第801話 作業再開
カイト達がなんとも言えぬ空気を発しながら過ごしていた頃。弥生は、というと桜達と一緒に出立の用意を整えていた。
「武器の持ち込みは禁止、なのね?」
「ええ」
弥生の問いかけに、楓が応ずる。当たり前の話であるが先帝の后と言えば現帝王の母にあたる。誰がどう考えても重要人物だ。その前で武器を携えての謁見なぞよほどの人物――カイトぐらい――しか許される事ではない。なので武器は全部回収された上で、だった。
「んー・・・じゃあ、異空間との接続も禁止されてそうね」
弥生は少し顎に手を当てて、どうするか考える。珍しい話ではないのだが、Aクラスも上位にまでなると自分で異空間を創り上げてそこに武具をひっそりと隠し持つ者は少なくない。これはよく知られた話だ。
となると、各国ともにそれにも対処もして当然だ。その上で対処も出来る様になると超一流の冒険者と言われるのだが、さすがに弥生では些か厳しい。彼女は最大でランクSの戦闘能力を持ち合わせるが、それはあくまでも様々なブーストの上での話だ。技能としてそれに見合っているわけではない。
「ま、諦めますか」
結局、カイトがすぐに来れる事を考えて、弥生は対処を丸投げにする事に決める。というよりも、考えた所で無駄だからだ。さすがに彼女もフューリアの前で武器を持つわけにはいかない。なので対処は軍に任せるだけだ。
「・・・と、言ってもここで諦めるのは私らしくないから・・・」
彼女は地球の神々から幾つもの暗器を貰っている。というわけで、彼女はアテネという神から貰ったペンダント型の防具を使う事に決めた。巨大化して盾に早変わりする優れものであった。過日にシャムロックの前で使った盾が中に仕込まれている。防御は十分だった。
「じゃ、行ってくるわねー」
「あいよー。気を付けてー」
「いってらっしゃーい」
自ら達に向けて手を振るカイトと皐月に手を振って、三人は談話室を後にする。この後は馬車に乗って、フューリアと共に慰問の旅に行くだけだ。
道中で怖いといえばランクSのコカトリスの石化能力が怖いが、純粋な戦闘能力であればランクBなので弥生ならば単騎撃破が可能だ。
軍も居るし、密かに八咫烏も同行するのだ。<<布都御魂剣>>があれば石化は無効化されるし、群れで来ても桜と楓と力を合わせれば圧勝も可能だろう。外に出れば、異空間との接続も可能と思われる。カイトとしても不安は無かった。
「さて・・・じゃあ、こっちは睦月待ちか」
「そうね」
カイトの言葉に皐月も頷く。二人としてはこんな所にふたりっきり――と言ってもユリィはいるが――にしてほしくなかったが、睦月は真剣にレシピを考案中だし、瞬は昨夜は酔っ払って帰って来た様子で朝風呂に入っていた。と、そんな所に睦月が出て来た。
「あ、お姉ちゃん達、もう行きました?」
「おう、たった今な」
「あー・・・」
しまったな、という顔を睦月が浮かべる。どうやら挨拶はするつもりだったらしい。なお、弥生達はそれを配慮して密かに出て行ったのであった。
「で? 何か必要なモン出たのか?」
「あ、はい。一応ポン酢・・・ゆずポン欲しいかな、って思ったんですけど・・・」
「わかった。買いに行ってくる。材料か?」
「はい。ポン酢はあるんですけど、ゆず風味のポン酢は無いので・・・」
カイトの言葉を受けて、睦月がレシピに乗っていたゆずポンに必要な材料を聞いていく。
「えーっと、めんつゆはとりあえず鰹でなんとか作るから・・・あ、そうだ。日本酒ちょっともらえますか? めんつゆに使いたいので・・・」
「ん? ああ、良いぞ。中津国の酒とガチの日本酒、どっちにしとく?」
「日本酒でお願いできますか? 一度こっちのお酒も貰ったんですけど、やっぱりちょっと違和感が・・・」
「わかった」
カイトとて昨夜皐月の前では渋ったが、仕事とあれば供出に迷いはない。というわけで自らの持つ異空間の中に手を突っ込んで純米大吟醸を小分けにした物を取り出す。料理に必要なのは大さじ2杯程度だ。全部は使わない。
「ありがとうございます。後めんつゆに必要なのは・・・みりんは大丈夫、醤油はある、水もかつおだしも昆布だしも大丈夫・・・うん、これでとりあえずめんつゆは出来るかな」
「そういや、どうしてめんつゆ?」
「あ、めんつゆを使ってポン酢作ろうかなって・・・」
「ふーん・・・」
地球のレシピはスマホ型魔道具の中に無数に入っている。その中にはポン酢の作り方も入っていた。どうやらそれを見ながら選んだのだろう。本来は顆粒タイプの出汁が欲しいのだろうが、無いものは仕方がない。有るもので代用していく事にしたようだ。
「ゆずはあったのか?」
「あ、そうだった。えっと、ゆずを見繕ってもらえますか? どうにもゆずは手に入れてないみたいで・・・」
「ああ、わかった。じゃあ、ちょっと城下町行ってくるよ・・・ユリィと皐月はどうする?」
「私も一緒に行く」
「私もー」
どうやら皐月とユリィも一緒に行く事にしたようだ。ここに居た所で暇だし、また別に必要な物が出れば瞬も居る。問題は無いだろう。と、そうしてカイト達が用意を整える一方で、睦月も帝城から与えられたエプロンに袖を通していた。
「じゃあ、僕は厨房でコック長と一緒にめんつゆ作ってみます」
「おう。じゃあ、早めに見つかれば帝城の厨房に持っていけば良いんだな?」
「はい、お願いします」
そうして、弥生達が馬車に乗った一方で、この日からカイト達はまた料理の食材の調達に奔走する事になるのだった。
と、帝城を出たカイト達がまず目指したのは、数日前と同じく帝都の西エリアにある喫茶店だった。ゆずは秋頃が旬で、その頃には甘味として使われているかも、と思ったのだ。
「柚子ですかぁ?」
「ああ、柚子。知らない?」
「あー・・・毎年秋には柚子の蜂蜜漬けとかしてますねぇ」
今日も今日とてコトリに話を聞きに来たカイト達に、コトリが柚子を使っている事を明言する。なお、今の夏の時期に収穫される柚子はまだ青く、ゆず胡椒として使われている。なので現在カイト達が探しているのはその柚子だ。
「でも今の時期は使ってませんよぅ? 店でも取り扱っていませんしぃ」
「んー・・・やっぱりかー」
カイトはそりゃそうだ、と思う。が、これで十分だった。これでここらで柚子が流通している事がわかったのだ。とは言え、料理には使っていないらしい。まぁ、地球でも柚子を一番生産して消費しているのは日本らしいのだ。ここら辺の文化風習を考えたら、仕方がなかったのかもしれない。
「良し。じゃあ、行ってくるか」
「はーい。っと、あぁ、そうだ。今日で終わりなんですよぅ」
「おろ・・・コトリちゃんも今日で見納めかー。ほんとにどう? 最後ぐらい」
「あはは、駄目ですよぅ」
「ちぇ」
カイトとコトリが最後に笑い合う。どうやら今日でコトリは仕事納めらしい。こういう一期一会も、冒険者の醍醐味だった。こういう少し演技じみた会話もこれで最後と思うと、少し感慨深いものがあった。そうして、カイト達はその場を後にして、柚子を探して奔走するのだった。
一方、その頃。弥生達と言うと普通に馬車の中で談笑していた。
「あら。意外と乗り心地が良いのね」
「そうなのですか?」
フューリアのつぶやきに、桜が問いかける。馬車の室内に居るのは、世話役のメイド達とフューリア、桜達三人だけだ。
「あら・・・あまり乗らないのかしら」
「いえ、一応荷運びには使うんですけど・・・」
「あら・・・」
桜達の言葉にフューリアもそれはそうか、と頷く。彼女は先帝の后だが、実家はそこまで高い格の家ではない。なので安い馬車の存在やそれがどういったものか、というのも知っていたのであった。
とは言え、こんな話題はどうでも良かった。なのでフューリアは気を取り直すと、揺れの少ない馬車の中で会話を開始する。
「そう言えば・・・」
こうして、桜達も仕事を開始するのだった。
少しだけ、話は変わる。その頃。遠くはなれたとある場所にて、一つの計画が進んでいた。
「本当に良いのか?」
「良いも悪いもない。それが、御命令だ」
「・・・いや、それはそうなんだが・・・」
「何も考えるな。御命令を遂行する事だけを考えておけ・・・ああは成りたくないだろう?」
「っ・・・」
ある研究者の言葉に、また別の研究者が背筋を凍らせる。思い出したのは、彼の同僚の一人だ。組織の大幹部を怒らせた結果、口にするのも憚られる状況になってしまったのである。と、そうして背筋を凍らせた彼らの所に、その幹部よりも更に恐ろしい大幹部が姿を見せた。
「・・・結果を聞こう」
「はい・・・」
背筋を凍らせながら、研究者達が結果を報告する。幸いだった事は、幹部達に上出来と断言出来る結果を得られている事だろう。これがこうでなければ、彼らは今すぐここから逃げ出したかったかもしれない。研究者によっては、卒倒していただろうほどだ。
「・・・ふむ。上出来か」
「はい・・・ですが、あの・・・本当によろしいのですか? 確かに仰った通りの仕様で出来上がりましたが・・・」
恐る恐る、研究者の一人が問いかける。もともとこういう仕様で作れ、と言われていた。というよりも、こういう仕様でなければ出来ない、と想定されていた事なのだ。そしてそれでもやれ、と命ぜられたのである。なので彼らはそれに何か思考を挟むまでもなく、ただそれをやっただけだ。
「構わぬ・・・」
「あぁ、出来上がりましたか」
大幹部が頷いた所に、一人の男が現れた。男は結果を見て上機嫌だった。それは、道化の仮面を被った男だった。言うまでもない。『道化の死魔将』だった。ここは、彼らの組織だった。
「<<白の聖女>>のレプリカ。単発限りでしたが、ジャンヌ・ダルクの頃の彼女は再生出来ましたね」
カプセルに浮かぶ一人の少女を見て、道化師が悪辣な笑みを浮かべる。浮かんでいたのは、聖少女ジャンヌ・ダルクのレプリカと呼べる存在だ。
地球で炎に消えたジャンヌ・ダルクの遺灰を密かに入手した彼らはそれを使い、彼女の旗を依代にして人為的にレプリカを創り上げたのである。
これはホムンクルス技術を使い、更には降霊術の要領で彼女を魂の無い遺骸に降ろした、と考えれば良い。と言ってもその魂は地球にある為、降ろした魂は所謂分け御霊のような物だ。本物ではない。
そんな彼女は今、自らの魔力で編んだ農民の娘らしい衣服を身に纏っていた。降霊が成った時点で気付けば服を身に纏っていたのだ。まるで自らの裸を見られるのを厭う様に、だ。
「・・・これで良いのか?」
「えぇ、えぇ。構いませんとも。彼女の攻撃能力はただ一人に対してを除いて絶無ですが、防御能力はこの世で一番。古龍達でさえ、彼女の足下にも及ばない・・・まぁ、レプリカなので能力値は半分以下どころか20%が関の山で、性質上我々でも制御は出来ないんですがねぇ・・・」
やれやれ、と道化師が組織の幹部の一人に対して明言する。性質上、と言ったが実際は実力や持っている特殊能力の関係で、と言えば話が早い。カイトやティナにさえ食い下がれる『死魔将』達でさえ、本来の<<白の聖女>>には足下にも及ばない。喩えそれがレプリカでも、操る事は不可能なのであった。それに、少しだけ大幹部がいぶかしげに問いかける。
「・・・裏切られたりはしないのか?」
「ええ、ありませんとも。いえ、怒ってはいるのでしょうが・・・対価を払えば、我々に協力してくださいますよ。それに今回の場合は事情をきちんと伝えれば、確実に乗ってくるはずです」
「・・・対価。その対価とは結局なんなのだ?」
大幹部の問いかけに、道化師が口角をいびつに歪めた。そうして語られた内容に、大幹部が大きく笑みを見せた。
「なるほど・・・狂った聖女とは聞いていたが・・・そこまで狂っていたか」
「ええ。大いに狂っていますとも・・・まぁ、狂っているからこそ、人類の救済を願い、人類の破滅を祈るのですが」
悪辣な笑みを浮かべる大幹部に対して、道化師はどこか憐憫を浮かべていた。これは知っているか知っていないかの差だ。前者は知らず、後者は知ってしまった。それ故、憐憫を抱いたのである。
カイト達も認めていたが、『死魔将』達は純粋な悪ではない。何らかの目的の下、悪道を進んでいるだけだ。だから、どこまで非道を成してもカイト達は彼らを憎みきれない。カイト達が奇妙な信頼を抱く程度には、良い人物達でもあったのだ。憐憫を抱く事も不思議な事ではなかった。
「ふふ・・・さぁ、彼女をカプセルから出して、お部屋へと運んであげてください・・・あぁ、男性は駄目ですよ? これ以降決して、彼女の前には姿を見せない様に。勿論、女性だけで運んであげてください。この目覚めはあり得てはならない。なら、非常に不機嫌でしょうからね」
道化師は一瞬だけ抱いた憐憫を消すと、再び道化師の笑顔を浮かべてジャンヌ・ダルク・レプリカを運ぶ様に命ずる。
そうして、カプセルから出されたジャンヌ・ダルクは、そのまま彼女の為に誂えられた部屋へと運ばれていく。それに、道化師も一緒についていく。事情の説明をしなければ、問答無用にここら一帯が消し飛ばされる可能性があるからだ。
「・・・あぁ、そうだ・・・お主らに言っておく。劣情を催したり趣味で『商品』に手を出した愚か者が数名居るようだが・・・あれに手を出せば、どうなるかわかろうな・・・ああなりたくないのであれば、決してあれの前で劣情は見せるでないぞ・・・」
大幹部がいびつな笑みを見せて、その場を後にする。彼の視線の先には、先に研究者達が凍りついた『モノ』があった。それを見て、倫理観なぞ一切存在していないこの組織の研究者達が全員、背筋を凍らせる。
そこにあったのは、人の残骸だった。手足はもがれ、目からは光が失われていた。時折上げる苦悶の声だけが、彼の生存を示していた。今なお、地獄の苦痛を味合わされていたのだ。それでも、ただ魔力を生み出す為の道具として、生かされていた。これが、組織の大幹部を怒らせた者の末路だった。
「・・・」
大幹部の去っていく背を見ながら、ごくり、と誰かが喉を鳴らす。こうにだけは、なりたくない。人の尊厳を全て奪われて、ただ魔力を生み出す為の道具に貶される。それだけは、嫌だった。それが全ての組織に所属する者達の考えだ。
確かに、並外れた美少女を前に劣情を催した者は居る。隠れて『商品』に手を出していた者の中には、密かに、と考えていた者も少なくない。が、全員恐怖が勝った。
この組織では彼には勝てないのだ。この組織は彼こそがトップだ。名目上彼は外部協力者でトップは別にいるが、その裏には彼が居るのである。彼の言葉だけは、絶対だった。
そうして、絶対に安全を保証された上で、カイトの知らない所でジャンヌ・ダルクと呼ばれた少女は目覚めを迎える事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第802話『山道にて』




