第776話 地球帰りの勇者
ウィルの声を背に受けたカイトだが、彼は『死魔将』の二人ではなく4人の大将軍達と戦っていた。が、それで尚、余裕だった。数多の国を滅ぼした大将軍4人を、たった一人。戦闘力としてはクラウディアにも劣らないマギナウが奇襲の上に死力を尽くして二人しか討ち倒せなかった相手にさえ、彼は圧倒していたのだ。
「おいおい・・・この程度だったかねぇ・・・出させてくれよ、本気を・・・」
「ぐっ・・・」
「これではどちらが化物かわからんな・・・」
余裕綽々。4人掛かりで、足止めにもならない。4人の蘇った大将軍達が、思わず顔を顰める。どちらが化物かわからない。まさに、そうだった。それに、カイトが嗤う。そんな事は当然だったのだ。
「当たり前だろ? オレ、お前ら死んでからも修行続けてんだからよ。ま、こういう状況じゃ使えない力が多かったんだが・・・逆に言えばこういう攻め込むだけなら、使えるんだよ」
「っ!」
一瞬で大将軍の一人へと肉薄したカイトは、そのまま土手っ腹を殴りつけて、大きな風穴を開ける。が、残念ながら致命傷になるはずの一撃は、彼らが死者だからこそか、無意味に終わった。
「あちゃー・・・こりゃ、こっちと同じ理論か」
「くくく・・・如何に貴様が化物だろうと、どれだけ出力が高かろうと、死なねば一緒よ」
大きく空いたはずの風穴は、次の瞬間には消えてなくなっていた。死者は、殺せない。すでに死んでいるからだ。なので怪我をした所で、魔力さえ供給されれば簡単に傷が塞がる。
こちらが使う手を向こうに使われると、ここまで厄介だった。そして、もう一つ。カイトにとって不利な状況が存在していた。
「それに、貴様とてこの空間と死者の召喚の維持に莫大な魔力の浪費をしているだろう? だからこそ、全力を出さぬ為にも・・・ああ、いや。そもそも全力は出せなかったな、貴様は」
「ほぉ・・・どこで聞いた? ああ、いや・・・ヒメアだのソフィアだのルイスだの知ってりゃ、不思議もないか。知識の供給はされたようだな」
カイトが少し感心しそうになり、その必要も無い、と首を振る。自分が出来るのだ。敵が出来ぬ道理は無かった。ちなみに、敢えて言う必要も無いかもしれないが、この隔離した空間の維持と死者の召喚に必要な魔力は全て、彼一人からもたらされている。
それは、全力は出せないだろう。そもそもこれを維持出来ている時点で巫山戯ている。<<神剣キズナ>>とて地脈と龍脈、海脈全てから魔力を供給された上で、おまけに数年の間魔力を蓄積してこれを極短時間で引き起こすのだ。
つまり、一度使えば数年は使えないのである。まさに、切り札。ここぞという時にしか使えない切り札だ。それと同等の事を身一つで、しかも更に上の精度かつ長時間出来ている時点で、十分にすごかった。
「その身でどこまで戦える?」
「そもそも、我らは死者。すでに死んだ者よ」
「死を与える力であれ、死んでいる者には効果がない」
「我らにお主を倒せぬ様に、お主には我らは倒せぬ」
4人の大将軍達が、口々に余裕を告げる。と、そうして改めて思い直して、一つ気付いた。要らない事を言い過ぎていた様子で、カイトが気付くのも無理はなかった。それは、この空間と死者達の肉体を己の魔力で維持している、という所だった。
「あ・・・」
「む?」
『ティナー。あっちのべっぴんさん動かない理由わかったわ』
『ふむ?』
改めて彼らから指摘されて、カイトが気付く。死者達は他者からの魔力供給で肉体を維持出来る。では、彼らは誰からの魔力供給で動いているのか。カイトではない。では、誰か。それは実力的に考えて、『死魔将』達しかありえない。
とは言え、すでに剣士と拳闘士の二人は、各々が先程の戦いの続きを演じている。ここにそこまでの余裕があるとは思えない。特に『剣の死魔将』は無い。クオンと彼の技量はほぼ互角だ。余裕は無いだろう。であれば、答えは一人しか、存在していなかった。
『こいつら召喚してるのって、多分あっちのおねーさんだわ』
『! なるほど。魔力の供給源、というわけか。おしゃべりなアヤツが一言も発せぬな、と思ったが、魔力の浪費を抑えておるわけか』
カイトの念話を聞いて、ティナが道理を悟る。カイトを茶化す様な一言を言ったりしている所からもわかるが、本来『鞭の死魔将』とは結構おしゃべりだ。
先程もそうだったが、どうやらお気に入りらしいカイトとの交戦中に割りと雑談をしていたりもする。その彼女が、カイトに対して殆ど何も言わないのだ。可怪しい、と気付くのにさほど時間は必要が無かった。
「なっるほど。宝玉破壊して女王様に手を出しゃ、良いわけね」
「む・・・」
いつの間にか全部理解していたカイトに、4人の大将軍達が思わず目を瞬かせる。そして思うのは、相変わらず油断出来ない男だ、ということだ。意外と敏いのが、カイトなのだ。おちゃらけて武張っている様に見えて、きちんと指揮官としての才覚もあったのである。
「さって・・・じゃあ、こっからちょいと本気でやりますかね」
成すべきこと。それが見えたカイトは、本気を出す事を決める。今までは何をどうすれば良いかわからず、状況を見極めていただけだ。それさえわかってしまえば、後は全力でやれる。とは言え、気になる事もあるにはあった。
『ティナ。あの宝玉・・・世界を歪めている、と言ったな?』
『うむ。そうして、魔物を生み出しておるわけじゃな』
『あの宝玉そのものが崩壊の瞬間、強大な歪みを産む可能性は?』
落ち着いた事、そしてティナからの助言。そこから、カイトは有り得る可能性の中でも最も最悪を予想する。普通、ああいった物は隠して然るべきだ。相手の切り札にも見える。それを晒す、ということはそれ自体が作戦の可能性があったのだ。
『む・・・そうか、なるほど・・・それは可能かもしれんな・・・良かろう。こちらで影響は出来る限り備える。勿論、お主にもやってはもらおう。お主なら、歪みを叩き直せるからのう。というわけで、お主は破壊しろ』
『破壊して良いのか?』
『破壊せねば、そもそも増援が止まらぬ。増援を止めて一匹を撃破した方が被害は少ない。どちらにせよこちらの作戦目標は変わらぬよ』
『アイマム』
ティナの指示にカイトがごきごき、と首を鳴らして応ずる。であれば、やる事は何も変わらない。やるべき事をやるだけだ。そうして、カイトは自らの異空間の中から、一枚のプレートを取り出した。それは金属製の普通のプレートだ。それに、4人の大将軍達が身構える。が、カイトは攻撃ではなく、口を開いた。
「さて・・・オレ、実は地球で英雄達と交流してたんだわな」
「?」
だからどうした。大将軍達は唐突に始まった語りに、首を傾げる。が、別にカイトとてそんな事を言いたいが為だけに口を開いたわけではない。
「で、ですよ。まあ、その中に何人か親友と呼べる奴居まして・・・色々とプレゼントもらえたわけなんですね」
カイトの顔に、笑みが浮かぶ。それは非常に楽しげな笑みだ。そんな彼はプレートをくるくると弄んでいた。
「これは、地球でアーサー王と呼ばれるおそらく一番有名な騎士達の王様がくれた物だ。ちょっとそいつとは親友でな。色々とあって門外顧問なんかに似た立場頼まれているわけよ。で、このプレートの中には、あいつらの使っている聖剣やらの欠片が、仕込まれている・・・つまり」
カイトの顔が、楽しそうに歪む。普通は、欠片が仕込まれていた所でなんなのだ、と言うところだ。欠片は欠片。力を持たない。お守り程度にしかならない。だが、ここに彼の得意分野。歴史上両手の指で事足りる特殊な力が介在すると、話がガラリと変わってくる。
彼の得意分野は、魔力で武器を編む事。これは誰もが知っている。欠片でもあれば、そこから原作に限りなく近い物を編んでみせるだろう。と、言うことはつまり、だ。
「さぁ、行くぜ! <<選定の剣>>よ! 我は円卓に在りてはその外より見守りし王の友! <<番外の騎士>>の名の下に! 円卓の騎士達よ! 我に力を!」
カイトがプレートを放り投げ、アーサー王において最も有名な逸話である岩に刺さった選定の剣<<選定の剣>>を掲げる。すると、プレートが強烈な光を放った。そして、その次の瞬間。プレートの中から、幾つもの剣が召喚された。
それらは全て、聖剣や名剣の類。アーサー王とその配下。かの有名な<<円卓の騎士>>の騎士達が使った武器達だった。勿論、所詮これは模造品だ。だが、それでもこれだけ大量に存在していれば、馬鹿にならない火力になるだろう。
「まあ、こっからおまけ付きで武器の記憶頼りに当人達の動きを完コピした鎧呼び出してどこぞの召喚獣みたく総攻撃出来るわけなんですが・・・それは今回はおいておいて。いっちょ、聖剣の総攻撃、食らってみっか?」
円卓の様に配置された無数の武具に、4人の大将軍達が思わず青ざめる。これはエネフィアの武具とも遜色のない聖剣の類だ。そんな一撃をまともに喰らえば暫く再生は無理だろう。
が、そんな事を気にするカイトではない。なので笑顔の彼はそのままなんの容赦も無く、円卓の様に配置された全ての武器達に、魔力を通した。
「<<其は騎士達の誇り也>>!」
剣で出来た円卓から、虹の如き光が放出される。それは4人の大将軍達を飲み込んで、一時的とは言え復活不能にさせる威力があった。
「地球の騎士も、中々にやるもんだろ? まあ、王様筆頭に一部嫁さんに尻に敷かれてるけど」
カイトが笑いながら、自らの親友達がくれた力を誇る。ちなみに、地球でそのアーサー王を含めた一部がくしゃみをしたかどうかは、定かではない。
そうして敵を吹き飛ばせば、次に行うべきは、目標までの道を創る事だ。何時もならば『無冠の部隊』の一同がカイトの道を作るのだが、残念ながら今回は無理な状況だ。自分で作るしかなかった。そうしないと道中で絡まれてうざったい。
「神陰流・・・<<奈落の影>>」
次に披露するのは、同じく地球で師と仰いだ上泉信綱の武芸。敵弾と逆位相の攻撃を当てる事で消滅させる<<奈落>>とは全く逆。同位相の攻撃をぶつける事で威力を増大させよう、という攻撃だ。
それで迎え撃つのは、かなり巨大な竜の攻撃。竜種最大の一撃である<<竜の伊吹>>だった。そうして、巨大な破壊が巻き起こる。それは撃った竜さえも飲み込んで、巨大な空白地帯を創り出した。
「姉貴直伝! つっても教えてもらってないけど・・・<<死翔の薔薇>>! モード・竜巻!」
その次に披露したのは、同じく地球で師と仰いだ女戦士スカサハの武芸だ。それは、彼女の持つ槍を無数に召喚して、自らの周囲で超高速で回転。敵を近づけぬ攻撃的な結界とするものだった。
そうして、真紅の球となったカイトが、一気にその空白地帯へと突入する。そして突入したのは、彼だけではない。その空いた空間へと即座に魔物達も戻っていたのだ。
「ひゃっほー!」
数多の魔物を切り裂きながら、カイトが突撃していく。残念ながら結界の関係で<<縮地>>は使えないが、それでも中々の速さだった。
「吹き飛べ!」
ある所で、カイトが槍を吹き飛ばす。そのある所とは当然、残る二人の『死魔将』の前だった。
「よう。せっかくなんで、来てやったぜ」
「おやおや・・・」
目の前に立って余裕の笑みを見せるカイトに対しても、『道化の死魔将』は余裕綽々だ。まるでそれはこちらの負けを考えていないかの様だった。と、そんな彼がいきなり、行動に出た。
「では、プレゼントを差し上げましょう」
「うん?」
『道化の死魔将』はそう言うと、いきなり真紅の宝玉をこちらに投げつけてきた。それも軽い感じで、だ。
「っ!?」
あまりの事に、カイトが咄嗟に斬撃を放つ。虚を突かれた事で何らかの攻撃か、と思ってしまった。今まで守ってきた物をいとも簡単に投げ捨てたのだ。理解不能な奴だ、とは思っていたが、ここまで理解不能とは思っていなかった。とはいえ、切り裂いてカイトも己が何を切り裂いたか理解した。
「何のつもりだ!」
「いえ、そろそろお暇しましょうかと。彼女も限界が近いですしね」
「・・・逃がすと思ってんのか?」
「ええ、勿論」
カイトの問い掛けに対して、『道化の死魔将』が応ずる。そして、それと同時に強烈な世界の歪みが生まれて、同時に、ティナから指示が飛んだ。
『カイト! <<奈落>>を全力で使え! 逆位相の攻撃をぶつけて、世界の歪みを正すんじゃ! お主なら出来るじゃろう! 余らはこの歪みの余波を押さえ込む! この規模じゃ! 対処なしでは下手をすると、厄災種級の魔物が生まれるぞ! さすがに街の上でそれは拙い! なんとしても対処しろ!』
「っ! ちぃ!」
『道化の死魔将』の意図が理解出来た。どうやら並大抵の事では対処出来ない歪みを生み出せる物だったようだ。カイトが咄嗟のことで破壊するだろう事まで見通して、撤退する隙にするつもりだったのだ。
とは言え、カイトが破壊しなかったとて、自分で破壊したか、もしくは遠隔で破壊出来る術があっただろう。カイトにやらせたのは、単なる趣味の様な物だろう。
「・・・ふっ!」
カイトの剣から、世界の歪みと逆位相の力が放たれる。それは世界の歪みを強引に正して、歪みを小さくしていった。そうして生まれたのは、魔物の軍勢の最後の波。今までよりも僅かに多い程度でしかなかった。
「おや・・・これは最後に良いものが見られました。では、失礼」
「またね、勇者さま。今度はきちんとご挨拶するわね」
「っ・・・駄目か」
自分が向き直るなり消えた二人の『死魔将』に、カイトが顔を顰める。思い切りの良い撤退。何度もこれに遭い、カイト達は彼らを取り逃がしていた。そうして、カイトは仲間達へと連絡を入れる。
「すまん。こっちは逃げられた。どうやら、この空間から逃げられる方法を知ってるようだな」
『ちっ・・・何時も通り、良い逃げ足よ。100%逃走が可能なアイテムを持ち合わせておるのかのう』
『はぁ・・・また、捜索の旅が始まるぞ。カイト、頑張れよ』
「他人事だと思いやがって・・・お前ら全員適度に呼び出してやるからな」
ウィルの言葉に、カイトがため息混じりに首を振る。『死魔将』達とだけは、カイトクラスでなければ太刀打ちできない。アル達どころかシャリクでさえ、夢のまた夢だ。クオンと同格、というのはそれほどに高い立ち位置なのだ。
しかも実力差は今後一年でなんとかなる話ではないのだ。せめて、後5年。欲を言えば10年。それだけは欲しい。アル達には情けない話だが、これは最早仕方がない。
今のアル達の実力。かつてのルクス達の実力。最終的な彼らの実力。飛躍的に上昇した『死魔将』や大将軍、軍団長の実力。アル達では現状過去の軍団長クラスにも届いていない。勝てない相手に、死者だから、過去の者達だから、となりふり構ってはいられない。負けるわけにはいかないのだ。
「つっても、だ・・・これで増援は最後だ。一気に決めちまえ」
『うむ! これで一気にケリを付けられる! 勝負に出よ!』
『今だ! 全隊! 一斉砲撃を開始しろ! 出し惜しみをする必要は無い! 射線は外しているな! レインガルドを円のように取り囲んだ意味がそこにある!』
ティナとウィルの指揮が、全ての国の軍勢へと響き渡る。そうして、最後の一勝負が始まるのだった。
お読み頂きありがとうございました。次回からは少しだけ、時が巻き戻ります。と言っても単にソラ達に焦点を当てる為、ほんの僅かに戻るだけです。カイト達が戦ってる裏で彼らがどうなっているのか、というだけです。
次回予告:第777話『混乱』




