第794話 挨拶
ごま油と胡麻を手に入れたカイト達は、とりあえずその日はそれで外での活動を終わらせる事にする。まずは何があるか、と調理室に行く事にしたのだ。
先にそれをやっておけよ、とも思ったが、無い事がわかっている食材があるのだし、睦月は帝王フィリオの呼び出し待ちで、厨房へは行けない。これでは本末転倒だ。
というわけで、カイト達は全員が揃った所で改めて連れ立って調理室へと足を向ける。と、そこで彼らには望外の幸運が巡ってきた。
「あ、鰹節あるの? しかもカビ付けされた奴」
「おう、あるぞ・・・ほれ」
「これは・・・本枯節か」
「よくわかったなー・・・」
カイトの言葉に、帝城付きの料理長が目を見開く。帝王フィリオの仕事なので協力しろ、と命ぜられている為、隠すこと無く出してくれたのだ。
とは言え、それでも侮りがあったのは否めない。なにせ片やコックで、片や冒険者だ。わかるはずも無い、と思っていたのである。
なお、望外とは言ったが、鰹の干し物はカツオが収穫出来れば世界中のどこにでも存在している。なので帝城にあっても不思議はなく、そこからカビ付けが発展して鰹節があっても不思議はなかった。
が、300年前にはカビ付けがされた日本人の考える鰹節は存在しておらず、本当にただ干した鰹だった。おまけにもちろん、それをカンナで削るなどという特異な文化は存在していなかった。あくまでも、保存食として、だった。それ故、無いと思っていたのである。
「帝王陛下の口に入るかもしれねぇもんだ。やっすい花鰹とかはだせねぇ」
「カラッとした陽気だから無いと思ってたんですけど・・・あるんですね、こっちは」
「ここはカラッとした気候だけど、ちょっと南西の方に行けばジメッとしてるからね。出来てたんじゃないかな。大昔にほら、料理長相手に・・・」
「ああ・・・」
「うん? どっかで会ったか?」
「ああ、いや、そういうわけじゃあないんだけど・・・まあ、そう言う事なら、出汁取るのは問題ないか」
「おう。使ってくれて大丈夫だ・・・つっても使うのは帝王陛下か」
料理長はカイトの言葉に頷く。ちなみに、カイトとユリィの会話は300年前の話だ。彼らはもちろん、帝城にやってきていた。なのでその時に伝わったのだろう。
当時のカイトの知識なのでカビを付けて云々、というだけのかなりあやふやな言葉だったのだが、それでも十分にとっかかりにはなったのだろう。なにせあれから300年だ。試行錯誤の時間は山ほどあった、と考えるのが筋だ。そして現に、後に調べればやはりカイトの言葉がきっかけだったらしい。
「鰹節はオッケー、と・・・じゃあ、次は・・・ニボシとかは無い・・・か」
睦月は手帳に食材のリストを書き上げて、そこから無い物を考えていく。主にニボシの原料となるカタクチイワシはどうやら中津国の近辺では取れるものの、ここらでは取れないらしい。残念ながらニボシはなかったようだ。
「ワカメもなし、と・・・こっちは当然すぎるかな。あ、海苔も無いか・・・」
「ワカメはそもそも地球でも日本と朝鮮半島ぐらいしか食わないからなー・・・そもそも、海苔は消化出来るのが日本人だけ、って言うオチあるんだっけ・・・」
「それ、生海苔だけですよ・・・焼き海苔は食べれるらしいです」
「あ、マジ?」
「はい・・・でも、やっぱり生で食べれないのなら、と加工する人も少ないんでしょうけど・・・ここ、大陸の国ですし・・・」
なんというか変な話であるが、料理場ではカイトと睦月以外に出番は無いようだ。なのでこの二人が中心となり、幾つもの食材の有無を確認する。やはり幸いだったのは鰹節の存在だろう。出汁が取れるというのが何よりありがたかった。
「ん・・・大抵の物ならありますね」
「無いのはやっぱり梅干しか」
「梅干しと納豆、くさやは日本人でも好き嫌い分かれますから・・・」
カイトの言葉に、睦月が苦笑する。なお、この中で一番梅干しが好きなのはカイトだ。なのでなかった事が少し残念だったらしい。そして、無かったのはそれだけではなかった。それは土地特有の物だった。
「まあ、それと・・・やっぱり鮮魚はありませんね」
「お前も刺し身は作れないだろ?」
「寄生虫の問題がありますからね。刺し身は残念ながら却下しました・・・魚を使うにしても炙りにしようかな、って」
「まあ、それがベストか」
寄生虫でぶっ倒れた、なぞ有り難くない事この上ない。しかも寄生虫は『霊薬』系統の薬の効果が薄い。傷は癒せても生き物は殺せないのだ。なのでそれが怖い鮮魚を使った刺し身は取りやめにしたようだ。妥当な判断だっただろう。
「それを考えると、鉄砲も駄目ですし、色々と駄目な物多いんですよね・・・」
「まぁ、所詮子供の手習いにも近いからな・・・いくらオレでも調理師免許なんて持ってないし。取ろうともしてないしな」
「僕も持ってはいないです」
そもそも調理師免許は理論上どれだけ最速でも16歳からしか取れないので、高校生である二人が取っていないでも不思議はない。とは言え、だからどうなのだ、と言う話だ。無くても料理を教える事は出来る。
というわけで、二人は改めて、談話室に戻る事にする。と、そうして戻った所で、来客があったようだ。それは軍服姿の一人の男だった。
「おーっす」
「エリオ?」
「ああ、そう言えば・・・」
瞬の言葉で、カイトも相手の事を思い出す。そこに座っていたのは、過日にティトスの護衛として御前試合に参加していたエリオだった。カイトはかれこれ数カ月ぶりで、そう言えば、と思い出したのであった。
となるとなぜ瞬が、という疑問が出た。しかも呼び捨てでかなり親しげだった。おまけに思い直せば、エリオも瞬に対して手を上げていた様に思えた。
「この間ぶりか。来るっちゃあ、聞いてたけどな」
「ああ。色々とあってな」
「知り合いか?」
「「うん?」」
カイトの問い掛けに、瞬とエリオの二人が首を傾げる。知り合える伝手が無い様に思えたのだ。とは言え、どうやら驚いていたのはカイトだけの様だ。他は全員知っている様子だった。
「なんだ・・・お前、言ってなかったのか」
「ああ。語る程の事じゃあ無いだろう?」
「まぁ、そりゃそうか」
エリオの言葉に、瞬が同意する。どうやら何かあったようだ。知り合いらしい。そうして、瞬が事情説明の為に口を開いた。
「この間の会議の時に偶然再会してな。それで時々会っていた」
「まぁ、同じ槍使いだ。思う所もあったわけよ、勇者さま」
「勇者さまはやめろ」
カイトはソファに腰掛けながら、エリオの言葉に肩を竦める。どうやら大陸間会議の折に何処かで出会っていたようだ。カイトはその当時ほぼ千年王国のシャーナ女王の下で動けなかったが、瞬は立場があるとしてもそこまで自由を束縛されるわけでもない。不思議は無かった。というわけで、カイトが先を促した。
「で?」
「ああ、何の用事か、か?」
「そういうことだ」
「いや、来てるんなら顔の一つも見せるか、ってな。帰りの船は別だったからな」
「ああ、それで見なかったのか・・・」
カイトはエリオと数ヶ月ぶりの再会だ。が、一応面識があるから、会っていれば声の一つも掛ける。そしていくら巨大な飛空艇とは言え、限られたスペースだ。それがなかったのなら、別の船に乗っていると考えるのが妥当だろう。面子を伝えたのは乗船の間際だ。エリオは先ごろまで知らなかったのだろう。
「ということは顔見せだけか?」
「一応、軍の仕事の最中だからな・・・ということで、もう行くわ」
「ああ、まぁ、また時間が空いたら来てくれ。当分はこっちに滞在している予定だ」
「おう、そーさせてもらうぜ」
瞬の言葉に、エリオが片手を上げて談話室を後にする。どうやら本当に少し時間が空いたので、というだけだったようだ。そそくさと去っていった。
「まぁ、良いか・・・で、さて。睦月。何をしたい?」
「何を、か・・・」
睦月はカイトの質問を受けて、ソファに腰掛けて頭をひねらせる。いくつか思い浮かぶ料理はある。が、そうなるとどのプランでもどうしても足りない物が出てきてしまうのであった。
「うーん・・・とりあえず、帝王陛下と話し合ってみる事にします」
「そうか」
とりあえず、幾つか考えつく事があったらしい。それならそれで良いだろう。メニューを考えるのは睦月であって、カイトではないのだ。足りない物があったら、カイト達が探しに行く。それが彼らの仕事なのだ。というわけで、今日の彼らの仕事はこれで終わりになるのだった。
明けて、翌日の午後。お昼ごはんを食べた頃になって、フューリアが帰城した、との連絡がカイト達へと入ってきた。
「では、謁見は2時間後に、ですね?」
「はい」
「わかりました。では、後ほど」
カイトは連絡に来た帝城の職員に向けて、頭を下げる。帰ってきて即面会、となるわけもなく一度小休止を挟む事になったらしい。休憩にお色直し、先に面会をする者などを含めると、それぐらいの時間になるのだろう。
「着替え、やんないとな・・・」
「普通にドレスで良いんですよね?」
「ああ。まあ、ドレスコード指定はなかったが・・・そのぐらいしといて損は無いだろう。まさか忘れたとか無いよな?」
「まさか」
カイトの言葉に、桜が笑う。ここでユリィか皐月あたりなら一度焦ってみせるのだろうが、ここらは育ちと性格の差だろう。そうして、とりあえず一同は着替えを終えて、そこで一度立ち止まった。が、何も見なかった事にする事にする。
「・・・いや、良いか」
「そだね」
「せめて触れてください!」
カイトとユリィのボケ殺しにも近い応対に、睦月が抗議の声を上げる。笑うでも嗤うでもなんでも良いが、せめて何か一言は欲しかったらしい。
「いや、ねぇ・・・可怪しい所はないから・・・なぁ?」
「ねぇ?」
笑いを堪えたカイトの問い掛けに、ユリィも頷く。勿論、笑いを堪えた顔で、だ。確かに何も可怪しい所はない。敢えて言うのならお坊ちゃん、という所か。ただでさえ幼い睦月の幼い印象は更に加速していて、最早女の子にも見えた。と言うか、半ズボンを着用したちょっと少年っぽい女の子にしか見えないという所だろう。
しかも凄いのは、これがドレスコードであるという所だ。相変わらず仕立て人の腕前を賞賛するしかない出来栄えだった。と、言うわけでその仕立て人はサムズ・アップをしていた。
「ふふふ。今回も最高に仕上げてしまったわ・・・」
「元気そうで何よりです」
仕立て人こと弥生の上機嫌な顔に、カイトが頷く。考えるまでもない。睦月のコーディネーターは弥生だ。なので今回のドレスコード一式も彼女が用意していたのであった。
とは言え、睦月はこれ以外に礼服を手に入れる手段は無い。諦めるしかなかった。そうして、ドレスコードに着替えた一同は帝王フィリオの母・フューリアの部屋へと歩いていく。
「まぁ。可愛らしい女の子が一杯ね・・・ああ、これ、先に読ませていただいたわ。ありがとね、クズハ様からのお手紙。少しの間懇意にさせて頂いてたのよ」
部屋で出迎えてくれたのは、当然先帝の后の一人にして今帝フィリオの母フューリアその人だ。白髪混じりで皺も刻まれてはいるが、かつての美貌は損なわれていなかった。なお、髪色は金だが、肌は白かった。
ヴァルタード帝国は広い。中心は帝都の様に暑いが、北方は比較的一年を通して寒い所も多い。そこらは色白の肌を持つ民族も少なくはなく、彼女はその北方の民の出身なのだろう。それを考えれば、帝王フィリオとその弟ティトスは共に肌の色はきれいな褐色なので、先帝である父親の血を引いているのだろう。
「それで、貴方達がティトスが言っていた、日本のお話をしてくれる人たち、で良いのかしら」
「はい、フューリア様。日本より先の一件で転移してきました」
「そう・・・お名前は?」
フューリアの言葉を受けて、カイト達が順番に自分の名前を語っていく。と、そうして名前と性別が語られた事で、フューリアが柔和な笑みで驚きを浮かべた。
「まぁ・・・ということは、そっちのお二人は男の子なわけ?」
「はい・・・似合ってますので」
「そう。楽しくて良いわね」
フューリアはおおらかな性格らしい。皐月と睦月を見ながら笑って頷いた。総じて貴族らしい上品さはあったが、同時に貴族らしからぬおおらかさがあった。例えるならばお上品な奥様、というのが一番良い例えだろう。これなら、桜と楓にしても安心だった。
「じゃあ、お二人が私とお話してくれるのね?」
「はい」
フューリアの問い掛けに、桜が頷く。どうやら要件については予め聞いていたらしい。なのでそれに一つ頷くだけで、全てを了解してくれた。一応これも表向きは息子からのプレゼントだ。ならば、せいぜい楽しませてもらうだけだった。
こうして、カイト達は更に帝王フィリオの母・フューリアとの面会を果たして、次の日から本格的に行動を開始するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第785話『東へ』




