第789話 帝都アンシア
帝都アンシア。それはヴァルタード帝国の帝都で、大本は古来から交易の拠点として栄えたアンシア国という国の首都だった場所だ。とは言え、今ではそのアンシアの名は帝都に残る程度だ。立地から、ここがヴァルタード帝国結成時に帝都として選ばれたのである。
場所としては双子大陸の片方、イオシア大陸中央部に位置する。街の規模は、巨大という一言で事足りる。街の大きさそのものであれば、マクスウェルの倍はあろうという超巨大な都市だった。とは言え、これだけ大きかったのにもわけがある。
「結界が・・・無い?」
「それ、安全なの?」
カイトから聞かされた街の概要に、思わず皐月も楓も、と言うか誰もが目を見開く。マクスウェルから来てこれをはじめて聞いた者ならば、必ず疑問に思う事だった。結界が無ければ、魔物は湧きたい放題だ。安全を得る為の街が安全ではないのである。
「一応、魔物は発生しない・・・が、下水道とかには魔物はちょくちょく入り込む。危険っちゃ危険ではあるけどな・・・時折、帝国の兵士達か請け負った冒険者達が掃討に乗り出してる。帝都は比較的安全は安全な場所だからな」
「ああ、ということは、よくやる簡易結界を展開しているのか」
「そういうこと。魔物の発生を阻害するあれを、街の地下の基盤部分に埋め込んでるのさ」
瞬が気付いた対応策に、カイトが笑って頷いた。結界の規模を大きくするのは魔術の調整が必要になったりその間の防備をどうするか、という様な色々な問題から非常に困難だ。それが皇国で主流となる街をすっぽり覆い被さる様な類の結界なら尚更だ。
が、実はこの方式が主流なのは皇国と千年王国、それとそこの保護国ぐらいだ。ではヴァルタード帝国やマギーア国の街がどうなっているのか、というと、それが現在カイト達が話し合っている方式だ。
それは簡単に言えば、かつてソラがミナド村近くの森でやっていた対策を街の基盤部分に埋め込むという方式だ。定期的に検査は必要なのは変わらないが、費用対効果は非常に良い。
とは言え、この方式だとその代わり魔物は入り込まれる可能性があるし、万が一の場合には魔物が発生する可能性があるが、街を大きくする事は容易だし壊れても修復はし易い。メンテナンスにしても専門的な知識はほぼ必要がない。ただ基礎となる部分の部品を取り替えるだけだからだ。と、言うわけでそれらの解説を受けた瞬達だが、桜がふと、疑問に思う事があったようだ。
「それで帝都は良いんですか? 曲がりなりにも帝王が座する街。万が一帝城に魔物が入り込んだら、と・・・」
「良い所に気付いたな。勿論、彼らだって苦慮したさ。何度か入り込まれて、さて、どうするか、と考えた彼らなんだが、そこで千年王国から技術供与があったらしくてな。重要な所ぐらいしか守れないが、しっかりとした結界が展開出来る様になっている。なんで、重要な所はきちんと守れる様になっている。あくまで、これは市街地だけだな」
「じゃあ、基本的に帝城付近は安全、と考えて良いんですか?」
「それと、軍施設の関係だな。街も基本的には下水道の周辺に立ち入らなければ安全だ」
桜の再度の問い掛けに、カイトが笑顔で応ずる。とりあえず、これだけわかっていれば町中では問題が無い。そしてこれだけわかっていれば、後は他の街へ行った時に改めてカイトが教えるだけだ。
ちなみに、地球ではよくある通貨の問題だが、エネフィアにはそれは存在していない。一部国内でのみ使える通貨を流通させている所はあるが、基本的には冒険者達が行き来してくれていたお陰でかなり早い段階から共通の通貨が出来上がっていて、ミスリル銀貨などの貨幣が使えるからだ。
「とは言え、気をつけるべきはどこぞのクソ共だな。一応、帝王陛下の客扱いだからセクハラとかはされないと思うんだがなぁ・・・まぁ、万が一の場合はオレに即座に報告」
「女の敵は私も一緒に叩き潰すからねー」
「容赦はしないからな・・・当分は地獄見てもらおうかなー」
二人は最後にそう、忠告を送っておく。一応、帝王の客人にそんな事をすれば彼の面子は大いに損なわれる。カイト達側も無礼は出来ないが、相手側も無礼は禁物だ。安心は安心だと思うが、所詮は異大陸で他国の内情だ。わからない事は多い。念を入れておくのは、悪い事ではないだろう。それに、桜達が笑った。
「ふふ・・・安心してください。鍛えられていますから」
「そうね・・・とりあえず、どの程度まで許されるかしら」
「ん? 金的蹴りぐらいまでなら、隠蔽しておいてやる」
「そ、そこまではさすがに・・・」
カイトの言葉に、桜が頬を引きつらせる。さすがにそこまではする気は無かった。しないとは断言出来ないが。と、そんな最後の注意事項の確認をしていると、部屋の扉がノックされた。
「はい、どうぞ」
「失礼致します。もう暫くで、帝都へと到着致します。ご準備をよろしくお願いします」
「わかりました・・・じゃあ、全員一回部屋に戻って用意の確認。忘れ物無いようにな」
カイトの号令で、全員一度飛空艇で与えられた部屋へと戻って、用意を整える事にする。そうして、それから30分程。ついに、巨大戦艦はヴァルタード帝国帝都アンシアへとたどり着くのだった。
当然の話であるのだが、帝国の首都である帝都である以上、そこにはヴァルタード帝国帝王が起居する帝城が存在している。であれば、街は当然それ相応に大きな物になっているだろう事は安易に想像が出来る。
とは言え、想像できるのと直に見てみるのとでは、やはり話が違った。帝都が一望出来る展望台に案内された一同は、そこでまず目を見開く事になった。
「おっき・・・と言うか街デカ!?」
「まあ、そう言う反応になるよな、普通・・・」
皐月の反応を見て、カイトが頷く。大きい大きいとは聞いていたが、まさかここまで大きいとは思っていなかったのだ。
「こ、これ・・・何キロぐらいあるわけ・・・?」
「さぁ・・・オレも知らん」
「私もしんなーい」
カイトの言葉に続けて、ユリィも知らない事を明言する。ここは異大陸の首都だ。流石の彼女も知らない事はあった。更には、この街と言うかヴァルタード帝国なりのお国事情という物も存在していた。ということで、ユリィがそれを明言する。
「内部埋め込み式の結界展開方式だと、危険度が高い代わりに設置は楽。だから規模も結果的に大きくできやすいんだよね。時々勝手に不法移民達が埋め込んでることもあるらしいよ」
「へー・・・」
その代わりに街の外に近いほど危険度が高いけどね、とユリィが明言する。ちなみに、上空から見ていない彼女らではわからないことなのだが、実は街の幾つかの場所の屋上は軍が所有しており、飛行型の魔物が近づいてきた場合には対処するようになっている。
結界で覆い尽くす類ならば自動的に弾かれるのであるが、逆に埋込み式だと上空からの侵入を防ぐのには限界がある。高射砲の様な感じで撃ち落としてやらないといけないのだ。
そこらは、お国柄だ。ここに費用を使うか、きちんと結界にお金を使うか。どちらを選んだとしても、それは間違いではない。軍の訓練にもなる、と考えるも良し、万が一があっては困る、と考えるも良しだ。
「にしても・・・随分なんというか・・・えっと・・・」
「雑多な街、か?」
「はい・・・」
桜が言葉を探しても見付からなかったのでカイトが思うがままを言うと、彼女もそれに頷いた。受ける印象はそうは変わらないらしい。
とは言え、そうだろう。他種族が集まるマクダウェルもかなり雑多な印象は受けるが、それでもまだ統一感はある。ここまで雑多な感じは受けないし、スラム街なども存在していない。治安が悪いのはあくまでも飲み屋街程度。酒に酔った勢いで、とかぐらいなのだ。
それに対して、アンシアはかなりごった煮の印象を受ける。区画整理がきちんと為されていない時代があったのか、マクスウェルのように碁盤のようにきちんと整理されているわけでもなく、所々は街の死角になるような見えない所や治安の悪い所があったのである。
「うーん・・・確かに、昔よりも随分雑多な感じにはなってるな・・・」
「あの時はアンシアの人たちぐらいだったからねー・・・この街は基本的に人類の歴史を繰り返している様なものだから・・・帝都が街として発展していく中で腐敗と再生を繰り返していくから、何度かきちんと整えられては腐敗で荒んで、が繰り返されるんだよね。今は丁度再興の過渡期、って所じゃないかな。後50年もすると今ごった煮になっている所はきちんと整理されて、でまた腐敗して外側がごった煮になって、を繰り返して成長していくんじゃないかな」
「玉ねぎみたいな感じ、ということ?」
「そうだね。そういう感じ。外側に行けば行くほど、ごった煮が強くなるよ」
ユリィが再度頷く。この街について完全に知っているわけではないが、それでも彼女は教師として勉強は欠かせていない。歴史や風潮程度であれば、彼女が公爵家の人員である事も手伝って知っていたのであった。と、そんな話をしている一同の眼の前で、少し遠くの屋根に設置された高射砲が火を吹いた。
「あ・・・」
「ほぅ・・・中々に良い火力だな」
「手数で撃ち落とす・・・ふーん・・・」
カイトとユリィは何かを考えて、頷き合う。さすがに他国の人、しかも要職に居る立場だ。安易には口にしない。が、考えていたのは一緒だ。何処かに、超高火力の砲台が隠されているな、と。と、そんな風に考えていたカイト達だが、ふと、桜が声を上げた。
「カイトくん、あれ・・・」
「うん? おぉ!? 列車か!? まさか実用化出来てたのか!?」
「ええ・・・先々代の頃から大量輸送手段を探して、過去のあなたが過去に残した文献で手に入る物を調べて、と。ようやく10年程前に実用化されたものですよ」
「ふーん・・・なるほどな。盛土して、その上に走らせたのか・・・」
「ええ」
ティトスがカイトの言葉を認める。そこに走っていたのは、本当に列車だ。とは言え、何度も試行錯誤されたらしく見た目などはやはり少しカイトの考えている物とは異なっていた。
簡単には路面電車で良いだろうが、安全性に配慮したのか少しだけ高めに線路を作っていた。簡易な高架鉄道という所だろう。高架鉄道まではカイトも残しておらず、自力でたどり着いた結果が少しだけ高い位置に設置する、という事だったようだ。
「うーん・・・これ知ったら、皇城の奴ら臍を噛むだろうなー・・・」
「ほぅ・・・」
「あ、今のなかった事に」
「ふふふ・・・」
カイトの咄嗟の一言に、ティトスが笑う。少しだけ、内情を暴露してしまっていた。とは言え、カイト達はこちらがまだ少し前に実用化出来たばかりの技術に触れられるのだ。お相子という所だろう。
「良し。まあ、観光は後でも良いか。とりあえず、案内は頼む」
「わかりました。馬車の用意を」
「かしこまりました」
ティトスの言葉を受けて、従者の一人が馬車を持ってこさせる。列車で移動か、とも思ったが、普通に馬車での移動らしい。色々と気になる事はあったが、それは後で調べれば良いだろう。そうして、一同は少しして帝城へとたどり着いた。
「へー・・・遠目に見ても大きかったんですが・・・近くから見たら、余計大きいですねー・・・」
馬車はどうやら、上が開くタイプの物だったらしい。なので観光を兼ねて上を開いてもらったのだが、帝城が近づくとその大きさは尚更印象的だった。
これだけ大きな街に負けない巨大さを誇っていたのだ。皇城と比べると、やはりこちらの方が大きいだろう。とは言え、そう桜に言われて、ティトスは苦笑を浮かべた。そして、ユリィも事情を知っていた。
「あー・・・」
「あはは・・・ご存知なら、仕方がありませんか。実はこれ、先々代の帝王が作り変えさせたのですよ。当時千年王国と少し険悪でして・・・あれに負けてなるものか、と10年掛かりで財政を無駄に浪費されまして・・・列車の研究を始めたり、と今に繋がる研究を始められて決して悪い治世ではなかったのですが、こういう浪費癖は彼の悪癖でしたね。お陰で先帝の時には腐敗がそれなりに横行してしまいまして・・・」
どうやら先々代の帝王は良くも悪くも、色々と突っ走った王様だったのだろう。良いと言われる事もやっていれば、悪いと言われる事もやっていたようだ。後100年でも評価は分かれる所なのだろう。
そうして、そんな話をしながらも一同はティトスの案内で帝城の客室へと案内された。そこは帝城の比較的見晴らしの良い客人用の一角だった。ここを丸ごと、貸してくれるらしい。
「さて・・・では、こちらが皆様のお部屋になります。ここが、談話室。そこから、皆様のお部屋へと繋がる事になります」
暫くの間、ティトスに変わって帝城のメイドが部屋の説明をしてくれる。基本的な構造はカイトと皐月が暮らした魔導学園の学園寮と同じようだ。洗濯をする洗濯機、料理用の炊事場などが一通り整えられていた。どうやら帝城に招いた冒険者達の為の部屋のようだ。
「では、本日はもうお休みください。もし外に行かれるのでしたら、メイドへと一言お申し付けを」
「良いんですか?」
「ええ。兄も今日はおそらく溜まっている書類の処理に追われる事になると思いますので、また改めてこちらから」
「あ、わかりました。じゃあ、何時でも行けるようにしておきます」
「お願いします・・・では」
睦月の言葉にティトスが改めて頭を下げて、その場を後にする。そうして、部屋にはお世話だというメイドとカイト達が残された。
「皆様付きメイドのティリエルと申します。何か御用がありましたら、どうぞお申し付けください。お仕事の内容については帝王陛下より伺っておりますので、私が居てもお気になさらず」
「あ、有難う御座います」
「っと・・・オレはその前に。仕事内容を聞いている、と言ったな?」
「はい」
「その内容は?」
お礼を言った睦月達に対して、カイトが問いかける。ここら、やはり年季の差なのだろう。そうして、ティリエルが頷いた。きちんと聞いてくる者が居た事に好感度が持てたらしい。
「陛下が直々にお料理をなさる、と」
「良し。なら、大丈夫だな・・・暫く、よろしく頼む。で、ちなみに聞いておきたいんだが、陛下のご母堂のお誕生日は何時なんだ?」
「はい。一応正確な所は来月の13日になりますが、陛下やティトス殿下などのご予定もありますので、お誕生日会が正確に何時になるかは、直近になるまでは・・・」
まあ、多忙な帝王とその弟君だ。三人が一緒に集まれる日はそうそう無いだろう。なのできちんと三人で確実に集まれる日を選んで料理を作る、という所なのだろう。それ故、当初から予定が最長で一ヶ月もあったのだろう。そうして、この日からカイト達の帝都での生活が始まったのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第790話『活動開始』




