第796話 粘土を求めて
帝都東にある山岳地帯の麓。そこの街である『アースレイブ』へとやってきたカイト達だが、もちろん来た理由は今回の依頼に関係があるからだった。ティトスが一緒なのにもそこらに理由があった。
そうして、飛空艇を停止させたカイト達が向かったのは、とあるドワーフが運営している工房だった。そこにすでにティトスとエリオも向かっているはずだったのだ。
「ちわーっす。久し振りー」
「ん?」
カイトの姿を見た工房の主人が、思わず目を丸くする。工房の主人はもちろん、ドワーフだ。彼は帝国において陶器職人では一番と知られる人物だった。まぁ、ドワーフで腕が立つ訳なので、かなりの偏屈だ。が、カイトとは知り合いだった。まぁ、簡単に言えばカイトは顧客の一人だったのである。
「なんだ・・・お前の紹介か」
「いや、関係ねぇよ。そもそも依頼人考えてもみろよ」
寡黙そうなドワーフの男に対して、カイトが肩を竦める。もちろんカイトが選んだわけではなく、ただ単に一番腕が良い職人が彼、というだけだ。どこか気難しい雰囲気のするドワーフの老人だった。
服こそ作務衣では無いが、これが作務衣なら誰がどう見ても陶芸家というような風貌だった。深いシワの刻まれた顔や、気難しそうな表情、ドワーフ特有の小柄な所が更にその印象を加速させていた。
「おや・・・お知り合いですか?」
「そりゃ、オレの知り合いが皇国だけなわけがない。世界中旅してたんだからな」
「それもそうですか・・・で、どうでしょうか?」
「はぁ・・・こいつに来られりゃ、仕方がない」
どうやら交渉は難航していた様子だが、カイトが来た事で諦めたようだ。カイトの知り合いの大半はカイトに甘いか、大精霊を知っているのでその威光を考慮せざるを得ないのだ。彼の場合は前者である。
「で?」
「あ、はい・・・実はですね。土鍋、という物を作って頂きたいのです」
「土鍋か・・・」
「あぁ、ウチの発案・・・と言っても、オレじゃないぞ?」
「ふん・・・まぁ、良いか。が、わかっているな?」
「粘土はてめぇで取りに行け、ね。いつも通りで何よりだ・・・海棠のジジイなんぞオレが帰るまで耄碌してやがったからな」
「ありゃ、仕方があるまい・・・ま、そういうわけだから行って来い」
カイトの言葉に、ドワーフの男が頷いて指示を出す。当たり前の話であるが、焼き物に粘土は必需品だ。土が無ければ焼き物なぞ何も作れない。今回は依頼の事を考えて、自分で取りに行く様に命ぜられたのである。ちなみに、彼の名前はクレイムという。
「で? どういう焼き物が欲しいんだ?」
「土鍋・・・って、何回か言ってなかったか?」
「違う。どういう土鍋が欲しいのか、って聞いてるんだ」
「ああ、それなら中津国の似た物だ。他については、こっちの皇弟殿下と話し合って決めてくれ」
「中津国の土鍋・・・あぁ、そういえば何度かあそこで馳走になった事があったな・・・」
基本的に、帝国での鍋は鉄器で出来ていた。良質な鉄が取れる事から、鍋などの調理器具を作るには困らなかったのだ。
「ってことは、作りたい料理ってのは鍋物か?」
「ああ。中津国で振る舞われた事あったろ?」
「ああ」
「お行きになられた事があるのですか?」
クレイムの何処か他国へと足を伸ばした事のある様な口ぶりを聞いて、ティトスが問いかける。冒険者でも無く他国に行く者は稀だ。それも他大陸になるのであれば、尚更に稀だった。
「あの当時は色々と出向いたからな」
「職人共ってのはどうしてどうもこうも色々と旅したがるのか、って思うんだけどな」
クレイムの言葉に、カイトが肩を竦める。結局、彼もまた旅をしていたらしい。その縁で良質な土を求めて中津国には行ったそうだ。そして最終的にはここに落ち着いたらしい。実はあまり知られていないが、彼は千年王国のある更に別の大陸の出身者だったりする。
とは言え、土鍋はこちらでは一般的ではなかった上に土鍋料理についてもさほど興味を抱かなかった彼はそう言う使い方もあるのか、程度だったのであった。カイトに言われるまで忘れていた程だ。とは言え、焼き物に関する事だ。存在は忘れていても、完全に忘れ去っていたわけではなかった。
「ふむ・・・確か鍋の底は平型、底は浅め、煮物を作る時の鍋だったか・・・」
「ああ。そんな所だ・・・えっと、オレ専用土鍋が・・・あぁ、あったあった」
カイトは自らの持ち合わせる異空間から、日本で買った土鍋を取り出す。雪山登山の為の調理道具として何時も持つ様にしていたのだ。
「こういうの」
「ふむ・・・じゃあ、こういうので良いんだな?」
「ええ・・・お力をお借りしたく」
「わかった。まぁ、悪い話じゃぁない。そう言う事なら、協力してやろう」
クレイムはおおよその道筋が立てられた事を見て、協力をする事を決める。さて、今回彼らが来た理由は、というと、今の所でわかっただろう。
料理内容は鍋料理だ。これなら用意した味噌も醤油も胡麻も無駄にならないし、一度にいろいろな味が楽しめる。内容によっては日本的な料理も作れるし、簡単に彼らでも再現が可能だ。
ということで、いっその事、と鍋から作る事にしたのである。調理そのものは帝王フィリオがその場でやることになったので、ティトスが土鍋を用意しよう、という話の流れだった。
「さて・・・」
「はいはい・・・入山許可証貰ってこいね」
「そういうことだ。こっちは他の用意を整えてやる。ろくろと釜も空けないといけないからな」
「あいよ。じゃあ、ティトス殿。入山許可証はおまかせする。こっちは戦闘の用意を整えてくる」
「わかりました」
カイトの言葉とクレイムが用意に入った事を受けて、ティトスが入山許可証を取りに行く。この後は、別行動だ。カイト達は鉱山に入って粘土を取りに行き、ティトスはこちらでクレイムから簡単な説明を受ける。エリオはその護衛だ。そうして、一度一同はバラバラに坑道する事になるのだった。
それから、約一時間。カイト達五人は一度用意を整えて、鉱山の前へとやってきていた。とは言え、ここらはソラ達の入った火山地帯ではない。というわけで、逆に坑道の中からはひんやりとした空気が漂ってきていた。
「さて・・・ということで、今日のお仕事は坑道に入って中のドワーフ達から粘土貰ってくる事」
「ドワーフ・・・ということは、オーアさん達みたいなのがたくさん居るのか?」
「あー・・・まぁ、そんな所か。エルフ居ないからな」
「うん?」
カイトの奇妙な物言いに、瞬が首をかしげる。彼らはマクダウェル領のドワーフ達しか知らないのだ。
「普通は仲悪いからな、あいつら」
「へー・・・」
「まぁ、そうよねー。私もはじめびっくりしたぐらいだし」
カイトの言葉に、弥生も同意する。基本的に地球のドワーフ達も特殊な事例が関わらなければそういうものだ。物語というのは、何かの土台があってと言う場合が多い。地球の場合は、ドワーフとエルフの犬猿の仲というのは事実に沿った内容だったようだ。犬猿の仲と言っても流石に戦争する様な事ではない。性格的に相性が悪いだけだ。
「で、目的地は?」
「一番奥らしいな。何処かは知らんが」
「そうか。じゃあ、行くか」
「おっけ」
瞬の促しを受けて、カイトが先んじて坑道へと入っていく。そうして、カイト達の坑道探索が始まったのだった。
さて、カイト達の坑道探索だが、当然、ソラ達の様になんの準備もしていなかったわけではない。更に言うと、その時とは違い全員が冒険部上位の実力者のみの構成だ。ということで、終始安全だった。
「おぉおお!」
瞬が裂帛の気合と共に、槍を投げる。それは一直線に3メートル程もある岩石の巨人の胸へと吸い込まれる様に直進していく。そうして、槍は岩石の巨人の胸を割って、しかし完全に貫く事は出来なかった。少々弱かったようだ。
「ちっ!」
「いや、十分だ!」
槍を投げた態勢のまま舌打ちした瞬の真横を、カイトが駆け抜ける。その手には彼の身の丈程の大金槌があった。
「おぉりゃ!」
突き刺さったままの槍へと、カイトが大金槌を振りかぶる。杭の要領で更にめり込ませるつもりだった。
「っと、ちょっと強すぎたか」
確かに、カイトの攻撃は命中した。が、こちらは少々強すぎたようだ。カイトの攻撃を受けて槍が貫かれた上に、おまけとばかりに岩石で出来た胸板が完全に砕け散っていた。そして、どごん、と言う音と共にカイトが大金槌を降ろした。
「はい、一匹」
「こっちも一匹」
カイトの言葉に合わせる様に、弥生が魔銃をホルスターにしまう。カイトが戦っていたのは、<<岩石巨人>>という体長3メートル程度の岩石で出来た巨人だ。ソラがかつて戦った魔物はこの亜種だった。それに対して弥生が戦っていたのは、蜘蛛の様な魔物だった。
「ゼロ足りてないな」
「あら、そっちは一葉さんが片付けたわよ?」
「氷漬け、でか。その牽制は弥生さんの様子だったけどな」
その蜘蛛の様な魔物――<<大蜘蛛>>という魔物――だが、たしかに弥生が片付けたのはたった一匹だ。が、その一匹以外には彼女が足止めを行った魔物が氷漬けになっていた。
攻撃で敵の動きを誘導して、一箇所に纏めたのだ。そこからは、一葉の仕事だった。後は、カイトが言うように氷漬けになったのである。溶岩地帯とは違い、この坑道では虫のような魔物も多かった。生態系の差だろう。そして、差はそれだけではなかった。
「ふひゅー」
「動くと暑いな」
ユリィがカイトの肩に腰掛けて手で扇を作り、瞬が防具の内側に風を送る。洞窟の内側はひんやりとしていたが、それは内部に水が溜まっていたからだ。というわけで、動けば当然蒸し暑くなるのであった。こちらはこちらで火山地帯とは別の不快感が煽られていた。
「にしても・・・少し戦いにくいな」
瞬が顔を不快感で歪めながら、不満を口にする。
「仕方がない。膝までどっぷりと水に使ってるからな。それでも、一葉よりはマシだろう」
「まぁ・・・」
瞬がちらり、と視線を一葉に移すと、そこには水浸しのローブを着た一葉がいた。幸い素材が濡れない素材なのでまだ良いが、これが普通の布だと今頃濡れ透けだっただろう。
そして、問題はそれだけではなかった。いくら蒸し暑いとは言え、水浸しは水浸しなのだ。しかも、ぬるま湯とかではない。これは地下水なのだ。別の問題が発生する。
「いえ、マスター。早く抜け出た方がよろしいかと」
「だな。体温を奪われるのは命取りだ。それにこのままじゃ、先輩も満足に戦えない」
「はい」
「ん?・・・あ」
瞬が一瞬なぜ自分が、と疑問に思うも、即座に理解出来た。今の彼は切り札である<<雷炎武>>が使えないのだ。必然、切り札を封じられたままになってしまったのであった。水は電気を通すし、炎は水の中では効果は半減だ。当然の話であった。
「さ、さっさと出よう」
少し蒸し暑いからちょっと長居しても良いかも、と思っていた瞬が、少し急ぎ足になる。それに、カイト達が苦笑して、その後ろに続いていく。
まぁ、そんな戦いだが、なんだかんだ言いつつもこのパーティに穴は無い。カイトも弥生も全距離対応の上に、実力としてはランクSが4人も揃っているのだ。穴がある方が不思議である。
「さて・・・ということで、ここが粘土層か」
薄暗い坑道を進み続ける事、約1時間。何度か迷いそうになりながらも、外の陶芸家達が使う粘土の層がある場所へとたどり着いた。そこは移動式の結界展開装置で守られたエリアだった。
魔物と戦えるだけの実力の無い坑道の従業員達はこれに守られながら進むのである。もちろん、実力があれば単独で来る者も居る。
「ん? なんだ、兄ちゃん達・・・どっかの陶芸家のお使いか?」
と、どうやらカイト達に従業員の一人が気付いた。基本的に今回の様な依頼は比較的多い。なので上の街では当然の様に『アースレイブ』を拠点とした冒険者達が活動しているぐらいだし、カイト達も実は道中で何度か遭遇していた。
「ああ、クレイム氏から粘土を貰ってくる様に言われてな」
「あぁ、そういや今朝方唐突に連絡があったな・・・それが、あんたらか」
「いや、正確にはオレ達の依頼人だ」
どうやら彼ら鉱夫達にも噂程度には伝わっていたようだ。となると、後は指定の大きさの粘土を切り出してもらうだけだ。というわけで、カイトはクレイムから受け取っておいたメモを鉱夫のリーダー格らしい男に見せる。
「この大きさは、クレイムが滅多に使わない大きさだな」
「ちょっと訳ありの依頼でな。何も聞くな、が依頼人からの命令だ」
「大変だなぁ、兄さん達も・・・」
鉱夫のリーダー格の男が、少し苦笑混じりに労をねぎらう。こういう依頼は少なくない。多いのは大抵の場合、何らかの品評会や何処かの貴族への進物を作ったりする場合だ。
そう言う場合、ネタの露呈を防ぐ為にこういうふうに何も教えてもらえず、ただ使いっ走りにされる事は多かった。その一種だ、とカイトは偽ったのである。
「っと、そういやここに来るまでに一部水没してただろ? 兄さんら、トロッコとか無しで大丈夫か?」
「ああ、大丈夫大丈夫。専用の入れ物も貰ってる」
「っと、そういうことなら、安心だな。ちょいと待ってな」
鉱夫達のリーダー格の男はそう言うと、粘土層の所へと歩いていく。これから指定された大きさに切り出して、カイト達に渡してくれるのだ。そうしてカイト達は焼き物用の粘土を手に入れて、鉱山を後にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第787話『現状把握』




