第795話 東へと
さて、挨拶を終えて桜と楓を残してきたカイト達が部屋へ帰ると同時に、睦月へと帝王フィリオからの呼び出しがあった。
「睦月様。帝王陛下よりお召し出しが」
「あ、はい。わかりました。すぐに・・・あ、服このままで良いですか?」
「はい。陛下も前の予定は聞いておられますので」
帝城の係員の言葉に、睦月が大慌てで再び移動する。そうして向かったのは、帝王フィリオの執務室だ。謁見の間ではないので、普通に品の良いだけの部屋だった。話し合うのは当然、料理をどうするか、という所だ。
「ふむ・・・冷蔵庫やらはあるが、やはり冷えた飯はな・・・」
「うーん・・・」
冷めても美味しい料理、というのは日本料理の特色だ。大抵の国の料理は温かい内に食べるか、もともと冷やして食べるのが前提の料理だ。が、それはやはり温かい料理を食べる事が前提の者達からすると、馴染みがない。抵抗があったようだ。
「じゃあ、いっそ・・・」
「・・・ほぅ・・・それは中々に・・・」
睦月の提案に、帝王フィリオが少し楽しげな顔を浮かべる。今までに考えた事もない事だった様だ。
「ふむ。そういうことであれば、実はここから西に行った所に良い所がある。そこまで頼まれてくれるか?」
「そう言う仕事ですから・・・あ、でも僕は残った方が・・・」
「そうだな。万が一の場合の代案も欲しい。残ってくれ」
「わかりました」
帝王フィリオの言葉に、睦月が同意する。これなら今まで用意してきた事も無駄にならないし、日本らしい料理も出来る。なんだったら別の機会にも別の料理が出来る。完璧な仕上がりに思えた。
「じゃあ、ちょっと一度戻ります。レシピとか考えたいので・・・」
「ああ、頼んだ。ティトス。お前はエリオと共に東へ頼めるか?」
「わかりました。では、手続きに入ります」
「ああ。私はその間に食材を揃えよう」
どうやら、大雑把な方針については決まったようだ。そしてそれを受けて、全員が動き始めるのだった。
というわけで、睦月は即座にカイト達の待機する談話室へと戻ってくると、今までの事情を説明する。
「なるほど・・・まーた面白いと言うか、なんというか・・・そういうことを考えたな」
おおよそを聞き終えて、カイトが笑う。これは悪くないアイデアだ。
「と言うか、これはさすがに素直に感心した。大手柄だな」
「えへへ」
カイトからの絶賛に、睦月が頬を赤らめる。カイトからすると、今回の依頼の仕上がりまでの経過としては最上の結果と言えた。
「さて、そうなると明日には出発しないと駄目か」
「ええ・・・全部向こうで揃えてくれる、らしいんですけど、向こうで数泊する必要がありそうですから・・・」
「わかった。それはこっちに任された。幸いそこらは知ってるからな。知恵も貸せるか」
「あ、そうなんですか?」
「おいおい。オレは中津国とは懇意にしてんだぞ? そこらも知ってるって。これから行く街も知ってるし、行くのは知り合いだろうからな」
「大抵の優秀なクソジジイは知り合いってのも、有り難くないけどねー」
「うっせぇよ」
ユリィとカイトが笑う。ここは帝城で、依頼人は帝王フィリオとその弟ティトスだ。であれば、その伝手は国一番とかになる。となると、カイトの知り合いやその筋の知り合い、もしくは子孫だったりする場合が多いのだ。で、今回もそうなるだろう、と予想していたのである。
「さて、となると、後は面子を見繕うか」
「と言っても、僕と天道先輩、桜田先輩は居残りですね」
「ああ・・・さて、そうなると・・・皐月、お前居残りな」
「どして?」
カイトの言葉に、皐月が首を傾げる。もちろん、理由があった。
「お前とこれから行く所の魔物の相性悪いんだよ。硬いから」
「ああ、なるほど・・・」
カイトから言われて、皐月が頷く。これから行く所はマクダウェル領中部の火山地帯と似た山岳地帯だ。正確にはその麓の街に用があった。
山岳地帯の魔物は基本的に過日にソラ達が戦ったかなり硬度の高い魔物が多い。鞭使いである皐月とは相性が悪いのだ。武器の相性を考えれば、最も相性の悪い敵と言える。ならば、置いていくのが最良だった。
「さて・・・で、次は二葉。お前も居残り頼んだ。皐月がこちらに残るのなら、近接が少ないからな」
「御命令のままに」
この場の中で残る上で近接系の戦士は誰もいない。一応、桜が出来るぐらいだ。が、桜にしたってどちらかと言えば中距離系だ。純近接とは言い難い。となると、最低一人は置いていきたいのがカイトの考えだ。となると、後は二葉だけになるのであった。
「後は三葉も頼む。買い出し、必要になるかもしれないからな」
「はーい」
「良し。じゃあ、先輩と弥生さん、オレと一葉、翔の五人で東の街だな」
カイトが全部を決め終えて、一つ頷く。今回、こういった色々と見繕っての事はパーティリーダーたるカイトの役割だ。誰も拒絶しない。というわけで、このまま一同は翌日を迎えて、カイト達はそのまま飛空艇に乗って、東の街へと移動していく事になるのだった。
「えーっと。そう言えば・・・飛空艇の操縦は誰がやるんだ?」
「エリオが出来ますよ」
「軍人だからな」
カイトの問いかけを受けて、エリオが片手を挙げる。どうやら軍でもエリオは近衛兵団に所属しているらしく、多くはティトスの護衛も兼ねた仕事をしているらしい。そこらの兼ね合いからSPとしての任務も多いらしく、必要性から飛空艇の操縦も出来るらしい。
なお、今回使ったのは帝王専用機などではなく、少人数が乗る為の普通の飛空艇だ。地球で考えれば家庭用の一般車という所である。ヴァルタード帝国ではそれなりに一般的に使われている物で、中にティトスが乗っているとは思われないだろう。
「そか。なら、安心か」
「その代わり、途中で魔物に絡まれたら頼むけどな」
「飛空艇での戦いは初めてだな」
操縦席に座ったエリオの言葉に、瞬が少しだけ心躍らせる。瞬も飛空艇には何度も乗ったが、飛空艇の上での戦いはまだ経験した事が無かった。
「気をつけろよ。落ちると死ぬぞ」
「わかっている」
エリオの冗談に、瞬が笑う。一応、落ちても万が一の為のセーフティはある。が、それは言わないお約束だったのだろうし、それについては瞬も知っていた。なのでお決まりの冗談の様な物だった。
「えっと・・・良し。じゃあ、出すぞ」
「一葉。センサーあるから、お前も少し休憩しとけ」
「あ、有難う御座います」
カイトの言葉を聞いて、一葉が今まで張り巡らしていた探査用の魔術を一時的に停止させる。これから先は空旅だ。比較的安心は安心だった。そうして、そんな一同を乗せた小型飛空艇は東の空へと旅立っていくのだった。
ということでカイト達は朝一で飛空艇に乗って、帝都の東にある街へと昼頃に到着していた。そこは山岳地帯にある長閑な街だ。規模としてはそこまで大きくはないし、山岳地帯である為に農耕などは盛んではないようだ。畑もある事はあるが、どちらかと言えばみかん畑などが多かった。
「ここが、今回の目的地である『アースレイブ』だ」
飛空艇を街の近くに停泊させて、エリオが告げる。一応後はこれで結界を展開させておけば、よほどの魔物が現れない限りは安全らしい。もちろん、鍵を掛ける事も忘れずに、であればだ。
ここらには盗賊が居るが、さすがに街の近くに停泊させた上に飛空艇は街の警吏兵達が監視している。いざとなれば警報装置も働く。それに、飛空艇は誰でも操縦出来るわけではないのだ。盗賊如きであれば、よほどの腕利きでもなければ問題は無いだろう。
「良質な粘土が取れる事で有名な街・・・山の中に見えるのはその為の坑道だな」
「ええ・・・あの中の一つから、粘土を譲ってもらいます。話はついていますが、詳細はまた詰め直す事になります」
「そうか・・・まぁ、そこらはそっちに任せるさ」
ティトスの言葉に、カイトが頷く。ここらの手はずは冒険者であるカイト達では整えられない。なのでティトスの出番だった。そうして、エリオとティトスが一足先に飛空艇を降りて、街のお偉いさん達と目的とする所まで歩いて行く。
とは言え、その間にもカイト達にはしなければならない事があった。というよりも、カイトと瞬は、だろう。カイトとユリィしか出来ない事だったが、カイトが残ってユリィは弥生と共に先に降りて観光に出ていっていた。が、瞬は残らないといけないので残っていた。
「えーっと・・・」
「ふむふむ・・・」
カイトの横で、瞬が飛空艇の操縦方法についてを学んでいく。カイトがやるべきこととは、飛空艇を停止状態に持っていって隠蔽する事だった。
「それが、結界の展開装置なのか?」
「ああ。基本的な操作方法は帝国も皇国も千年王国も同じだ・・・まぁ、大本がウチのだからな。外側と性能なんかは変わるが、基本的な操作方法は同じなのさ」
カイトはコンソールを弄くりながら、瞬の質問へと答える。実はエネフィアの飛空艇というのは、操作系は大半の国で統一されていた。大本にあるのがカイトの言う通りカイト達の飛空艇だからだ。操作系は全部統一する事が容易だったのである。
もちろん、細々とした所は違う。その国独自の特色があるから仕方がない。が、それでも動かしたりする分には、大差が無い。共通する敵が居た事から、万が一の場合にでも対処出来る様にしたのだ。そしてそうなればもちろん、カイトが出来ないはずがなかった。
操作系そのものは300年経過していても大きく変わってはいない。多くの者が使う物であれば、簡易化されていても複雑化する事はないからだ。
「基本的にはこの前面モニターに高度、進行方向、機体によってはおおよその地図などが表示される」
「地図・・・もし無ければどうやって現在地を把握するんだ?」
「それな」
瞬の問いかけに、カイトが笑う。これは非常にアナログだったからだ。というのも、カイト達もその当時の技術をどうすれば魔術を応用してデジタルを再現すれば良いか全く考案出来なかったからだ。
「この世界にGPSは無い。人工衛星なんて無いからな」
「まぁ、そうだろうな」
「とは言え、よく考えてもみろ。そもそも、地球だってもともとは人工衛星が発達したのは第二次世界大戦の後だ。GPSも無しに大戦期の軍人さん達は大空を飛んでたんだ・・・速度計と方位磁石を頼りにな」
「つまり・・・自分で地図を持ち込んでそれとにらめっこしながら、ということか?」
「そういうこと。とは言え、飛空艇は一時停止も出来るし、オレの発案で速度のログも見れる。地図をインストールすれば、大凡の場所をその地図上に表示してやる事も可能だ。後は大本の場所さえわかれば、方角と速度からおおよその移動距離は推測出来るさ・・・まぁ、地図も無い場合なら、速度計のログと方位磁石を頼りになんとかしろ」
カイトがもし地図の無い場合での対処法を瞬へと教える。ちなみに、こう言いつつ最近ティナが人工衛星を開発中だ。打ち上げそのものはカイトに任せる、という事で彼の出力に耐えられるだけのブースターの様な飛翔機を開発中らしい。魔導機に持って行かせるつもりらしい。
他の手段でも位置を把握する為の三角測量法も開発して、今はマクダウェル領で試験的に運用中だ。ここらは、地球から技術を持ち帰ったカイト達だからこそ出来る事だろう。
「っと、話戻そうか。で、こっちが魔導炉の出力計。これが20以下になれば、安全だ。通常の飛行は60~70%程度の出力で安定させるのが良いんだが・・・それは機体に応じてまちまちだな。そこはその時考えろ。マニュアルは読めよ・・・オレが言うセリフじゃないけどな」
「ああ・・・」
瞬はカイトからの言葉を記憶に刻み込みながら、飛空艇の操縦方法を学んでいく。さて、当然だがカイトと瞬がこんな事をしているのには、訳がある。それはもちろん、飛空艇が手に入る目処が立ったからだ。
とは言え、飛空艇を学園で運用するのであれば、それは飛空艇の操縦士も学園側でなんとかしなければならないのだ。そして今後瞬が操縦する事が無い、という事は無いだろう。
というわけで、カイトがここで先んじて教授している、というわけであった。帰り道には所々で彼にも操縦してもらうつもりだ。一応自動操縦装置はあるが、マニュアル操縦が必要な状況は確実に出てくる。そこらを考えての事だった。
「良し。これでとりあえずは終わりだな。後は、この操縦キーを抜き取って・・・」
「車みたいだな」
「そりゃ、鍵が無いと危険だからな。出入りにも必要だ」
「スペアキーは無いのか?」
「今回はエリオが持ってったな。で、万が一の場合にこっちはオレが持っててくれ、だそうだ」
カイトはキーホルダーをくるくると回しながら、ポケットへとしまい込む。そして最後にアイドリング状態である事を確認して、更には魔物対策の結界と隠蔽の為の結界が展開されている事を確認して、それで完了だ。
「良し。ここまでやって、全部終了だ」
「ああ」
それらを以って、瞬への講義は終了だった。次は出発の際の手はずを教える事になるが、それはまた後で、だった。そうして、カイト達もまた、飛空艇を降りて山岳の街『アースレイブ』へと入るのだった。
お読み頂きありがとうございました。本日20時からの断章・12もお読みいただければ幸いです。
次回予告:第786話『粘土を求めて』




