第778話 地球からの戦士達
少しだけ、時は遡る。それはまだ学園が地球との連絡がとりあえた日よりも前の事だ。地球にメッセージを送る事になって、瞬はカイトに一つの事を申し出る事にした。
「カイト・・・すまないが、一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「・・・あの・・・な。死んだ奴らの事、どうするんだ?」
「・・・はぁ・・・」
そこに気付くか、とカイトがため息を吐いた。実は桜などごく一部からは聞かれていたが、まさか彼からも聞かれるとは思っていなかったのだ。多くは目の前の幸運に胸を躍らせて、過去になった者達を忘れていた。だが、カイトが忘れているはずはない。そう、思ったのだ。
「遺骨の一部を箱に入れて、送るつもりだ。全部は送れないからな」
まあ、瞬が気付いた様に、カイトが忘れているはずがなかった。というわけで、実は学園に残った教師達と話し合い、墓を空けて二人の生徒達の遺骨の一部を箱に納める事にしたのだ。とは言え、これは彼が主体になったわけではなかった。
「桜田校長の提案でな・・・オレが提案しようか、と思ったんだが・・・断られた」
「どういうことだ?」
「確かに君は勇者で、大人なのだろう。だが、これは生徒達にも関わる事だ。曲がりなりにも生徒である君に提案してもらって、決めるのは駄目だろう。我々で決めたい。君は見ていてくれ・・・だそうだ」
カイトはその時を思い出しながら、桜田校長に告げられたままを告げる。カイトもまた、生徒だ。そして生徒達は今、自分達の努力の結晶とも言えるメッセージに浮かれている。
ならば、自分達が教師として、そして大人として、決めるべきだ。そういう、いわば大人の沽券だった。それを、カイトも受け入れたのである。
「メッセージも校長達が作るそうだ。君たちは出るな、ってな」
「そうか・・・」
凄いな。瞬は心の底から、そう思う。そして、結局自分達は精神的には、大人ではないのだ、と理解した。心構えが違う。そう思えたのだ。とは言え、これはまた、別だ。
「それで、どうした?」
「・・・そのメッセージ・・・俺も出してもらえないか? いや、正確には俺達も、か」
「俺達?」
自分ではなくて、自分を含めた集団。それに、カイトは意図が掴めず首を傾げる。いや、何が言いたいのかは、わかっている。だが、その他の面子がわからなかったのだ。
「ああ・・・あの時のパーティの奴から実は提案があってな。本当は俺一人で良かったんだが・・・」
「なるほど・・・とは言え、それは抱く必要の無い罪悪感だぞ?」
瞬の申し出に対して、カイトは僅かな苦笑を滲ませる。行いたいのは、謝罪だ。救えなかった事に対する謝罪。だが、それは必要なのか。いや、必要ではないだろう。
なにせ誰にも咎はない。せいぜい油断していた彼一人にこそ存在している。守れなかった、と嘆く道理はない。
「わかっている・・・だが、あの時。俺がトップだったんだ・・・なら、俺が頭を下げるべきだ。部下の纏めを怠った・・・それも十分に、俺の咎だろう」
「はぁ・・・それは所詮後追いだ。しかも、今だから、きちんと尻引っ叩いていないってわかるだけのな」
「わかってる・・・だが、それでも。頼む」
瞬が頭を下げる。どうやら、自分で自分に踏ん切りを付けたいのだろう。いつまでもこのままでは、あの時の悪夢に苛まれたままだ。何時かは、踏ん切りをつけねばならない。それを、カイトも理解していた。
「・・・わかった。好きにしろ。校長達にはこちらから言っておいてやる」
「すまん」
カイトの申し出に、瞬が頭を下げる。そうして、瞬達がメッセージを撮影して、少し。メッセージが帰ってきて暫くした時の事だ。瞬は再度、天桜学園のPCルームを訪れていた。
この頃には、訪れる者は少なくなっていた。家族のメッセージを懐かしむ者ぐらいしか訪れる事はなく、今ではもっぱら、暇つぶしや何らかの資料を作る教師や生徒の姿が大半だった。
「・・・」
夜になり、瞬が大きな決断を下す。あの後、撮影したメッセージは地球へと送られた。そこまでは、良かった。が、そうして帰って来たSSDには、彼ら謝罪した面子へ向けてのメッセージが入っていたのだ。
誰からか。それは、死去したあの少年の両親からのメッセージ。かつて、瞬のトラウマになった少年の両親からのメッセージだった。
『・・・ありがとう。息子の為にそこまで怒ってくれて・・・そして、君達は元気に帰ってきてくれ。そして、聞かせてくれ。たった数ヶ月の事だけでも良いから・・・そして、一条くん、だったか・・・君も、そこまで抱え込む必要は無い。元気で。何時か、会える日を心待ちにしています』
最初の一言。それで、瞬は救われた。どう思われているのだろうか。怒っているのだろうか。罵られるのだろうか。怖かった。ただただ、怖かった。だが、見ずにはいられなかった。
「っ・・・」
瞬が脱力する。浮かんだのは、安堵の表情。彼らの両親は、瞬や当時の仲間達を恨んでなぞいなかった。いや、恨もうとも思った事はあったのだろう。幾度も悩んだのだろう。受け入れもられなかっただろう。だがそれでも、激励と感謝を贈る事を良しとした。
「・・・俺も、歩き始めないとな」
暫く後。瞬は顔を上げる。それは、晴れやかな表情だった。ようやく、前を向けた。そうして、彼は再びリーダーとしての役割を受け入れる事にしたのだった。
今へと、時は戻る。瞬はあの学園が襲われた日から勉強し続けていた事を披露するべきだ、と決意した。彼は何時かは、立たねばならない事を理解していた。
だからこそ、心ではそれを忌避しつつ、指揮官としての勉強を欠かす事はなかった。そうしてそんな彼が選んだのは、一つの有名な密集陣形だった。
「盾持ちは前へ! 決して後ろへと攻撃を通すな! 攻撃は考えなくて良い! 防御一辺倒! 動かない、後ろに攻撃を通さない事だけを考えてくれ! ソラ! お前は薄くなった部分へと援護に入れ!」
「うっす!」
「遠距離攻撃が出来る者は盾の内側から攻撃を行え! 俺に続け!」
瞬は自ら率先して、槍を創り出して放り投げる。槍は何かの力を持たせた物ではない。ただ数だけを考えた簡易な拵えの槍だ。
彼の選んだ陣形の名は、ファランクス。古来から知られている最も古い陣形の一つだ。古くは紀元前2500年にはメソポタミアで確認されていた戦術だ。それを、瞬はこの場での最善として選択した。
敵は無数。増援が何時潰えるかは不明。その代わり、溢れかえっている敵のランクは低い魔物が大半だ。守りを固め、反撃の時を待つ。それに最適の戦術だった。それに、この防備を打ち破れる様な強敵は、大半が燃え散った。
「<<灰燼拳>>!」
「<<炎戒>>!」
ピュリとオーグダインが、2つの超火力の炎を飛ばす。片や、いつぞやの超火力の拳。片や、超火力の高熱の網だった。密集陣形を取った瞬達は、魔物達からすれば格好の標的だ。そこに集まる魔物の中でも強い物は、二人が討伐していた。
「悪くないな」
「バシル! あんたも入りな! いや、近くの盾持ちは全員密集陣形に加われ! 持久戦だ! 近接出来る奴は全員遊撃として潰していけ!」
「そこの若い冒険者! ウチとこのも使って囮になれ! でかいのと強いのはウチのランクSで潰す!」
オーグダインが、指揮を下す。レインガルドは、特殊な街だ。空飛ぶ街。常に魔物から襲われる危険性があった。そして、古くは悪神と戦う街でもあった。なにせここにはあの悪神が帰る為の手段がある。狙われていたのだ。だからこそ、実はレインガルドには一つの仕掛けがあった。
「街が下がるって・・・マジかよ!?」
「どっかの新東京なんちゃらか!?」
「巨大ロボットいるしな!」
「しゃべんない! さっさと休める奴は休む!」
冒険部の面々が、住民の避難を終えて遺跡の中に格納された町並みを見て口々に感想を言い合う。そう、レインガルドは襲われる事の多い街だ。なので建物が破壊されるのはよくあることだった。
とは言え、それで何時も何時でも補給が出来るか、というとそうではないだろう。なので破壊されないように、街そのものが遺跡の中に沈む様に格納される仕組みがあったのである。
まあ、さすがにカイト達ほどの実力者はそれでも戦えないが、瞬達程度の練度の冒険者達の邪魔にならない程度には、真っ平らで広い空間が出来上がっていた。そしてこのお陰で、ピュリ達も狙いを定めた一撃を加えられていたのである。
「あれが、<<原初の魂>>か・・・」
瞬が瞠目する。ピュリやオーグダインらが使っていたのは、<<原初の魂>>と呼ばれる特殊な技法だ。それはいわば必殺技と呼んでも良い。
魂には、前世がある。この世界には輪廻転生が存在しているのなら、当たり前の話だろう。とは言え、これは普通は見れる事も無いし、一般には消し去られている、と考えられている。
だが、事実は違う。実は前世の記憶や感情は、魂の奥底で眠る事になるのだ。魂とは、いわば絵を描くキャンパス。輪廻転生の輪の中に帰った魂は、新たに別の紙を上からはっつけられる感じだ。そこに、例えば今の瞬やソラ、桜達という新たな絵を描いているのである。
では、もしその今の絵を少しだけめくる事が出来れば、どうなるのか。前世が見れる。当たり前だろう。ただ上に乗っているだけなのだから。
そしてそこを覗いて、その時の中でも最も強い想いを取り出して力として振るう攻撃を、誰もが本来の意味とは違い語弊在りきを承知で<<原初の魂>>と呼ぶのであった。
とは言え、冒険者や軍人達は、この必殺技こそを<<原初の魂>>と呼んだ。そしてこれは、ランクSに登る為の条件とも言われていた。これが出来ない限り、どれだけ足掻いてもランクSにはたどり着けない。そう言われる程に強力な力だった。勿論、そんな物が無くてもランクSにはたどり着ける。が、たどり着いた者達にそう言わしめるぐらいには、強力な力なのであった。
「今は、考えている場合じゃないな」
瞬は首を振る。今は考えるよりも手を動かす時間だ。そうして、瞬は槍を投げ続ける。だが、それはさすがに限度がある戦いだった。
相手は死んだら、別個体が来る。こちらは、ただ耐え続ける。供給が潰えるか、こちらが耐えきれなくなるか。足し算と引き算の戦いだ。が、そんな戦いを経験した事の無い者ばかりではない。敵に増援があるように、こちらには今まで数千年の間冒険者達が面々脈々と培ってきた経験がある。だからこそ、最適解を導き出せる。
「ちっ! どれだけ多いんだ・・・」
「弱い個体が多いってのが有り難いんだけどな・・・」
盾の内側。そこは人工的に作られた安全圏。今ではそれは、かなりの広さになっていた。そして、戦法もかなり変化していた。
「行けるな?」
「ああ」
「タイミング、合わせ! スリーカウント! 3・・・2・・・1!」
「行け!」
号令と共に、盾で出来た壁が開く。そしてそれと同時に、中で休んでいた戦士達が外へと出て行く。盾の内側は遠距離戦士達の為の空間であると同時に、外で限界まで戦った戦士達の一時休憩所と化していた。
より、効率的に。より、合理的に。怪我人は内側へと回収して、補給と休息を取った戦士達は外へと出て行く。いわば、要塞化だ。ファランクスは瞬以外の、より優れた者達の手によって更に合理化・先鋭化されて、人の盾で守られた急拵えの要塞へと変貌を遂げていた。
「いち早くファランクスを選んだ小僧が居て助かった」
「こっちも、所詮人だからな・・・まさか、ここまで増援がひっきりなしとは」
オーグダインとピュリが、要塞内部で一時的な休息を行っていた。彼ら<<暁>>の知恵者達が、増援が途切れる事の無い事を見て取って即座に陣営を攻撃的な物から防御主体の要塞化へと変えさせたのだ。
ここら練度と経験が必要な所については、さすがに瞬では手が及ばない領域だった。それに従って、指揮系統も瞬から彼ら<<暁>>へと移譲されていた。それは冒険部だけではなく、周囲のほぼ全てのギルドがそうなっていた。今は、指揮系統を一本化すべき時だった。
「親父が帰ってきたら、次は俺が出る。ピュリ、お前はもう少し休んでいろ」
「お・・・こんな所じゃ、兄貴面するわけか」
「ただ単に役割を考えただけだ。お前の<<原初の魂>>は近接特化。その分、一撃は重い。俺の<<原初の魂>>は遠距離攻撃対応で燃費も良い・・・何時、デカブツが来るとも限らん。お前は温存だ」
オーグダインがピュリへと告げる。<<原初の魂>>は千差万別だ。魂が全て異なっているのだから、当然だ。生まれ変われば、同じ魂でも別の<<原初の魂>>になる事も多い。そしてそれ故、誰も再現は出来なかった。魂の再現が出来ない以上、どうあがいても真似なぞ出来ないからだ。
「ふぅ・・・前世に感謝、って所か」
「そうしておけ・・・瞬、リジェ。お前達もついて来い」
「おう」
「はい」
現在、瞬とリジェは二人でオーグダインの側近として動いていた。現状、すでにここら一帯のギルドは全て解体されて、完全に役割や実力に応じた戦いが行われていた。それは冒険部でも変わりが無い。そして、更に数分。戦場を観察していたオーグダインが呟いた。
「・・・そろそろ、リミットか」
「大親父の強化が切れるか」
要塞の外で炎の魔人と化していた男が、元の姿に戻る。それはバーンタインだった。彼が<<原初の魂>>を解き放った姿が、炎の魔人だった。彼の<<原初の魂>>は自己の超強化を成す<<原初の魂>>だった。
その強化率は<<炎武>>よりも遥かに高いらしい。勿論、燃費も遥かに悪い。休憩が取れる事を理解しているが故に取れる手だった。
「親父! 引け!」
「セツ! バーンタイン殿の身体を引っ張ってやれ!」
「あいよ!」
セツが鎖鎌を放ち、バーンタインの身体を強引に要塞の内側へと引き戻させる。<<原初の魂>>は強力だが、その分消耗も激しい。自分で戻れるだろうが、それでも即座に戻すべきだった。
まだ単発限りの攻撃系の力であれば任意で調節も出来る。だが、常時発動させる類の<<原初の魂>>になると、強力な力を常時で得られる代わりに物凄い勢いで魔力を消費するのだ。
「ソラ! 小鳥遊! 援護を頼む! 天道! 出来ればで良い! 足場を作ってくれ! 上から攻める!」
瞬が声を上げて、要塞の内側に居る者達へと援護を願い出る。瞬がオーグダインの援護に選ばれていたのには、理由がある。というのも、今の彼は他の冒険者とくらべてもかなり高い戦闘能力を持ち合わせているからだ。弥生の使う<<布都御魂剣>>の補佐を受けて、今の彼はランクAに匹敵する実力者だった。
ちなみに実はそれ故、現在の弥生は要塞の中心にて保護されてあれだけの戦力を持ちながら戦場には関わっていなかった。これは仕方がない。今は数が必要なのだ。
実態はランクSに匹敵する彼女一人の戦力を犠牲にしてでも、全体の強化を行うべきだった。そうして、そんな冒険部の用意が休息に整えられていく。
「行って来い、瞬!」
「ああ!」
バーンタインを回収して自らも要塞の内側に入ったセツと入れ替わりに、瞬が外へと躍り出る。
「・・・コーチ。力、借ります。<<雷炎武・参式>>!」
肩に刻まれた加護の印と同時に、瞬はまだ実験段階だった更にもう一段階上の<<雷炎武・参式>>を使う事を決める。そうして彼の加護の印の下に浮かんだのは、地球の北欧魔術であるルーン文字。それも雷と炎のルーンだ。
それを使って、<<雷炎武>>を更に強化する事が出来たのだ。まだ実験段階だが、それは慣れていないだけの話だ。力としては完成している。そうして、一気に加護の力が増大する。それは魔力を一気に食う代わりに、強大な戦闘力を得る更なる彼の強化だった。
「行くぞ!」
更に強大な雷と炎をまとった瞬が、敵陣を切り裂くべく、突撃を始める。そうして、戦いは更に激化していくのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第779話『氷炎の戦い』




