第775話 反撃開始
無限に現れる魔物の軍勢に対して、遂に召喚された死者の軍勢。それはすでに死者であるが故に、死ぬ事がない。無限の増援に対して、不死の軍勢だ。これで、条件は対等だった。
だが、それで対等であるはずがない。呼ばれた死者は、エネフィアを見回しても地獄と言われた時代を生きた戦士達だ。その中には、たった一人でもランクSの魔物を討伐出来る様な英雄達も含まれているのだ。
そして、それだけではない。死者の召喚というあり得ぬ現象によって果たせぬ逢瀬が果たせた事により、誰もが全力を越えた全力を出していた。魔力とは、意思の力なり。意思が強くなれば、それだけ限界を超えた力が出せるのだ。
「連携! 忘れてないな!」
「誰が! お前こそ遅れるなよ! 俺は昔よりもずっと腕を上げたぞ!」
「生憎、こっちは疲れ知らずだ! 常に全力で行けるぞ!」
相棒を喪った者は相棒を取り戻し、久方ぶりの連携を披露する。
「腕上げたなぁ!」
「当たり前だろ! どんだけ経ってると思ってんだよ!」
「だけど・・・まだまだ俺のが強い」
「あ、この!」
庇護者を喪った者は庇護者を取り戻し、その庇護の下でかつて以上となった自分を誇る。
「見せてみろ。お前の部隊を」
「はい!」
「うっお・・・隊長が素直に応じてるの初めて見た・・・」
「五月蝿い! さっさと行け!」
「うわぁああ!」
前任者からバトンを受け継いだ者は、そのバトンがしっかりと受け継がれている事を示した。そしてそれを横目に、カイト達がついに、動きを見せる。
「さぁて・・・」
「僕らは、僕らの敵と戦おうか」
「指揮は任せろ・・・爺や。援護を頼めるか」
「うむ、皇子殿下・・・いや、ウィスタリアス陛下。御身の指揮の下、我が力を尽くそう」
「皇帝さま。私らの指揮もあんたに任せるよ。ま、カイトを守った第17特務小隊の技量、信用してくれよ」
「お兄様。私はウィルさんの下で転戦致します」
「カイト。お姉ちゃんはけが人の手当てしながら援護する」
カイトを寄す処に集まった者達が、一斉に動き始める。そして、それと同時。ティナが舞い戻る。その彼女には、四天王の三人が付き従っていた。そしてその後ろでは、彼女を主と仰ぐ軍勢が命令を待ちわびている。
「魔王軍、再結成じゃ・・・連携を取るぞ、小僧」
「ふっ・・・戦場において、天才二人に勝てる道理無し、を示すか」
「うむ、良かろう・・・では、カイト。わかっておるな?」
「ああ。俺達だけであのクソ共を押さえつけろ、だろ? 単騎で戦局を覆せる特化戦力ほど、戦場で恐ろしい相手は居ない。オレ達がその恐怖を一番知っているからな」
ティナの言葉に、ようやくカイトが言葉を発する。どういう理由かはわからないが、目の前には『無冠の部隊』に相対するかの様に、『死魔将』と二人の大将軍が舞い戻ってきていた。おまけにそれだけではなく、今まで姿を見せていなかった生き残っていたとされる軍団長4人まで一緒だった。
「うむ。存分にやれ。余が聞きたかった事は聞けた。この際、主なぞどうでも良いわ。手駒潰せば自ずと出て来よう。最早あれらに用は無い・・・と言うか、おもっきし潰せ。余が許す。大将軍と軍団長はクラウディアとナシムに預けよ。余はウィルと共に軍勢の指揮を行うぞ」
「アイサー」
ティナの言葉に応じたカイトは楽しげだ。そう。意思がみなぎっているのは、この場の兵士達だけではない。カイトもまた、ついに呼び出しに応じてくれたヘルメス翁達との再会を経て、何時も以上にやる気に満ちあふれていたのだ。と、そんな二人の前に、一人の軍人が跪いた。それは明らかに軍の高官の服を着用した、50代も中頃の男性だった。
「陛下!」
「あんたは・・・」
跪いた男に、カイトは見覚えがあった。いや、たったの一度だけだが、言葉を交わしてもいた。そして、忘れられない出来事もあった。
「確かマギナウ・・・だったよな」
「うむ・・・カイト・・・であったな。過日は我が心境を慮ってくれて感謝する。あの言葉のお陰で、覚悟を固められた・・・そして、我が同胞達の事も感謝致す。兵の事なぞ、もはやこの首を差し出すしかなかろう・・・すでに差し出したこの首だが、この刃を奉ずる事で勘弁してくだされ」
カイトからの問いかけに、マギナウと呼ばれた将軍が頷いた。彼こそが、8大将軍の中の獅子身中の虫。魔王ティステニアを裏切ったという大将軍だった。そんな彼に対して、ティナが王として、語りかける。
「・・・叱責もの・・・いや、処罰ものじゃというのはわかっていような、将軍」
「はっ・・・存じ上げております」
忠臣に対して、しかしティナは僅かに怒りを滲ませていた。何時か絶対に怒ってやる。そう思っていたのだ。それ故の怒気で、そしてそれを上回る悲しみが彼女にはあった。
「なぜ、死んだ。なぜ生きなんだ」
「申し訳ありませぬ」
ティナからの叱責にマギナウはただただ、謝罪するしかない。死ぬな、と王から命ぜられて、その命令を拒絶して彼は戦場で死んだ。勿論、ティナとてそれがあの大戦の趨勢を書き換えた最大の功績と知っている。彼のお陰で先代魔王軍は大混乱へと陥り、ティナ達に必要な時間が稼げた、とわかっていた。
わかっていてなお、その武勲を王として誇るではなくその散った生命を王として、そして見知った一人の女として、嘆いていたのだ。彼女とて、人だ。王としてあろうと、人なのだ。失わないで済むというのなら、失わせたくないのだ。
「ですが・・・あそここそが、私の死に場所だったのです」
「わかっておるよ、そんなの・・・じゃが・・・臣下を失った王の悼みも理解してくれんか」
「っ・・・はっ・・・申し訳・・・ありませぬ・・・」
老齢にも差し掛かろうという老軍人の目から、涙が零れ落ちる。だからこそ、彼女の襲来までは粗野な種族だと言われた魔族達が彼女に仕えたのだ。
彼女は、魔族に平穏をもたらした。それは、優れた技術を持ち合わせていたからではない。この他者をいたわりその死を嘆き悲しむ気持ちがあればこそ、だった。
「・・・マギナウよ。もし余に詫びる気持ちがあるというのなら、これからは余ではなく、死者の兵としてカイトに尽くせ。これよりは、これこそが長となろう。そしてその道にこそ余の道があり、魔族の道があろう」
「御意・・・それなれば、何卒、私にあの死に損ないの裏切り者共二人へと、この刃を馳走したく存じ上げます」
「良かろう・・・クラウディア、ナシム。二人もそれで構わんな?」
「「はっ!」」
ナシムとクラウディアの二人がついに忠義の刃を振るう事を許されたかつての同胞の願いを聞き届けて、4人の軍団長へと狙いを定める。2対4でも、今ならば負ける気はしない。
これに加えてこちらにはクオンやバルフレア、バーンタイン達が存在しているのだ。後は完膚なきまでに、のこのこと姿を現した愚か者達を叩き潰すだけだった。が、一つ、考えるべきだった。それを、『道化の死魔将』が指摘した。
「あはははは! 勝った気になっている様子ですけどねぇ! 我々が何の策も無く、姿を現したと想いますか!」
「っ・・・」
何かをしてくる。それに気付いたカイト達は一斉に身構える。そもそも今までこちらの茶番に何もせずに付き合っていたのだ。何らかの意図はあるはずだ。そうして、『死魔将』達が懐から十数個の白い宝玉を取り出した。
「さぁ! 蘇りなさい、我が同胞達よ! 今この時ならば、死者は蘇る! 我が力を振るい、生と死の境目を越えなさい!」
『道化の死魔将』の言葉に応じて、十数個の光が彼らの側に生まれ、空間が歪んで行く。それは周囲の魔物達だけではなくカイト達さえ動けなくなるほどの強烈な空間の歪みだ。
当たり前だが、ここに呼ばれた死者はカイトが呼び出した死者だ。カイトの許可も無く生と死の境目を越える事なぞ出来はしない。そのはずだった。が、一つカイトも忘れていた事がある。
『ここは時が狂った隔絶された空間・・・土台はある。どういう技術かはわからんが、やろうとして、出来ぬわけではない。無論、本来は吾が禁じておるが故に不可能じゃ。何らかのからくりはあろう。そこは、見極めよ』
「ちぃ・・・」
時乃の言葉に、身動きの取れないカイトの顔が歪む。つまり、出来る事は出来る。可能不可能で言われれば、可能なのだ。こちらの策を逆手に取られた、と考えるべきだろう。
かと言って、空間の隔絶を解除すればこちらの死者達まで消えてなくなる。それは拙い。数が足りぬから呼び出した援軍を失えば、絶大な被害を被る事になる。
そしてそれは、こちらの勝ち目が限りなくゼロに近づく、ということだ。それだけは拙かった。そうして、動けぬ彼らの目の前で、かつて倒した23人の最高幹部達が完全に復活する。
「4の魔人に、8の大将軍、12の軍団長・・・あ、一人はこっちか」
「ありゃ・・・これは、僕らも大将軍相手しかなさそうかな」
「ちっ・・・久方ぶりに野郎と決着つけるつもりだったんだがな」
ルクスとバランタインが、少しの苦笑を滲ませる。幾ら彼らでも23人の最高幹部達と同時に戦った事は無い。そもそも最高幹部の中でも8大将軍の半数はマギナウにより、戦闘不能に陥っていた。その上で半数程度をカイト達が各個撃破した後に総力戦に挑んだからこそ、連合軍は圧倒的な勝利を収める事が出来たのだ。とは言え、それで負ける道理が生まれたのかというと、決してそうではない。
「では、今度も私が出る」
「じゃ、俺達が引き続き野郎と戦えるよな」
クオンとバルフレアが、各々がずっと戦い続けていた『死魔将』二人を睨みつける。ルクスとバランタインが出られないのなら、二人が出るべきだった。
「どうやら、将軍以外にも取り分が出たようだな」
「将軍・・・さすがに全部を独り占め、なぞとは言われないですよね? 軍団長は、我らで抑える事にしましょう」
「仕方がありませんな・・・それに、怒りを抱えていらっしゃるのは御身らも一緒・・・共に晴らせる機会があることを、幸運に思いましょうや」
魔王軍が魔王軍に相応しい獰猛な顔つきと、悪魔と呼ぶに相応しい本来の姿を取り始める。この戦いは、300年前に無念にも操られて汚名を被された自らの仲間の雪辱戦。敬愛する魔王とその義弟、更には愛する魔族に咎が無い事を示す一戦なのだ。全力にこそ、成し得る意義がある。
そうして、蘇った300年前の死者達と今の生者達を束ねる男が、同じくかつての仲間を呼び戻した道化師へと問い掛けた。
「さて・・・道化師に聞いとこうか。だからどうした? 雑魚何人集まろうと、雑魚は雑魚・・・さっさと赤い宝玉置いて逃げた方が、身のためだと思うぜ?」
「おや・・・大した自信だ」
道化の仮面の奥の顔が歪む。それは嘲笑を滲ませたものだ。だからどうした、と言ったカイトに対して、こちらもだからどうした、と言っていたのだ。
「・・・」
「・・・」
一瞬、両者の間で沈黙が流れる。だがそれも一瞬だけだ。その次の瞬間、カイトの目がかっ、と見開かれて、口が開かれた。
「さぁ、行こうぜ!」
「「「おぉおおお!」」」
「迎え撃ちなさい!」
「「「おぉおおお!」」」
カイトの号令と共に一気に地面を蹴った英雄達に対して、道化師の号令を受けて魔の軍勢もまた、虚空を蹴る。そうして遂に、300年前の伝説の再現が、始まる。そしてそれと同時に、二人の王様が一斉に軍勢に指示を飛ばした。
「魔王軍及び『無冠の部隊』の第一から第四連隊! 東西南北の陣地へと移動し、各大国の軍勢と連携を図り被害の軽減を行え!」
「第五連隊は街中心部の守護を行え! 負傷兵達とレインガルドの民を守れ! 到着後はすでに警護に就かれているミスティア殿とグイン殿の指示に従え!」
軍の数は増えた。更に他にも各個人に縁のある死者達が各所で頑張ってくれている。そこにダメ押しで英雄と魔王の軍が加われば、一気に趨勢が傾く。
ちなみに、ティアとグインはそもそもこの一件には表立っては関われない――表向きカイトは居ないし、俗世の事である為――為、負傷兵や避難している民草の警護に就いていてくれていた。とは言え、二人は二人なので万が一に備えて援軍を、ということだった。
「爺やとアウラは高空から負傷兵の治療を行ってくれ! 重傷人の治療から優先しろ!」
「クズハ、ユリィ! お主は公爵家の軍勢を率いて、各地を転戦せよ! 遊撃兵じゃ! 10年も兄の背中を見ておるお主が出来ぬと申すでないぞ! 第17特務小隊はそれに付き従え!」
「・・・ん」
「・・・うむ」
「姉御! 久し振りに肩借りるね!」
「おっしゃ! って、随分重くなったな!」
「酷い! 女の子にそれは無いでしょー!」
更に続けて、ユリィやヘルメスらが飛び立つ。アウラとヘルメス。かつては有り得なかった稀代の治癒魔術の使い手二人が、同時に存在しているのだ。この二人の援護があれば、一気に死者を減らす事が出来る。使わぬ道理が無かった。
そして、クズハと彼女が従える公爵家の軍勢。戦後に組織された、並外れた勇者が組織した彼の家臣団。ランクSぐらいならば討伐出来る無双の集団だ。これもまた、遊撃兵として活かせば戦線を覆す事が出来る。
「向こうは道化師とあの紅一点が動かず、か」
「さて・・・ここらの雑魚の魔物を操るのに手一杯とは、思わんのう」
「それを読むのが、我らの仕事だ。違うか、魔王よ」
「そうじゃのう」
ウィルの言葉にティナが応ずる。彼女らが動かない理由は軍勢の指揮が必要であると同時に、カイト達の突撃を前にしても動きを見せなかった二人の『死魔将』の意図を悟る為だ。何かを、してくる。それがわかっているのならそれに備えるのが、彼女ら指揮官の仕事だ。そうして、二人は即座に予測を立て始める。まず、口火を切ったのはウィルだ。彼が疑問を呈した。
「まず考えるべきは、あの真紅の宝玉が一体なんなのか・・・心当たりは?」
「無い。が、推測は出来る」
「ふむ」
「空間を・・・否。世界を歪めて、魔物を発生させておるな。先程から何度か起きる世界が歪む様な感覚と、魔物の再出現の感覚がほぼリンクしておる。無関係とは思わん。そして魔物が生まれる理由を考えれば、道理じゃろうな」
「つまり、あれがある限り魔物は生まれ続ける、と・・・」
『道化の死魔将』が手に持った真紅の宝玉を睨みながら、ティナが推測を告げる。魔物は、恨み辛み、痛みや悲しみ等所謂負の魔力を素材として生まれる。これは常識だ。だが実はもう一つだけ、魔物が生まれる場合が存在していた。
それが、世界の歪みによって生まれる場合だ。どうあがいても世界とて生き物だ。時には失敗や歪みが生まれる事もある。とはいえ、そのまま放置すれば致命的な状況になってしまいかねない。世界が失敗や歪みを修正する際に放出されるエネルギーが、魔物を生み出すのだ。
そしてこれは当たり前だが、とてつもなく莫大なエネルギーだ。人の負の感情とは比べ物にならない。なので本来は後に厄災種となる様な強大な魔物を生み出したりするわけなのだが、それを如何な方法かで利用して、ランクS以下の魔物を無数に生み出す糧として利用しているのだろう。
「で、あれば・・・」
「カイト! 遊ぶな! さっさと勝負を終わらせろ! 大将軍4人程度で止められるお前じゃないだろう!」
であれば、カイトが突破してさっさと宝玉を破壊させれば良い。それだけの話だ。なのでティナの言葉を引き継いで、ウィルがその命令を下す。そうして、その声を聞いて、カイトが笑みを浮かべるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第776話『地球帰りの勇者』




