第793話 お料理
4月29日21時から断章・12の投稿を開始します。そちらもお楽しみください。
胡麻の種を手に入れたカイト達は、とりあえず帝城に戻る事にする。
「手に入れたわよー、胡麻。と言っても生の胡麻だけど」
「あ、お帰りなさい」
皐月の声を聞いて、桜がねぎらいの言葉を送る。睦月はどうやら帝王フィリオの呼び出しを受けたらしく、今はここには居なかった。そうして、とりあえず睦月が居ないので一同休憩を取る事にした。
幾ら食材があろうと、料理人が居なければ仕事にならないのだ。とはいえ、その前の胡麻に焙煎する作業は出来るので、それはするつもりだ。先に一休みしておきたかっただけである。
「そっちはどうだったんだ?」
「フューリア様は明日の午後にはご帰宅されるそうよ」
「ということは、明日の午後は空けておいた方が良いか・・・」
楓からの返答に、カイトは予定を組み直す。フューリアというのが、帝王フィリオのご母堂の事だ。外に出ていたのだが、予定は少し長引いたらしい。明日の朝の帰還だったのが半日ずれ込んでいた。辺鄙な所でもない限り帝王の母ともなれば飛空艇は使っているだろうから、移動で何か問題が出たのではないのだろう。
「で・・・その軽そうな袋2つが、胡麻なわけ?」
「ああ・・・と言っても、生の胡麻だな。洗われてもいない完全に生の胡麻」
「へー・・・」
桜と楓の二人が、少し興味深げに麻袋の中を観察する。お嬢様出身の彼女らにしたってさすがに洗われてもいない生の胡麻は見たことがなかったようだ。
「緑色をしているのね」
「実だからな・・・これを乾燥させないといけないわけだが・・・さて」
乾燥の方法はわかっている。とは言え、ここで面倒な話が一つあり、胡麻の乾燥には1~2週間の時間が必要だ、ということだ。とれたての胡麻は緑色の実に包まれていて、それを天日乾燥する事で胡麻の種が収穫出来るのだ。
「太白油はここから作れるんだが・・・欲しいのは、違うんだよな」
「太白油って・・・よく知ってるわね、貴方・・・」
カイトの出した言葉に、楓が思わず頬を引き攣らせる。ごま油を知っていても、その種類まで知っている者は数少ない。太白油と言うのは殆ど煎らずに作られたごま油の事だ。透明で香ばしさは無いが、そのかわりに胡麻本来の旨味は抽出出来ているという。
「シュメールと言うかメソポタミアに知り合いが・・・と言うかぶっちゃけるとギルガメッシュ王と知り合いと言うか懇意にさせてもらってるからな。エルルの作り方なんかで覚えた」
「あぁ、なるほど」
言われれば簡単に理解が出来た。ごま油というのは、人類が最初に得た油の一つだ。古くはメソポタミア文明で紀元前2500年ごろには確認されていたという。
そしてその時代にも生きていたとされるのが、人類最古の英雄の一人であるギルガメッシュという王様だ。しかも彼の場合もろにメソポタミア出身――ウルク第一王朝5代目の王――だ。知っていて不思議はなかった。
「とは言え、だ。今回はごま油用のも買えたから、その天日干しは必要無いな。後はこのまま洗って炒って、か」
「手に入ってるの?」
「まぁな」
カイト達は胡麻を実のままとごま油に出来る状態の物の二種類買ってきていた。製法を伝える為にももともとの胡麻を手に入れておく必要があるか、と考えたのだ。
こちらは参考程度で良かったので、量としては少ししか手に入れていない。ヴィクトル商会には依頼人へ向けてのサンプルで少しだけ欲しい、と告げた。
なので実は今まで桜達が見ていたのは、そのままの方だった。さすがに胡麻の種がそのまま麻袋に入れられるわけもなく、ガラスの様な透明な容器の中に入れられていた。
「こっちが、胡麻」
「白と黒・・・えらく量が少ないですね」
「30グラムだからな。まずは味を確認しないことには、どうにも出来ん。求めている物か違う物なのか、を知らないとな」
カイトが取り出したガラス容器の中に入っていたのは、煎られる前の生の胡麻の種だ。これから洗って乾燥させて炒って、という作業が必要となる。幸いにして選別作業は業者側で行われていたので、逐一唐箕――風の力で籾殻などを選別する道具――で選別する必要は無い。
「ということで、少し洗ってくる」
「はい、いってらっしゃい」
カイトが立ち上がって、台所へと向かっていく。これから胡麻を水に浸けて、炒る作業を行うのだ。
「えーっと・・・確か胡麻を洗うのは10秒ぐらいで手洗いで、と・・・」
「フライパンあったよー」
「おーう」
胡麻の水洗いをしながら、カイトが横で手伝いをしてくれていたユリィの言葉に応ずる。そしてその間に、カイトは水洗いを終えた胡麻を取り出してユリィが用意してくれていたフライパンへと入れる。少しのじゅー、という音と共に、少ししたら焙煎が終了した。
「良し。こんなもんかな」
「白ごま出来上がりー」
さすがにカイト達にも胡麻の焙煎の経験なんて無い。というわけで、完全に勘でやってみた。これで後は食べてみて胡麻であれば、胡麻として料理に使えるだろう。
「・・・多分、胡麻」
「・・・うん、多分」
カイトとユリィは数粒ずつ手にとって味見してみる。するとやっぱり白ごまの風味だった。これはカイトの認識にある通りの白ごまで良いのだろう。というわけで、その確証が取れたカイトは更に黒ゴマも同じ要領で焙煎して、食べれる様にしてみる。
「とりあえずこれで胡麻の完成、と・・・金ごま無いのが残念だなー」
「別のお店行けばあったのかもしれないけどねー」
とりあえずカイトはガラスの小瓶に粗熱を取った胡麻を入れながら、ユリィと話し合う。と、そんな背中を見ながら、皐月達が頬を引き攣らせて奇妙な笑いを上げていた。
「あそこまでエプロンが似合う勇者もまぁ、滅多に居ないわよね・・・」
「と言うか、戦ってる時よりご機嫌じゃないかしら・・・」
皐月の呆れた様な言葉に、楓も同意する。当たり前だがカイトだって料理する時にはエプロンもする。下手な若奥様よりも堂に入っていたのは、笑い話だろう。
「料理か・・・一風変わったのは、俺は出来んな・・・」
「出来るんですか?」
「これでも寮生活はしていたし、凛がまだまだ出来が悪かったからな」
カイトの背を見ながら呟いた瞬に対して楓が問いかければ、彼は少し懐かしげに答える。彼の場合はどちらかと言うとスポーツマンとしての体調管理や食事管理の一環として自炊していた――正確には中学時代のコーチから言われた――わけであるが、今は逆にしっかりと食べる事を主にしている。なので自炊は殆どしていない。それ故、少し懐かしそうだったのだ。
で、妹の凛の場合は今年からこちらに来たのだ。まだまだ、これからと言う所だった。どうやらカイトが危惧した事は起きていなかったらしい。きちんと、自炊出来る様にはなっていた。まあ、これも彼の師であるコーチことクー・フーリンその人の教えなのだが。
「そう言えば・・・こういうことを聞くのは駄目かもしれんのだが・・・お前達の方はどうなんだ?」
「・・・私達は・・・普通に出来るわよね」
「一緒の教室に通ってましたしね」
瞬から問い掛けられた楓だが、そこで桜と顔を見合わせる。そもそも二人はお嬢様として、数多くの習い事をやらされている。その中には花嫁修業も当然の様に含まれていて、実は彼女らは炊事洗濯裁縫全部出来た。他にも楓ならばチェロ、桜ならばピアノとお琴も弾きこなしたり、とかなり多才だった。と、そんな会話の中、皐月に視線が移る。
「・・・え? 私?」
「・・・出来そう」
「と言うか、カイトくんが出来る様になった影響って皐月さん達の影響だ、と聞いた気が・・・」
「そうね。バレンタインとかよく駆り出してたし」
楓と桜の推測と言うか又聞きでの情報に、弥生が笑いながら頷く。なお、皐月ももちろん料理可能である。一番器用なのは彼女なのであった。
ちなみに、実のところ弥生が呼び出していた。バレンタインにカイトが呼び出された理由は、至極簡単だった。やはりバレンタインに本命チョコを渡すのはいくら弥生でも恥ずかしい。手伝わせる事にした、と呼び出して常々そこで出来たての本命チョコを渡していたのである。名目はお駄賃、だ。
これに気付いたのは、カイトが彼が地球に帰ってきてからの事であった。演技力の高い弥生だ。年下にこれが本命だと悟らせない様にするには十分だったらしい。と、そんなカイトは、と言うと使ったフライパンを洗っていた。
「んー・・・煎りゴマは出来たけど、他にすり胡麻と切り胡麻とかやっぱ欲しい・・・」
「んー・・・風味変わってくるもんねー・・・って、カイト。私達が料理するんじゃない」
「あ・・・」
ユリィの言葉で、カイトがはたと気づく。これは睦月が欲しいから、と作っただけだ。別に彼らが欲するわけではない。必要となれば、その時に作れば良いのだ。幸い胡麻の入手ルートは手に入れられた。今後は帝城側で手に入れてもらうのも手だろう。
「まぁ、それならこんな所で十分だろ」
「うん」
エプロンをたたみながら、カイトが小瓶を回収する。これで、とりあえず胡麻は出来たと考えて良い。と、そうして談話室に戻れば、睦月が戻ってきていた。
「おう、おかえり」
「あ、有難う御座います。胡麻、見付かったんですか?」
「ああ・・・こんな所でどうだ?」
カイトは机の上に、先程自分が作った胡麻の入ったガラス容器を置く。それを受けて、睦月はガラス容器を開けて、一度中身を手のひらに乗せて、匂いを嗅いだ。
「・・・胡麻・・・ですね・・・うん。食べても胡麻だ」
「だろうな。良かった、と言うところか」
「ええ」
睦月も一安心、という所で胸を撫で下ろす。やはり日本食を作るのなら、胡麻は欲しい所だったらしい。おひたしだの何だのと使えるし、あの様子では太白油以外のごま油は存在していなさそうだ。料理に使えるか、と思ったのであった。
「で、胡麻の種を説明する際に必要か、と思ってこれも買ってきた」
「・・・なんですか、これ」
「胡麻の実」
「はぁ・・・」
別に要らないと思うけどな、と睦月は思いつつも、とりあえず受け取っておく。何が使えるかはわからないのだ。
「あ・・・そう言えば、太白油以外のごま油ってやっぱりありませんでした?」
「ああ。残念ながらな」
「じゃあ、やっぱりそこも作るべきかな・・・でも、これなら伝えれば作って貰えるかも・・・」
胡麻もごま油も使えれば良い素材だ。しかも胡麻からごま油を作るのは物凄い簡単だ。家庭でも出来る程度なのだ。ならば、伝えて作ってもらうのも手だろう。
「とりあえず、一回分は作ってみたんだが・・・ごま油も作ってみるか?」
「そうですね。大体20グラムあれば一回分は出来る、って聞いたことありますから・・・作ってみますか。ついでに間食で何か作っても良いかもしれませんし・・・」
そもそも胡麻が30グラムしかなかった――おまけに水分を飛ばしたりした事で更に減った――ので量は出来ないが、それでも一回分にはなる量は残った。なので試しに今度はごま油を作ってみる事にしたのであった。もちろん、二人共ごま油を作った経験なんてない。なのでやってみないと駄目だろう、と思ったのだ。
「えっと・・・これで粗熱は取れてるから、とりあえずすり潰して蒸して、だったっけな・・・」
「じゃあ、とりあえずすり潰すか」
「じゃあ、すりこぎとすり鉢だすねー」
「あ、はい」
すりこぎとすり鉢を取り出したユリィに、とりあえず睦月が頷く。そうしてとりあえずすり潰した後は、蒸して水と油を分離させてやるのである。そうして、とりあえずむす段階にたどり着いた三人であるが、そこで気付いた。
「あ・・・絞るのってどうしましょう」
「あー・・・」
油を取る為には、蒸した胡麻に圧力を加えて搾り取ってやらねばならないのだ。が、そこは考えていなかったらしい。と、そんな所にユリィが後ろを向いて、興味深げにこちらを観察していた楓に声を掛けた。
「楓ー。土系統の魔術で重力操れたよねー」
「? ええ、出来るわ・・・ああ、なるほど」
「カイト。岩と言うか金属」
「ああ、なるほど」
彼らには人力以外にも方法があった。魔術を使って高重力で押しつぶしてやれば良いのだ。というわけで、楓が杖を取り出して、カイトが何時も通りに魔力で金属を編んで、押しつぶせる様にした。編んだ金属は円錐状の物が2つだ。更に濾せる様に和紙も付けておいた。
「<<重力・加重>>」
使ったのは、対象の重力を加算させてやるだけの土属性の簡単な魔術だ。そうして、楓はゆっくりと加わる圧力を増していく。すると、ゆっくりとだがごま油が抽出されていく。
「今度は玉搾りの道具貰ってくるか・・・」
「ですね」
何時も何時もこの方法では手間がかかりすぎる。そもそもこれは本来は大量生産する際の方法だ。古来からある生産方法だと、カイトの述べた『玉搾り』という方法があった。こちらの方が摩擦などで味が失われずに済んだりして、良い味が出るらしい。
そしてこの装置そのものはエネフィアにも存在している。なので油を取り扱う業者に言えば手に入りそうなので、帝城側に頼んで借りてくる様に頼もう、と考えたようだ。そうして、カイト達は何度か濾過と静置を行って、茶色色のごま油を入手する事に成功した。
「良し・・・じゃあ、料理作っちゃいますね」
とりあえず使ってみて味を確認する。それから、色々と判断しないといけないのだ。そうして、睦月がエプロンを着用して、料理を始める。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
全員がその背中を見て、思うことがあった。そして、カイトがそれを口にした。
「・・・どっからどう見ても幼妻とかそんなのにしか見えん」
「・・・ねー」
どうやら同じ系統の皐月でさえ、上機嫌にフライパンで料理を炒める睦月の後ろ姿は女の子にしか見えなかったようだ。そうして、そんな睦月を誰もが何とも言えない表情で見守りながら、一同は睦月の料理が出来上がるのを待つのだった。
ちなみに、睦月が作った料理はチャーハンだった。味はもちろん美味しかった、との事で全員小腹を満たすには十分だったらしい。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第784話『挨拶』




