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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第44章 過去からの使者

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第777話 混乱

 冒険部の宿泊するホテルで戦いが始まった後すぐ。瞬と桜は会議場の中に居た。今日、天桜学園への処置が決まるのだ。その結果を、聞きに来たのである。勿論、冒険部で何が起きているのか、なぞわかるはずもない。


「あと少し、か・・・」

「ええ」


 瞬のつぶやきに、桜も応ずる。今行われているのは、天桜学園の処遇に関する最後の議論だ。その中でも桜田校長の陳情が行われていた。投票を行う前に、最後の言い分ぐらいはさせねばならないだろう。それ故だ。そしてこれが終われば、彼らの処遇を決める裁決が行われる事になっていた。


「出来る限りはやった・・・と思います」

「ああ・・・」


 出来る限りは尽くした。尽くせる手は全て尽くした。カイトが更に裏から手を回して、大使の中に居るかつての仲間達も、『死魔将(しましょう)』の情報を使って大国も動かした。出来得る全てを、尽くした。後は、結果を待つだけだ。


「・・・では、裁決に移ろう」


 皇帝レオンハルトが告げる。それは、ついに始まる天桜学園の処遇の決定。そう、なるはずだった。その次の瞬間。天井が砕けて、道化が降りてきた。


「なんだ?」

「道化・・・まさか・・・」


 前の席に腰掛けていたシアが思わず、身を震わせる。彼らはおとぎ話の存在。しかし、実在の存在。喩え民草を守る義務を負う王者達とてなりふり構わず逃げねばならない究極の化物の一体。最強にして、最悪の敵。死をもたらす、死神の化身。それを、彼女は直感で理解したのだ。


「お父様」

「まだ、わからぬ」


 どうやら、皇帝レオンハルトにしてもあれがもしかしたら、と思ってはいたらしい。それにシアが頷くと、こちらを振り向いた。


「逃げる準備をなさい。交戦は不許可。まずは逃げる事を考えなさい・・・言っておきますが、我々にも補佐する余力はありません」

「っ・・・」


 敵、なのだろう。それも数多の王者達や、戦士だった者達が絶望を滲ませる程には。そして、その次の瞬間。瞬達の所へと、連絡が入った。それはシアの物だ。


『皇国軍全隊に伝令! 即座に陛下の身を守れ! 会議は中止になる! 陛下を回収後、即座に撤退を許可! 私の身さえ気にするな! 陛下の玉体こそを第一とせよ!』


 第一皇女である自分さえも気にするな。最悪の中の最悪の状況。それが、尚更瞬達にも現状が非常に拙い物だ、と理解させた。と、次の瞬間。シアの顔が歪み、遂に声を荒げた。


「っ! 逃げなさい! 誰かを助けるなぞ考えない! そこのご老体を守る事だけに専念しなさい!」

「っ! 見捨てろと言うのか!」

「馬鹿を言わない! あれは『死魔将(しましょう)』! あなた如きが抗った所で、意味は無い! 彼にとってあなたは羽虫以下! 羽虫程度の力も使わずに滅ぼされるわ!」


 シアの顔に、焦りが見える。今こここそが、虎口なのだ。もし一瞬でも彼が全力を出せば、ここの全ての者は全滅する。さすがのカイトでさえ、この状態で全ては守りようが無い。なにせ敵はすでにど真ん中に鎮座しているのだ。

 幾らカイトと言えども個人である以上、この状況で守りきれるのは皇国の面子と横のシャーナ女王が精一杯だろう。大大老とて、難しいかもしれない。生き残れるのはカイトが守るそれらと彼の部隊だった者達の周辺、自らが契約者であるヴァルタードの帝王とその弟ティトス、クオンとバルフレア達超級の冒険者だけになるだろう。

 とは言え、『死魔将(しましょう)』は総じてそれをする性格ではないのだが、もしかしたら、とそれを考えさせるだけで十分に危険な相手だった。と、それと同時に、皇帝レオンハルトが敵の正体を告げる。


「っ!」


 皇帝レオンハルトの護衛を命ぜられている横の冒険者達が、一気に身構える。その名を知らないはずがなかった。この世界に生きるのなら、その名だけは全ての戦士が必ず知っていた。そうして、一斉に動きを見せて、しかしそれは、クオンとバルフレアによって止められる。


「っ! ちぃ!」


 瞬が顔を顰める。あの二人が、真剣。何ら一切、迷うことのない決断。冒険者の頂点達が、一切の油断をなくしていた。それが何より、化物の証だった。


「校長、こっちへ! 天道! 急いで学園の面子と合流するぞ!」

「瞬! 援護に魔導機を2機付けてやる! それで急いで冒険部へと合流したまえ!」

「有難う御座います!」


 皇帝レオンハルトの言葉を受けて、瞬は桜田校長を抱きかかえる。幸いといえば幸いなのは、今日来たのは桜、瞬、桜田校長の三人だった事だ。桜田校長は陳情と会議の結果を聞き届ける為。桜と瞬は学生の代表であると同時に、彼の護衛だ。

 他の全員は裁決の間妙な事をするな、と旅館に控えていた――というよりも待機を命ぜられた――のである。お陰で、逃げるにしても桜と瞬が全力を出せば良いだけだった。

 が、そうして道化師が入ってきた天井に足を乗せた瞬と桜が見たのは、無数の魔物と、本気のティナに、それと互角に戦う一人の剣士だった。


「うそ・・・」


 桜が呆然となる。ティナの顔に余裕は無い。いや、まだ余力はあるだろう。それでも、余裕は失っていた。それほどの、相手。彼女の放つ無数の魔術を剣一つで防ぐ様な化物が、まだ居たのだ。


「っ! なんだ!?」

「あっちは・・・!?」


 桜が目を見開く。巨大な光の柱が上がったのは、彼らが生活する旅館の方だ。それに、二人は呆けていた我を取り戻した。


「急ぎます!」

「天道! 行けるなら先に行け! ユスティーナがあれでは最悪誰もなんとも出来ていない! 校長は俺が送り届ける!」

「はい!」


 ティナが戦闘を行っている以上、現状で指導者となり得るのはソラだけだ。だが、そのソラがどうなっているのかは、今の二人にはわからない。先程の光だ。最悪の可能性も在り得た。ならば、どちらか片方だけでも急いで逃げ帰る必要があった。

 そうして、瞬を置き去りにして、桜が全力で駆け始める。距離は10キロ以上ある。<<縮地(しゅくち)>>を使ったとて、一足飛びには行けない距離だ。全速力で走った所で、戦闘も考えれば一分近くは要する。


「校長・・・少し痺れますけど、大丈夫ですか?」

「うむ・・・やってくれたまえ」


 この状況。急ぐ為には、なりふり構ってはいられない。最悪は自分を置いて行かせる事さえ考えた桜田校長は、瞬の提案に頷いた。


「<<雷よ>>」

「ぐぅ!」


 桜田校長の苦悶の声が上がる。瞬が雷をまとった事で、彼の雷の力に触れてしまったのだ。とは言え、非常に辛そうにしながらも、そして老体には堪えるはずだが、桜田校長はそんな風を見せず一つ頷いた。


「行ってくれ」

「・・・はい」


 ここで迷うよりも前に、送り届ける。老体にいつまでもこの加護の力は耐えられない。それを考えて、瞬はうなずきを返すと、一気に駆け抜け始める。とは言え、それは即座に足止めを食らった。


「っ!」


 目の前の次元が、切り裂かれる。あまりに簡単に、だ。まるで紙でも切ったかのような感じだった。ティナの戦いの余波が、目の前を横切ったのだ。しかも、足を止めた所為で魔物に取り囲まれてしまった。その時点で、加護は切った。ここで戦闘しても桜田校長が耐えられないだろう。


「おいていきたまえ。儂一人でも、なんとかしてみよう」

「っ!」


 桜田校長の提案に、瞬が悩む。そうすれば確かに、旅館まで簡単にたどり着けるだろう。だが、確実に桜田校長は死ぬ。ここで戦う力を持たない彼を置いていく、という事はそういう事だ。


「老い先短い生命一つ。別に構わんよ・・・多く、見てきたしのう」


 悩む瞬へ向けて、桜田校長が朗らかに告げる。彼は、元警視総監。天道家の意向により異族達の事情こそ知らされていなかったが、それでも、多くの暗殺事件や海外からのスパイなどの不審死には触れてきた。日本国が支払ってきた代償も知っている。

 そして、なにより。今自分が犠牲になるだけで、孫娘とそれと同じぐらい可愛がってきたその幼馴染が救えるかもしれないのだ。迷いは無かった。だが、幸い。その決断は無駄になった。その次の瞬間、無数の銃撃が二人の周囲に降り注いだ。


『大丈夫か! 陛下から言われてきた護衛だ!』

「! すいません!」

「おぉ、どうやら間に合ったか」

『ご老人はこちらに預けて! こっちの空母で確保するわ!』


 マイの駆る魔導機が、二人へと手を差し伸べる。横はラウルだ。乗れ、という事なのだろう。瞬はそれに、桜田校長を預ける事にした。


『君は!?』

「自分には加護があります! そっちを使った方が速い! それに、旅館の事もある! 先にそっちに!」

『そうか! 死ぬなよ!』


 ラウルが激励を送る。幸い、魔導機ならば危険は少ない。巨大な魔物もあまり数は見えていない。瞬の事は信じるしかない。彼らにもそこまでの余裕は無いのだ。


「よし」


 出て行った魔導機2機を見て、瞬が頷く。後は、自分の本気で駆け抜けるだけだ。しかし、そうしてたどり着いた冒険部が宿泊する旅館は、大パニックだった。

 しかも悪いのは、ソラがまともに指揮を取れていない事だった。今はなんとか桜が対処しているが、それでも前のパニックが収まっていなかった。


「はー・・・はー・・・」

「ソラ! どうした!」

「すん・・・ません・・・足、すくんじまいました・・・」

「あれか・・・」


 なんなんだ、あれは。瞬さえ本気でそう思いたくなる。それは3メートルもあろうかという巨躯を誇る大男。それが、『無冠の部隊(ノー・オーダーズ)』と総力戦を繰り広げていたのだ。あの戦いを近場で見れば、膝を屈したくもなるだろう。とは言え、それ以外の理由もあるにはあった。


「すんません・・・目の当たりにするだけでこんななっちまって・・・でも・・・ちょっと無理っぽいっす・・・」

「っ・・・」


 簡単に分かった。瞬とてアイシャと戦っただけで、一撃。それが本気の殺気を向ければ、と簡単に理解出来た。それが、瞬の顔を歪ませる。


「ああ・・・とりあえず、静まれ! 全員一度落ち着け!」


 瞬は声を張り上げる。とりあえずは、パニックを落ち着けさせる事。そう考えたのだ。とは言え、彼の力ではまだ、無理だ。この轟音の中では、全てには届かない。

 もしこのパニックを食い止めたいのなら、彼は己の持てる才能の中でも<<戦場で吼える者(ウォー・クライ)>>の才能を伸ばしておく必要があった。しかし指揮官としての仕事から離れていたが故に、その才覚はまだ眠ったままだった。ここで運良くそれが発露してくれるほど、現実は甘くはない。だがそれでも、彼は何度も声を張り上げてなんとかパニックを鎮めようと試みた。


「ちぃ・・・届かないか・・・」

「もう一度張り上げよ。余が援護してやる」


 声を何度張り上げても、全員には届かない。それに瞬が顔を歪めた所で、ティナが帰って来た。


「ユスティーナ! 敵は!?」

「ふん・・・仕留めきれなんだ。随分腕を上げた様子じゃな。さしもの余もこちらの300年の歳月は些か手に余った・・・街を気にせぬのなら、どうにかなったかもしれんがのう・・・」

「お前が、か・・・」


 少し苛立ちを浮かべたティナの表情は、敵を逃した苦々しさがあった。どうやら逃げられたらしい。いや、正確に言えば彼の方がクオンとの戦いを選んだ、という所だ。

 そしてティナもそちらの援護よりも冒険部の援護を選んだ。クオンの腕は信じられる。彼女もこちらの時間で300年もの間修練を積んできたのだ。負ける道理はない。そうして、ティナの補佐を受けた瞬が声を張り上げた。


「静まれぇえええ!」


 それはティナの魔術によって拡声され、冒険部全体へと届いた。戦場で演説などで使われる魔術を使ったのだが、それが幸いした。ここは、戦場と変わりが無い。そうして、瞬が指示を下した。


「まずは隊伍を整えろ!」

「つったって、どうするんだよ! あんなの勝てるわけがないだろ!」


 パニックは僅かに静まり、今度は生徒達が声を上げる。考えるのは、どうやって逃げるのか。勝てるわけがない。それは見ればわかる。どうすればよいか、なぞ誰にもわからない。というよりも、無理というのは骨身に染みる程に理解出来た。


「とりあえず、逃げるにしても一度落ち着かんか! このままでは各個撃破されるだけじゃ! まずは落ち着いて、指示を聞け!」


 焦り、混乱する生徒達に向けて、ティナが声を張り上げる。ここら軍であればよかったのだが、相手は子供だ。理論的に言われた所で、素直にそれに従ってくれなかった。動きが鈍い。それが、パニックという現象なのだ。

 それに、ティナはどうすべきか逡巡する。今、冒険部を守れるのは自分だけだ。現に魔術を使って迫りくる魔物は対処している。が、それでも片手間だ。完璧には難しい。何時まで耐えられるかは、微妙な所だ。

 だからと言って守備に専念すれば、今度は混乱が波及して一気にバラけてしまう。そうなれば、今度は守る範囲が広すぎてまた守りきれなくなる。守りきる為には、理路整然と従ってくれねばならないのだ。


「っ・・・」


 しくじった。ティナはそれを把握する。今まで旅に関する事を鍛えてきたが、こういう不意の一撃、しかも圧倒的な、抗いようのない化物からの不意の一撃は経験させた事がなかった。

 とはいえ、それは当然だ。こんなものをしてくるのは、相手が組織である場合だけだ。それがしかも徒党を組み、理路整然と襲い掛かってくるなぞ戦争状態でもなければありはしない。

 おまけに、ただ単に恐怖を与えただけ、というのが何より有り難くない。バーンタインの様に膝を屈させるのならまだ良い。動けなくなる。しかしパニックを起こしただけなのだ。敢えて全員が動ける様にして、混乱を巻き起こさせたのだ。


「これが、狙いか・・・!」


 ティナが盛大に顔を顰める。なぜ、『死魔将(しましょう)』達が冒険部へと来たのか。それが今になって理解出来た。ティナに挨拶しに来たのではないのだ。

 冒険部を混乱させ、ティナを手一杯にさせる為だった。今の彼女はここから動けない。守りながら、混乱する子供の世話。不可能に近い芸当をやらされていたのだ。と、そこに、弥生が声を張り上げた。


「ティナちゃん! カイト、よろしくね!」

「!」


 弥生の手には、<<布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)>>があった。それで、ティナはおおよそを理解する。弥生がそうだったように、ティナも日本ではアマテラスと懇意にしていた。それ故、その力を知っていた。そしてそれ故、ティナはこちらは任せる事にした。


「瞬、ソラ。こちらは任せる。余は大本を断つ」

「ああ」

「おう! なんかしんないけど、俺復活!」


 どうやら、ソラも立ち上がれたらしい。一度乗り越えられれば、人の心はそれを覚える。もし解除されたとて、次は自力でなんとか出来るだろう。それぐらいには、ティナはソラの事を買っている。そうして、弥生の一手によって、冒険部は見る見るうちに立て直しを始めた。


「『死魔将(しましょう)』は俺達には興味が無い、か・・・ソラ。大丈夫か?」

「うっす。マジモンの神器ってすごいっすね。なんか全然怖くなくなっちまいました。なんっつーか・・・便利な道具っすね」

「といっても、挑むなよ」

「そりゃ、先輩っしょ」


 瞬の言葉に、ソラが笑う。大丈夫か確かめる為の問い掛けだったが、どうやら真実大丈夫らしい。そして、そんなソラが申し出た。


「先輩。指揮、やりましょうか?」

「いや、俺がやろう・・・その為に、帰って来た。冒険部総員に告げる! 円陣防御用意!」

「「「おう!」」」


 瞬の号令を受けて、立ち直った冒険部が一斉に行動を開始する。そうして、冒険部の反撃が開始されるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第778話『地球からの戦士達』

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