武将達の旗だ。そして、その旗の下に影法師達が集まってくる。それは、武士の格好をした影法師だった。


「ふふ・・・これが、私の前世を使った<<原初の魂(オリジン)>>。かつての『私の夫(織田信長)』の旗の下に集った人達。それは本能寺を知って、取るものも取りあえずで駆けつけようとしてくれた人達・・・それを影法師として呼び出せるのよ、私は。皆、泣いていたわ。そして、何度も聞いたわ。間に合わなかった、申し訳ありませぬ、って。その願いを、私は知っている」


 弥生が笑みを見せる。それは牙を剥いた獰猛な笑みだ。それの意味を、盗賊達は理解した。


「っ! ランクSの化物だと!?」

「さぁ、大殿の代理として、命を下しましょう。これなるは、私に牙を剥いた賊。大殿の嫌う畜生道の獣。家臣一同よ。大殿の言葉を、天下布武の真の意味を忘れぬのであれば、今ここにその刃を抜き放て」

『『『おぉおおお!』』』


 影法師達が弥生の言葉に呼応する。それは、日本人ならば誰もが知る英雄達。本当の戦国乱世を生き抜いた者達の顕現だ。しかも、今は弥生の力によって並外れた段階にまでその力量を持ち上げられている。


「撃て!」


 弥生の号令の下、現代ではもはや織田信長の代名詞の一つでもある鉄砲隊が一斉に乱射を開始する。それは、弥生の呼び出しに応じた事で魔弾へと姿を変えて、敵を撃ち貫いていく。


「進め!」


 再度の弥生の号令に従って、槍や刀を構えた影法師達が一気に盗賊達の征伐に入る。それは、一方的な虐殺にも近い。所詮敵は訓練を積んでいない盗賊や山賊。それに対して彼らは正真正銘の戦人(いくさびと)だ。一方的な虐殺になるのは、当然だった。そうして斬り伏せられた血肉は全て、業火に焼かれて消えていく。


「人間五十年。ああ、半分程も生きてないかしら・・・」


 氷の微笑。覇王の妻に相応しい女帝の微笑み。弥生が浮かべるのは、そう言う笑みだ。前世の彼女を呼び出した事で、一時期的とは言え僅かに影響が出たのだ。そうして、最後に立っていたのは盗賊の親分と思しき男だった。それに、弥生は手に持った魔銃を向ける。


「じゃあ、さよならよ、盗賊の親分さん。残念ながら、私達は敵には容赦はしないのよ・・・それも、畜生道に堕ちた様な者には」


 たぁん、という軽い音が響いて、どさり、と盗賊の親分が業火の中に沈む。今の彼女に容赦は無い。今の彼女は女帝だ。ティナにも匹敵する冷酷さを持ち合わせていた。


「あら。畜生道と言ってもわからないわね・・・まぁ、詳しい話はあの世でわかるわ・・・じゃあ、終焉よ」


 弥生の言葉を受けて、業火が更に一気に燃え上がる。そうして起きた現象に、桜が思わず悲鳴にも近い声を上げる。


「「弥生さん!?」」


 業火がまるで本来はそうであるべきなのだ、と言わんばかりの勢いで弥生を包み込んだのだ。が、そうして弥生を包み込んだ瞬間、弥生は再び元の衣服で現れた。


「ふぅ。これやると、ちょっと怖くなっちゃうのよねー」

「・・・え?」

「あの・・・炎に飲まれなかった・・・?」


 意味が理解出来ず、楓が問いかける。それに、弥生が少し笑った。そう見えるのも当然だからだ。


「あぁ、あれ? あの力は<<原初の魂(オリジン)>>・・・って、わかるわよね?」

「え、あ、はい」


 何時も通りの弥生に微笑みかけられて、桜と楓が顔を見合わせて頷く。<<原初の魂(オリジン)>>についてはすでに知っていた。が、それとこれとの関連性が理解出来なかった。


「あれは本能寺の変を模した力・・・あそこで死にたかった、という私の願いの表れなのよね。ということで、あれは最後に私を飲み込んで終わる・・・んだけど、私は死ねないから、この通り元通りになる、というわけよ」


 本当に馬鹿よね、と笑いながら、弥生が事情を説明する。それは良い。まぁ、そういうこともあるだろう。そう、二人も受け入れられた。だが、どうにも腑に落ちない事があった。


「あの・・・それで、本能寺の変と弥生さんにどういう関係が・・・?」

「あら・・・まぁ、あの音の中じゃ当然かー」


 弥生がてっきり理解出来ているものだと思って聞こえてなかった事を、ここで把握する。そうして、彼女らは救援を待つ間の暫く、弥生の前世についてを聞く事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。ということで、弥生の前世は『斎藤 帰蝶』。カイトの前世は『織田 信長』となります。

 次回予告:第804話『ちょっとした推測』

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[気になる点] 弥生の強さは実際どれくらいなのでしょう? 冒険部最強は瞬となってますが
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