第791話 帝都散策
さて、帝都アンシアへと到着した翌日。カイト達はとりあえず帝王フィリオのご母堂は急な帰国だった為まだ外遊中だという事で、揃ってアンシアの確認に出る事にしていた。
ちなみに、揃ってとは言ったが全員揃ってではない。睦月と桜、楓は何時呼び出しがあるかわからないので、居残りだ。なので出て来たのはカイト達だけというわけである。なお、一葉と三葉については残しておいた。残った面子の警護の為だ。
「基本的には、外側には行く必要はなさそうか・・・」
「外側には何があるの?」
「外側には普通に住宅街らしい・・・人が増えるに従って、そこらが増築されて街が大きくなっていってるみたいだな」
カイトは地図を見ながら、皐月の質問に答える。カイトが今見ている街の外周部については、市街地は市街地でも半ばスラム街に近い勝手に作られている市街地であるようだ。
大本は更にその外側にある農耕地帯や酪農地帯の小屋だった所に住んだりしたのが、きっかけらしい。一応人が住む以上露天などもあるようであるが、今回の依頼から考えてそこに手を出すのはアウトだろう。もしくは、きちんと帝国側に確認を取る必要があるだろう。
「さて・・・じゃあ、まず見てこないといけないのは胡麻か」
睦月曰く、おひたしを作るにせよ何にせよ胡麻は欲しいらしい。が、どうやらここいらの地域では胡麻は一般的な食材ではないようだ。
帝王フィリオにしてもごま油を使うのでその知識はあったが、胡麻そのものは使った事が無いらしい。彼が使う食材は基本的には帝城の調理人達が使う物を借用しているだけなので、その彼が使った事がない、ということは仕入れていない、と考えて良いだろう。
「とは言え・・・無いとは思わないんだよな」
「そうなの?」
「胡麻って、地球だとインドとかが原産地なんだよ。アフリカでも野生しているからな。となると、ここらの気候を考えれば十分に自生しているはずだ。ごま油は使っているらしいしな」
「ということは、大半がごま油に使われていて胡麻そのものを使う文化が無いだけかもしれない、というわけね」
「そういうこと」
弥生の言葉をカイトが認める。カイトの推測もそうだった。ちなみに、今の弥生の側には八咫烏が飛んでいた。あの後外に出て来たのであった。彼は使い魔ではないので顕現に誰の力も必要としない。なので自由自在に出てこれたのである。
「まあ、そういうわけで、とりあえず市場があるという西側エリアへと行ってみるとするか」
カイトの号令の下、一同は移動を開始する。向かう先は帝都において市場などの商店街とも言えるエリアが集合している西側だ。そうして、暫くの間カイト達は食材を取り扱う店を見て回る事にするのだった。
散策を開始してから、約3時間。一通りの食材を取り扱う店を見たカイト達は、結果の報告を行っていた。
「やっぱりごま油はあっても、胡麻の種そのものはなさそう、か・・・」
「そもそも胡麻って何時が収穫時なんだ?」
「胡麻そのものは8~9月だから、今が一番無い時ではあるかもな・・・とは言え、収穫されていそうだから、逆にありそうなものなんだが・・・」
「なら、種屋にでも行くべきだったんじゃないか?」
「いや、食材として利用されているのなら、八百屋でも取り扱ってるだろうからな」
瞬の問い掛けに対して、カイトが推測を告げる。探して無い所を見ればやはり、種を食す文化が無いと考えて良いだろう。もしくは需要がないので取り扱っていないのかもしれない。
とは言え、そうなってくると、今度は種を取り扱う農家達と取り引きを行う種屋を探さないといけなくなる。が、そんなものは一同誰も見付けられてはいなかった。
「で、そろそろ、一つ良い?」
「うん? 良いが?」
「暑い・・・すっごい暑い・・・一度何処かで休憩を・・・」
皐月がカイトに対して提言する。それに、八咫烏が鼻で笑う。
『情けないな、小娘』
「まあ、ここってほぼほぼ南国だからなー・・・」
「あ、一応聞いておくけど、皐月ちゃん。日焼けクリームきちんと塗った?」
「ベッタベタ塗った・・・」
うだー、とバッテリー切れの様に皐月が答える。瞬は特に気にしておらず、弥生は密かに魔術で周囲の気候を制御している。カイトと二葉は装備のおかげでなんともない。八咫烏に至ってはそもそも太陽の化身でもあるのだ。暑さはほぼほぼ無効化されていた。というわけで、この中で唯一何もない皐月には亜熱帯の気候は堪えたようだ。
ちなみに、実は比較的過ごしやすい妖精たちの里で生まれ育ったユリィはすでに完全にダウン状態になっていて、カイトのフードの中を占拠して涼んでいた。と、そんな彼女が顔を出した。
「大変だね、小さくなれない人って」
「・・・こいつは・・・」
「けけけ」
ユリィが楽しげに笑う。やはり暑いからか、何時も以上に人を苛つかせる言動が増えていた。とは言え、そんな事を言うために顔を出したのではない。
「まあ、それならここから少し行った所のカフェがおすすめだよ。観光ガイドに書いてあった」
「何してるんだ、と思ったらそんな事してたのか・・・」
人のフードの中で何をしているのか、と思っていたカイトが肩を落とす。とは言え、それならそれでそろそろお昼ごはんを含めて、酒場に情報を聞きに行くのも良いだろう。
というわけでとりあえず休憩する事にした一同は、ユリィの案内の下で近くにあるという観光客向けの喫茶店へと入る事にした。
「はーい。団体様ごあんなーい」
「あー・・・日陰入るだけで随分マシ・・・」
皐月がこてん、と机に突っ伏す。ここは亜熱帯だ。一応スコールなどの無いカラッとした気候であるが、今は夏だ。尚更暑かった。そして、暑かったのは彼女だけではない。いくら制御しているとは言え、カイト達も暑い事は暑かった。
「はぁ・・・いくらなんでも汗は掻くな・・・」
「と言うか、想定外に暑いな・・・」
「逆だ。他が想定外に過ごしやすいんだよ」
「あれぇ? お客さんどっかから来られたんですかぁ?」
飲み物を持ってきてくれたウェイターの女の子が、カイト達の会話に嘴を突っ込む。どうやら結構人懐っこい女の子らしい。その言葉にカイトがふと彼女を見てみれば、褐色の肌が美しい可愛らしい女の子だった。
「ん? ああ、この間の会議で海渡ってな。丁度昨日の夜着いた所なんだ」
「へー・・・良いですねぇ。私はここから出た事無いんですよぅ」
「それはそれで良いかもしれないけどな」
「そうですかねぇ・・・まあ、案外旅も疲れる、ってお話はよく聞きますけどねぇ」
「そんなもんだよ。実際、観光旅行でも無い限りは途中で魔物と戦い、途中で餓死とかの危険もあるからな。好き嫌いも言ってらんないよ。虫は断固拒否したけど。毒と寄生虫怖いから・・・とは言え、何もわからんきのことかはよく食べたなー・・・今は、こいつら居るからどうにでもなるんだけどな」
「あー・・・そう言われると、ここでお給料頂いて食べたい物食べて、というのも良いかもしれませんねぇ」
どうやら少しのんびりと言うかおっとりとした喋り方の女の子らしい。とりあえず独特な喋り方をする女の子だった。そうして、暫くはカイトは他の面子がメニューを選ぶ傍らで、情報収集を兼ねた雑談を行う事にした。
「食べたい物といえば・・・そう言えば、ここの店のおすすめって何なんだ?」
「そうですねぇ・・・とりあえず、チャイが一番有名なお店、ですねぇ」
「チャイか・・・」
チャイとは所謂、インド式のミルクティーの事だ。ここではインドは無いのでイヤリングの効果でそう訳されているだけだろう。なお、香辛料を加えた物はマサーラー・チャイと良い、世界的にはこれが一番知られているチャイだろう。とは言え、今回の場合は狭義に言うチャイだろう。
「じゃあ、結構軽食系がおすすめか?」
「あー・・・お昼がお求めですかぁ。でしたら、そうですねぇ・・・チャイが甘めなので、やっぱりこれはデザートにされる方も多いですねぇ・・・」
ウェイターの女の子は、暫く頭を捻って何が良いか考える。ちなみに、それなりに忙しい時間帯ではあるのだが店員の数は足りているらしく、少し後に再度訪れた時に聞けば観光客向けなどの時は積極的に張り付いて相談に乗っても良いそうだ。
ここらが、観光ガイドにも記される程に有名な店である理由なのだろう。丁寧な接客などがかなり好印象な店だった。勿論、料理も美味しかった事もある。
「じゃあ、ここらで一般的な家庭料理とか行っときますかぁ?」
「どんなのだ?」
「串焼きですよぅ。串焼きにしたお肉をスライスして野菜と一緒に食べるんですよぅ。他にも串焼きもありますよぅ?」
「シシケバブとドネルケバブって所か・・・」
女の子の言葉に、カイトが似たような料理を小さくつぶやく。尚、何度か来ているのだから知っているだろう、というツッコミは無しだ。ここでのカイトは初めてやってきた旅人の体だ。知らない様に見せかけるのもまた、彼の腕前だった。
「結構しっかり食べれるんで、冒険者さん達の様な体力勝負の方にはおすすめですよぅ」
「ふむ・・・じゃあ、それで。あ、後デザートにチャイもお願い」
「はいな」
カイトが決めた所で、他の面子も各々の料理やデザートを注文していく。基本的に地球で言えばこのカフェはトルコ・インド系の料理屋という所だろう。厳密な所は地球とは違うので、若干ごった煮になっていても不思議はない。
「随分と仲良さそうに話していたみたいじゃない」
「嫉妬?」
「いいえ?」
「あ、ちょい傷付く・・・と、まあ、そういうわけでもないさ。ここは、安心できそうだな」
弥生の言葉に軽口を返したカイトだが、そうして少しだけ、肩の力を抜いた。何も彼とて女の子を口説いていたわけではない。店の様子を確認していたのだ。ということで、改めて周囲に視線を走らせたカイトへと、翔が問いかけた。
「どういうことだ?」
「店の中、見てたんだよ。初めて行く店はまず、安全かどうかの確認しとかないとな。しとけるなら、だが。幸い、ここはガラが悪いわけでもなさそうだしな」
「何がわかったんだ?」
「少なくとも、悪い店じゃない・・・今度から、集合する時はここの方が良いな。シュウも覚えておけ」
「あ、あぁ・・・」
どこら辺がそうなのかはわからないが、何か安心出来る所があったらしい。とは言え、わからないまま放置するのでは駄目だ。なので、食事に入った所で瞬が問いかける事にした。
「カイン。結局どこらが気に入ったんだ?」
「女の子が可愛いから」
「あ、お上手ですねぇ」
「だろ?」
「でも今晩一緒に、とか駄目ですからねぇ?」
「あいてっ・・・酷いなー。顔立ち、悪くないだろ?」
「悪くないのとそういうのは別ですよぅ。でもまあ、名前ぐらいなら教えてあげてもいいですよぅ?」
「あ、教えて教えて」
「コトリですよぅ」
物凄い手練手管、と言うのはこういうことなのかもしれない。カイトはあっという間に普通は馴染みでもない限りは教えてくれないだろう店員の名前を聞き出す。そうして、コトリというらしい女の子の名前を聞き出したカイトは彼女を送り出して、改めて本題に戻った。
「ばいばーい・・・さて、で、本題に戻ろうか」
「・・・あ、ああ・・・」
「これで女誑しじゃない、って言うこいつが凄いわ・・・大丈夫なの?」
「ノー、ノーコメントでお願いします・・・」
皐月から水を向けられた二葉が、頬を引きつらせながらも何も言わない事を貫く。何が大丈夫なのか、というと勿論、性的な意味で、だ。ちなみに、まだ手は出していない。
「で、なぜ安全か、って? そりゃ、店員見りゃわかる」
「うん?」
「店員に邪気がない。何かをしようとする奴は雇っていない。純粋な飲食店と考えて間違いないな」
「馬鹿みたいにカイトがあんな風にしてたと思ってる?」
今まで黙っていたユリィが笑いながら瞬へと問いかける。当たり前だが、カイトとて何の意味もなく女誑しっぽい風で接していたわけではない。
「パーティって色々な人が居て然るべき、なんだよね。ギルド以外だと。ギルドだと目的に沿って構成するから、似た性格の人が一緒でも不思議じゃない・・・でも、こういうギルドに属していない風を装う場合、一人二人は女好きだったり男好きだったり、とかが必要なんだよね。様々な方面から情報も得られやすいし、囮にもなる。役割分担、って所だよ」
「へー・・・」
本当に考えてやってるんだな、と瞬が納得する。なお、なぜギルドに所属していない流れ者を装っているのか、というとどこかのギルドの所属だとこの街に支部があったり何らかの繋がりが無いとおかしいからだ。
普通は支部から支部へと渡り歩くのが大陸を渡れる程のギルドに所属する冒険者の行動だ。大陸に渡れる力もないギルドのギルドメンバーが大陸を渡るのはよほどの事があった場合ぐらいで、気儘な旅人を演じる以上、そうではない方が怪しまれないのだ。
「まあ、あのコトリちゃんも半ば演技だとは気付いてるんだろうけどな。そこはそれだ・・・突き刺さる視線に耐えれば、十分に必要な事さ・・・シュウみたいな奴には、おすすめしないけどな」
「そうか・・・」
「で、本題に戻すと、店員とお客さん、見てみ?」
カイトの言葉を受けて、瞬が従業員と客層に視線を移す。基本的にこの店の店員は女の子が多い様子だ。店員の男女比率としては3対7という所だろう。それに合わせて、男の客も多かった。が、やはり料理の系統からか客層は半々と言うところだろう。上手く男女共に取り込めている、と見てよかった。
「そう言えば・・・観光ガイドに乗ってる程なのに、地元の奴が多い様な気がするな・・・客達が店に馴染んでる様な気がする」
「もしくは、ここに来て暫くの顔なじみが多いな。店の清掃もきちんとされている。破壊された後は見えない。お酒は出している様子もないな。一応、エールや紅茶に味付けした物程度は出しているが・・・飲み屋の印象は無い。荒くれ者に巻き込まれる心配も無いだろう。それに、立地も良い。ここは軍か警吏かは知らんが、その派出所にも比較的近い。外の治安も良い」
「なるほど・・・」
総合的に判断して、という所なのだろう。瞬が感心した様に頷いていた。冒険者も来ている事は来ている様子だが、どちらかと言えば観光で、という所なのだろう。情報収集などは考えていない様子だった。カイト達も何時もなら有り難くはないが、今回は食材探しがメインだ。別にこういう所でも問題はなかった。
「さて・・・じゃあ、ついでにデザート来た時にでも、そろそろ聞いておくかな」
カイトが笑う。そろそろ、本題に入っても良いだろう。本題とは胡麻について、だ。そもそもそれを調べる為に外に出たのである。午後には取っ掛かりでも掴んでおきたい所だった。そうして、カイト達は更に食事を食べ進めるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第782話『胡麻を求めて』




