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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第44章 過去からの使者

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第783話 戦いの傷跡

 翌朝。全ての死者達は夜明けと共に、帰っていった。まるでそれが本当に夢であるかのように、だ。それは誰もがわかっていたこと。重要なのは涙を流そうと、何時かそこに、今ではない、と心に誓う事だ。

 そして、夜明けと共に涙と嗚咽に代わって木槌の音が響き始める。街は戦いの傷跡が残っている。修繕をせねば、会議も何もあったものではない。


「・・・なあ、来なかった人達、って一体なんなんだ?」


 なんとか無事だった冒険部の旅館の上でカイトに対してソラが問いかける。幸いにして、冒険部は喪った者はカナンらを除けばたった一人――厳密には二人だが刑死の為――だ。なので誰もが昨夜の事はキレイな夢だったのだ、と思うだけだった。


「そりゃ、簡単だろうな・・・カナン。お前、わかるか?」

「え、あ、はい? なんですか」

「来てくれた人と、来てくれなかった人の差だ」

「? 来なかった人・・・居るんですか?」


 きょとん、となりながらカナンが首を傾げる。彼女の所には、きちんと仲間が迎えに来てくれていたのだ。それ故、疑問に思わなかったらしい。

 今日は一日、大半の者に休暇が与えられていた。それはカイトもカナンも例外ではない。幸いにして昨日の一件で周辺の魔物も魔物の生まれる要因も大半が消し飛ばされた。これでは魔物も発生出来ない。激闘もあったことなので、休暇とするのが最適だった。


「ああ・・・さて、カナン。質問だ。お前、死にたいか?」

「ふぇ!? 嫌です!」


 カナンがぶんぶんと首を振って、カイトの質問に答える。確かに、仲間達はあそこに居るかもしれないのだ。が、それだからといって、あちら(あの世)に行きたいとは思わない。


「それだよ。そこが、分かれるんだろうな。死んでたまるか。喩え死者と会った所で、俺達は生きてやる。そう考えない奴の所にはやってこない・・・勇者さまが応じたのは、生きたい、生き足掻きたいという願いだ。彼らしいといえば、彼らしい」

「どして?」

「来られちゃ困るじゃねぇか。これはお迎えじゃ無い。単に切り札ってだけなんだろうさ。夢を編んで、一時的に現実にするだけのな」


 察しの悪いソラに対して、カイトは推測の形を借りて説明する。これは別にあの世を顕現させているわけではないのだ。単に死者をこちらに呼び出すだけの力だ。

 それが帰る時に引っ張られては困る。だから、無理なのだ。生者の言葉が死者に届かなければ、死者の言葉は生者へと届かない。逆もまた真なりだ。死者達が望まなければ、喩え声を聞こうと応じない事もある。そして勿論、そういった奴らの尻を蹴っ飛ばす為に現れた者も居るし、この程度大丈夫だ、と信じているが故に応じなかった者もいる。そこは、その死者の考え次第だ。


「まあ、そりゃ、良い・・・で、カナン。何の用事だ?」

「あ、はい・・・えっと。実は・・・」


 少しの間。カナンがカイトの所に来た事情を話す。カナンとて何の意味も無く屋上に来たわけではない。そうして聞く所によると、カナンは昨夜の再会の折り、カシム達がついぞ伝えられなかった事を聞いたらしい。


「父親を探せ?」

「はい」

「父親の名前は?」

「それが・・・クズハ様に聞けば何時かはそこに繋がるだろう、って」


 カイトの問い掛けに、カナンが告げる。どうやらカイトの知り合いかもしくは、知り合いの近い所に居るか、だ。そうなってくると、やはり一つの考えが浮かび上がった。


「ってことは・・・やっぱり面倒な話になってきたー・・・」


 カイトががっくり、と肩を落とす。その言葉が意味する所は、一つしかない。カナンの父母のどちらかは、少なくとも貴族だということだ。下手をすると何処かの貴族の隠し子の可能性も高かった。


「ご、ごめんなさい・・・迷惑ですか?」

「いいや、まあ、最悪の可能性は免れただけ、いいさ・・・で、お前の父親、多分どっかのお貴族様。それもかなりの名家のな」

「・・・え?」

「前々からティナと二人で話し合ってたんだよ。そのカシム達は実はお前の父親が依頼した護衛だったんじゃあないか、って」

「お父・・・さんが?」


 はじめて見えた父親の幻に、カナンが思わず目を見開く。そもそも父親が生きていたとは思ってもいなかった様子だ。


「でも、じゃあ、どうして姿を現してくれないんですか?」

「・・・聡い娘だ」


 カイトが小さくつぶやいて笑う。カナンは捨てられたとは思っていないらしい。そしてそれが正解だろう。実はカナンの生家については、少しだけ調べさせた。

 そこから、実は母親は父親と何らかの方法で連絡を取り合っていたのではないか、と推測が出来る様になっていた。というのも、『夜の一族』で家を捨てた母子家庭であるにしては、母親はそれなりの財を持ち合わせていたという。そしてその当時に食うに困ったという事をカナンから聞いた事もない。

 更にはまだカナンが幼い頃に、村人達が見たこともない男と母親が会っていた事も確認されている。おそらく何らかの援助を渡していた可能性が高かった。カナンももしかしたらその光景を何度か見ていたのかもしれない。カイトはそう推測を立てる。


「まあ、ガチの名家。それも姿を公にするだけでかなり揉める様な家柄なんだろうよ。最悪、本気でブランシェットに繋がる家系かもしれん」

「・・・げ」

「あはは。一転お姫様扱いされるかもな。今、キリエに調べてもらってる・・・まあ、遠からずブランシェット領には行くべきだな」


 カナンの非常に嫌そうな顔に、カイトが笑う。とりあえず遠からずカイトとカナン、そして幾名かでブランシェット領には行かなければならないだろう。これが片付かない限りは、カナンの扱いに困る。兎にも角にもそこらはエンテシア皇国で獣人系貴族達を統べるブランシェット家と相談、と言うところだろう。

 その後はその後だ。実家と話し合う事にもなるだろうし、カナンの意思も考える必要がある。最悪は、例によって例の如くマクダウェル家の出番となる可能性もあった。


「はーい・・・」


 その一方でカナンは非常に嫌そうだ。行きたくない。そう思っているのだろう。彼女にしたって今更お嬢様扱いされた所で困る。お貴族様と言われて憧れを抱く者もいれば、嫌そうにする者もいる。そういうものなのだ。


「まっ・・・それはおいおい考えていこう。これでも公爵家にゃ幾つか伝手がある。戦争にはならないだろうしな・・・とりあえず。そろそろ挨拶に行ってくる」

「おーう。人選決まったら教えてくれー」

「あいよ」


 ソラの言葉を背に、カイトがその場を発つ。当たり前だが、彼とて何の意味もなく屋上で立っていたわけではない。実は迎えを待っていたのだ。


「すいません、カイトさん。お疲れのはずでしょうが・・・」

「いや、仕方がない。昨日の一件があったからな」


 来たのは、過日に遭遇したティトスだ。本当は来るつもりがなかったそうだが、昨日の襲撃がある。出入りはどこの国も厳重に警戒されて、ティトスが来なければどうしようもない状況だったのだ。


「そちらの被害はどうだ?」

「こちらは、幸い。数日前に受けたあなたからの警告のお陰で、全軍用意が出来ていて被害は減らせました。一番減らした所、と言っても良いでしょう」


 馬車の中にて、ティトスは被害の情報を伝える。この被害状況は各国で共有するつもりだ。敵の戦力を計らねばならないし、味方の被害状況も把握しないとならない。その為にも、被害状況のすり合わせが重要だった。


「まぁ、実際の所としては兄が契約者としての力を使い船の防備をせねば、と言うところなのでしょうが・・・」

「そうか・・・まあ、これは仕方がないか」

「聞かないのですか?」

「ああ。興味は無い・・・と、言うかここまで来ていない時点で、まだ露呈していないらしいな」

「ええ、なんとか」


 ティトスはため息を吐いた。二人が契約者だ、とバレれば厄介な事になる。確実にこの戦いの矢面に立たされる事になる。流石に皇帝とその弟君が矢面に立ち戦いに出るのはヴァルタード帝国として避けたいだろう。

 というわけで隠蔽を行った結果、ギリギリで情報封鎖が出来るレベルでなんとか落ち着いたらしい。カイトは己の耳に噂程度にも入ってきていない事から、そう推測していたのだ。そして、それが事実だったわけである。そうして、二人は更に昨日の被害状況のすり合わせを行っていく。


「皇国はなんとか、だな。そもそもでウチの部隊と一番連携が取れているのはあそこだし、本隊の中にもウチ出身やウチと連携とってた奴は多い。念を入れてフォースの爺さんやら当時の奴らも連れてきたからな。場数踏んだ奴が多かったお陰で、混乱は避けられた」

「フォース中将ですか・・・どうやら、お互いに幸運に恵まれたようですね」

「ああ・・・一番酷いのは、マギーアか」

「あそこは、一番侮っていましたからね」


 カイトとティトスが同時に首を振る。マギーア王国は、『死魔将(しましょう)』達とは一切関わりがない。そしてカイト達の伝手もない。

 それ故、その恐怖も意味も理解していなかった。警備体制にしても緩みきっていた。だからこそ『道化の死魔将(どうけのしましょう)』も狙ったのだ。あそこが一番被害を与えられるからこそ、だ。


「逆に千年王国は中々に被害が抑えられたらしいですね」

「あそこは爺共がいの一番で逃げ込んだからな。あの怯えっぷり・・・思わず笑いたかったよ。ま、その分後遺症は結構デカイ。ホテル宿泊も全キャンセル。オレも護衛の仕事はここで終わり、だとよ」


 カイトが首を振る。やはり、彼らは為政者の中では『死魔将(しましょう)』の恐怖を誰よりも認識していたらしい。自分の国が壊滅的な被害を受けていたし、昔の大大老の何人かは彼らに殺されている。恐怖は嫌というほど味わったのだ。

 それ故、自分たちの横槍で入れたカイトが蟻の一穴になる事を危惧して、飛空艇に引っ込む事を選択したらしい。一応民草の事を考えて会議には出るらしいが、それ以外は完全に亀になるそうだ。

 他の大使達との謁見は全て、シャーナ女王にやらせるらしい。聞いた時にはカイトは非常に憤り、呆れ返っていた。いや、本来正しい形なのだろうが、それをこの状況でやるか、と思ったのだ。普通は彼女の身を案じて逆に引っ込めるだろう。やはり、あの国が腐っている事は腐っていた。


「お陰で暇になるな」

「そうですか・・・とは言え、会議は早い内に終了しそうですね」

「ああ。この一件だからな。どの国も早急に帰ってこい、と本国からの命令が来てるだろうさ。とは言え、幾つかの決め事の後、だな」


 幾つかの決め事の後。そんなもの、考えなくても子供でもわかる。対『死魔将(しましょう)』達に対する情報収集と、大陸間会議の大本である大陸間同盟の再締結だ。

 300年前とは違い、加盟国はかなり増えている。バーンタインらの所属するウルカ共和国を筆頭に国体が変わった所も多い。今に合わせて、色々と練り直しが必要だ。これをエネフィアの国々が締結してはじめて、各国の民衆は安心する。


「さて・・・とは言え、どこの国が内通者かわからぬ今、あなた達の事は隠しておきたいのが、我が国の本音です。レオンハルト皇帝陛下には、そこの所を是非ともよろしく」

「わかった・・・まぁ、ウチも同じだろうがな」


 ティトスの非公式ではあるが正式な申し出ににカイトが応ずる。契約者である自分達は違う、とヴァルタード帝国は胸を張って何処の国にでも断言出来るが、他の国はどうかわからない。なのでカイト達の動きを悟られない為にも、カイトの正体は隠すのが最善だった。

 と、一通りの情報のやり取りが終わった頃に、カイト達はヴァルタード帝国の巨大戦艦が停泊するエリアへとたどり着いた。そうして、カイトはティトス案内の下、ヴァルタード帝国皇帝の所へと案内された。


「こちらへ・・・兄上。入ります」

『ああ』


 ノックの後。返事を待って、ティトスが部屋へと入る。どうやらそこは執務室に近い部屋らしい。そうして、中に入る。するとそこには当然だが、ヴァルタード帝国の帝王が腰掛けていた。中に居たのは彼と護衛数名、秘書ぐらいだった。その秘書にしても忙しそうに動いている。


「お目にかかれて光栄です、ヴァルタード帝」

「ああ・・・フィリオ・ヴァルタード。間は面倒なので飛ばしたが、問題はないか?」

「いいえ、覚える必要があれば、語って頂ければと思いますが」

「ふっ・・・無いな。家名と名さえあれば、後は帝王の威厳だのなんだのというので付いているだけだ。その点、貴国の皇帝は非常に合理的だ」


 フィリオと名乗ったヴァルタードの帝王は、そう笑う。エンテシア皇国の皇族は、『名前・幼名・家名』だ。ここは下手をすれば幼名は省いても無礼にはならない。

 他に例えば千年王国であれば『名前・神聖な名・父母の家名・国名』だ。まだ、ここも短い方だ。なお、神聖な名はいわゆる神官や聖職者達に近い者達が名付けるいわゆる洗礼名の様な物だ。

 が、長い物だと、例えばクズハだ。『名前・家の由来など・父の名・その父の名・~』と無数につづいていく。ながければ長い程その一族が古い名家である、という左証になる。

 では、ヴァルタード帝国はどうなるかというと、これもまた長かった。『名前・父母の家名の内帝室では無い方の家名・所領の名・神官達の名付けた名・国が贈る事になる(おくりな)・帝国の名』という風になる。そのうち、真ん中は覚える必要がない。おまけに言えば、諡はコロコロと変わる。もう覚えてもいられない。当人もうざったそうだった。


「さて・・・こんな所で申し訳ない。何分昨夜の一件でな。国との連絡を取り合う必要があった。今日一日はこちらで詰める事になる。ホテルに帰っても深夜まで面会でな・・・こんな所での面会となり申し訳ない。本来ならば、勇者に相応しい場で呼び立てるのが妥当なのだろうがな」

「いえ、理解しております・・・これでも、戦時の育ちですし」

「助かる」


 カイトの言葉に、帝王フィリオがため息を吐いた。とは言え、では別の日にちと言っても今しかない。この後は帰国までどの国も大忙しになる事が目に見えているのだ。それはヴァルタード帝国とて変わらない。

 カイトとて休みと言いつつバルフレア達に呼び出されているし、護衛の任が解かれたのなら会議に顔を出せ、と言われている。なんだかんだと、忙しくなる。


「時間も無い。雑談はこちらに招く際の移動にしておこう・・・早速だが、仕事の話をしたい。楽にしてくれ・・・椅子はそこのを使ってくれ。すまないな、色々と」

「いえ、大丈夫です」


 帝王フィリオの名によって、カイトは用意されていた椅子へと腰掛ける。そうして、改めて仕事の話に入るのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第784話『帝都への誘い』

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