第781話 残る疑念
ルクスとバランタインのお陰で敵数は一気に減った。『無冠の部隊』のお陰で、生まれる死傷者の数も一気に減った。『死魔将』達は去った。真紅の宝玉を破壊した事で、増援もなくなった。それらが複合的に重なり合って、戦いは一気に終局へと進んでいた。
「うーん・・・」
雑魚を蹴散らしながら、カイトが悩む。敵の意図が見えてこない。ここまで混乱に貶めていながら、あまりに潔い撤退だ。こういった不気味なほどに潔い撤退は奴ら『死魔将』の得意とする所なのだが、それ故に不気味さが拭えない。そんなカイトに、ティナが声をかけた。
『何を考えておる?』
「いや、相変わらず嫌になるほどの手際の良さだな、と」
『うーむ・・・それな。何時もの事と言えば、何時もの事ではあるんじゃがのう』
「絶対何か企んでるよな、あいつら。と言うか、今思えば確定で真紅の宝玉は量産完了までして、来てるんだろうよ」
『む・・・相変わらず彼奴らの事だけは理解の良い奴じゃのう』
「そりゃ、嫌っつーほど戦ってるからな」
あっさりとした撤退は何時もの事。どれだけ強くても、奴らは死力を尽くした事がない。かつて操られたティステニアとの最終戦争でさえ、彼らは戦況の不利を見て取るといつの間にか離脱していたという。今にして思えば、それさえも今への布石に思えた。
「・・・他の敵は?」
『ごめん。こっち、生きてる方逃げられた』
『こっちゃ、まだ交戦中だ』
ルクスはどうやら、カゲタカに逃げられたらしい。そもそもカゲタカは隠密の類だ。逃げるのは得手とも言える。
「ふむ・・・」
カイトはバーンタインとアグラの戦いを垣間見る。アグラは確かに強い。強いが、現世界最強クラスに位置するバーンタインも強かった。互角の戦いを演じていた。そもそも彼の時点で互角、という時点で色々と可怪しい事は横に置いておくべきだろう。
彼で大将軍クラス。まだまだ、『死魔将』という更に上が存在していた。彼でも勝ち目が無い。この上更にその上にかつてのティステニア、ひいてはそれを操ったという謎の主の存在がある。
唯一、冒険者の中で最強と謳われるクオンだけが、『死魔将』と単騎で互角に戦えるのだ。そしてそれ故、カイトは一つの推測を立てる。
「逃げられるな」
『ふむ?』
「なんとなく、奴らは今回本当に顔見せに来ただけ、と思う」
『根拠は?』
「勘・・・かな」
『勘か・・・まあ、余も似たような勘は感じておるな』
カイトの勘、という発言に、ティナも同意する。何度となく彼らと戦ってきたのだ。その勘が告げている。今回は本当は姿を見せなくても良かったのだ、と。
「というよりも、本気で手を抜いてやがったな、あいつ」
カイトが思うのは、自らを激怒させながら撤退した『道化の死魔将』の事だ。彼がは言った。カイトの300年前の転移が彼らの意図によるものだった、と。その意図が必ず何処かにあるはずだ。
(・・・まさか、気付いてるのか?)
カイトには、一つだけ懸念があった。それはかつて瞬に見せた、彼の持つメソポタミアの神エアが授けたと述べた地球上最強の武器である<<星の剣>>。どの星にも一本だけ存在する天地開闢の概念の結晶。カイト達が二つ名として語るのではなく、正真正銘の神剣の類だ。剣で無い剣。それを、カイトは所有している。そしてこれには実は、対となるもう一つの武器があった。
もう片方は地球の属する世界においては、他の星系よりもたらされた『輝く闇』と呼ばれる物だ。これもまた、世界に存在する最強の武器の一つだ。
それらは、対をなす物だ。世界を侵食する毒と、毒に侵された世界を切り裂く剣。前者はその神の特性故に生み出された物で、後者はそれら心を侵食し弄びながら星系を超えて活動する神に対して星が用意した対抗手段の一つだった。その所有者として、カイトは認められていた。
(この星の<<星の剣>>は封ぜられているって話だが・・・それを解き放つつもりなのか?)
カイトは敵の意図を図る。敵は、地球の事を知っている。でなければ、ジャンヌ・ダルクなどという個人名が出て来るはずがない。ジャンヌ・ダルクは本当の名ではないのだ。魂だけを見た所で、そこにはたどり着けない。地球の歴史を、そしてカイトと彼女の因果を知らねば出てこないのだ。
であれば、カイトが尊敬して師と仰ぐギルガメッシュという英雄の名を知らないとは思えない。この二人を語る上で彼の存在はどうしても欠かせない。そうなれば、地球で起きたこの世界最強級の武器の一件についても知っている可能性はあった。そして、まだ他にも疑問は多くあった。
(先生とエンキさんは、オレの正体を知っている・・・まさか、奴らも?)
有り得ない。そう思う事は簡単だ。そもそもギルガメッシュは自らも関係者だったからこそ、カイトの隠し続ける本当の正体に気付けた。いや、知っていた。今のカイトではないが、カイトその人が自身の本当の正体を語ったからだ。
が、それ以外に知っているとなると、残るは両手の指で事足りる。ギルガメッシュから語られたエンキドゥを除けば、綺羅星の如く存在する生命の中でも本当に数えられる程しか存在していない。
(・・・あいつらが関わっている?)
カイトが危惧するのは、遥か過去に共に過ごした7人の友人。カイトの魂がまだ生まれたばかり時代の友人達だ。彼らがもし記憶を取り戻していれば、カイトの正体は理解しているはずだ。彼らには、その時に語っている。親友だったからこそ、だ。が、その想定に至って、即座に彼は首を振った。
(・・・いや、無いな。奴らは人の善性の存在。こんな事はしない。あいつは、間違えない)
かつて親友だったからこそ、そして今なお魂が彼らを何度生まれ変わっても決して裏切らない親友だと訴えかければこそ、カイトはそれが有り得ないと断言する。だが、そうなるとやはり疑問になるのは、『死魔将』達がどうやってカイトの正体の一端に近づいたのか、という所だ。
『全員、聞いてるか?』
『はーい』
カイトの求めに応じて、シルフィが応ずる。彼女らでなければ、この疑問は解き明かせない。なにせ正真正銘、全ての世界を調べてもらわねばならないからだ。
『奴らの介在は?』
『無いね。それぐらい、自分が一番理解してる・・・現に彼らも今もどこかの世界で頑張ってる。その彼らが、勇者カイトの敵に回る事があると思う? 自分で無いと思ってるでしょ?』
空間を司る大精霊が、カイトの問い掛けを一瞬で斬って捨てる。彼女らもまた、無いと断言出来た。当たり前だ。過去世のカイトの親友達は遥か太古の昔には、彼女らが力を貸した存在だった。喩え死んで生まれ変わろうとも、それだけは有り得ないと断言出来た。
「・・・ちっ。どうやら、本当にたどり着いたか、それともあの世界に因縁ある相手か・・・」
前者ならば、非常に厄介だ。かなりの実力者だと言うことが前提だからだ。それも、今のティナを遥かに上回るだろう。勿論、ティステニアを操る事も造作でもない。となれば、そこから疑問も出た。
「ティナ。お前、本当に弟が操られる要因はなかったのか?」
『ふむ・・・』
カイトからの疑問に、ティナが黙考する。実力からティナは無理だったのだ、と断ずる事は出来る。とは言え、誰にも気付けぬ程にあっさりとティステニアを陥落させたのだ。少々、可怪しい。それだけの実力があれば、手間さえ掛ければティナを操る事も出来たはずだ。
事実だけを見れば、『死魔将』達の主はティステニアを遥かに超えた実力者だろう。彼らが従うのだ。よしんばティナには及ばない可能性があった所で、それだけの実力があれば儀式などきちんと準備が出来ればティナを操る事も可能だったはずだ。
精神に作用する魔術に関しては、封印とは格上相手だろうと通用してしまう。勿論、格上になると防御措置も施しているので困難にはなるので誰でも可能というわけではないが、ここまでの相手になるとティナでも操れるはずだ。無理なのは精神を司る大精霊に保護されているカイトぐらいなものだろう。そうして、それを考慮したティナが推測を述べる。
『急がねばならなかった、かのう。あり得る可能性として一番高いとすれば』
「急がなければならなかった?」
『余を操る事も出来た。が、それができなかったとするのなら、辻褄が合う。余を封じたのも、あれらの主の思惑じゃろう。余に邪魔されぬ為。余を排除する事が前提じゃったはずじゃ。一時的とて、余を排除する。それが、目的と考えれば筋が通ろうな』
「ふむ・・・」
『余はあの当時最強の一角じゃった、と自負しておる。それを操れば、ティステニアを含めた四天王も付随しよう。そうなれば反攻なぞも出来ず世界を落とせた。が、それが出来ぬ理由があった、と考える方が妥当じゃ・・・そして、そう考えればお主が呼び出された事にも辻褄が合う』
「うん? どういうことだ?」
自分が呼び出された事にも辻褄が合う。理解が出来ないが、彼女には何かが見えているのだろう。なので、カイトは先を促す事にした。
『お主、先程言うたな。賭け、と。そして、あれらも認めた。お主を呼んで自らの目的が達成されるかどうかは賭けだった、と』
「ああ・・・何かが一つでも狂えば、賭けは成立しなかった。オレの魂は地球へと呼び戻されて、奴らはまた別の機会を狙う事になっただろう。下手をすれば、エネフィア以外の世界で事を狙う事にさえなったはずだ。いや、それ以前にその間に賭けが不成立になってしまう可能性さえあった」
『その賭けにでなければならなかった理由は何か。そこが、ティスが操られねばならなかった理由にも繋がっておると考えると、まだ辻褄が合うわけじゃ』
「なるほど・・・」
その理由が知りたい所であるが、その理由は彼らが語らなければわからない。だが、少なくとも辻褄はあった。
何らかの理由でティナではなくティステニアが操られた。が、そこで100年程経過した所で更に何か別の理由が出来て、カイトを呼び寄せてこちらの世界で呼び覚ます事にしたのだ。とは言え、そう言われれば、一つ思う事があった。
「ふむ・・・なら、一つ安堵出来る事があるな」
『ふむ?』
「奴らは、この世界に滅んでもらっては困るわけだ」
『その意図や如何に?』
「・・・ティステニアの最後の言葉だ」
『っ・・・』
ついぞ、語ってはくれなかった事。今にして理由は理解は出来た。彼が操られていた可能性があった。その疑念を抱かせるに十分な発言だったのだろう。
だが、もしそれが単に嘘だったのならティナは大きく傷付くだろう。それこそ、今度こそティナでさえ立ち直れないかもしれない。それを心配して、必死で彼女の弟の無罪を証明する為だけにカイトは単独で動いていたのであった。
「あいつは最後に、ごめんなさい、と語っていた。はじめ、死にそうになって抱いた罪悪感か、とも思った。謝るのなら何故こんな事をしたのか、と聞いた。そしたら、奴は最後にかすれる様な声でこういった。わからない、と・・・今思えば、あそこでしっかり聞いてやるべきだったのかもしれない。すまん・・・これが精一杯だった」
『っ・・・そうか・・・そうか・・・』
ティナの瞳から、涙が溢れた。ティステニアは操られていた事は理解していたのだろう。だからこその、謝罪。とは言え、当時はそんな事誰も知る由もない。
カイトが疑うのも無理はない。操られている間は本当に物語に語られる通りの魔王だったのだ。カイトが考えた罪悪感によるもの、と考えるのが妥当だった。そうして、カイトはクラウディアへと話を向けた。
「そこで、クラウディアは考えたんだな。もしかして、ティステニアはティナを自分の物にしようとしたのではないか、と」
『・・・はい。弟ではなく、一人の男として愛されたかったのではないか、と。そしてそのためには、何らかの偉業が必要だった。それが、世界征服という馬鹿げた考えだったのではないか、と。だから、魔王さまの幾つもの遺物はそのまま残されたままだった・・・そう考えました』
カイトの問い掛けを、クラウディアが認める。実は、彼女は一度カイトに自らの答えを告げていた。これは当人も馬鹿馬鹿しいと思っていたし今は間違いと認めているが、それでも、それぐらいしか彼がクーデターを起こす理由が見当たらなかったのだ。
「あの当時。もしかしたらティステニアは完全に暴走していたんじゃないか、と思う」
『有り得るのう。あれは余に次ぐ実力者じゃった。あんな事させられたくもなかろう・・・必死の抵抗。それがせめて余との思い出を守る事で、あれの抵抗力と洗脳の力が鬩ぎ合い、世界を滅ぼしかかった・・・余にはなんとも言い難いのう』
ティナは少しだけ、優しげに微笑んだ。嬉しくはある。自分がここまで弟に想ってもらえたのだ、と。が、その所為で世界が滅びかけたのだ。彼女にはなんとも言い難い所だった。
「あはは・・・まあ、そういうわけだから、奴らはオレを呼び覚ます必要があった、というわけか。ティナは封じてしまい、ルイスは地球で引き篭もり。これではティステニアを止められない・・・が、奴らの主は姿を現したくない」
『なるほど・・・』
なぜ自分と自分のライバルが出て来るのかは未だにわからないが、それをそうだ、と認識すると、たしかに筋は通った。彼らの主はティステニアを倒せるが、姿を見せたくはないのだ。だから、カイトを呼び寄せたのだ。
そもそも表に出たくないからこそ、ティステニアを操ったのだ。とは言え、このまま暴走する彼にエネフィアを滅ぼされるのも有り難くない。ならば、残る手は一つだ。カイトを召喚して、勇者になってもらう。それしかなかった。
「では、他に取れる手は、と考えると、簡単に理解出来る。ああ、そうか・・・」
言っていて、気付いた。なぜ、自分の正体に近づけたのか、と。
「あいつら、もともとティナの事は承知していたのか・・・だから、オレという切り札に気付いた。有り得るな・・・」
『そうじゃ。結局、それは何なんじゃ? <<白の聖女>>だの余が<<蒼の巫女>>だの・・・』
「ああ、あれか。あれは魂のお話だ。別に力を持っているわけじゃあないけどな。世界側がそういうネーミングで呼んでるんだ。統一した呼称が必要となる存在がいれば、そりゃ、世界だって呼称を名付けるだろう? で、お前は<<蒼の巫女>>ってわけ」
『ふむ・・・』
言われれば、スルッと胸に入り込む。まるで自分の魂がそうだ、と断じているかの様な感覚だった。
『その意味は?』
「さてねぇ・・・勝手にあいつらが呼んでるだけだ・・・そもそも蒼だの白だのってなんだよ。いや、オレが蒼ってのは良いんだけど、ヒメアが白って意味不明すぎる。あいつ白ってかピンクか黒だろ・・・」
どうやらカイトにも詳細は理解出来ていないらしい。そういう魂だ、と知っているだけのようだ。嘘はなさそうだった。勿論、今もまだ思い出せていないだけかもしれない可能性もある。とはいえ、そこがわからないでもわかることはあった。
「まあ、そう言っても。幾つかわかる事はある」
『まあ、のう・・・そう言うお話であれば、わかる事はある』
カイトの言葉に、ティナもまた同意する。前世のお話などを持ち出せるのなら、一つの事が浮かび上がってくる。
「『魂の研究』」
二人は同時に断言する。魂の研究をしている中で、カイト達の事を知った。そうすると、筋が通った。何をしようとしているのか。それはわからない。が、碌な事では無いだろう。
今回はもしかしたらそれに関して襲撃を仕掛けてきたのかもしれない。姿を現したのは、ダメ押し。確実に<<神剣キズナ>>を解き放ってもらう為だ。だからこそ、道化師は一度姿を隠した。こちらに余裕を得させる為に、だ。
「ちっ・・・しくじったな」
『うむ。乗せられた可能性は高い』
今にして、敵に完全に乗せられた事を理解する。この推測はあながち間違いではなさそうだった。彼らではどれだけ頑張っても<<神剣キズナ>>は解き放てない。敵側だからだ。解き放てないが、自らの悪名を使えば解き放させる事は出来る。敵として彼らが現れたのなら、これほど良い状況は無いだろう。
「なるほど・・・レヴィは流石、と言うところか」
『うむ?』
「いや、実はな。あいつにまだ解き放つべきではない、って言われたんだよ」
『なるほど、そう言う話じゃったか・・・アヤツも本当に何者なんじゃか。ここまで見通しておったか』
一歩上を行っていたレヴィに、ティナが思わず恐れ慄く。唯一、戦略家として己が負けると言えるのは彼女だけだった。
というのも、死者の呼び戻しには莫大な魔力を要するからだ。それ故魔力をチャージする関係で、<<神剣キズナ>>は一度使えば数年は使えない。これはカイトという莫大な魔力を持つ者が使う物だから使えたのであって、そうでなければ地脈で長い間魔力を溜めてやる必要があったのだ。
が、使われていないのなら何時でも使える。これは公には出来ないが、何時か切り札として使える日が来る可能性は高かった。
「痛み分け、と言うところか」
『そうじゃな。それで良しとすべきじゃ』
カイトとティナは、そう結論付ける。今回は奇襲だった。敵の目論見通り、カイトは死者を呼び出した。が、その代わり彼らの目的だった<<神剣キズナ>>は解き放たれていない。
敵はこれが解き放たれている前提で動いてくるだろう。一度限りだが、前提を覆せる手札は残っていたのだ。この一手。活かさぬ道理はない。
『各員に命令じゃ。今の情報は秘し、その時まで切り札は残されている、と心に留めよ。奴らがまた、動くぞ』
『『『おう』』』
この情報は、部隊全体に流した。敵に流出されると拙いが、知らせて良い者達には切り札がある、という精神的な安定剤に繋がる。そうして、この戦いは両者痛み分け、という所で決着になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第782話『戦いの終わり』




