第797話 現状把握
粘土を手に入れたカイト達は、さして問題もなく坑道を抜けて、街へと帰還した。
「あー・・・靴の中までぐっしょり・・・」
「がっぽがっぽ言ってる・・・」
「はぁ・・・先、乾かしちゃ駄目かしらね」
「大変だねー」
愚痴を言う一同に対して、カイトの上で水没を免れていたユリィが笑う。彼女は一人、安全地帯にいたのだ。と、そんなカイト達だが、当然これで仕事が終わりではない。粘土を先にクレイムの工房へと持っていかないといけないのだ。粘土は水気を含んでいる。乾燥は大敵なのだ。
「・・・先輩。靴から水抜いたら行くぞー。早く行かないと乾燥しただの何だのであのクソジジイにやり直し食らうからな・・・」
「ああ・・・はぁ・・・服濡れてるのは俺だけか・・・」
カイトの言葉に、何処か理不尽さを感じつつも瞬が従う。この面子の中では唯一、彼だけが普通の素材の服を着ている。他も一応肌は濡れているので不快感を覚えているが、服が水を弾く素材なので瞬よりは幾分マシだった。
と、そんな不快感を覚える一同は、とりあえずクレイムの工房へと向かう事にした。そこで出迎えたのは、エリオだ。彼はカイト達を見るなり、顔を顰めた。
「うっわ・・・」
「悪い、爺呼んで。早くしろって言うわりに工房濡らすと五月蝿いから・・・」
「あ、ああ・・・クレイム殿!」
「なんだ・・・ああ、帰ったか。粘土は?」
「こっち。受け取ってくれ」
カイトは工房の奥の作業スペースから出て来たクレイムに対して、彼から預かった小型の金属箱を手渡す。この中に、粘土が入っているのであった。そうしてカイトから箱を受け取ったクレイムはとりあえず、粘土を確認する事にした。これの質如何では、カイト達はもう一度やり直しだ。
「・・・うむ。悪くはない」
「はぁ・・・じゃあ、これで作れるのか?」
「ああ。今奥で練習させている所だ。明日には、俺の補佐で作っても良いだろう」
どうやらクレイムはティトスにつきっきりで陶芸の基礎を教えていたようだ。ティトスの姿が見えないのは、そういう理由だからなのだろう。
「じゃあ、明日には製作して焼入れ、明後日には出来上がり、か。確かここは12時間焼入れで更に半日冷ます、だったよな」
「ああ・・・少し変えたが、おおよその時間はそれぐらいだ。色付けなどを含めても、遅くとも明後日には出来上がるだろう」
陶芸は地球もエネフィアも変わらない。というわけで、土釜づくりの方法は地球もエネフィアも同じだ。いくら乾燥など一部で魔術を使って短縮出来たとしても、それでも幾らかの時間が必要なのも同じだ。
時間については粘土の質やその他様々な事情で変わってくる為、一様には言えない。魔術があろうとなかろうと、そこも地球と一緒だった。クレイム工房の場合は偶然に12時間程度が最適としただけである。カイトと睦月が数泊する必要がある、というのはその兼ね合いだった。
「じゃあ、爺。あと任せて良いか?」
「ああ、ご苦労だったな。宿屋へ行って来い」
「おーう。エリオ。ティトス殿によろしく」
「おう、お疲れ。こっちはこれが仕事だ。そっちは次の仕事に影響ない様にしてくれ」
びしょ濡れのカイト達に少し笑いながら、エリオがその場を任される事を明言する。まずは着替えてお風呂に入って温まらない事には、風邪を引きかねない。体調管理も冒険者の重要な仕事なのである。
というわけで、カイト達はティトス達が用意してくれたホテルへと移動する。そこは街でも有数のホテルで、どうやら事情は把握しているらしく濡れたまま入っても文句は言われなかった。
「お疲れ様でございます。僭越ながら、お部屋の浴槽についてはお湯を張らさせて頂いております」
「すいません・・・部屋は?」
「最上階をまるまる、と」
「ありがとう」
カイトはフロントで鍵を受け取ると、それを片手に一同の下に戻って最上階の部屋を目指す。部屋、と言ったが正確にはワンフロア貸切だ。ワンフロア全てが部屋なのである。スイートルームなのであった。
曲がりなりにもティトスは皇弟だ。それぐらいは用意しないと帝国側も面子が立たなかったのだろう。それでもカイト達と同室なのはやはり、隠蔽工作などを考えての話だろう。
「ふぅ・・・」
カイトは最上階の一室に用意された浴室の一つで、ゆっくりと温まる。いくらカイトでも冷水に浸かれば体温は落ちる。風邪を引く云々は別にしてもこればかりは彼も人である以上、当たり前だ。
「・・・さて、これで飛空艇入手の目処が立った」
一人、カイトは現状の再確認を開始する。考えねばならないのは、どうやってこれを地球への帰還への道筋とするか、だ。
「遺跡の地図はレインガルドで入手した・・・これはティナ達が持ち帰って解析中・・・道標となる物は偶然だが、手に入れられた・・・これは幸運だったな・・・」
偶然にも日本の物である<<布都御魂剣>>の入手が叶った。これは何よりもの幸運だ。<<布都御魂剣>>の力は本来、道案内にこそ存在している。
ならば、後は然るべき者――例えばカイトや弥生――が手にすれば、力量と状況如何では日本への道筋を示してくれるのだ。一番困難だった方向の確定がこれで出来る。<<布都御魂剣>>に宿る八咫烏にしても、帰還を望んでいるのだ。協力は明言されていた。
「さて・・・今度必要になってくるとすると、一番は力か・・・さすがにオレ一人じゃ遺跡なんて行っても無理だしな・・・とは言え、全盛期のシャルが力を貸していたとすると、遺跡のシステムはかなり強固・・・ランクSは一人ぐらいは欲しい所だな・・・<<原初の魂>>に至れる者がはてさて、何人出て来るか・・・」
ランクSへの道。それは冒険者であれば誰もが須らく抱く夢だ。だが、そこに至る者は欲しい。と言うより、大昔にカイトが言った通り、必須条件だ。
「っ・・・」
カイトは風呂場で一人である事を良いことに、自らの一つ前の一生涯を顕現させる。カイトの過去。それは戦国乱世を生きたとある者だった。
「・・・ふぅ・・・何時の世も湯浴みは良いのう。特に今は暗殺も何も気にせんで良いのが良い。酒はどこじゃったか・・・」
がさごそと酒瓶を探すカイトの口調が変わっていた。過去世を呼び出した事で、一時期的に影響下にあるのだ。これは<<原初の魂>>を深く呼び出せば、仕方がない事だった。
ここまで至れば、<<原初の魂>>は完全に極めたとされる。そこから更に前の生へと至るか否かは、その人の考え方次第。が、普通は誰もやらない。大抵は一つ前だけで事足りるからだ。
「ふぅむ・・・って、駄目だな。この思考だと無駄に冷酷になっちまう」
自らの前世に接続したカイトだが、しかしその苛烈さから接続を解除する。時折カイトはこの力を借りるが、それはこの前世はカイト以上の苛烈さを持ち合わせればこそだった。が、それ故、今は無駄だった。今必要なのは、苛烈さや冷酷さではない。どうやって彼らを導くか、だった。
「とりあえず、至っているのは弥生さん、と・・・絶対にあの人は至ってるな。隠してるけど」
弥生が色々と隠している事には、カイトは実は密かに気付いていた。当たり前だろう。弥生が当然の様に気付いているのなら、逆もまた然りなのである。実力を意図的にアル達レベルにまで落としているが、彼女はその実、ランクSに匹敵しているだろう。それぐらい、カイトにだってわかっていた。ただ、どちらも口にしないだけだ。
「さて・・・どんな前世だったのか、についてはちょいと興味があるが・・・まぁ、何時かは使うか。日本人なら状況如何じゃ知ってる可能性もあるし、世界の偉人でもそれ相応にはわかるな・・・他に至れているのは・・・」
「後は、私だねー」
「いや、何時入ってきたし」
唐突に響いたユリィの言葉に、カイトがため息を吐く。ちなみに、当然な話であるが、彼女も勿論<<原初の魂>>は使える。とは言え、意味もないし見たくもない、ということで一つ前で止めていた。が、それで十分な理由が、そこにはあった。
「・・・ユリシア・・・冷酷な氷の魔女」
「見たのか?」
「まぁね。と言うか、前世を垣間見てて、これ、もしかしてカイトじゃない、って気付いたらどうしても気になってねー」
ユリィが告げた名前に、カイトが応ずる。それが、彼女の過去世。不思議な縁と言うのは、確かにあるのだろう。ユリィは前世でもカイトの腹心に近い立ち位置だった。いや、カイトから言わせれば、その前も、その更に前も、だ。
「魔王の三将・・・私達三人は喩え死すともどこまでも貴方のお側に。願い叶ったんだろうね、私達は」
「馬鹿な奴らだよ、お前らは。こんな男に付き従うなんて・・・」
カイトが愛おしげにユリィを抱きしめる。これをさせているのは、前世よりも更に前のカイトだ。前世のカイトは特殊な事例で、魔術さえ使えない者だった。
その前の更に前、それこそティナ達と出会うよりも前のカイトの話だ。その彼は、今のユリィが愛おしくてたまらなかった。これはこの世界ではない。地球でもない。いや、その二つが存在する世界よりも前の話だ。その時から、彼女らはカイトに従ってくれていた。
ユリィと、地球でのカイトの相棒達。それは遥か過去のカイトの腹心達の生まれ変わりだった。普通、前世の事なぞ見たくはない。それは時折、こういうことがあるからだ。
とは言え、これはその場合での好例だった。良い関係を築けていた者同士が世界や時を越えて出逢う。それはどちらにとっても、嬉しい事でしかなかった。
「今の私をあの頃の私が見たら、なんて言われるかな・・・悶絶してそう? 何度か密かに悶絶してたし」
「それ、超見たかった」
前世のユリィは、非常に冷静で冷酷な女だった。遊びのない女。事務官の見本の様な女。それがそんな事をしていたとは、と笑うしかなかった。もしかしたら今少し甘えん坊なのは、その反動なのかもしれない。
とは言え、これは所詮彼女の前世の話だ。どうでも良い話だ。今のカイトにとっては妖精族のユリシアこそがユリィであり、今のユリィにとってはこのカイトこそがカイトだ。今の想いは今の彼らが抱いた想いだ。そこに前世なぞ関係は無い。
「さて・・・まぁ、そこは置いておこう。とりあえず、現状把握やっとくか」
「はーい・・・で、現状と言うと、<<原初の魂>>かー・・・」
「ホタル達はさすがに無理か」
「だろうねー・・・魂を新造した、というよりも魂になった、と言う特異な例だろうからね。まぁ、そう言う意味で言えば、一葉達も気になる所だけど・・・世界がどういう意図で使い魔の卵なんて置くのか、とかわからない事にはねー・・・」
とりあえずのいちゃいちゃを終わらせたカイトとユリィは、再び現状の確認を行う。
「こればっかりはどうしようもない、か・・・」
「実際の所ランクSの条件とか言われてるけど、<<原初の魂>>無くても別に良いからね」
「そもそも、ランクSなら必殺技無いとだめでーす、って誰が言い始めたんだろうな」
「さぁ・・・」
カイトが指摘した事に、ユリィも首を傾げる。そう。カイト達が何度も言っていたが、<<原初の魂>>を習得する事がランクSの条件なのではない。
条件とさえ言われている、であって条件では無いのだ。昇格試験は何時も通りに魔物を討伐するだけで良いのである。使えなかろうが使えようが問題が無い。いつの間にか<<原初の魂>>を使いこなす事が条件の様に語られるだけだ。
現にカイトもユリィも無しで突破している。それどころかランクEXにも到達した。バランタインがどうだったかは知らない。カイト達が出会った頃には彼はすでにランクSで、<<原初の魂>>も使えていた。
「とは言え、まぁ、やっぱりあると便利なのが、<<原初の魂>>なんだよね?」
「まぁなぁ・・・せめて二人は欲しいな。出来れば補佐系と攻撃系。自己強化もあれば良しだな」
「そこら、どうしようもないよ」
「そりゃな」
前世がどういう生き様を辿ったか、なぞ現世の彼らからするとどうしようもない事だ。親を選べない様に、前世は選べない。と言うか、親以上に選べない。恨むなら前世の己を恨め、としか言いようがない。
「弥生さんは・・・どうなんだろ」
今世の姿から、過去世を知る事は出来ない。今世と前世は地続きであるが、一度ゼロからやり直している関係で全くの別人とも言える程の性格が醸造される事があるからだ。
カイトとてそうだ。今よりも更に甘さが無い。おまけに我も強い。時代性もあるが、その分苛烈さもより一層激しく、今のカイト以上に当人の評価は分かれるだろう。別人、としか言いようがない。
ユリィなぞその最たる例だろう。『冷酷な女』と『おちゃらけた少女』。ここまで好対照なのも珍しい程に別だった。勿論種族も違う。前世は妖精ではない。唯一同じなのは、カイトの側に居る事だけだ。
「さぁ・・・私は・・・どっちかって言うと自己強化系かな」
「今のお前と相性悪いなー」
「私は支援系だからねー・・・」
ユリィがため息を吐いた。彼女はカイトの相棒を公言している通り、支援する者だ。自分を強化出来た所で大した意味は持たない。それでもカイトとの連携攻撃が出来る様になるので効果的だが、そもそもカイトの戦闘能力だけで十分な事が多いのだ。意味があるか、と問われると微妙だろう。と、そうしてお互いの事を語り合って、カイトが今は無駄、と気付いて首を振った。
「ま、こっちは気長に待つか。全員が全員至れるはずもないしな」
「だね・・・となると次は・・・何処から行くべきか、かな」
「そっちはティナの解析待ち。とりあえず簡単で近い所から、にすべきだな。それもどこの手も加わってない所がベスト、か」
ユリィの提案した議題はすでにカイトが結論を出した事だった。となると、別に気にする必要はない。
「難しい話だねー」
「未踏破の遺跡の時点でかなりの高難易度になるからな・・・」
カイトが首を振る。事実だ。誰も立ち入っていない、ということは裏返す必要もなく、情報が全く無いのだ。根気のいる作業になるだろう。
だが、それをやらねばならないのが、冒険部の使命なのだ。やるしかない。そうして、二人は少しの間今後についてを話し合いながら、のんびりとお風呂に浸かって体を温めるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第798話『土鍋完成』




